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願いのかたち、風に舞う熱砂のように⑧

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。

ラシールの消滅とともに、王都は平穏を取り戻していった。


王都ファルナート王国における騒動は、俺達の奮闘により終結した。

王宮の玉座の間にて起こった激戦は、国中に知れ渡り、

『黒き者』が国を覆う災厄を打ち破ったという伝説として語られ始めていた。


ラシールの支配は完全に崩れ、操られていた衛兵や国民達も解放された。

市街では暴徒を装っていた魔物娘反対派の連中も、

ヴァネッサ達仲間の活躍によって各所で鎮圧され、混乱は収束の兆しを見せていた。


ジンニーヤの宿る“願いのランプ”は、王家によって再び遺跡の最奥に封印されることとなり、

徹底した防護と共に、後世に語り継がれる伝承のひとつとなった。

ジンニーヤも、それを『退屈だけどまあ仕方ないわね』と苦笑いして受け入れた。


そして俺達は、女王パトラからこの上ない称賛を受けた。

『貴殿は、この国を救った英雄だ』と、堂々たる言葉で。


その祝福の証として、数日に渡って祝祭が行われることが決定され、

王宮主催による盛大な舞踏会が催されることとなった。

その日、王都には灯りが絶えることなく灯り続け、人々の笑い声が夜空に響いたという。


◇ ◇ ◇


砂漠の夜は、熱気の名残と星明かりが溶け合う静けさをまとっていた。

城の中庭に設けられた舞踏会場には、無数の灯りと絹の装飾が揺れ、音楽と笑い声が絶え間なく響いている。


正直、こういう場は性に合わない。

けど俺は今、王国を救った“英雄”として、ここに立っている。


胸元の飾りを無駄に目立たせた正装に身を包み、身動きすら窮屈な服に襟を引っ張りたくなるのを我慢する。

周囲から向けられる敬意と憧れ、興味と噂…そのすべてが、心をざわつかせた。


目に映るのは、アラビアン風のドレスに身を包んだ仲間達の姿。


リリアはワインレッドのドレスに身を包み、腰のあたりでくびれたシルエットが一層際立っている。

なんというか…すごく、目のやり場に困る。


ヴァネッサは相変わらずというか、黒地に銀の刺繍が入ったドレスをさらりと着こなしていた。

ワイングラスを傾けるその仕草も優雅で、周囲の貴族らしい男達がちらちらと視線を送っているのが見える。

けど、本人はまったく気にしていないようだった。


ライアは――まあ、予想通りというか、ちょっと居心地悪そうにしていた。

動きにくそうに裾をつまんでる姿はどこか不器用で、それでもどこか誇り高さを感じさせる。彼女らしいって思った。


エルザは濃い色合いのドレスに身を包んで、静かに立っていた。

目が合った瞬間、すっとそっぽを向かれて、ほんのり頬が赤く染まっていたような気がする。

…あれは気のせいじゃないよな。


トーラはもう誰かと踊ってて、楽しげな声が聞こえてくる。

あの人混みにもまったく物怖じしないのは、さすがだと思う。


エリシアは柔らかな笑みを浮かべて、どこか浮かれすぎず、それでいてしっかりこの場に馴染んでいた。

静かに腰を折って貴族達に挨拶する姿は、まるでどこかの宮廷に仕えていたかのように優雅だった。

けれど、その目線は時折こちらを追っていて、視線が合うとふわりと微笑まれた。…なんだか、照れる。


そんな中――セレナだけは、壁際の柱にもたれ、腕を組んだまま浮かない表情をしていた。

蛇の髪が落ち着きなく揺れていて、周囲のきらびやかな空気にまったく馴染んでいないように見えた。

本人も、それをわかっているのか、目をそらしたまま小さくため息をついている。


(…あいつ、どうしたんだろ)


俺はそっとグラスの中身を飲み干して、会場を後にした。

華やかな音楽と光の海から抜け出し、静かな石の回廊へと足を向ける。

夜風が吹き抜け、少しだけ汗ばんでいた額にひんやりと心地よい。


(ちょっと、落ち着こう…)


舞踏会の喧騒から抜け出し、やがて俺は人気のないバルコニーにたどり着いた。

広がる砂漠の夜空には月が高く昇り、無数の星が静かにまたたいている。

中庭から流れる音楽と笑い声は、ここまで届くころにはすっかり遠くかすれていて、風の音と夜の匂いに紛れていた。


俺は手すりに寄りかかり、深く息を吐いた。

胸の奥にたまっていたものが、少しずつ解けていくような感覚があった。


(きらびやかな場は、やっぱりどこか落ち着かないな…)


仲間達の晴れ姿は確かにまぶしくて、みんなそれぞれ似合っていた。

だけど、どこか自分だけがそこにいていいのか、そんな感覚が拭えなかったのも事実だった。


月は高く、砂漠の空気を透かして凛と光っていた。

その時、背後から聞き慣れた声が聞こえた。


「こんなところでどうしたの?英雄さん」

振り返ると、セレナがそこに立っていた。

柱の影から現れた彼女は、腕を組んだまま、少しあきれたような、それでいてどこか柔らかな表情を浮かべていた。


「ちょっと疲れてな…どうも華やかな場は慣れなくてな」

「その気持ち、わかるわ。私も、ああいう場所…あまり得意じゃないもの」

セレナが俺の隣に並び、一緒に夜空を眺める。

月明かりに照らされた横顔はどこか気恥ずかしそうで、

それでもいつものように腕を組み、つんと据えた態度を崩さない。


「へぇ~、どうりで落ち着かない顔してると思ったよ」

「ちょっと…見てたの?」

反射的に返ってきた声は、ほんのわずかに裏返っていた。


「まぁ、浮いてたしな」

「っ……」

セレナがちらりと睨んでくる。けれどそれも本気じゃない。

その視線の奥に、ほんのわずかな戸惑いと照れが混じっているのがわかった。


「学院じゃこんなのなかったんだから、仕方ないじゃない」

そう言った彼女の声には、ほんの少し懐かしむような響きがあった。

きっと、彼女にとっても学院での時間は、居場所に近いものだったのだろう。


「大丈夫さ、俺だって庶民の出だし。パーティなんて縁のない話だったからな」

少し肩をすくめるように言うと、セレナはくすりと小さく笑った。


しばらくふたりの間に言葉はなかった。

けれど、その沈黙は重くも気まずくもなかった。

ただ、静かに寄り添うような、心地よい沈黙だった。


高く広がる空には雲ひとつなく、澄み切った闇に無数の星が散りばめられている。

砂漠の空気は乾いていて、その分夜の匂いが濃く感じられた。


「…不思議ね」

ぽつりとこぼれた声に、視線を向ける。


「何が?」

セレナは空を見たまま、少しだけ目を細めた。


「こうしてアンタといると、なんか…落ち着くのよね」

まるで月に語りかけるような声だった。

あまりにも自然で、あまりにも素直で。

普段のセレナとは思えないくらい、真っ直ぐな響きだった。


「急に素直だな」

「い、いつもは素直じゃないみたいじゃない!」

反射的に返された言葉は、強がりにしては声が裏返りすぎていた。

その姿に、思わず笑いがこみ上げる。


「そりゃそうだろ。もっと心を開けば可愛げがあるのに」

「……っ、余計なお世話よ!」


ぷいと顔を背けたセレナの頬には、はっきりとした赤みが浮かんでいた。

それでも彼女は、その場から離れようとはしない。

むしろ、風に揺れるドレスの裾が、さっきより少しだけ俺の足元に近づいていた。


バルコニーを撫でる夜風が、ふたりの間をそっと通り抜けていく。

その静けさが、今だけはとても心地よく思えた。


ふとセレナが何かを思い出したように、視線を夜空からこちらへと戻す。

その瞳には、さっきまでの照れ隠しや拗ねた色とは違う、どこか探るような、それでいて真剣な光が宿っていた。


「…アンタ、結局ジンニーヤに願いを言わなかったそうじゃない?」

唐突な問いに、俺は目を瞬かせた。


「ん?ああ、まぁ…叶えられる願いには制約があったしな。願いの内容次第で、別の形になるって言われたし」


「でも、それを知る前にでも…言ってみればよかったじゃない」

「“元の世界に帰りたい”って――アンタの、本当の願いを」

風の音に紛れたその声は、どこか掠れていて、けれどしっかり俺の胸に届いた。


セレナは正面を向いたまま、視線を合わせようとはしない。

けれど、その横顔はほんの少しだけ強張って見えた。


「…なんで。なんで、言わなかったの?」

その問いは、責めるようでもなく、ただ、真っ直ぐだった。

まるで、自分の中に湧き上がった不安を確かめるように。

そしてそれがどこか、俺への想いの裏返しにも感じられて。


「うーん…」

俺は答えに詰まり、曖昧に返してしまう。

正直、即答できなかった。自分でも、はっきりした理由がわからなかったのかもしれない。

けれど、ひとつだけ確かなのは、目の前の彼女を含めた仲間達のことが頭に浮かんだからだ。


俺の返事を待つように、セレナはじっと黙っていた。

その横顔は強がりも皮肉もなく、ただ真剣で少しだけ、不安そうだった。


「…もしかして、帰るつもりがないの?」

その言葉に込められた感情を、俺は無視できなかった。


「…まだ、わからない」

正直な気持ちだった。迷いも、嘘もなかった。

バルコニーを渡る風が、二人の間をそっと通り抜けていく。

俺は月を見上げながら、言葉を紡いでいく。


「セレナや、皆といる時間が…心地よくてさ。時々、このままでもいいんじゃないかって思えてくるんだ」


旅の中で出会った仲間達。笑い合って、ぶつかって、命をかけて戦って。

気づけば、自分の居場所みたいになっていた。


だけど。


「…でも、ふと頭に浮かんでくるんだ。元の世界にいる家族の顔が」

母の顔。父の声。妹の笑い声。

当たり前だった日常が、今はもう手の届かない遠い場所にある。


「俺が急にいなくなって、不安にさせているだろうなって…大事になっているかもしれないって思うとさ」

胸の奥がじわりと痛む。

戻りたいというより、戻らなければならないという感覚。


「だから、その両方の想いが…せめぎ合ってるんだ」

ここにいたい。でも、帰らなければ。

この世界で築いた絆と、元の世界で残してきた絆。

その間で揺れている自分が、今の俺だった。


隣のセレナは、黙って俺の言葉を聞いていた。

ただ静かに、何も言わずに。その姿に、少し救われた気がした。


「…そっか」

その声には、どこか寂しさがにじんでいた。

けれど、それでも俺の言葉を否定するような響きはなかった。


彼女は視線を落とし、手すりにそっと触れながら、低く続ける。


「…アタシ、遺跡の中で言ったじゃない?『アンタがいなくたって』って」

あの時の彼女の言葉が、脳裏に浮かんだ。


「…あれ、つい…いつものクセで強がっただけ」

強く、冷たくさえ響いたその一言。

でも、それが本心ではなかったことに、今更ながら気づかされる。


「本当は…アンタと離れたくないわ」

その言葉は、まるで月の光のように、静かに、けれどはっきりと胸に届いた。

驚きも、戸惑いもあった。でもそれ以上に、心が強く揺さぶられていた。


目を合わせようとすると、セレナはすっと顔を背けた。

けれどその頬は赤く染まり、かすかに唇が震えていた。


――ああ、これが彼女の本音なんだ。

ツンケンしていて、素直じゃなくて、誰よりも不器用で…でも真剣で、

伝えたいことを飲み込んでしまうほど、優しさを抱えている。


「…ありがとう。本当の声を聞かせてくれて」

そう言った瞬間、セレナの肩がぴくりと震えた。

ほんの少し、目を見開いて、すぐに顔をそむける。


「…もう、アンタのそういうとこ、ズルいわよ」

「えっ?」

「な、なんでもないっ!」


慌てたように否定する彼女の声は、明らかにうろたえていた。

でも、そのまま終わりにはならなかった。


セレナは顔をそむけたまま、少しだけ間を置いてから、そっと言葉を紡いだ。

「…けど、これからもちゃんと傍にいてくれるんでしょ?」


その声音には、どこか不安が滲んでいた。

強がりの奥にある“本当の気持ち”が、再び顔を覗かせる。


俺は迷わずうなずいた。

「ああ…もちろん」


この世界に来て、どれだけ迷っても、まだ答えが出なくても。

それでも、今この瞬間、隣にいる彼女に対しては、迷う理由なんてなかった。


セレナはしばし無言のまま、そのまま月を見上げていた。

そして、ふいにふてくされたような口調でつぶやいた。


「…そ、それなら、別にいいけど!」

言葉とは裏腹に、頬にはうっすらと赤みが差していて、視線は微妙に揺れていた。

俺が思わず笑みをこぼすと、彼女はすぐさま睨んでくる。


「な、何よ!?」

「いや、なんでも」

でもその顔は、どこか少しだけ、嬉しそうだった。

星のきらめきが降るような静けさの中、

二人の距離は、ほんの少しだけ近づいていた。


未来がどうなるかなんて、誰にもわからない。

ただ一つ言えることは、今こうして彼女と過ごせる時間を、大切にしたい。

それが、俺の…ささやかな願いだ。

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