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逃亡と交渉


 熱風が過ぎ去っていく。レリクトによる爆発は、壊滅的だったが小規模でもある。その効果範囲は《バーンデッド》の周囲のみであり、街はある程度炙られただけで済んでいる。

 それでも、こうして双眼鏡を覗き込み、一部始終を観測していた男の所まで熱風は届いた。

「彼がその気になれば、街ごと吹き飛んでいただろうな」

 レリクトの可能性、そしてレリクトを操作する能力が合わさることで、あれだけの破壊を実現して見せた。

「《ディメンシャード》は……おっと」

 砕かれ、破片となっているだろう《ディメンシャード》を探るも、男は先にそれを捉えた。

 どこからともなく血濡れたレリクスが現れ、《バーンデッド》の方へ向かっている。正確には、《ディメンシャード》の破片を狙っているのだろう。

「名残惜しいが、これ以上は危険ということだ」

 片羽唯がこちらに気付くことはない。だが、あの血濡れは分からない。いや、これは論理ではなくただの勘だが。

「彼は、私を逃しはしない」

 双眼鏡を仕舞い、踵を返す。

 平坦な男は来た時と同じように、痕跡を残さずに去っていった。







 《ディメンシャード》を撃破した《バーンデッド》は、深く息を吸って吐き出す。

「これで……」

 問題は片付いたと安堵した瞬間だった。空が引き裂かれ、その裂け目から首のない化け物が、アロガントが降り注ぐ。

「なんだ……あれ」

 唯はそう呟く。リンの意見が聞きたい所だったが、今彼女は炉心になっている。

 そうこうしている内にアロガントは地面に落下し、かと思えば起き上がり咆哮を上げる。顎は全てこちらを向いており、明確な敵意が感じられた。

 まあ見逃すつもりはそもそもないと唯は、《バーンデッド》は拳を構える。しかし、アロガントが襲い掛かるよりも速く、一騎のレリクスが群の一部を殴り飛ばす。

 そのレリクスは血に濡れた写し鏡……《ブラッド》レリクスだ。

「お前!」

「後にしろ! 破片を逃がすな!」

 食ってかかろうとした唯を、氷怨の唯が制止する。どういうことかと《ブラッド》の視線、そして向かおうとしている先を見る。

 そこには、幾つかの破片がふらふらと飛翔していた。それは上昇し、空に拓いた裂け目へと向かっている。

「あいつ、まだ残ってたのかよ!」

 《バーンデッド》は走り、目の前のアロガントを殴り飛ばしてから右手をかざす。破片だろうが何だろうが、この炎で焼き溶かすのみ。

 右手が温度を上げ、迸る炎が火炎放射となって前方を焼き続けていく。アロガントが飛び込み盾となるも、数秒も掛からずに溶けたそれを突き抜け、破片に向かって炎は延びる。

「届け、ってあれ?」

 炎は瞬く間に勢いを失い、焼き溶かされたアロガントだけが地面に崩れた。

 唯はしまったと顔をしかめる。《バーンド》による行使と、《バーンデッド》による酷使……炎の残量を使い切ったのだ。

「全くお前は!」

 血濡れたレリクス、《ブラッド》が毒吐きながらアロガントを殴り飛ばし、走り出す。

Erosion(イロージョン)Rust(ラスト)......error(エラー),redefine(リディファイン)

 《ブラッド》に追縋るアロガントを蹴り付けながら加速し、《ブラッド》は空中で黒氷を解放する。

『......《bloodriver(ブラッドリバー)Relics(レリクス)

 《ブラッド》レリクスは《ブラッドリバー》レリクスとなり、着地点にいたアロガントを踏み付け氷漬けにした。

「破片は、あそこか!」

 《ブラッドリバー》は氷像を打ち砕きながら跳躍し、氷の左腕を振り抜いて血の内包されたひょうを射出する。それらは散弾のように降り注ぎ、破片の幾つかを完全に破壊する。

 だが、まだ破片は残っていた。

「くそ、俺だって!」

next(ネクスト),combustion(コンバッション)......《Brass(ブラス)》』

 鎮火した《バーンデッド》もまた、破片に向かって走りながら次の一手を打つ。右半身は真鍮のそれに変わり、左半身には灰結晶の鎧が生じる。

『......《BrassDed(ブラスデッド)Relics(レリクス)

 《バーンデッド》レリクスは《ブラスデッド》レリクスとなり、左に灰結晶の長剣、右に真鍮の長剣を携え突撃を続ける。

 アロガントが道を阻むも、二対一組の双剣を流れるように振るいながら、《ブラスデッド》は破片へと走る。

「……状況は把握したわ。加減したの?」

「するわけ……いや、街をなるべく残そうとはしたけど!」

 リンの指摘に反論しながら、《ブラスデッド》は走り続ける。その間も絶えず双剣は振られ、コアを断ち切られたアロガント達が足跡のように倒れていく。

「《ディメンシャード》の動きが変わったわ! 上昇、逃げ切るつもりよ!」

 リンの警告に、二騎のレリクスが上空を見上げる。幾つか残っている破片が、空の裂け目へと向かっていた。

「逃がすかよ!」

 《ブラスデッド》は更に加速し突撃、アロガント達を斬り伏せながら距離を詰める。

 《ブラッドリバー》もまた、立ちはだかるアロガントを氷像に変えながら突撃、ひょうの散弾を上空へと何度も撃ち放つ。

 一つ、また一つと破片が砕けていく中、アロガントの動きが豹変した。

「くッ! なんだと!」

 氷怨の唯が呻く。《ブラッドリバー》へとアロガントが殺到したのだ。それは最早攻撃ではなく、押さえ込む為だけの行動……アロガントらしくない動作だ。

 《ブラッドリバー》はもがき、しがみつかれた端から氷らせ強行突破を試みるも、次元の裂け目からは尚もアロガントが降り注ぎ、《ブラッドリバー》へ向かっていく。

 それでも、《ブラッドリバー》は包囲を強引にこじ開け、ひょうの散弾を放つ。

 破片は更に砕け、残り一つとなった。

「それ、なら!」

 唯は、《ブラスデッド》はこの間もずっと距離を詰めていた。湧いて出てくるアロガントが立ち塞がるも、《ブラスデッド》は左手の長剣、灰結晶のそれを投げ付ける。

 長剣は炸裂し、灰結晶を撒き散らしていく。多くのアロガントが固められていく中、《ブラスデッド》は跳躍、右手の長剣を構える。

 距離は足りない、だが。

「届け!」

 《ブラスデッド》は長剣を投擲する。真鍮のそれは炎を内包しており、飛来しながら周囲を焼いていく。

 破片一つに防ぐことも、避けることも出来ない筈だ。

「……はあ?」

 しかし、信じられないことが起きた。破片の動きは変わらない。ただ逃げるだけだ。しかし、長剣の射線上に何台かの飛翔物が飛び込んできた。

 監視用のドローンだ。よくそこいらをうろちょろしている、何の害もない盗撮カメラ……しかし、そのドローンが射線を塞いだことで全てがひっくり返る。

 炎を宿した真鍮の長剣は、ドローン如きに防げるような物ではない。しかし、その軌道は僅かに逸れた。

 結果として破片は上昇、裂け目へと飛び込み、少し遅れてから長剣は炸裂し空に炎を広げた。

「プラトーの、監視用ドローンね。たった一手で覆してくるなんて」

 《ブラスデッド》は落下し、着地点にいたアロガントを踏み潰しながら周囲を窺う。

 灰結晶と血の黒氷が広がる中、最後の一体となったアロガントが氷像となって砕かれていた。《ブラッドリバー》が拘束から脱し、アロガントを殲滅したのだろう。

 こちらをちらと見るも何も言わず、閉じた裂け目……つまりは普通の空を見上げる。

「……やってくれたな。面倒なことになるぞ」

 その物言いに少し苛立ちながら唯は、《ブラスデッド》は《ブラッドリバー》に近付く。

「何がどう面倒なのかは知らないが、俺は負けない」

 強がりでもあり、事実でもある。《ディメンシャード》レリクスは強いが、勝てる相手だ。

 しかし、《ブラッドリバー》は首を横に振る。

「次は負ける。今回の戦闘データを元に再構築されるからな。倒すなら倒しきる、それしかないんだ」

 どこか上から目線な発言を受け唯は、《ブラスデッド》は双剣を形成し、その切っ先を向ける。

「一番最初に取り逃がしたもんなお前は。俺は、あの時お前がしたことを忘れてないぞ」

 虐殺を。この血濡れた敵を前に、切っ先が震えることはない。

 《ブラッドリバー》もまた、氷の左腕をゆっくりと正面に構えた。

「お前があそこで呆けてなければ、俺も全力を出せた。邪魔をするなと何度も言っている」

 沈黙が燃え広がり、また凍り付いていく。言葉を重ねても、結局はここに辿り着く。

 ああ、こいつとは多分、一生分かり合えないのだろうと。

 最後に残った手段を用いる寸前、剣戟でも殴打でもなく、大きな溜息が沈黙を破った。

「貴方達に任せると、被害が増えるだけみたいね」

 そう言うと、リンはまた勝手にレリクスを解除した。《ブラスデッド》の外装が霧散し、しかめっ面の唯と無表情のリンがそこに現れる。

 リンの赤い目が真っ直ぐに《ブラッドリバー》を射抜く。首を小さく横に振り、彼もまたレリクスを解除した。《ブラッドリバー》の外装が、溶けた血となって足下に広がる。

 リンはじっと、氷怨の唯を見つめていた。

「酷い有様ね」

 リンはそう呟くも、氷怨の唯を否定している訳ではないのだろう。その証拠に、彼女は目を伏せ肩を落とし、更に小さくなっている。

「私が貴方を巻き込んだから。貴方を、こんなにも機械にしてしまったんだ」

 氷怨の唯は何も言わない。いや、言っても無駄だと知っているのだろう。リンの自責は、最早治る見込みのない悪癖だ。

 これは独白でも懺悔でもない。彼女にとって、これは事実確認でしかない。だから、何を言っても届かない。

 巻き込まれたつもりはない。自分から選んでこの道を行った。なぜ機械になったのかは分からないが、想像は出来る。だってそうだろう。目の前にいる男は、結局自分自身なのだから。

 だから、この事実に罪咎があるとしたら。それは自分自身の選択に他ならない。

 だけど、それを言ってもリンは聞き入れない。だからこそ氷怨の唯は何も言わないし、自分も。何も言うことはない。

「……ごめんなさいね、建設的な話をしましょ」

 顔を上げ、リンは氷怨の唯を見る。その目の色に、やっぱり拭いきれない後悔が滲んでいるけれど。

「私達のやろうとしていることはきっと、少しずつ違う。でも、《ディメンシャード》が一番の強敵なのは変わらない」

 なるほどと、唯は頭の中で理解はしていた。だが、本能がそれを否定する為に口を開かせる。

「でも……!」

「必要ない。余計なのがいると全力で戦えないんだ。感情論じゃない。俺はそういう性能をしている」

 余計なの、と言う際に明らかに唯を見ていたが。それよりも唯は、発言のタイミングが被ったことが何よりも嫌だった。

 しかし、リンは唯をちらと見て唇に人差し指をあてがう。黙っていろのサインだ。

 向き直り、リンは口を開く。

「《ディメンシャード》は今以上に強くなるのよね? 今の唯よりも」

 氷怨の唯は頷く。そこに疑いの余地はないらしい。なら決まりね、とリンは手を合わせる。

「お互い協力するしかないわ。だって」

 リンは唯を、こちらを見る。その目には、やはり後悔が滲んでいたが。それ以上に、信頼の色を感じることが出来た。

 リンは再び、氷怨の唯を見据える。そして、その一言を差し込んだ。

「貴方より……ここにいる唯の方が強い」

 その発言に、他でもない唯が疑問符を浮かべる。《バーンデッド》や《ブラスデッド》は強力だし、負けるつもりもないが。《ブラッド》や《ブラッドリバー》もかなりのものだ。強弱を言い切れるようなものではない。

 そして、そんなあやふやな根拠では交渉にならない。そう唯は考えていた。

 しかし、氷怨の唯は溜息を吐き、こちらに背を向けた。

「……何か決まったら知らせろ。あれを撃滅するまで、そっちの指示に従う」

「は? え?」

 氷怨の唯、その左手のロボットアームが、ひらひらと振られる。話は終わりのサインだ。

「俺は寝る」

 そう言い残し、さっさと立ち去ってしまった。

「ええ……?」

 唯はずっと疑問符を浮かべたまま、リンをちらと見る。

 リンはずっと、悲しげな目で氷怨の唯の背中を見つめていた。

 アロガントの殲滅を終えた仲間達と合流し、共闘の旨を共有するも。疑問符と共にいたのは、最後まで唯一人だけだった。

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