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明空の先の日常にて  作者: ふくろうの祭
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27話 波紋に舞いて

「どうする? とりあえず、入り口の屋台から順番に回ってく?」


「んー、それで良いんじゃない?」


こうして5人は一緒に屋台を回り始めた。

緑居村の一大イベントとあって、村中の人々が老若男女集まっていた。

祭囃子の音が、祭りの非日常感をより一層引き立てていた。


「いやー、やっぱ夏祭りは良いよな。元治じゃないけどテンション上がるっていうか…」


「だべ? 達也も分かる様になったなぁ!」


「いや…元治に言われると腹立つ…」


「ちょいちょーい、あんたらー!」


「ん? 澄玲なんだよ」


「あんたたち、私の格好を見て、なんか言う事無いの?」


「え…? んーと、こんばんは澄玲さん!」


「ちがーう」


「じゃあ…ちょっと太っ…」


全て言い終わる前に、元治は澄玲に叩きのめされた。


「が、元治が祭に来て早々くたばっちまった…」


「いや、今のは元治君が自業自得な気が…」


「で、龍君は私の格好を見てなんか感想ないの?」


今度は龍乃心に向けられた。


「なんか…」


そこから龍乃心は若干考え込むと、やがて口を開いた。


「浴衣…って言うんだっけ? 似合ってると思う…」


「いやー、龍君ありがとー♡ 流石、いい男だわ!」


「明空ってぶっきらぼうに見えて、案外空気読めるよなー」


「確かに。ただ、自分から相手に言わせようとする澄玲さんもどうかと思いますが…」


「あんたら、ひそひそ話のつもりかもしれないけど、全部聞こえてるからね?」


「あっ…はい、すみません…」


達也と春樹はすぐに背筋をピンと伸ばし、速攻で謝罪した。


「いつつ…あれ、気を失ってた…」


「元治、大丈夫かよ?」


「なんか…良く分かんねーけど、川みたいが流れてて、その向こうに死んだばーちゃんが手を振ってる夢を見てた様な…」


「いや、それ三途の川じゃねーか! あぶねー、危うく死ぬとこだったな」


「え、何殺人未遂!? つーか、どんだけ全力で俺の事張った倒したんだよ!」


「えー、私何の事か分かんなーい」


「腹立つわー。まぁいいや、とっとと回ろうぜ!」


こうして5人は、再び屋台を巡り出した。

リンゴアメやわたあめ、かき氷、焼そば、たこ焼、チョコバナナ等の食欲を誘うものやら、射的や輪なげ、かたぬき、金魚すくい、お面等、子供の遊び心を擽るものまで、定番の屋台が沢山あった。

また、同じ種類の屋台でも、微妙にメニューが違ったりで、様々な屋台が群雄割拠していた。


「おっしゃあ、じゃあ俺はまず射的からいくぜぇ」


「いきなり射的? なんか順番おかしくない?」


「うるせーな、最初は射的って去年から決めてたんだ! おっちゃん、頼む!」


「おう、元ちゃん、今年も性懲りも無く来やがったな!」


「何を!? 今年の俺ぁひと味違ぇから、見てろよ!


「ハッハッハ、じゃあその腕前見せてもらおうじゃーか!」


「よっしゃ、いくぜぇ!!」


結果、清清しい程の外しっぷりで元治は惨敗した。


「だー!! なんで当たんねーんだ!?」


「ハッハッハ、残念だったな元ちゃん!」


「もっかい挑戦させろ、おっちゃん!!」


「おいおい、大丈夫か? 俺は構わないけど、すってんてんになっても知らねーぞ」


「見てろよおっちゃん、こっからが本番だからな!」


しかし、その威勢も虚しく、またも全て見事に外してしまった。


「元ちゃん、まだやるか?」


「…いや、もういいです…」


すっかり撃沈してしまった元治は、意気消沈しながら呟いた。


「ハッハッハ、その方が良い! また来年挑戦しな!」


「はっ! 見てろよおっちゃん! 来年こそは全部当ててやっからな!」


見事なまでの捨て台詞を吐いて、元治は射撃を後にした。


「あれ、元治なんか景品当たったの?」


「うっぜー、お前ら! がっつり射的してるとこ見てたろ!」


「だって元治、撃つとき手がプルプル震えてるし、撃った瞬間目ぇ瞑ってるし…。そりゃあ当たるもんも当たらねーよ」


「うるせーな、びびっちまうんだよ! なんか文句でもあんのか?」


「なんでそんな偉そうなんだ…」


「さぁ次だ次!」


そう言って、5人は再び屋台を巡り始めた。

各々食べたい物を買って食べたり、他の人の買ったのを味見させてもらったりして、楽しんだ。


「なんだこの雲みたいの…」


龍乃心が興味津々で見つめていたのは、わたあめだった。


「それ、わたあめって言って、甘くて美味しいんだよ♪ 私も大好きで必ず買うんだ」


「へぇー、甘いのか。せっかくだから買ってみようかな」


「じゃあ私も買おう! おじさん、わたあめ2つちょーだい!」


「あいよー! 隣のイカしたあんちゃんは澄玲ちゃんのボーイフレンドかい!?」


「実は私達、許嫁同士で、将来結婚を約束してる仲なのー♪」


「え、あ、え、そうなの!? え、澄玲ちゃん、許嫁居たの!? いやー、知らなかった…。え、ホントに?」


「あはははは、冗談に決まってるでしょ! 簡単に信じちゃうんだから!」


「っだよ、全く大人をからかいやがって!」


「ふふふ、おじさんからかい甲斐があるから、ついつい」


「末恐ろしい嬢ちゃんだよ…」


「っていうか、早くわたがし頂戴よ」


「あぁ、悪ぃ悪ぃ!」


わたがし屋のおじさんは慌てて、わたがし機に割り箸をつっこみ、慣れた手つきであっという間にわたがしを製造見せた。


「すごいなこれ、見る見る内に雲が割箸にくっついてく…」


「ふふふ、何龍君、食べる前からわたがし気に入っちゃった?」


「うん、ずっと見てられる」


「あいよ、わたがし二人分!」


早速受け取ったわたがしを、口に含んだ。


「なんだこれ…スゴい甘い」


「だってわたがしだからね」


龍乃心がわたがしの甘さに浸っていると、元治達がやって来た。


「なんだよ明空、わたがし食ってたの?」


「あ、うん。そっちは? …なんか元治が絶望の顔してるけど」


龍乃心の言う通り、ついさっまで祭男とか抜かしていた元治は、おおよそ祭には似つかわしくない顔をしていた。


「元治の奴、あれから輪投げのやら射的(2回目)やら、やったんだけど、悉くダメでさ。あっという間に元治のじいちゃんから貰ったお金使いきっちまった」


「チクショー、絶対インチキしてんだよ!! 輪投げの輪とか、射的の銃に細工してやがったに違ぇねよ!」


元治は、聞いて呆れる様な戯れ言をほざいていた。


「で、食べ物も食べない内に、元治の祭は終わったってワケね」


「終わってねーわ! 寧ろ金無くなってから本当の祭りが始まんだよ!」


「意味わかんないから。ほら、この焼きそば半分やるから、少し落ち着け」


「いや…あの…ありがとうございます、達也君」


達也から貰った焼きそばを夢中になって貪る姿が、龍乃心、澄玲、春樹には悲しく映った。


「明空君、あれを見てください、金魚すくいがあります!」


「きんぎょすくい…?」


「あはは、春樹は祭りに来たら、絶対に金魚すくいやるもんね♪」


「当然です、金魚すくいこそ祭りのメインイベント。やらない理由が見つかりません」


やがて春樹達は金魚すくいの屋台の前にやって来た。

去年もやっていたらしく、金魚すくいのおじさんが春樹達に気付くと挨拶してきた。


「おーおー、今年も来たな金魚荒らしが! 少しは手加減してくれよー?」


「ふふふ、僕はいつでも真剣勝負で行きますので…」


「へぇー、春樹有名人なんだな」


「お、なんだか見慣れねえ兄ちゃんだねぇ! 金魚荒らしの友達か!?」


「あ、はい、今年の春にロンドンから越してきました…」


他人に話しかけられ、少し驚きつつも龍乃心は答えた。


「おーおー、兄ちゃんが噂のロンドン小僧か! みんな噂してるぜー!」


ロンドン小僧という、バカにしてんのかという様な珍妙なあだ名で呼ばれ、龍乃心は呆気に取られてしまった。


「なんつったって、春樹はやたら金魚すくいが上手くてなぁ! 去年なんか何匹取られたか分かったもんじゃねーやな! 人呼んで『金魚・踊り食いの春樹』なんつってな!」


「いや、誰も呼んでませんから。なんか僕が金魚を食べる奴みたいに聞こえるんで絶対に止めてください」


「あ…はい、すみません、もう言いません」


春樹に一喝されると、一瞬で大人しくなった。

なんとも肝っ玉の小さい男である。


「なぁなぁ明空、折角だから一回やってみろよ」


達也が龍乃心にチャレンジする様進めた。


「是非是非! 金魚すくいの奥深さを味わって下さい」


「あぁ…じゃあ一回だけ…」


「お、兄ちゃん挑戦するかい!? じゃあ今から網渡すからなー! ちなみに一回100円だ」


龍乃心は男に100円を渡す代わりに、金魚すくいの網を受け取った。


「え…なにこれ?」


龍乃心の想像していた網とは程遠い、紙でできた、脆そうな網を怪訝そうな顔で見つめていた。


「これが金魚すくいで使用する一般的な網ですよ。これを使って金魚を捉え、手元のお椀に入れるのです」


「これで?? 馬鹿なんじゃないか、この店は」


純粋、且つ唐突な龍乃心の暴言に、周囲は呆気に取られてしまった。


「いやいや、ナチュラルな暴言吐くな。金魚すくいってのは、その脆い網をうまく使うんだよ」


「上手くっつったって、これ紙…」


そう言いながら、龍乃心が網をツンツンしていると、呆気なく紙の網に穴が空いてしまった。


「あ、穴が空いたぞ…」


「いや、思いっきりお前が空けたんだろーが! そりゃ破れるわ!」


「ったくしょうがねぇなぁ、兄ちゃん。特別サービスだぞ」


そう言って、男は代わりの網を渡してくれた。


「ではまず、僕がお手本を見せますから、それを参考にしてみてください」


そう言うと、春樹は目を閉じて呼吸を整えた。

そしてゆっくりと手に取った網を、自分の顔の前に抱え、精神を研ぎ澄ませた。


「なぁ澄玲、毎回思うんだけど、この動作何の意味があんだ?…」


「春樹にとっちゃ儀式みたいなもんなんだから、黙ってやらせておきなよ」


やがて春樹は手に取った網を水面に対して、平行にし、ゆっくりと金魚が戯れる水面に近づけた。


「はっ!!」


良く分からない掛け声と共に、目にも止まらぬ速さで網を金魚の真下に滑り込ませると、そのまま金魚を手元のお椀の中に瞬間移動させた。

まさに刹那の出来事であった。

少し遅れて、周囲から歓声が上がった。


「へっ、去年より更に研ぎ澄まされてやがる…。ここに来るまで相当厳しい修行を積んだと見た…」


「いや、修行してないですけど。何勝手に妄想劇繰り広げてるんですか」


案外春樹はドライだった。


「では、明空君もやってみてください」


「分かった…」


「龍君大丈夫かしら…」


「いやー、明空結構器用だから、見ただけでもいけんじゃねーか? 4月のドッチボールの時も、試合見てただけでボール投げれる様になってたし」


龍乃心は目を閉じて呼吸を整えた。

そしてゆっくりと手に取った網を、自分の顔の前に抱え、精神を研ぎ澄ませた。


「いや、明空君、そこの動作は参考にしなくてイイですから。結構それ見せられるの恥ずかしいので」


「あ、そうか…」


やがて春樹がやった様に、手に取った網を水面に対して水平にし、徐々に近付けていった。

やや小さめの、オレンジと白の模様を纏った金魚をターゲットに据えた。


「今だ…!」


龍乃心は小さく呟くと、目にも止まらぬ速さで網を金魚の下に滑り込ませ、そのまま網を振り抜いた。


「おぉ!?」


凡人にはついて行けぬ程のスピードに、周囲は動揺した。


「あれ、金魚は??」


よく見て見ると、龍乃心の手元のお椀の中は空っぽだった。

龍乃心が焦って、周囲を見渡していると、元治が茫然とした顔で手元に持っている食べかけの焼きそばを見つめていた。


「…?? どうした元治?」


達也が尋ねた。

よく見て見ると、元治が持っている焼きそばの上で、龍乃心が掬い上げたと思われる金魚が、元気良くビチビチしていた。


「あの…元治…」


「焼きそば…俺の焼きそば…」


その場はなんとも言えない空気に包まれた。

※次の更新は05月18日(月)の夜頃となります。

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