夕暮れの会話
「ふぅん、なるほどね。だいたい分かった」
俺はこれまでのことを洗いざらい姫宮に話していた。無論幼馴染料金のことも含めた全てを。
俺の話を聞き終わった姫宮は、小さくため息をついた。その仕草に俺の喉も知らないうちにゴクリと鳴る。
「それで…」
「うん、その前にまず一言言わせて。紫雲、あんた馬鹿じゃないの?」
下された判決は、思った以上に直球だった。思い切り呆れた顔でストレートな罵声を吐き出してきたことに、俺は思わず苦笑する。ある意味期待通り、そして俺がかけて欲しかった言葉をかけてくれたことが単純に有り難かった。
変に慰められたりなにも言われないよりはよほどいい。少なくとも俺という人間のことを理解してくれたうえで言ってくれた言葉だから。
「だよな、俺もそう思うよ」
「分かってるならなんでそんなことやるかなぁ。これまでいい子ちゃんだったからそこらへんのさじ加減も分かんなかったり?あんた暴力振るったりだけはしないほういいよ。なんかヤバいことになりそうだし」
「んなことしないって」
姫宮はさらに言葉を続けるが、さすがに暴力に関してはしっかりと否定させてもらう。DV野郎だなんて思われたくないからだ。誰かに暴力を振るったことなど生まれてこの方一度もない。まぁだから鶴姫にこれまで舐められていたのかもしれないが…これは言ったところで仕方のないことだろう。力で相手を支配するというのであれば、結局俺も鶴姫と変わらなくなってしまうのだから。
「それならいいんだけど。まぁなんにせよ紫雲は馬鹿だってことは変わらない。なんでわざわざそんな契約しちゃったのよ。さっさと鶴姫お嬢様と縁切りしておけば今頃全部終わってた話なのに」
「そう、だよな。それで良かったのに、俺は…」
「ああ。いいから、その先は言わなくて。長くなりそうだし、男の泣き言なんて聞きたくない。どうせ長年の鬱憤が溜まってたってだけでしょ」
それに、と言いかけて姫宮はその先を言いよどむ。
だけど俺には分かった。まだ情が残っているんじゃないかと、きっとそう言いたかったのだろう。
そして、それを否定することはできない。姫宮には見抜かれているのだろうけど、長年ともに過ごしてきた幼馴染としての情が確かにあったんだと思う。
それが最悪の形で俺に跳ね返ってきたというだけの話だった。ようは全部自業自得というやつだ。まったくもって笑えない。
「…だと思う。悪いな、姫宮には相談にのってもらったのに」
「そのことは別にいいわよ。あんたの相談に乗る代わりに、私のことは誰にも話さない。そういう取り決めだったでしょ」
そう言って姫宮は手すりに寄りかかり、茜色に染まりつつある空を見上げる。
つまらなそうでもあり、なんとなく物哀しそうでもあるその横顔に、俺は少しだけ見惚れてしまう。それは、俺が彼女を好きだと自覚したときに見た顔だった。
俺と姫宮愛梨が出会ったのは入学式を終えてすぐ、教室での自己紹介のときだった。
出会ったというよりはお互いを認識したといったほうが正しいのか。
俺は無難な挨拶をしすぎて、実際あの時覚えられたのか、そこには少し疑問符がつくけども。
「紫雲蓮司です。よろしくお願いします」
ごく当たり前の挨拶を終えて席に着いた俺は、その後の自己紹介の挨拶に笑顔を貼り付けてまばらな拍手を送っていた。
それは俺だけでなく、この教室にいる大抵の生徒がそうだろう。距離感が分からない以上、本当の自分を見せず、できる限り愛想を良くしてこの場を過ごすのが得策だとこれまでの僅かな人生経験から学んでいたことだ。
「鶴姫舞華。よろしく」
それを無視するのはせいぜい鶴姫くらいのものだ。中学の頃もそうだったし、高校でもそうだった。
鶴姫は短くそう告げると、金の髪を揺らしながらつまらなそうに席に座った。
普通の生徒とは一線を画すその姿は、早くも教室中の注目を浴びたことだろう。
よく言えば高嶺の花。悪く言えば傲岸不遜といったところか。第一印象で格を見せつけることに成功した鶴姫を見て、俺は内心ため息をついていた。
きっと高校でも鶴姫は変わらない。そして俺も、きっと。
諦めにも似た心境のなか、目を伏せていた俺の耳へ、その声は静かに届いていた。
「西中からきた姫宮愛梨です。よろしくお願いします」
その時の姫宮の姿を、俺はよく覚えている。何故か自然と目が惹かれたからだ。
背筋をピンと伸ばし、穏やかな声でいて周りに聞こえるように話す姫宮。
その時の俺は、姫宮のことをただ綺麗な子であるとしか思わなかった。
そのときは、まだ。
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