Trick but Treat ~捻くれた甘え方~
アスカを捕まえて、ひと段落した。
とりあえず、僕が捕まることは今のところない。少しずつペースを落として、最後にはゆっくり足を動かして。歩く。
ここは庭だ。
色とりどりの、艶やかな薔薇が咲き乱れ、薔薇以外にも、椿やら牡丹やら、沈丁花までところどころに咲いている。
ちぐはぐだけど、全てが存在を主張し、譲らない。
だからなのか、全ての花が美しいと思う。
鬼は今、誰だかわからない。
そろそろ別の場所に移動しようとしたところで、名前を呼ばれた。
彼女だった。
どうやら、鬼ではないらしい。
僕の近くまで来て、薔薇を見つめる。
「綺麗」とか「いい香り」とか。そんな言葉をぽつりぽつり呟く。
そんな彼女を、僕はただ見ていた。
そんなに経ってないはずなのに、時間は長く感じた。
薔薇を見ている彼女を、花を見ている彼女の横顔が、ただ純粋に、一瞬でも「可愛い」と思った。
本当に一瞬だった。
こちらに向かって、誰かの足音が聞こえた。すごい速さだ。走っているんだろう。
僕は不意に彼女の手を引き、近くの茂みに身を潜める。
彼女も、強引に引っ張りこんだ。
なんでだか、自分でもわからない。
自分のしていることが、わからないんだ。
僕の手が彼女の口を塞ぐ。
「あれぇ?」間の抜けた、アスカの声。
まだアスカが鬼なのか。
アスカは、僕らの近くまで来たものの、気づかなかった。
そして、一通り辺りを見回すと、さっさと別の場所へ行ってしまった。
今ここは、2人だけだ。
僕の手はもう、彼女の口を塞いでいない。
彼女は気まずそうに身を強張らせている。
頬は少し赤く染まって。小刻みに体を揺らして。その姿が可愛くて。
彼女の背中を、僕は包んでいる。
離れたくない、と思った。
離したくない、と思った。
彼女のこの姿を、もっと見たいと思った。
僕は自分の唇を彼女の耳に近づけ、そっと囁いた。
「……今日はハロウィンだったよね?」
Trick but Treat……
「お菓子をくれても悪戯するよ?」
どうして僕は、素直になれないんだろう。
ただ一言、「側にいて」と言えばいいのに。




