余計なお節介
高校に入学してから、数週間が経った。
入学当初の緊張は既に薄れつつあり、周りを見渡す余裕もできつつある。
ある程度クラスメイトがどんなやつであるかを把握できているだろうし、同時に自分のクラスでの立ち位置も、ある程度確立している時期だった。
俺の場合順風満帆、多くのクラスメイトに囲まれ、リア充な学園生活を早速送っているのだった…なんてことは特にない。
特に秀でた長所も持ち合わせちゃいなかったし、あの地味な自己紹介が尾を引いたのか、どちらかといえばクラスでは地味な生徒という評価に落ち着いていた。
とはいえ、それでなにか不都合なことがあるわけじゃない。
クラスに友人がいないわけでもないし、無難に過ごせるだけの立ち回りはできているつもりではある。
ごく普通の学生生活のスタートダッシュを決められたといっていいと思う。
……まぁそれもどこまで続くか、正直怪しいものだったが。
「ほら、蓮司。もう放課後だし帰るわよ」
なにせほら、有難いことに、こうして毎日俺に話しかけてくれるクソみたいな幼馴染様がいらっしゃるからな。
堂々たる仁王立ちで、今も俺の机の横に陣取り、綺麗と言われてる顔で見下ろしてくださって、なんとも有難い限りだった。
「……たまには他のやつと帰ればいいんじゃねぇの?」
「は?何言ってんの?いいからさっさと立ちなさいな」
さり気なーくお前と帰るのは嫌ですという空気を出してみたのに、このお嬢様は高校生になっても男心を読むということをしてはくれないらしい。
遠巻きに俺たちのやり取りを見てくるクラスメイト達の微妙な視線も、コイツにとってはなんのそのかもしれないが、小心者のケがある俺にとってはいたたまれないどころの話しではない。
さっさといなくなってくれというのが本音である。
(結局、高校でもこれが続くのかよ…)
既にクラスの中心ポジションを確立しつつある鶴姫。
そんなやつが遊びに誘ってくる他のクラスメイトの誘いを断り、常に一緒に帰ろうと声をかけてくるものだから、入学当初にできた男友達も徐々に、だけど確実に減りつつある。
女子生徒に関してはもっとひどいことになってるし、このままだといじめられることはないにしても、近いうちのぼっち化はきっと避けられないだろう。
早くも俺の高校生活ってやつは、暗礁に乗り上げつつあるようだった。
「わかったよ、それじゃ…」
「ねぇ、鶴姫さん。ちょっといいかな」
内心のため息を押し隠しつつ、立ち上がりかけたところで、その声は聞こえてきた。
腰を浮かせた状態のまま横を見ると、鶴姫に話しかける女の子がいる。
その子には見覚えがあった。自己紹介で、綺麗だと思った子だったからだ。
だけど今は、彼女のふわりとした茶色の髪が、やけに印象的だった。
「ん?なに、えと…姫宮さんよね」
「うん、姫宮愛梨です。名前覚えててもらって良かったぁ」
そう言って、姫宮は微笑んだ。
その笑みは俺に向けられたものでないというのに、見た瞬間心臓飛び跳ねそうになる。
(うわ、滅茶苦茶可愛いじゃん…)
美人であれば鶴姫のことを散々見慣れているからそこまで思うことはないのだが、姫宮の場合は可愛らしさが先に立ち、鶴姫とはまた別の魅力を持った子だった。
俺のタイプの子は鶴姫と正反対の優しい女の子というのもあってか、一瞬で姫宮に見とれてしまっていた。
「……まぁ、クラスメイトだしね。それで姫宮さん、私になにか用?できれば私、早く帰りたいのだけど」
そんな俺を鶴姫は冷めた目で一瞥すると、姫宮に向かって問いかける。
その声色は俺でもわかるくらい刺々しく、人によっては顔をしかめてもおかしくないような突き放した言い方だ。
さすがにそれはまずいだろうと思い、注意しようとしたのだが、それより先に姫宮の苦笑する声が聞こえてきた。
「あはは…ごめんね?正確には、鶴姫さんに用事があるってわけじゃないんだ。紫雲くんのこと、ちょっと借りたいんだよね」
「え……」
俺?姫宮が用あったの、俺ってこと?
「うん。紫雲くん、確か図書委員でしょ?先生に頼まれてた資料、図書室にあるらしいから職員室まで一緒に運んでくれると助かるなぁって」
ポカンとしたツラをする俺を見て、今度はどこか楽しそうに姫宮は笑う。
それはやっぱりとても可愛らしいもので、気付けば俺は頷いていた。
「あ、ああ。俺でよければ…」
「ちょっと、蓮司。そんなの、彼女にやらせておけば…」
鶴姫の横入りに、思わずムッとなる。
気分が良かったのに、水を差された気持ちになったからだ。
俺は鶴姫へと向き直り、反論することにした。
「いや、女の子に重いもの持たせるわけにはいかないだろ。鶴姫がいつもいってることじゃないか」
「う…それは、そうだけど」
いつもコイツの荷物持ちをさせられ、そのたびに言われている言葉を、鶴姫に言い返す。
あの苦痛の時間がまさか役立つときがくるとは、人生ってやつはわからない。
自分の言葉に文句をつけるわけにもいかず、さすがの鶴姫も押し黙るしかないようだ。
そしてそのチャンスを逃すほど、俺だって馬鹿じゃない。
「じゃあ行こうぜ姫宮。図書室でいいんだよな」
「あ、うん」
勢いそのままに立ち上がり、ドアへと向かって歩き出す。
姫宮もついてきてくれているようだ。ただ、後ろのほうで鶴姫が動き出す気配を感じたため、牽制するべく一度後ろを振り返った。
「れん…」
「鶴姫は先に帰っててくれ。もしくは、友達と遊んできたらいいんじゃないか?たまにいいだろ」
ちょうどいいタイミングで声が被さり、鶴姫の呼びかけをかき消すことができた。
それがなんとなく嬉しくて、今度こそ後ろを振り返ることなく俺たちは教室を出ていく。
背中越しに鶴姫を誘うクラスメイト達の話し声が聞こえてくるあたり、追ってくることもないだろう。
そのことにホッとして、思わず安堵の息を漏らしてしまう。
「あー…なんかつっかれたなぁ…」
「ふふっ、お疲れ様。苦労しているみたいだね」
「ほんとだよ、アイツすげーめんどくさくて…ありがとう姫宮。声かけてくれて助かったよ」
隣を歩く姫宮に頭を下げ、感謝の気持ちを伝える。
愚痴も少し漏れてしまったが、まぁこれくらいなら許してくれるだろう。
姫宮も気にした風でもなく、手をヒラヒラと振っていた。大丈夫だと伝えてくれているらしい。
「あはは、それは良かったよ。じゃあ私はもう行くからね」
「え、ちょっ…資料は?」
ただ、その後に取った行動は予想外だった。
姫宮は軽く笑った後、俺を置いて別の方向へと足を伸ばそうとしていたからだ。
明らかに図書室ではない方へスタスタと歩く彼女に、思わず声をかけてしまう。
「ああ、あれね。嘘だよ」
「へ?」
「紫雲くん、なんか困ってるみたいだったから。せっかくクラスメイトになったんだし、助け合いって大事じゃない?これは私からの、余計なお節介ってやつでした」
そう言って、姫宮はニンマリと笑みを作る。
それは先ほどまでの優しい笑顔ではなく、どこかイタズラを成功させた子供のような、意地悪で無邪気な笑顔だった。
「っ…!」
「というわけで、今日は息抜きでもしてきなよ。いっつもつまらなさそうな顔してるし、たまには気分転換も大事だよ」
バイバイと手を振りながら、今度こそ姫宮は去っていく。
だけど、俺はそれどころじゃなかった。
彼女が最後に見せた笑顔に、一気に心を鷲掴みにされていたのだ。
「やっべ…可愛すぎだろ姫宮…」
きっとこの時が、姫宮に好意を抱いた瞬間だったのだと思う。
だけど、そのことに俺はまだ気付かない。
そして、姫宮愛梨という少女の本当の姿も、この時の俺はまだなにも知らなかった。
久しぶりの投稿すみません
更新止まってる作品もちょくちょく更新していくつもりです
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