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願いのかたち、風に舞う熱砂のように⑥

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年。


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

精霊と心を通わせたり、精霊の力を行使できる。


トーラ

種族:ミノタウロス

ヴァルハールの町の自警団に所属。肉弾戦が得意。


パトラ

種族:人間

ファルナート王国を統べる王女。


ラシール

種族:人間

王女パトラに仕える宰相。

地上に出ると、太陽はすでに高く昇っていた。

灼けつくような熱気と、容赦なく照りつける陽光。

あれだけの戦いを経て、なお容赦のない現実が広がっていた。


俺は手にしたランプをしっかりと握りしめながら、あたりを見渡す。

だが、見えるのは同じような砂丘ばかりで、方向の手がかりになるものは何一つなかった。


(…こっちか?いや、違うか?)


焦る気持ちだけが膨らみ、足がすくむ。

王都の位置すら分からないまま、ラシールを追うなんて、そんな無謀、わかってる。

けど、今は立ち止まっていられない。


背後から足音がして、リリアとセレナが地上に姿を現した。


「はぁ…追いついた」

二人とも傷を負っている様子はなく、表情はしっかりしていた。

リリアは俺のそばに歩み寄り、抱えていたランプにちらりと目を向ける。


「早く追いかけましょう!」

セレナの目に焦りと怒りが浮かんでいる。

ラシールの裏切り、そしてジンニーヤの力を得て飛び去ったあの姿。放っておけるはずがない。


「でも王都に向かうって言っても…この砂漠で方角もわからないのよ?」

言葉のとおりだった。遺跡を出たはいいが、見渡す限りの砂と陽炎の地平線。

俺達は空を飛べるわけでもなければ、地形に詳しいわけでもない。下手に動けば、逆に命を落としかねない。


「くっ…!」

思わず拳を握る。王都の危機は明らかだ。

放っておけばパトラや民たちがどうなるか。

だが、このままでは、追う術すらない。


その時だった。

地面が、わずかに揺れた。


「っ…この気配…!」

セレナが一歩、俺の前に出る。

足元の砂が波打つようにざわめき、やがて一ヶ所が盛り上がる。

巨大な砂のうねりと共に、あのサンドワームの娘ドゥーナが姿を現した。


「…お前たち、無事だったか」

その声は、地鳴りのように低く、だがどこか安堵が混じっていた。

俺が返事をする前に、ドゥーナは言った。


「上空へ飛んだあの“気配”…貴様らの敵と見ていいな」

俺は頷く。そして、まっすぐにドゥーナを見上げた。


「ああ。奴はこの遺跡でランプの力を奪い、王都へ飛んだ。止めなきゃ、取り返しがつかないことになる」

ドゥーナはしばし目を細めると、静かにうなずいた。


「…ふん。言葉は要らぬ。見ていればわかる。お前の目…その決意に、偽りはない」

次の瞬間、ドゥーナの尾が砂を大きくかき分け、俺達の前に滑らかに差し出された。


「我が背を貸そう。王都までなら、砂の下を最短で抜けられる」

「…いいのか?」

「お前達が遺跡で見せた力と意志…この砂の民として、報いるべきだと思ったまでだ」

誇り高く言い放つ彼女の言葉に、胸が熱くなる。思わず、ランプを握る手に力が入った。


「ありがとう、ドゥーナ。助かる」

「礼など要らん。ただし、しっかりつかまっていろ。途中で振り落とされても知らんぞ?」

どこか楽しげな口調を残して、ドゥーナは尾をしならせる。俺達はその上に飛び乗った。


目指すは、王都ファルナート。俺達は砂の大地を駆けていった。


◇ ◇ ◇


カケルさんたちが遺跡探索に旅立って一日。

私はこの国の人々や考え方に触れて過ごしていました。


女王パトラ様は毅然としながらも心優しく、魔物娘と人との共存に真剣に取り組んでおられます。

森も木もない――私の故郷とは真逆の国。

それでも、この国が歩もうとしている道を、私は応援したいと、そう思えていました。


けれど。


胸の奥にふと、波紋のような違和感が広がったのです。

遠くからざわつきが届いたような気がして、私は思わず耳を澄ませました。


「…?」

空気が少し変わったように思えて。小さな不安が、心の奥に芽生えます。

私は回廊の角を曲がり、中庭を抜けて正門へ向かいました。


近づくほどに、そのざわめきは確かに大きくなっていきます。

人々の怒声。何かを叩く音。誰かの叫び。

胸の鼓動が早まっていくのを感じながら、私は足を速めました。


やがて門を見渡せる高台に辿り着いた時――そこにあったのは、混乱でした。


「っ…!」

王宮の正門前には、数十人…いいえ、それ以上の人々が押し寄せていました。

掲げられた布には、目を覆いたくなる言葉が並んでいます。

「魔物娘反対」「この国は人のものだ」「女王は目を覚ませ」――。


「これは…大変です!」

私はすぐに踵を返し、控えの間にいる仲間の元へ急ぎました。

ざわめきが迫ってくるように思えて、心臓が締めつけられるようです。


ヴァネッサさん、ライアさん、エルザさん、トーラさんを連れて戻ると、事態はさらに深刻になっていました。


「…どこか騒がしいとは思っていたが、これは穏やかではないね」

ヴァネッサさんが静かに吐息をもらします。

暴徒のような人々は棒や工具を手にし、兵士たちの制止を無視して押し黙り、

看板を掲げて動こうとしません。


「人の数が多いな…武器まで持ってるなんて」

ライアさんの声には警戒が滲んでいました。


「こりゃあ暴動ってやつか、どうしてまた急に…」

トーラさんは苛立ちを隠せません。

確かに、この国では魔物娘に好意的でない人を見かけることはありました。

けれど、こんなにも急に、しかも整然とした動きになるなんて。


「広場に集まっている者達…ただの市民ではない。配置が整いすぎている。意図的に扇動しているとしか考えられない」


ヴァネッサさんの声が低く鋭く響き、私の背筋も自然と伸びました。

確かに、一部が声を張り上げ、周囲を煽っているように見えます。


「このままだと…危険かも」

エルザさんが小さく呟きました。その紫の瞳には、不安の色が浮かんでいます。


「王宮の中へ押し入るつもりかも」

ライアさんは鋭く視線を巡らせ、警備の薄い場所にすぐ気づいたようでした。

胸の奥で警鐘が鳴るようです。これは偶然ではない。陰謀の影を感じます。


「それなら、急いでパトラ様に報告を――!」

私が駆け出そうとした、その時でした


――ガンッ!!


重い音を立てて、王宮の正門が押し開かれたのです。


「っ…!?」


黒い波のように、人々がなだれ込みました。

怒号と狂気の表情を浮かべた彼らは、もはやただの抗議者ではありません。


「門が破られたか…トーラ、ライア、エルザ、応戦を。中へ入れさせてはならない!」

ヴァネッサさんの声が空気を一変させました。


「おう、任せな!」

トーラさんがかちどきの声を上げ、暴徒たちの前に立ちはだかります。


「やれやれ…まったく、こういう役回りは好きじゃないんだがね」

ヴァネッサさんが軽くマントを翻します。


「…みんな、気をつけて」

エルザさんの声は小さくても、意志の強さがにじんでいました。


「ここは私達が抑える!エリシア、お前は急いで女王のもとへ!」

ライアさんは剣を抜き放ち、正面の暴徒に向かって踏み出しました。


「え…わ、私が?」


「この場の状況を報告できるのは、君しかいない!」

ヴァネッサさんの冷静な声が追い打ちをかけました。


「扇動者の存在、魔物反対派の影…すべてを伝え、女王の決断を仰ぐんだ」

胸が高鳴ります。怖い…でも、やらなければ。


「…わかりました!」

私は頷き、走り出しました。

足音が玉座の間へ響くたびに、背後では仲間たちの声と鋼の音が交差していました。

穏やかだった王宮に、嵐が吹き込んでくる――そう感じながら、私は女王のもとへと向かっていきました。


◇ ◇ ◇


足音が王宮の白い石の床に響くたび、胸の鼓動まで重なってしまうようで…

どうしようもなく息苦しくなっていました。


(どうか、間に合って…!パトラ様に、お伝えしなければ…)


祈るような思いで、ただ前へと進みます。


玉座の間の扉が目に入ると、迷うことなく両手を伸ばしました。

重々しい扉を押し開けながら、声が震えてしまうのも構わず叫びます。


「パトラ様!」


「…どうしたのだ、そんな顔をして」


凛とした声が響き、政務の席に立つパトラ様がこちらを見つめておられました。

その変わらぬ気高さに、逆に胸が痛むほどでした。


「町で…暴動が! 広場に武装した人々が集まり、王宮の門を突破いたしました!」

喉が焼けるように痛むのに、必死に言葉を紡ぎます。


「ヴァネッサさん達が応戦しておりますが、相手があまりにも多すぎて…!」


パトラ様はゆるやかに立ち上がられました。

その姿はいつもと同じ優雅さを纏いながらも、

瞳には私の知らぬほど強く冷たい光が宿っていて…思わず背筋が伸びます。


「…門を破ったと。ならば、もはや待つ理由はない」

その静かな声に、ぞくりと震えながらも、同時に安堵も覚えてしまいました。


(この方なら…必ず。私も、その力にならなければ)


その時、天井から不吉な軋みが響きました。


(今の音は…?)

顔を上げても、ひびも瓦礫も見えません。

けれど、胸の奥が妙にざわついて仕方がないのです。


――バリンッ!


大理石が砕けるような轟音。煌びやかな天井画が崩れ落ち、砂塵が舞い上がりました。


「きゃっ…!」

思わず身を翻す私の目の前に、砂塵を割って現れたのは――異形の影。

背に黒鉄の翼を広げ、赤銅の肌を燐光で照らす、禍々しき存在。

呼吸が詰まり、胸が凍りつきます。


「なっ…なにやつ!」

パトラ様の声が鋭く響きます。

その視線の先には、背中から黒鉄のような翼を広げた異形の存在が、

燐光を帯びる赤銅色の肌を晒して立ってました。


突き出した顎、剥き出しの鋭い牙、冷たい眼光。

そのすべてが、王宮の空気を侵し、尊厳を踏みにじるようでした。


「ハハハッ、私が誰かわからないか、パトラ女王!」

その声――耳にした瞬間、全身が凍りつきました。知っている声。まさか…。


「貴様は、もしや…ラシール!?」

「その通り!見るが良い、この偉大なる姿を!」


広げられた翼。掲げられた腕。その姿は、もう人ではなく…。

目の前にいるのは、かつての宰相ではない。大きすぎる力に飲み込まれた化け物。


「なんて禍々しい…っ!」


「貴様、その姿…もしや、ランプの力を!」

パトラ様の怒気を孕んだ声に、ラシールは得意げに嗤う。


「フハハハッ、察しが良いな!そうとも、これこそが私が求めていた力だ!」


「あなた…最初からそれが目的で…!」

問い詰めるというより、確かめたかった。

私の声は震え、言葉の終わりには絶望が滲んでました。


ラシールは唇を歪めて嗤う。

燐光を纏うその異形の顔が、愉悦に染まっていきます。


「目的?ふん、今更そんなことを聞くのか、小娘よ」

低く響く声が、まるで神殿そのものを揺らすかのように重く、そしてどこか陶酔に満ちていました。


「私はずっと見てきたのだ。先王の御世から、王達が“血”だけを理由に玉座を継いでいく様を。

どれほど無能でも、どれほど愚かでも…“血”という偶像だけで人々を従わせ、国を導くつもりでいる。

その欺瞞に、私は長年耐えてきたのだ」


目を細め、ラシールは一歩前に進み出る。

その一歩ごとに、床に散らばる瓦礫が音を立てて砕けました。


「私は証明してみせよう。この国に必要なのは“血”などではない。

知と力を備え、理によって導ける者こそが、真の支配者だとな!」


パトラ様が歯を食いしばります。

だが、ラシールはお構いなしに言葉を紡ぎます。


「女王よ、お前が課した“試練”…まったく、愚かしい茶番だったな。

だが、そのおかげで私はランプに触れることができた。

そして願ったのだ。この身に、あらゆる権威を打ち砕く力を、と!」


再び広間に響く、高らかな笑い声。

それはもう人間のそれではありませんでした。

どこまでも冷たく、どこまでも傲慢で、どこまでも哀れな――。


突如、ラシールが右腕を大きく振り上げました。

その掌から、ぞっとするほど禍々しい紅い魔力が放たれます。


「…なっ!」

まるで濁った血のような光が、広間に一気に満ちるのがわかります。

それは生き物のように脈動しながら、王宮に仕える従者達の胸元に、赤い紋様となって染み込んでいきました。


「やめて!それ以上は…!」

彼らの目から光が消えました。

代わりに、赤黒い瘴気のような光が浮かんでいます。

まさか、精神の支配? 


ラシールの唇が冷ややかに歪んでいます。

「さあ…お前達、我が声に従い、“愚かな女王”を粛清せよ」


その言葉と共に、従者達が一斉に動き出しました。

無表情のまま、誰一人として迷うことなく、パトラ様へと殺到してきます。


「っ、パトラ様…!」

私は気づけば前へ踏み出していました。心臓が痛いほどに打ち、手も震えます。

けれど――退くわけには参りません。

弓を構え、矢を引き絞りました。


「誰一人、触れさせはいたしません!」

声は震えても構いません。多勢に無勢でも決して退きません。


「パトラ様は…私が、守ります!」

迫りくる殺気と対峙しながら、矢を放つ覚悟を固めました。


◇ ◇ ◇


轟音が、砂の海を裂いた。


「うわっ、ちょっ、速――!」

ドゥーナの背にしがみついた俺は、思わず叫んだ。

耳元を風が唸りを上げて通り過ぎ、視界の端はすでに砂と空の境界が曖昧だった。

リリアが俺の左腕にがっつりと掴まり、セレナは逆側で冷静を装っているが、

その蛇の髪が風に煽られバチバチと暴れているあたり、内心穏やかじゃないはずだ。


「飛んでんのかこれ!?いや違う、潜って、跳ねて…!?」

地中を滑るというより、跳躍と突進を繰り返してるような独特の動きに、俺の感覚は完全に振り回されていた。

何かにつかまってなきゃ、一瞬で吹き飛ばされる。


「つーかドゥーナ、少しは加減してくれってばああああああっ!!」


ようやく地面が安定したかと思えば、目の前には見覚えのある王都の入り口が見えてきた。


「止まる気配ないけど!? ちょ、マジで――!」

ガァン、と砂煙とともにドゥーナが急ブレーキをかける。

その反動で、俺達は大きく前のめりになったが、なんとか落下せずに済んだ。


「…と、とりあえず、着いた?」

全身に砂を浴び、ぐったりとしながら俺は呻いた。まだ足が震えている。

砂煙の向こう、王都の輪郭がはっきりと姿を現す。


「ドゥーナ、ありがとう!」

砂まみれになった体を起こしながら、俺は叫んだ。


「礼はいらぬ。それより…」

ドゥーナがこちらに顔を向けた。

褐色の肌に砂粒を纏いながらも、その瞳は鋭く、獣のように何かを見据えている。


「町の様子がおかしい。心してかかれ、人間よ」

その一言に、胸の奥がざわついた。

俺達は視線を交わし、無言でうなずくと、城門の隙間から中へと足を踏み入れた。

だが、すぐにその異変を思い知らされることになる。


通りの先。広場の影。家の角。

次々に姿を現したのは、王都の住人達だった。

その瞳は血走り、焦点が合っていない。

歯を剥き、唸り声のような呻き声を漏らしながら、こちらを睨み付けていた。


「皆、正気じゃないわ!」

リリアが叫び、すぐに蹴りで一人を吹き飛ばす。


「遺跡で倒したあの精鋭兵と同じね…!」

セレナも蛇の髪をうねらせ、石化の視線で突撃してきた者の動きを止める。


次々と襲い来る住人達。だがその表情には怨嗟も怒りもなく、

ただただ空っぽで、命令だけをなぞるような、機械じみた狂気が宿っていた。


「カケル、急いで王宮に行って!」

リリアが振り向きざまに叫ぶ。口調はいつも通り軽いが、その瞳は真剣そのものだ。


「ここは私達が食い止めるわ!」

セレナも身構えながら叫ぶ。蛇の髪が宙を泳ぎ、周囲を警戒している。


「でも――!」

「いいから行って!」

リリアの一喝と共に、彼女の蹴りが地面を砕き、襲いかかってきた男達を吹き飛ばす。

その勢いに気圧されるように、俺は思わず一歩下がった。


「…分かった!」

歯を食いしばりながら、俺は駆け出した。

王都の奥へ、王宮へこの異常の元凶を突き止めるために。


走りながら俺は、迫りくる住人達の攻撃を回避し、霧のように身を消して転移する。

現れた先は、半壊した商店街の屋根の上。周囲を見回し、次の転移先を定める。


混乱は町中に広がっている。

虚ろな瞳の住人たちが武器を手に、仲間や知人を攻撃している光景が目に入るたび、胸の奥がざわついた。


(ラシール…あの野郎、ここまでのことを…!)

拳を握り、再び転移。飛ぶようにして王宮の方角へ向かっていく。

やがて視界が大きく開けた。


「……っ!」

王宮の正門前。

そこでは、すでに突破した暴徒達と、見知った仲間達の戦いが繰り広げられていた。


「そこまでだぁッ!!」

俺は転移を繰り返しながら、暴徒達の群れを一気に切り抜ける。

気配を感じるたびに間合いを詰め、最低限の力で拳を叩き込む。

できるだけ傷つけないように、それでも確実に動きを止める一撃を。


「…皆、無事か!」


「遅かったな!」

瓦礫の上で剣を振るうライアが、ちらりとこちらを見て口角を上げる。


「いいとこで来やがったな!」

トーラは獣のような闘気を滲ませながら、大きな瓦礫を蹴り飛ばして敵を吹き飛ばしている。


「…よかった」

エルザは無言でハンマーを振り下ろし、俺の方を見ずにぼそりと呟いた。


次々に返ってくる声に、緊張で張り詰めていた胸が少しだけ緩んだ。

思わず笑みがこぼれそうになる――が、その余韻を切り裂くように、ヴァネッサの声が届く。


「カケル!君に頼みがある!」

彼女は黒マントを翻しながら、宙を滑るように敵をいなし、鋭い眼差しでこちらを見据えていた。


「なんだ!?」

俺も肩を並べるように応戦しながら、問い返す。


「君は早く、女王のもとへ向かうのだ!」

「えっ…?」

思わず足が止まりそうになった。


「先程エリシアを彼女のもとへ向かわせたのだが…得体の知れぬものが上空を飛んできてね!」

その言葉に、胸がざわつく。


「それ、ラシールに違いない!」

ヴァネッサは、こちらの言葉を受けて頷いた。


「エリシアと女王の身に危険が及んでいるかもしれない。だから君は、急いで玉座の間へ!」

「でも、お前達だって…!」


視線を巡らせる。敵は多い。彼女達だけで守りきれるとは思えなかった。


「なぁに、ここは我らがなんとかするさ」

そう言ったヴァネッサの笑みは、まるで闇の中に浮かぶ月光のように頼もしかった。


「行け、カケル!アタイらなら問題ない!」

トーラが地を踏み鳴らしながら吠える。


「…気を付けて」

エルザの低く静かな声に、俺は強く頷いた。


「…ああ、皆頼むぞ!」

もう迷いはなかった。仲間達を背に、俺は黒い霧を纏い、玉座の間へと全力で駆け出した。

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