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ノノメ  作者: 風風
修行の始まり
12/15

第十一章 ~ 旅立ちと浄魂の滝 ~

夜明け前の静寂の中、トウマは一人、旅支度を整えていた。背負い袋には最低限の食料と水、そして宗真から渡された一枚の古い地図。それだけが、彼の新たな旅の供だった。


部屋を出ると、暗い廊下で二つの人影が彼を待っていた。


「……行くのか」


壁に寄りかかったシンが、静かに言った。その目には、いつもの皮肉めいた光はなく、ただ純粋な問いかけだけがあった。


「おう。行って、めちゃくちゃ強くなって帰ってくる。そんで、今度こそお前の背中をちゃんと守ってやるよ」


トウマは、にかっと笑ってみせた。その笑顔に、もう迷いはなかった。


「……勝手にしろ。だが、死ぬなよ。お前が死んだら、俺の刀がまた一人ぼっちになる」


シンなりの、最大限の激励だった。


隣では、ナナが腕を組み、そっぽを向いていた。


「……べ、別にあんたのことなんか心配してないわよ!ただ、あんたみたいなバカがいないと、こっちの調子が狂うだけ!さっさと行って、さっさと帰ってきなさい!もし迷子になったり、野垂れ死んだりしたら……末代まで笑ってやるから!」


涙声をごまかすような、ナナらしい毒舌。トウマは、その二人の不器用な優しさが、胸に温かく染みるのを感じていた。


「へへっ、任せとけ!じゃあな!」


トウマは手を振り、二人に背を向けた。もう振り返らない。夜明け前の薄明りの中、彼は祓い屋衆の屋敷を後にした。


***


浄魂の滝への道は、これまでの旅とは比べ物にならないほど過酷だった。地図が示すのは、人が踏み入ることのない険しい山道。道中、彼は何度も霊的な存在に遭遇した。木霊こだまの囁きが精神を惑わし、獣の姿をした低級の妖怪が食料を狙ってくる。


以前のトウマなら、叫び声をあげて逃げ回るか、無我夢中で護符を投げることしかできなかっただろう。だが、今の彼は違った。


(落ち着け……気配を読め。ナナならどうする?シンならどう動く?)


仲間たちの戦い方を思い出し、自分の動きに反映させようと試みる。気配を極限まで消し、危険をやり過ごす。どうしても避けられない敵には、最小限の動きで、最も効果的な一撃を叩き込む。それはまだ荒削りで、ぎこちない動きだったが、彼の中で何かが確実に変わり始めていた。


三日三晩歩き続けた頃、彼の耳に、地鳴りのような音が届き始めた。

空気中の霊気が、肌を刺すように濃密になっていく。


「……近い」


木々を抜けた先、目の前に広がった光景に、トウマは息をのんだ。


そこには、天から落ちてくるかのような、巨大な滝があった。水しぶきは純粋な水のそれではなく、青白い霊気の霧となって周囲に立ち込めている。滝壺は底が見えず、ただただ深淵のような藍色に渦巻いていた。岩肌には苔ではなく、光る霊草がびっしりと生え、その場所全体がこの世のものではないと告げていた。


ここが、浄魂の滝。


「すげぇ……」


ただ、その圧倒的な存在感に気圧される。宗真の言葉が蘇る。「生半可な覚悟で挑めば、魂が砕かれる」。その言葉の意味が、今、痛いほどに理解できた。


トウマは一度、深呼吸をした。両親のいない自分を育ててくれた祖母の顔。いつも自分をからかいながらも見守ってくれた師匠センセーの仮面。そして、町で出会った、かけがえのない二人の仲間の顔。


(俺は、もう一人じゃねぇ)


彼は覚悟を決めた。ゆっくりと滝壺へと足を踏み入れる。水は氷のように冷たいだけでなく、魂そのものを直接握りつぶすような、凄まじい霊的な圧力を伴っていた。


「ぐっ……う……おおおっ!」


歯を食いしばり、一歩、また一歩と滝の中心へ進む。そして、ついにその身に、天から降り注ぐ霊気の奔流を受けた。


ドゴォォォォォォンッ!


全身の骨が軋み、意識が飛び散りそうになる。魂が、その器から無理やり引きずり出され、洗い流されていくような感覚。


「がっ……あ……ぁ……!」


立っていることすらできず、水面に膝をつく。意識が遠のきかけた、その時。


「――ほう。久しぶりに元気な坊主が来たな」


声がした。


滝の轟音に負けないほどはっきり聞こえる、落ち着いた声――のはずだったが、どこか調子に乗った感じもある。


ふらつく視界の中、トウマが顔を上げた。


そこにいたのは――頭がやたらとでかくて、全身が深緑色をした、どう見ても人間じゃない奇妙な存在だった。


そいつはなぜか、滝のど真ん中で水の上にあぐらをかいて浮いている。

しかもポーズだけはやたら神々しい。


「……プフッ」


その瞬間、ぷくっと怒りマークがそいつのこめかみに浮かぶ。


異形の存在は、目を細めて低くつぶやいた。


「……笑ったな?」

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