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誓いの刃と、揺るがぬ瞳③

登場人物

カケル

種族:人間

主人公。異世界に召喚された青年


リリア

種族:サキュバス

魔王アビスの側近。カケルの監視役でもあり案内役。


セレナ

種族:メデューサ

アインベルグ魔法学院を主席で卒業し、主に攻撃魔法を得意とする。


ヴァネッサ

種族:ヴァンパイア

とある古城に独り住んでいた。幻術を得意とする。


ライア

種族:リザードマン

流浪の剣士。エルザとは幼馴染。


エルザ

種族:サイクロプス

鍛冶職人。ライアとは幼馴染。


バルガン

種族:人間

カケルの一回戦の対戦相手。


アグナ

種族:ケンタウロス

カケルの二回戦の対戦相手。

開会式の喧騒が徐々に静まり、場内の空気が変わっていく。


俺は出場者控えの通路に立ち、闘技場の中心へと続く石畳を見つめていた。

観客席の歓声も、今はどこか抑えられていて、緊張感が場内を満たしている。


「……第一試合、出場者、前へ!」


スタッフの声が響き渡る。

俺は息を飲み、剣の柄を握りしめた。

膝に力を込め、一歩──そして、もう一歩、足を踏み出す。


石造りの闘技場に足を踏み入れると、観客席からざわめきが起こった。


(やっぱり、場違いだと思われてるのかな……)


背筋を伸ばそうとしても、どうしても肩に力が入る。

そして、もうひとつの通路から、ずしり──と地を揺らすような足音が響いた。

やがて現れたのは、一人の大男だった。


灰色の旅装束に、素肌をさらした上半身。

鍛え抜かれた筋肉が岩のように隆起している。

その背には、重そうな巨大な戦斧が一振り。


年齢は四十を超えているだろうか。

無精髭をたくわえ、鋭い眼差しだけが、全てを語っていた。


(あれが──バルガン……)


無言で俺の前に立つその姿は、ただそこにいるだけで威圧感を放っていた。

観客席からも、ざわめきが起きる。


中には彼を知っている者もいるのだろう。どよめきと称賛が混ざっていた。

バルガンは斧を片手で地面につき、こちらをじっと見下ろして言った。


「……斬られたくなければ、退け」

その一言に、喉が鳴った。


だけど、退く気なんて、最初からなかった。

「……それでも、俺は戦います」


震えそうな声を押し殺しながら、まっすぐに言葉を返した。

バルガンは微かに眉を上げたが、すぐに無言のまま斧を構え直す。


観客席から、再び歓声が上がる。

俺は剣を抜き、両手でしっかりと構えた。

──勝つために、ここに来たんだ。

合図の鐘が、闘技場に鳴り響いた。


俺はすぐさま踏み出した。

風を切るように横へ跳び、低く、そして素早く地を滑るように移動する。

闇の力で強化された身体が、鋭く応えてくる。


(動ける……!今までより速い)


重力を感じさせない動きで、闘技場を回り込むようにしてバルガンの側面を取る。

だが、男は一歩も動かず、ただじっとその視線だけで、俺の動きの軌道を追っていた。


「……っ!」

俺は剣を振るわず、動きを変えた。

前進、後退、フェイント。角度を変え、撹乱しながら近づく。

剣を握る手と並行して、拳を固め、蹴りの間合いも探っていた。


だが、バルガンがわずかに膝を曲げた次の瞬間。

その巨体が、地を叩くように跳ねた。


「──来るッ!」

ズドン、と空気が爆ぜる音とともに、バルガンの巨大な斧が唸りを上げて振り下ろされた。

寸前で地を転がり、辛うじて回避。

斧が叩きつけられた闘技場の床が、大きくひび割れていた。


「……っ、あれ、喰らったら……」

思わず息を呑む。

直撃していたら、胴ごと潰れていた。そう確信できる一撃だった。


一応、俺には再生能力がある。

けど、あんなのを食らってすぐに動けるかどうかなんて分からない。

回復魔法の処置はあると聞いていたが……そもそも死んだ後でも蘇るんだろうか?

そんな考えが頭をよぎった時点で、もう戦いに集中できていないのかもしれない。


観客席がどよめく中、バルガンは無言で斧を引き抜いた。

石に埋もれた刃が、音もなく抜ける。それが不気味で、なおさら恐ろしい。


(……近づくのも怖い。だけど──)


奥歯を噛み、足を踏み出す。

自分にできるのは、力ではなく“速さ”だ。

敵の視界から外れ、動き続け、隙を見て反撃するしかない。


再び距離を取り、ぐるりと横に走る。

フェイントをかけながら、わざと死角を作るように立ち回る。


すれ違いざまに、右拳でバルガンの肩を打つ。

続けて闇の力を込めた渾身の足払いを喰わらせる。

一瞬だけバルガンの体勢が崩れた。


(いける!)


その瞬間を狙い、すかさず踏み込んだ。

正面からは斬らない。斬れない。

だからこそ、打撃を織り交ぜ、隙が生まれる。

だがバルガンの瞳から、一切の焦りは消えていなかった。


バルガンの斧が振るわれるたび、空気が裂け、地が軋んだ。

避けるだけで精一杯──いや、避けきれなければ、命はない。


だが俺は、わずかな間合いの中で動き続けていた。

さっきと同じように動きで相手を翻弄する。

観客席からは、そのスピードと執拗さにどよめきが起こっていた。


その最中、バルガンが口を開いた。

「軽業ばかりでは、戦は終わらんぞ」


その声は、まるで岩が割れるように低く、重い。

次の瞬間、彼の構えが変わった。

わずかに腰が沈み、両足が地を掴むように開かれる。

斧を肩に担いだまま、動かない。


(……来る)

直感した。それは、今までのように追撃してくる構えではない。


誘い込んで、狙っている。

それでも踏み込んだ。速さこそが、唯一の武器だ。


回り込み、足元に蹴りを放つ。

その瞬間、斧が振り下ろされた。重い風圧が背中を叩く。

かすめただけで地を滑り、体が数メートル先へ吹き飛ばされた。


「っぐ……!」

背中を打ちつけ、砂煙が舞う。

痛みが一瞬遅れてやってきた。再生能力がなければ、骨が砕けていたかもしれない。


(こんな攻撃……真正面から受けたら絶対に無理だ)

震える手で剣を支え、立ち上がる。

バルガンは追撃してこない。


ただ、無言で立ち尽くし、次の機会を待っていた。

それは“判断”だった。

本当にこの青年は、ただの速さだけで戦っているのかと。


(……違う。俺は、ただ逃げてるんじゃない)

斧を振るう直前、バルガンの重心が、必ず左足に寄る。

斧の柄が長く、重さを支えるために、踏み込みの瞬間に必ず“溜め”が生まれる。


(そこだ……あの一瞬を、狙えば!)

息を整え、再び走る。斜めから切り込むと見せかけて、急角度で方向転換。

目線を斧に向けさせ、右へ跳ぶ。

案の定、斧が地を叩く。だが、俺は冷静に回避する。


(いける!)

斧が地に突き刺さった隙を狙い、駆け込んだ。

斧の柄の根本に剣を叩き込む。金属音が鳴り、バルガンの手がわずかに緩む。


次の瞬間、バルガンの顔めがけて渾身の力で蹴り上げた。

顎にクリーンヒットしたバルガンの体が、わずかに揺れる。

観客席が沸き上がる。闘技場全体が、その一撃に反応していた。


だが、バルガンは倒れない。

直後、吠えるように息を吐きながら、横薙ぎの一撃を放ってきた。

巨大な斧が半円を描き、唸りを上げて迫る。


「──くっ!」

咄嗟に身を沈め、地を滑るように後退する。

風圧だけでも身体が吹き飛びそうになるほどだった。


(反応が速い……でも、振り切った“後”なら……)

一撃ごとの重さと範囲は驚異的だ。だが、逆に言えばその反動は、必ず隙を生む。


俺はあえて、大きく右に回り込むように走る。

それに合わせるように、バルガンはもう一度、斧を振るった。予測通りの軌道。


(今だ!)

刃が最も遠くを通過した瞬間、地を蹴って跳ぶ。わずかな死角へ、体ごと滑り込むように。

見えた。バルガンの胸元。

斧を支えるために開かれた腕の、その間。唯一、鋼の守りが届かない──“懐”だ。


深く踏み込み、剣を突き出す。

狙いはバルガンの心臓。


真正面から振り抜かれた刃は、その一点を正確に捉えていた。

だが、ギリギリのところで止まる。

風圧がバルガンの胸元の布を揺らし、観客席が静まり返った。


致命の一撃。それを制御した意思。

それは、“勝利”だけでなく、“誇り”も示す一撃だった。

その意味を、誰よりもバルガン自身が理解していた。


「……今のは、入っていたな」

沈黙を破ったのは、バルガンの重く低い声だった。


「動けなかった。お前の速さに、俺の重さが届かなかった……」


俺は、静かに剣を引いた。

刃を下ろすと同時に、バルガンが斧を地に突き刺し、そのまま頭を下げる。


「完敗だ」

その言葉に、闘技場がどよめいた。

次の瞬間、観客席から大きな拍手が沸き起こった。


勝った──。

力ではなく、冷静な判断と、譲らぬ意思で掴んだ勝利だった。


◇ ◇ ◇


観客の拍手がまだ鳴り止まぬ中、俺は静かに闘技場を後にした。

重い扉を抜けて控室へと向かう通路。

その石畳の冷たさが、ようやく現実に引き戻してくれる。


(……勝ったんだ、俺)


改めて実感する。

あの斧を受けていたら再起不能だった。

でも、避けて、読んで、踏み込んで──止めた。


(まだ体は震えてる。でも……嬉しい)

誰かに勝つこと。正面からぶつかって、認められること。

この世界に来てから、初めて“自分の足で何かを掴んだ”感覚だった。


通路を抜けると、控室が見えてくる。

他の出場者たちの視線を、背中に感じた。

その視線が敵意なのか興味なのか、まだ自分には判断がつかない。


「ねえ、あなたが第一試合の子?」

軽やかな声に振り向くと、そこにいたのは栗色の髪を後ろで束ねたケンタウロスの魔物娘だった。

その上半身は引き締まっていながらも、女性らしい美しいくびれを描き、


整った顔立ちには気品が漂っていた。

下半身は精悍な馬体。蹄が石を軽く鳴らすたび、筋肉がしなやかに動く。

一見して戦士であることは明白だが、同時に“貴婦人”のような雰囲気も備えている。


彼女は軽くウィンクをしながら一歩近づいた。

「ふふ。なかなか良い動きだったじゃない。名前、なんて言うの?」


俺は少し戸惑いながらも、素直に名を告げた。

「カケル、です」

「カケルね……いい名前。私はアグナ。第二試合に出るの。応援しててくれる?」

「えっ、あ、はい……!」


思わず返した言葉に、彼女は楽しそうに笑った。

「期待してて。私の走りは、風よりも速いから」


アグナはそう言うと、控室の奥へと軽やかに歩き去っていった。

蹄の音が遠ざかる中、俺はしばらくその背中を見つめていた。


◇ ◇ ◇


試合の興奮冷めやらぬまま、俺は観客席へと戻った。

そこにはリリア、セレナ、ヴァネッサの姿があり、それぞれが迎えるように小さく頷いた。


「ふふ……よくやったわ、カケル」

リリアが静かに、でも確かな喜びを込めて、小さくガッツポーズを作る。


「……やるじゃないの。ほんの少しだけ、見直したかも」

強がるように視線を逸らしたが、その頬には微かに赤みが差していた。


「ふふ……無鉄砲かと思っていたが、意外と見所があるではないか」

その横では、ヴァネッサが観客席の陰に腰を下ろし、優雅に足を組んでいた。

口元には、いつもの余裕ある笑み。


そのやりとりを交わすうちに、第二試合の準備が進み──

ついにアナウンスが場内に響き渡った。


「第二試合!アグナ対グロッタ!」


アグナの名に、俺は思わず姿勢を正す。

対するは、がっしりとした体格のオークの魔物娘。

分厚い腕と、重そうな鉄槌を構え、地を鳴らすように歩く姿には迫力があった。


しかし、アグナはその対面でも微笑を崩さなかった。

栗色の髪を軽く揺らしながら、ハルバードを肩に担ぎ、静かに構える。


(……あれが戦うとこか)


開始の合図と同時に、アグナが駆けた。

蹄が石を叩く音が、観客席を震わせる。

一気に距離を詰めたその突進は、まさに風。

その勢いのまま、ハルバードが弧を描いて振り下ろされる。


グロッタは鉄槌で受け止めるが、衝撃で足元がずれる。


「すご……速い」

アグナはただ速いだけではない。

突進のあと、間髪入れずに馬体をひねり、ハルバードを回転させて横なぎに振る。


刃の軌道は正確で、滑らかで、そして──美しい。

グロッタは防戦一方となり、次第に足元がおぼつかなくなる。

そして、三度目の突進。

アグナは地を蹴り、相手の死角に入り込むと、ハルバードの柄でグロッタの腹を突く。


「──っぐ!」

呻き声とともに、グロッタが後退し、そのまま膝をついた。

その瞬間、審判が腕を上げる。


「勝者、アグナ!」

観客席に歓声が沸き起こる中、アグナは軽くハルバードを肩に戻し、控えめに手を挙げた。

その所作にも、どこか気品と余裕が漂っていた。


「彼女が……次の相手」

俺は初めて交わした言葉を思い出しながら、その背中を静かに見つめていた。


◇ ◇ ◇


観客席では、次の試合に向けたざわめきが広がっていた。


「第四試合!ライア対ゼイル!」


その名を耳にした瞬間、俺は自然と身を乗り出していた。

リザードマンの魔物娘、ライア。自分に剣を教えてくれた、あの堂々たる姿が闘技場に現れる。


ライアはゆっくりと入場し、会場の中央へと進んだ。

背筋を伸ばし、無駄のない所作で剣を腰から抜く。

そこには、剣士としての矜持がにじみ出ていた。


対するは、長身の男──両手に鋭い双剣を構えた戦士、ゼイル。

その構えからは、スピードと変則的な攻撃を得意とする気配が漂っていた。


開始の合図と同時に、ゼイルが動く。

双剣が風を切る音を残しながら、矢継ぎ早に切り込む。

鋭く、速く、隙を見せずに畳みかける。


だが。

ライアはそのすべてを正面から受け止めていた。

一歩も退かず、肩越しに剣を滑らせ、斬撃をいなし、足元の踏み込みで間合いを崩す。


「……うまい」

俺は、思わず声に出していた。

ゼイルの攻め手が、どれほど多彩でも、

ライアは“無駄な動き”を一切せず、的確に応じ続けていた。


剣を大きく振るうことはない。

しかしその一撃一撃には、相手の動きを止める“意味”があった。


やがてゼイルが焦りを見せた瞬間、ライアの剣が踏み込んだ。

鋭く、速く、それでいて正確な剣閃が、ゼイルの胸元に吸い込まれる。


「ぐっ……!」

ゼイルがひざをつき、剣を地面に落とした。


「勝者、ライア!」

審判の声とともに、会場に拍手が響いた。

ライアは剣を納め、静かに一礼する。

その凛とした姿は、まるで“誇りを持った戦士”そのものだった。


「……強い。やっぱり、彼女は本物だ」

俺の胸の内に、再び剣を向けられる日が来ることを予感しながら、

その背中をしっかりと見つめていた。

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