道を違えない為に
プラトーの施設はどこもかしこも白く、理路整然と片付いているものだ。しかし、占領して数日も経てばその印象も変わる。
唯は自分の部屋ではないからと片付けず、リンとゼロが際限なく散らかす。エイトは我関せずで本を読み、緑も特に気にした様子はなく、光は車椅子の通り道だけをモップで強引に切り開く。
そんな散らかり放題の部屋で、しかし生きた人間の部屋と言える空間で、唯とリンは沈黙で互いの間合いをはかっていた。
リンはモニター前の椅子に深く腰掛け、唯はソファを占有している。少し離れた位置にいる二人の距離は、いつもと違って少し不明瞭だ。
そんなことを考えながら、エイトは本を読む振りをしながら二人を見ていた。ゼロは特に誤魔化すことはなく、じっと二人を見据えている。
「あのレリクスが強いから、強いあいつと協力する。頭では分かってるけど、なんかしっくりこない」
唯がそう切り出した。小細工なしの正面衝突……唯らしい手だ。
「気持ちは理解できるわ。もし逆の立場だったら、そうね。私じゃない私が出てきて、私らしくないことをしていたら。きっと受け入れられないでしょうね」
リンは一定の理解を示しつつ、物事は一定ではないと諭している。巧妙な手だ。
唯は顔をしかめ、考えを巡らせている。逆の立場という単語が、彼の脳内に一つの物語を作り出す。リンではないリンと出会ったとして、それは本当にリンなのか? そして、それは本当にリンではないのか?
唯は頭を振り、僅かに身を乗り出す。
「俺は……俺もあいつも、自分で選んでこうなった。あいつがああなったのも、あいつの選んだ道で。俺やリンがどうこう考えることじゃない」
唯は突き放したような言い方をしているが、その口調は苦しげだ。自分に言い聞かせるように、そうであって欲しいと願うような。
「結局そこに帰ってくるの? 悪いけど、そこは譲らないわよ。私の責任は変わらない」
「君の重荷になるつもりはない。俺もあいつも」 じりと空気が焼ける。互いに越えられない一線を前に、それでも語り合わなければ埋められない。二人の衝突は、二人だからこそ起きる。
「重荷にしてるつもりはない。私は」
エイトは本を閉じ、二人の戦場から席を外す。ひょいと立ち上がったゼロは、エイトの横に付き共に退室する。
通用路に出ると、車椅子に座った緑とそれを操作する光が待っていた。
「変わらず、ですか」
緑はエイトの顔を見るなり、結論を察してそう言った。エイトは頷き、小さく溜息を吐く。
「堂々巡りとはこの事だな。まあ、それも当然だろう」
ふんとゼロが小さく鼻を鳴らす。
「互いに遠慮なしでやり合ってるように見えて、本当にやり合わなきゃいけない所はどっちも避けてる。いつまで経っても傷が増えるだけ。不器用な奴ってこれだからダメなんだよね」
そんなゼロの意見に、緑は苦笑を返す。
「ゼロさんは何でもはっきり言いますからね」
「まあね。楽だよ。敵は増えるけどね」
そんなゼロに、光が小さく手を挙げて質問をする。
「それ、敵を増やしたくない場合はどうしたらいいんだろ」
「簡単だよ。自分が我慢すればいい。あんたがいつもやってるみたいにね」
光は嫌そうな顔をする。その表情をゼロは笑いながら、エイトの方を見る。
「で? どうすんの? 首突っ込むの?」
エイトは少し考え、緑を見る。
「俺達は唯ではない唯に会った。氷のように冷え固まり、怨恨を宿した氷怨の唯を。どう感じた? あくまで別人であり我々とは関係がないと。放っておけそうか?」
緑は考えるまでもないのだろう。首を横に振り、逆にエイトの答えを待つ。
「……そうだな。あれは唯だ。酷く歪で、間違ったままでも進み続けた。ならば、思うことは同じという認識でいいのか?」
緑と光は頷き、ゼロは溜息を吐いた。全員の同意を確認し、エイトはふむと呟く。
「なら決まりだな。君達は」
「凍り付いた方に行きます」
迷わずに緑はそう答える。その判断を疑う余地はない。エイトは頷き、ではと踵を返し扉に手を掛ける。
「ですが一つ確認を。どう転ぶかは分かりません。でも、場合によっては。唯さん抜きであれと戦う必要があります」
緑は一拍置き、その問いをぶつける。
「私達で勝てますか? 《ディメンシャード》は倒される度に強くなる。次戦うそれは、唯さんの《バーンデッド》に相当します」
エイトは手を取め、目を閉じる。それは随分と厳しい。だが、答えは変わりそうになかった。
「もし仮に、《バーンデッド》と戦って勝てと言われたら。逃げ道の一つや二つ用意したい所だな。だが、《バーンデッド》相当ならやりようもある。なぜか分かるか?」
エイトは緑を振り返る。緑は黙ったまま答えを待っていた。
「《ディメンシャード》は唯ではない。なら俺が勝つ」
緑はやはり苦笑を浮かべる。だが、彼女も覚悟を決めたのだろう。
「そうですね。エイトさんらしいです」
話すべき事はこれで全てだろう。今度こそエイトは扉を開き、緑の車椅子も動き出す。
友人、仲間、この際肩書きは何でもいい。自分達は、唯を放っておけはしないのだ。




