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よすがを想う


 一部始終を見ていた鈴城すずしろみどり狗月いぬつきひかるは、しばらく押し黙ったままだった。

 唯とリン、エイトとゼロが現場に向かい、血塗れたレリクスを捉えた。そこに破片のレリクスが強襲し、血塗れたレリクスと交戦を始まる。

 破片は《ディメンシャード》レリクス、掴み所のないレリクスだ。ふらふらと動き、その割に攻撃はどれも鋭い。

 血塗れた方は《ブラッド》レリクス、《ブラッドリバー》という形態も存在している。恐ろしく強く、容赦がない。

 そして、その外装を身に纏っていたのは。全身を改造された片羽かたはゆいだった。

 いや、と緑はその所感を白紙に戻す。あれが片羽唯ならば。改造された、というよりも。

「改造した、させた。そっちの方が正しいかも」

 根拠はないが、そちらの方が彼らしい。そんなあやふやな思いつきだ。

 思案を重ねながら、緑はキーボードを叩く。得られた情報を整理していく中、隣にいる光が口を開く。

「緑ねえはどう思う? 唯にいなら、やっぱりあそこまでするかな?」

 光の言葉は、直接的な言い方を避けている気がする。緑は自身の内側で、その言葉を分解していく。

 分かりやすく噛み砕けばこうなる。唯は生身を失ってでも戦い続けるか否か。そして、プラトーを殲滅する為に人の命を奪うかどうか。

 血と氷に塗れた唯は、答えの一つに思えてくる。

「私の、唯くんに対する印象はね。この人、とにかく止まらないタイプだなって思うの。だから、凄く悲しいんだけど。ああ、あれも唯くんだなって。何となく、そう思っちゃったんだよね」

 驚きはした。だが、信じられないとは思わなかった。多分、みんなそうだと思う。信じられない光景を前に、驚愕と納得が入り交じって。胸の奥に、寂寥せきりょうとした感覚だけが残る。

「……あそこまでしないと。俺達は勝てないのかな?」

 光は伏し目がちにそう言う。この問いは逆説的な質問だ。

 あそこまでの覚悟は、自分達にはない。そう光は言っている。当然だろう。どこかで敗北するか、諦める。普通ならそうだ。

 でも、彼はそうならなかった。結果は見ての通りだ。

「あそこまでするって私達が言ったら。他でもない唯くんが、一番反対するかもね」

 くすりと緑は笑い、光は苦笑する。明確な答えは出ない、出せない。半端者にしかなれない、自分達の着地点だ。

 緑は両手で自身の肩をさする。無意識にした行為だったが、眉をひそめて光と視線を交わす。光の呼気は白く染まっていた。緑は意識的に息を吐き出す。冬の朝を思わせるように白い。

 それに何より。

「……血の匂いがする」

 緑が呟く。光は頷き、扉の向こうを指差す。

「レリクトも感じる。あっちから」

 それらが示す答えは一つだけ。扉は開き、思っていた通りの人物がそこにいた。

 レリクスは身に纏っていない。左腕は無骨なロボットアーム、右腕は継ぎ接ぎだらけのアームドレイター……顔の下半分は機械に置き換わっており、大型の顎が拷問器具のように顔の半分を覆っている。

 そして、これが何よりも悲しいのだが。顔から上半分、生身の部分はその眼差しは。やっぱり彼のものだと、こうして見ると改めて実感出来てしまう。

「貴方の周りは、いつもこんなに冷たいんですか?」

 緑の問い掛けに男は、氷怨の唯は首を小さく横に振った。ぎちぎちと、機械の軋む音が耳に残る。

「血の匂いを抑える為にやってる。吐きそうになるって言われたから」

 ノイズの混じった声が響く。顎は動かない。声は枯れ、くぐもっていたが。やはりどう聞いても、唯のそれだと分かってしまう。

「お気遣いありがとうございます。盗品で良ければお茶とかありますけど」

 緑は車椅子を漕ぎ、氷怨の唯に向き直る。警戒とは無縁の、緩慢な動作だ。理由は二つ、彼からは敵意が感じられない。それに。

「まさかと思いますけど。戦いに来たとかじゃないですよね?」

 そうであったなら、抵抗は無意味だろう。自分達もそれなりに戦える。だが、彼の《ブラッドリバー》には勝てない。だからこそ、緑は落ち着いた様子で彼の言葉を待つ。

 光も同様の考えなのだろう。じっと彼を見つめ、時折悲しげな表情を浮かべている。

 彼は、氷怨の唯は。じっとこちらを見据え、安心したように頷いた。

「痩せてもいないし休息も取れている。健康そうで何よりだ」

「……私太ってますかね?」

 緑は自身の体を見下ろす。そんな派手にプロポーションを損ねてはいない筈だ。

 氷怨の唯は短く笑うと……笑ったように感じられたが、実際はどうか分からない。短く笑うと、左腕のロボットアームを動かし、緑の後ろにある端末を指し示す。

「用事がある。それが済んだら帰る。あいつらが戻ってくる前に済ませたい。協力して貰えると助かる」

 緑と光は顔を見合わせる。協力してくれは、さすがに予想外だった。

 緑がそれは、と切り出す。

「言うことを聞かなかったら怒ります?」

 氷怨の唯は、左腕のロボットアームだけで肩を竦めて見せる。

「怒らない。さっさと帰るだけだ」

 どこか拗ねているようにも見えるその様子に、緑はくすりと笑みを零す。

「それで、何をさせたいんですか?」

 緑がそう問うと、氷怨の唯は溜息を返してから懐を探る。左腕のロボットアームが、ぎこちない動きで白いカードを取り出す。

「これに、ああ」

 氷怨の唯はもう一度溜息を吐く。ロボットアームが震え、白いカードが床に落ちてしまったのだ。細かな動作は難しいのだろう。

「光、お願い」

 緑の要請を受け、光が小走りで駆け寄り、白いカードを拾い上げた。それを両者に見せながら、視線でどうするのか聞いている。

「緑に渡してくれ。この施設にある全データをそこにコピーして欲しい。丸ごとで構わない」

 光はこくりと頷き、緑の元へ戻る。白いカードを手渡された緑は小さく唸る。その間に光が車椅子を動かし、緑は端末に向き直る形になった。

「やれるものならやりますけど。そこまで管理権限を取れてないんですよね。アクセス出来るデータだけで良いんですか?」

 いや、と氷怨の唯は否定する。

「権限ならそこにある。やってみてくれ」

「そこって、そんな簡単なものじゃ」

 意見を言いながら、緑はカードを端末に差し込む。プラトーで普遍的に使用される情報媒体だ。

「あれ? ほんとにいけますねこれ。これ自体をコピーしてもいいですか?」

 強力なバックドアの一種か、全自動型のクラッキングか。いずれにせよ、かなり有用なアクセス権利に違いない。返事を待たずに緑はそのデータをコピーし手元に置く。

 当然、頼まれたこともやっている。施設に残存する全データを、白いカードにコピー中だ。

「ねえ。唯にい、でいいのかな?」

 後ろから光の声が聞こえる。氷怨の唯に話しかけているのだろう。

「なんか、すごく懐かしがってない? えっと、これ聞いていいのか分かんないんだけど」

 光は躊躇いながらも言葉を続けていく。重要なことだなと、緑も聞き耳を立てる。

「一人なの? ずっと?」

 光の問いは、純粋が故に本質に近い。それに対し、氷怨の唯は気負った様子もなく口を開く。

「ああ。懐かしいもんだな」

 簡潔な答えは、単純が故に真実なのだろう。全ての行程を終えた緑は、白いカードを引き抜く。

「出来ましたよ。よいしょっと」

 カードを膝の上に載せ、緑は車椅子を漕ぐ。再び回転し、氷怨の唯へと正対する。

 光が近付くも、緑はそれを制止する。白いカードを右手で持ち、それを顔の前に出す。

「取りに来て下さい。なんか意図的に距離を取ってませんか? 来れますよね?」

 カードで口元を隠し、緑は行動を誘う。

 氷怨の唯は何度目かの溜息を吐き、光を見る。

「いつもこうなのか?」

 光は少し考え、肯定とも否定とも取れる首の振り方をする。

「時々、それなりに。緑ねえはからかったりするの好きだから」

「……そうだったな」

 氷怨の唯は歩き出す。一歩進むごとに、血の匂いと冬の匂いが濃くなっていく。嘔吐えずいたり、顔をしかめたりする程ではない。ただどこまでも、寂寥せきりょうとした感慨が広がっていく。

 氷怨の唯が緑の目の前に辿り着く。近くで見ても、やはりその印象は変わらなかった。そして光が言ったように、彼の目はどこか懐かしげな色を帯びている。

 氷怨の唯は左腕のロボットアームをぎこちなく動かし、そのアームを開く。

 そのアームを見て、緑は殆ど無意識に口を開く。

「交換条件です。これは渡します。その代わり、その腕を見せて下さい。そう長くは掛かりません」

 氷怨の唯は頷き、緑もまた頷く。ロボットアームが掴みやすいように、緑はカードをアームの間に滑り込ませる。アームは締まり、カードをしっかりと固定した。

 そして、今まで動くことがなかった顎が駆動する。ぎちぎちと音を立て顎が開き、その内側を晒す。ナイフのように鋭利な歯、いや刃が露出している。

 そして、氷怨の唯はその顎の中へ白いカードを放り投げた。顎は開いた時と同じように音を立てて締まる。

「なにしてるんですかそれ?」

「情報を噛み砕いている。原理は知らない。腕を見たいならこの間にしてくれ」

 顎の内側から駆動音が聞こえる。それが彼の咀嚼する音なのだろうか。

「じゃあしゃがんでくれませんか? 位置が高いです」

 ああ言えばこう言うとでも言いたげな目をしてから、氷怨の唯はしゃがみ、左腕をこちらに出す。

 その部位に触れながら、緑は違和感を確かめていく。

 氷怨の唯の機械化された身体は、無骨だがどれもトップクラスの精度で構成されている。遠目でもそれははっきりと分かった。ほぼ間違いなく天才の仕事……それも一級品以上の天才。

 知っている中で、該当する人物は一人しかいない。

「この腕だけ……どこか」

 呟きながら、緑は違和感の源流を探るべく腕を改める。氷怨の唯の身体は、ドクター・フェイスの手が入っている。自由で大胆で、技術に一切の私心がない。この域に達している天才は、緑の知る限りではフェイスただ一人のみだ。

 だが、このロボットアームだけは違う。荒削りで、拙くて。彼を想う気持ちが、ボルト一つにさえ込められている。

 駆動音が止まり、静寂が広がっていく。それは、この時間の終わりを示していた。

「なるほどな。大筋は理解できた。《ディメンシャード》さえ片付けば大局は決まる」

 そう言い、氷怨の唯は立ち上がる。何をしたのかは分からない。だが、彼は文字通り情報を咀嚼したのだろう。

「あの妙なレリクスですよね。倒してませんでした?」

「逃げられた。近くにあいつらがいたからな。全力で撃てば片が付いていた」

 氷怨の唯は歩き出す。遠ざかっていく血と冬の匂いと、疲れ切った背中に。緑は声を掛けることが出来なかった。

「あれはより強くなる。取り逃がせば取り逃がす程厄介になる。今度は邪魔が入らないように言い聞かせといてくれ」

 一歩も立ち止まらず、或いは情念を振り払うように。氷怨の唯はこの場を後にした。

 光がこちらに駆け寄り、悲しげな表情を浮かべる。

「映像で見てる時、ほんとは偽物なんじゃないかって思ってた。でも、あれは」

 光の言いたいことは分かる。直接相対して、より強く感じたのだ。

「うん。あれは唯くんだね。どうしようもないぐらい」

 ああ、そうかと緑は違和感の本質に気付く。

「あの腕……あれだけ私の」

 荒削りで拙い義手……あの腕だけ、自分の技術が使われている。

 それが意味することを考えながら、緑も光と同じように悲しげな表情を浮かべた。

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