4-30 泥沼の底
「『私に──全能の翼を』!!」
《飛翔氷剣・騎士団》を還元し、身体強化にも回さず、この捨て身を確実に成功させるために残した最後の一欠片の魔力を、詠唱を代償に得た力を、指輪に注ぎ込む。
「《爆発》!!」
発動するのは爆発の術式。
ヒナが使う魔術を《火炎》と《暴風》の二つに分解し、別々に刻み込んで再現した。
咄嗟に使えるよう仕込み、ここまで隠した幻の切り札。
指輪が二つ砕け散り、捨て身の攻撃に文字通り爆発的な加速力を与えてくれる。
制御なんてしない。加速できるだけ加速する。
身体強化により跳ね上がった身体能力に加え、爆発の加速。
隙を狙っての一撃に加えここまでの戦いで体力も魔力も削った。
もう他に策はない。
だから、この一撃に全てを賭け、全てを注ぎ込む。
「あああぁぁァァァアアア!!」
背中に衝撃が走り、体が押し出される。
ヒナが使うものとは違う制御もクソもないエネルギーの塊が重くのしかかる。
だけど、今はそれでいい。
意識を手放さないよう声を張り上げ剣を握る。
大丈夫、もし仮に死んだって優秀な治療班がなんとかしてくれる。
だから、全力でこの一撃を放てる。
相手の無防備となった腹部めがけ、武器を突き出す。
私の体に乗ったスピード全てを載せた突きを繰り出す。
音も、衝撃も、感覚も、何もかもを置き去りにして、刹那とも、永遠とも感じられるあやふやな時間を経て、目を開け、立ち上がる。
ちゃんと刺せたのかは分からない。
ただ、ぼんやりと、全身が痛いことだけが分かる。
「────!────────!?」
ああ、うるさい。
なんて言ってるのかも分かんないけど静かにしてほしい。
それよりも結果はどうなった?
勝ったのか?負けたのか?
真っ赤に染まった視界で相手の姿を探す。
そして、十秒もかからず見つけることに成功する。
だって、とてもわかり易いところに居たんだから。
死闘を繰り広げた相手は私の足元に、結界に背を預けるように気絶していた。
そしてその腹部に凶器は刺さっていない。
本当に気絶しているだけのようだ。
そして握っていたはずの剣は結界に突き刺さり、私の手から離れていた。
つまり、私は高速で体当りしたのか?
それで結界まで吹っ飛んでぶつけて気絶させたと。
なんだ、一番いい結果じゃん。
ああ、なんか安心したら眠く───
「い"ぃ"っ───!?」
体に走る激痛で目が覚める。
痛みで体が跳ね上がりそうになるが思うように体は動かない。
何が起きた?
その疑問で頭が一杯になるが、すぐに解消されることになる。
「気が付きましたか?」
「は、はい。ええっと……」
「ここは医務室です。試合が終わってあなたは運び込まれてきたんです」
なるほど医務室か。たしかにここはベッドの上だしぼやけた視界でも室内ということはわかる。
あとなんかたくさんの人に囲まれてるのもわかる。
ただ、なんで体は動かないんだ?
原因を確かめるため体を起こそうとするがすぐに制止される。
「動かないでください。今かなりひどい状態ですので」
「え、そんなにですか?」
「はい。どういう状態か聞きますか?」
「ああ、はい。お願いします」
「とりあえず肋骨が三、いや四は折れてますね。あと結界に体の右側からぶつかったので右腕、右足の骨が粉々です。右手の指もですね」
ざっくり聞いただけでもひどい状態というのが理解できる。
直接見えはしないが多分関節が曲がっちゃいけない方向に曲がってる。
「な、治りますかね……?」
「はい」
あっさりと言うなぁ。
「術を掛けてる途中で意識が戻ったので一回中断したんです。魔力が回復する前に治してしまったほうがいいのでこのまま術を掛けてもいいですか?」
「お願いします……」
とりあえず治してもらわないと困るので了承する。
魔力があると反発して術がうまく効かないから一回中断したんだろうな。多少治癒魔術を使えるからそのへんの知識はある。
とりあえず今魔力はすっからかんで反発するおそれはないからさっさと治してもらおう。
「『彼の者を痛みから、苦しみから、苦難の枷から解き放ち給え』」
「『彼の者に癒やしを、彼の者に安らぎを』『主の福音のもとに、赦しの光を』」
「《安らぎの光》」
「《福音の赦し》」
二つの光が混ざり合い、体に染み込む。
春先の暖かい日差しの下に居るような、心地の良い光によってボロボロになった体が癒されていく。
「……はい、終わりました。どこかまだ痛む所はないですか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
体を起こし、軽く動かしてみる。
もうさっきの痛みはなく、最高のコンディションに整えられていた。
「それは良かったです。それじゃあ早く行ってあげてください。お友達が外で待ってますよ」
「あ、すいませんありがとうございます」
ベッドから降り、一礼してから扉へ向かって歩き出す。
ガチャリと音を立てて扉を開けると、ベンチに腰掛け待っていた二人の姿が目に映る。
「あ、レイ──」
「レイチェルちゃん!大丈夫!?痛いところない!?」
「大丈夫、大丈夫だから、落ち着いて」
マルクを押しのけてヒナが飛びかかってくる。
心配させたのは悪かったが落ち着いてほしい。
「お疲れ様」
「ありがとう。それで、勝敗は……」
一番気になってた問を、投げかける。
そしてその答えは──
「レイの勝ちだ」
「レイチェルちゃんの勝ちだよ!」
その返事を聞いて、足から力が抜け、二人と入れ替わるようにベンチに座り込む。
「よかった……」