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森の祈りと鋼の侵略者⑤

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術・護身術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


エリシア

種族:エルフ

森に住むエルフ。精霊と心を通わせることができる。

咄嗟に振り返ると、そこには複数の人間達の影が、すでに通路を封じるように立っていた。


天井の梁の影から、崩れた柱の奥から、

そして背後の分岐路からも、ぞろぞろと姿を現す。


銀黒の鎧をまとった近衛兵達が盾を構えて通路を塞ぎ、

軽装のボウガン兵たちが射線を交差させて上段から狙いをつけていた。

さらに、黒布のフード付きの服を纏った魔術師たちが円陣を描き、

その手元に展開された魔法陣が、いまにも術を発動できる状態で光を脈打っていた。


空気が変わった。

息をするたびに、肺がじんわりと締めつけられるような圧が肌にまとわりつく。


「囲まれてる…!」

リリアが息を呑み、冷静に周囲を見渡す。


「結界の気配は感じない…けど、あれはすぐに発動できる構え。

 下手に動けば、即座に火花が飛ぶわ」

セレナが低く唸る。


「…くっ」

ライアはギリ、と歯を噛み締め、敵を睨みつけた。


誰もが理解した。

ここで何をしようとも、無益だということを。


そんな中、音もなく通路の奥から足音が響く。

整ったリズムで、堂々と。誰の足音よりも冷たく、重く。


「ふふ…まんまと罠にかかってくれたわね」


通路の奥から、一人の女性がゆっくりと姿を現した。

三十代後半ほどだろうか。

赤い長髪は丁寧に後ろで束ねられ、無機質な眼鏡が鋭く光を反射している。


細身の体には赤と黒を基調としたローブ――ただの装飾ではなく、

随所に魔術装置の刻印や補助構造が仕込まれており、実戦を想定した機能性を感じさせる。

まるで錬金術師と技術者を足して割ったような、妙な威圧感をまとっている


袖口から覗く手指は白く細いが、関節の動きに無駄がなく、精密な道具に近い印象を受ける。

顔立ちは端正というより整いすぎていて、表情の起伏が薄いせいか、仮面のような無機質さがあった。

その目がこちらをとらえた瞬間、言葉ではなく“観察”されている感覚が走る。


「どうして気づかなかったのか、不思議だったかしら?」

誰も答えなかった。だが、その沈黙が彼女の満足げな笑みに繋がる。


「気配遮断の魔術を展開していたの。

足跡も気配も、魔力の残滓さえも、すべてを霧の中に沈める術。

あなたたちのすぐ後ろに、ずっと私たちはいたのよ。

けれど、誰一人として“こちらの存在”に気づけなかった」


リリアが、はっと息を止めた。

「…あれだけの人数で…完全に遮断されていたなんて」


「さて、君達が私の“作品”を破壊してくれた連中…で、いいのかしら?」


俺は眉をひそめ、闇の剣を作りだす。

「…お前は?」


「名乗っておきましょう。私はメレティス。グロリアの開発責任者――この計画の、技術統括よ」

その笑みには感情の温度がなかった。

まるで、ここにいる誰もが“対象”にすぎないとでも言うような、冷たい瞳だった。


“グロリア”…たしか“栄光”を意味する言葉だったか。

だが、その名を冠された兵器は、破壊と暴力の象徴にしか思えなかった。

それが、彼女にとっての“栄光”なのか。だとすれば、俺達とは決して相容れない。


「早速だけど…その娘、エルフの女を渡してもらおうか」

メレティスは当然のように言い放った。


「実に良質な素材なのでね」

その言葉に、俺達は一瞬、言葉を失った。

まるで道ばたの石でも指さすかのような口ぶりだった。


「…目的は何だ?」


「君達は見たでしょう?私の研究の一端を」

「精霊の魔力を兵器に定着させる実験――それが“グロリア”よ」

「そしてそれは、十分に機能した。

次はより複雑で適応力のある“魔物娘”との同調だと考えたまでよ」


語る声には誇らしさも高揚もない。ただ乾いた報告のように、淡々と続いていく。

命を弄んでいるという自覚すら、欠けているのかもしれない。


「魔物娘を素材にするって……本気で言ってんの?」

セレナは目を見開いたまま、わずかに震える拳を握りしめていた。

怒鳴るでもなく、叫ぶでもない。ただ、その言葉の端々ににじむ感情が、

彼女の中に沸き上がった怒りの深さを物語っていた。


「精霊達を…貴女が…!」

エリシアは拳を震わせ、視線を地面に落としたまま、かすれた声を絞り出す。


「どうしてそんなことができるの…! あの子たちは、ただ森にいただけなのに!」

声は震え、怒りとも悲しみともつかない想いがにじんでいた。

小さな体が、大きなものに踏みにじられた痛みに、耐えているかのように。


「“いただけ”だからよ」

メレティスの声には微塵の情もなかった。

「精霊達は、ただ漂っていた魔力の塊。その六割はこの森に無為に循環していた。

それを回収し、応用することで、グロリアの出力は安定する」


言葉に刺すような強さはない。ただ静かに、理屈だけが並べられていく。

だからこそ、その冷たさが際立っていた。


「お前にとって…命は、ただの道具か!」

手のひらに爪が食い込むほど強く握った拳が、感情の高まりを抑えていた。

叫びたかった。剣を振りかざしたかった。でも――まだ、それはできなかった。


「そう。でも、私の研究のためにその命が使われるのなら――誇っていいはずよ。

君達の命が、未来の技術の礎になるのだから」


誇張も、皮肉もない。

ただの“事実”として述べている。

心の芯を、凍てついた指でなぞられたような感覚が走った。


「……どうして、エリシアなの?」

その声には静かな怒りが込められていた。

冷たくも熱を帯びた視線が、まっすぐメレティスを射抜く。


メレティスはわずかに目を細め、静かに告げる。

「グロリアは精霊を核とする兵器。制御には共鳴性の高い“素体”が必要になる。

だから、精霊との親和性が高い彼女はまさにうってつけなのよ」


「……それだけか?」

俺が低く問い返す。


「ふふ……理由は他にもあるわ。他の魔物娘の捕獲は、想定以上に激しく抵抗された。

複数の捕獲作戦が失敗している。でも、彼女はか弱く、非戦闘型。狙いやすかったのよ」


その言葉に、誰もが怒りをこらえた。

誰かが息をのむ音が、はっきりと聞こえた気がした。

エリシアは口元を震わせ、目を伏せたまま何も言わなかった。

でも、その背中は、わずかに震えていた。


「おっと。この状況で――下手な真似は、しないことね」


メレティスの声が、まるで刃のように空気を切り裂いた。

包囲の外縁では、魔術師と兵士たちが緊張を保ち、いつでも動ける態勢でこちらを睨んでいる。

その気配だけで、誰も軽率には動けなかった。


「……わかりました」

エリシアが静かに一歩前に出る。

小さな肩が揺れずに立っていることに、俺は一瞬、言葉を失った。


「…行きます」


「エリシア、だめだ!」

俺は思わず叫んだ。だが、彼女は微笑すら浮かべていた。

どこか寂しげで、でも確かな覚悟を秘めた笑顔だった。


「私は……誰かを犠牲にしてまで、自分が守られることなんて、望んでません」

「ここで抵抗したら、誰かが傷つく。カケルさんが…みんなが」

「私が行くことで、誰も傷つかずに済むなら…それでいいんです」

声を震わせずに言い切るエリシアの姿に、言葉が出なかった。

エリシアが俺の方を見つめる。

その瞳は、怯えてなんていなかった。

ただまっすぐに――“信じてる”と語っていた。


「賢明な判断ね。やっぱり、“素材”は頭が良い方が扱いやすいのよね」

メレティスがぞっとするような声色で口元をわずかに吊り上げる。


「エルフの娘は預からせてもらうわ」

メレティスが静かに言い、ゆっくりと手を上げる。

その合図に応じるように、彼女の護衛たちが動き出した。


俺はその場に立ち尽くしていた。

無理に動けば、仲間たちが危険に晒される。それがわかっていても、拳は震え、喉の奥が熱い。


どうして、こんな選択しかできない。

強くなったはずなのに、何一つ守れていないじゃないか。

それでも…それでも、俺は!


「それと、あなたもよ」

メレティスの言葉が、軽やかに落とされた。


「……俺も?」

思わず、顔を上げて睨みつける。

メレティスは平然とその視線を受け止め、目元だけで笑った。


「当然でしょう?あなたがここに残れば、仲間達と暴走しかねない。

けれど、あなたを預かれば、きっと静かに様子を見るわ。……抑止力というやつね」


場が凍りつくような沈黙に包まれる。

そして、ほんの一瞬、彼女の瞳がわずかに色を帯びる。


「それにあなたの中にある力、私の得たものとよく似ている。

けれど、どこか違うの。あなたは…それを、まるで“自然に扱っている”。

暴れもせず、拒絶もせず…自分のものとして」


その瞳が細くなる。獣のような冷たい光がそこに宿っていた。

「その違いが、気になって仕方がないのよ。ねえ、貴方はどうしてそれを使えるの?」


静かな声音だった。だがその裏には、明確な“知的欲求”が潜んでいた。

まるで研究対象に手をかける直前の、科学者のような目だった。


「ふふ……答えは出なくてもいい。

ただ、近くで観察させてもらうだけよ。あなたのような被検体、滅多に手に入らないんだから」


俺は一歩踏み出しかけ、しかし、すぐに足を止めた。

振り返れば、仲間達の顔が見える。


誰も声を上げない。ただ、止めたい思いが目に浮かんでいた。

俺が動けば、バランスは崩れる。

それが、わかっていた。


「……勝手にしろ」

低く吐き捨て、俺は視線を落とした。


「ただし、絶対に後悔させてやる」

メレティスは目を細め、口角をわずかに吊り上げる。


「楽しみにしているわ。あなたがどこまで“人間”でいられるのか、その行き着く先を」


◇ ◇ ◇


重い扉が軋む音を立てて開いた。

メレティスに導かれ、俺とエリシアは研究エリアの奥の石造りの小さな空間へと足を踏み入れる。


部屋は、遺跡とは思えないほど整っていた。

中央には円形の石台があり、床には複数の魔法陣が刻まれている。

壁には古びた呪符が吊られ、天井からは青白く光る水晶盤がゆっくりと回転していた。


「ここが“儀式場”よ」

メレティスが無感動に言った。


「もともとは古代の精霊信仰に用いられていた祭壇よ。少し調整すれば、“今風の目的”にも使えるようになる」


俺は、メレティスの護衛に剣とボウガンを突き付けられていた。

この状況だけ見れば、俺の“闇の力”でどうにでもなる。

だが、仲間達の安否のためにも、大人しく従うしかなかった。


その間にも、エリシアは無言で中央へ導かれていく。

その台座には、横たわったまま身体を固定できるような帯具が設けられていた。

どこか――何かの“座席”のようにも見える構造だった。


「ご安心を。傷はつけないわ。…まだ、ね」


メレティスは愉快そうに微笑み、護衛に軽く合図を送る。

エリシアが石台の上に横たえられ、手足を固定する帯具がカチリと小さな音を立てて閉じた。


部屋の明かりが少し落ち、代わりに床の魔法陣が淡く発光し始める。

水晶盤の回転が加速し、空中に小さな紋章が浮かび上がっていく。


「始めましょう。まずは、精神の安定性と精霊との同調率を測るわよ。

“搭乗環境”に適応できるかどうか――その前段階として」


その言葉に、俺は眉をひそめた。

“搭乗環境”――?


だが、問い返す間もなく、魔法陣が脈動を始める。


エリシアの身体がわずかに跳ねた。


「……っ……ぅ……!」


思わず声を上げそうになったが、護衛たちの動きに身構え、言葉を飲み込む。

拘束はされていない。だが、動けば何が起きるかわからない状況だった。


彼女の身体を傷つける装置は見当たらない。

けれど、魔力が強引に引き出されているのがわかった。

彼女の胸元から、淡く緑色の光が立ち昇っていく――精霊との共鳴反応か?


「この反応……驚くほど安定しているわ。

素晴らしいわね。やっぱりあなたは、“うってつけ”よ」


陶酔するような声音で、メレティスが記録用の呪符を手に取る。


「今はただの共鳴検査。でも、本番はもっと後。“本体”に接続してからが、真の適性評価よ」


その言葉が、何を意味するのか。

俺はすぐには理解できなかった。


だが、エリシアの苦しげな息遣いを目の前で聞きながら、

胸の奥で、何かが冷たく沈んでいくのを感じていた。


石台を中心に刻まれた魔法陣が、再び脈動を始める。


それに呼応するように、天井の水晶盤が低く唸りをあげ、

空中に浮かぶ紋章が複雑な幾何模様へと変化していった。


「次の段階に移行するわ。精神領域との同調値、深度三――展開」


メレティスの指先が呪符をなぞる。

その途端、石台の周囲にあった魔術具が一斉に反応し、淡い光を放ち始めた。


エリシアの身体が、再びぴくりと震える。


「……くっ……うぅ……」


その小さなうめき声に、俺の手が無意識に拳を握る。


魔法陣の光は徐々に強さを増し、

エリシアの胸元から立ち昇る緑の魔力が、

いくつもの浮遊呪符に吸い込まれていくようにして拡散していた。


その光は美しく、けれどどこか冷たい。

まるで、彼女の“精霊とのつながり”そのものが、

一片ずつ削り取られていくような、そんな感覚だった。


「いい反応ね。想像以上。精神構造の耐久性も申し分ないわ」


メレティスは淡々と、いや、どこか楽しげに呟く。

その口元には、観察者としての興奮すら浮かんでいた。


だがエリシアの顔は、明らかに青ざめていた。


額には汗が滲み、呼吸も荒い。

唇はかすかに震え、意識を手放しかけているのが見て取れる。


「もう十分だろう!」

俺の声が響くが、メレティスは顔ひとつ動かさない。


「いいえ、“検査”は終わったわ。…ここからが“本番”よ」

メレティスは呪符を一枚はがし、空中に浮かべる。

すると、壁の一部が音もなく開き、奥の空間へと続く細い通路が現れた。


そこから姿を現したのは、俺達が倒した個体とは別物のグロリアだった。

光を抑えた灰銀の装甲、胸部に埋め込まれた精霊核を模した呪術式。

その背面には、細く伸びた生き物の血管のようなものが幾重にも絡まっていた。


「まさか……!」


息を呑む俺の前で、魔術師達の呪文とともに、

グロリアがゆっくりと足を踏み出し、台座のすぐ脇まで歩み寄り停止した。


「これが“本体”。あなたが適合した機体。今からその中へ入ってもらうわ」


メレティスはそう言って、

台座の下部に刻まれた魔法陣へ手をかざす。


「先程までの儀式で、精霊核との意識接続は十分に構築済み。

あとは“器”を本体に収め、反応を確認するだけよ」


「…やめろ、メレティス!」


「ここまで来て何を言ってるの?適合体が“兵器”として成立するかどうか――その最終段階なのよ?

こんな記録的瞬間、見逃すわけないでしょ?」


台座の魔法陣が再び脈動し、石に組み込まれた呪符が発光を始める。

その輝きに包まれながら、エリシアの身体が、わずかに浮き上がる。


「…くっ!」


抵抗しようとする気配はある。だが、意識がもう限界に近い。


「やめろおおおおおおッ!!」


叫ぶ俺の声も虚しく、エリシアの身体はゆっくりと、

グロリアの胸部に露出した転送コアの中へと吸い込まれていく。

魔術陣の光が一段と強まり、新たな“兵器”の心臓が、静かに脈を打ち始めた。


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