29話 氷々と舞いて、涼となりて
「おーい、澄玲、春樹ぃー。なーんでこうなったぁ?」
元治を諭し終わり、戻って来た達也が呆れ顔で、二人に事情聴取していた。
「いやー、一応一緒に居て、一部始終を見てたんだけどねー。なんでこうなったのか全く分からんのよ」
「あっそう…」
気が付くと、ギャラリーがかき氷屋の前に集まり、屋台には龍乃心と健太が並んでおり、二人の目の前にはそれぞれ、かき氷器が置いてあり、それはそれは立派な氷塊がセットされていた。
「なんだぁあれ! どんだけバカでけぇ氷だよ。 あれ、全部削るっつーのかよ…」
「うへぇー、このクソ暑い日に良くやるわぁ…。腕が千切れそうだ…」
別に自分達が出場するわけでもないのに、そのあまりに巨大な氷を見ただけで、達也と元治はすっかり辟易してしまった。
一方、スタンバイ中の健太と龍乃心の間では、舌戦が繰り広げられていた。
「おーい明空ぅ、引き返すなら今の内だぜ? 今なら素直に謝りゃ許してやるけど」
「冗談抜かせ。一度引き受けた勝負を途中で投げ出すなんざ、男がする事じゃないだろ」
「…随分と大袈裟な事言うな。これかき氷勝負だぞ?」
「俺のお爺ちゃんからそう教わったんだ。かき氷だろうがなんだろうが、関係ない」
「あはは、お前見かけのテンションによらず、案外負けず嫌いなんだな! 嫌いじゃないぜ、そういうのは」
「…なんか楽しそうだな。俺はお前の事、そんなに好きじゃないけど」
「おーい、お前らお喋りはその辺にしとけぇ! せっかくの氷が溶けちまうだろぉ!」
いつの間にかこの勝負のレフリーに就任していた健太の父親が、二人にレディの合図を送った。
二人は喋るのをやめ、かき氷機のレバーにそっと手を添えた。
「それじゃ行くぞ! レディィー…………ファイぃぃぃ!!!!!」
健太の父親の合図で、勝負がスタートした。
流石の健太はものすごいスピードで、かき氷機のレバーをぐるんぐるん回し、木端微塵に砕かれたかき氷を量産していた。
一方の龍乃心も、健太に負けじと凄まじいスピードでレバーをぐるんぐるん回し、こちらもかき氷を量産していた。
「よーし、いいぞー!! 健太ぁ!!」
「明空も負けんな―!!」
両陣営から、暖かい声援が二人に遅れて続けた。
「明空の奴、初めてやるにしちゃあいい勝負してんなぁー」
「そうだな…でも、一つだけ俺には許せねぇ事があんだ、達也…」
「…? 何言ってんだ、元治」
すると、元治は恨めしそうな顔で若干離れた場所にいる女子の集まりを眺めた。
よく見ると、龍乃心のクラスの女子達だった。
「明空くーん、頑張ってぇぇぇぇ♡」
女子達は、黄色い声で龍乃心に声援を送っていた。
「なーーーんで、あいつはあんなにモテるワケェ!!? なんであんなに沢山の女子達から応援してもらえるワケぇぇぇ!!? なんですか、ちょっと顔がカッコいいとこの待遇ですか!!? ちょっとロンドンから来たっつー設定があるからって、このモテっぷりですか!!? なんなん!! コレなんなん!!」
元治は、天敵の健太と勝負している龍乃心を応援したい一方で、女子の応援を一心に受ける姿への嫉妬心に苛まれていた。
「お前、今最っ高に醜いな。みっとないからやめとけー」
すると、一際大きな声援が周囲に響き渡っていた。
「み♡よ♡く♡様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ♡ このわたくし、『伍蝶院 苺』が、全身全霊の愛を持って応援致しますわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ♡♡ 頑張ってくださいませぇぇぇぇぇぇ♡♡」
「あ…愛が重い…」
伍蝶院のヘビー過ぎる愛の応援に、達也と元治は苦笑いするしかなかった。
「あ、おい、いつの間にか二人共氷が残りちょっとだぞ!」
「はぁ…すげぇな…。それに二人共ほぼ同じ位だ」
もの凄い勢いで氷が削られ、二人共ラストスパートをかけていた。
もはや、削る勢いが凄すぎて、殆ど更に入っておらず、そこら中に削られた氷をまき散らしてる状態になっており、まるでダイヤモンドダストの如く中を舞い、辺りに束の間の涼をもたらしていた。
「うおぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐうぅぅぅ……!!」
やがて、両者の氷は残り僅かとなってた。
「どっちだ、どっちが勝つ!?」
「あぁ、二人共無くなる!!」
ほぼ同時に二人の手が止まった。
かき氷機を見てみると、セットされたハズの巨大な氷塊が姿を消し、辺り一面に削られた氷が散らばっていた。
「今の…どっちが勝ったんだ…?」
「いや…俺には同着にしか見えなかったけど…。つーか、かき氷勿体ねぇな! ほぼほぼぶちまけてんじゃねーかよ。あの氷何人分のかき氷が作れたんだよ」
流石に二人共体力を使い果たしたのか、肩で息をして、ぜぇぜぇ言っている。
「お…親父ぃ…どっちが勝った…!?」
「い…いや…それが、よく見てなくて、分からなかった…。勝負に見入っちゃってて…」
「いやふざけんなよ、ちゃんと見てろよ!! 」
健太の御もっともな怒りが、健太の父親に向けられている時、一人の老人が手を挙げた。
「ワシがぁ…ここで見ておった…。最初から最後まで、つまり決着の瞬間もなぁ…」
「…き…気付かなかった…爺さん…」
その声の主は、龍乃心の曾祖父、通称「辰じい」だった。
「あらら、こりゃ辰じいじゃねーか! 全然気付かなかった…」
「ったく健次郎! 子供ん頃から注意力散漫というかなんというか…自分の息子が真剣勝負しとるんだから、ちゃんと見とけバカもん!!」
「す…すんません…」
「まぁそれは置いといてだ…。二人の真剣勝負、間近で見せてもろうたぞ。中々楽しかったぞ。んで、勝敗についてじゃが…」
その瞬間、龍乃心と健太は固唾を飲んで、耳を澄ませた。
「健太と言ったな?」
「え、あ、はい」
「お前さんの方が、僅かに早かった」
その瞬間、周りから歓声が沸き上がった。まるでオリンピックで金メダルでも取ったかの様な盛り上がりである。
「元治…念のため確認するけど、あいつらがやってたのってかき氷削りの勝負だよな」
「うん、そうだな…。何この熱狂」
元治と達也は、この場のノリに全くついて行けていなかった。
龍乃心がかき氷機の前を離れようとすると、健太が声を掛けてきた。
「おい、明空!」
「…何?」
龍乃心は、やや悔しそうな顔をしながら返事をした。
「へへ、今回『は』俺の勝ちだぜ…」
健太の言葉を聞いて、一瞬黙ったが、やがて薄っすらと笑みを浮かべた。
「これで1勝1敗…次は負けないからな」
「…じゃあ続きは、夏休み後だ!」
そういって、龍乃心は屋台を離れ、健太は元の持ち場に戻った。
すると、辰じいがニヤニヤしながら龍乃心を見ていた。
「…なんだよ、笑いに来たのかよ」
「なんだ、その言い草は! 可愛い曾孫が夏祭りではしゃぐ姿を見に来たんじゃろがい!」
「よく言うよ…」
「じゃがまぁ…お前の姿を見て安心したのは確かだ。少しづつこの村に溶け込めてるみたいじゃねぇか」
「あぁ…うん、まぁ」
元治と達也の方を見ながら、ボソボソと呟いた。
「何をボソボソ言っとるんだ、お前は! まぁまだまだ祭りは続く。残り時間まで、せいぜい楽しんでこい。じゃあな、お前の親父にも宜しく言っておけ」
そう言いながら、辰じいは人混みの中に消えて行った。
すると、元治と達也がこっちにやって来た。
「いやー、明空、ホントに惜しかったなぁ! まぁとりあえずお疲れさん!」
達也は労いの言葉を龍乃心に掛けた。
「ばっきゃ野郎、明空! 健太に勝って見返してやろうっつったじゃねぇーかよぉ!」
元治は相変わらずワケの分からない事を言っている。
やがて、澄玲と春樹も戻って来た。
「あ、勝負終わったの? どっち勝ったの?」
「惜しくも明空が負けちまった…って、お前らどこ行ってたんだよ」
「あー、春樹と一緒に、残りのお金で食べ歩き的な?」
「お前ら、ちょっとは友達の雄姿に興味持てよ」
「いやー、お腹空いちゃってさぁ…」
「僕も腹ごしらえは済みました。これから金魚すくいの第二戦目に…」
「待て待て待て、春樹! もー辞めてやれ! あのおっちゃんが居たたまれなくなるから!」
今度は物凄い勢いで、伍蝶院が向かって来た。
「明空様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! この度は、ほんっとに残念でしたわぁ!! こんな時は、このわたくしが、勝負で敗れ、傷心された明空様を思う存分癒して差し上げますわぁ♡♡」
「おいおいおいおい、またなんか暑苦しい&めんどくせぇのが来たあぁ!!」
「まぁ、なんであなたの様な野蛮人がここにいるの!? それにわたくしは明空様に用があるのであって、あなたには塵程も用は無くてよ?」
「おーい、コラてめぇ、俺の事また塵っつったか? 塵も積もりゃあ山となんだよぉ!!」
「いや、お前ら他所でやれ他所で!!」
あまりの騒々しさに、若干辟易としつつも、不思議と嫌な気分では無い事に、龍乃心は気付いていた。
「…うん、悪くないなぁ」
「ん? 龍君、何か言った?」
「なんでも」
こうして、また騒々しくも楽しい思い出が龍乃心の記憶に刻まれていった。
その日は祭りが終わっても、いつまでも祭囃子が唄っている様だった。
※次の更新は06月01日(月)の夜頃となります。




