03 温泉主契約する
温泉の湯気が、わずかに揺らいだ。
ドクン——
再び感じる、脈動。
「……やっぱり気のせいじゃないな。」
レンはゆっくりと湯の奥へ視線を向ける。
源は、さらに下。
目に見えない“深さ”の中から、確かな力が湧き上がっている。
「潜るか……?」
一瞬だけ迷う。
だが、ここまで来て引く理由はない。
「行ってみるか。」
深く息を吸い、レンはそのまま湯の奥へと潜った。
水の中は、外から見たよりも遥かに広かった。
そして——
「……光ってる?」
青白い光が、底のさらに奥から差し込んでいる。
息が苦しいはずなのに、不思議と平気だった。
「これも……この温泉の効果か?」
流れが体を包み、守っている。
そう直感した。
やがて、足が“地面”に触れる。
そこは——
空洞だった。
水に満たされているはずなのに、呼吸ができる奇妙な空間。
「なんだ、ここ……」
まるで、水の中に存在する“部屋”。
そしてその中心に——
それはいた。
淡く輝く、少女のような存在。
水で形作られた身体。
揺らめく髪は光そのもののように流れている。
「……人、じゃないな。」
レンは無意識に呟く。
その瞬間。
少女が、ゆっくりと目を開けた。
青い瞳が、まっすぐレンを捉える。
『……あなた。』
声が、頭の中に直接響く。
「……しゃべった?」
『違う。これは“流れ”を通した共鳴。あなたが感じているものと同じ。』
「……なるほど。」
レンは苦笑する。
「ってことは、君は……精霊?」
少女はわずかに首を傾げた。
『その呼び名でもいい。私は“この源そのもの”。』
「……は?」
予想よりだいぶスケールがでかい。
『この場所は、長い間閉じられていた。流れが歪み、淀み、やがて壊れるはずだった。』
レンは思い出す。
最初に感じた“違和感”。
そして、暴れかけていた流れ。
「……あれ、ヤバかったのか?」
『ええ。このままなら、いずれこの大陸を巻き込んで崩壊していた。』
「マジかよ……」
さらっととんでもないことを言われた。
『でも、あなたが来た。』
少女の視線が、柔らかくなる。
『あなたは流れを“整えた”。それも、無理やりではなく、自然に。』
「まぁ……なんとなくやっただけだけどな。」
『それができる者は、ほとんどいない。』
少しの沈黙。
そして。
『……ねえ。』
「ん?」
『私と、契約してくれない?』
「……は?」
今度は本気で間の抜けた声が出た。
『私はこの場所に縛られている。でも、あなたと繋がれば、外に出られる。』
「いやいや、ちょっと待て。」
レンは手を振る。
「急すぎるだろ。契約ってなんだよ。」
『簡単に言えば——共に在ること。』
少女は静かに微笑む。
『あなたは源を扱える。私は源そのもの。』
「……つまり?」
『相性が、最もいい。』
「雑だな説明。」
思わずツッコむ。
だが、理解はできる。
「……でも、君が外に出たら、この温泉どうなる?」
『消えはしない。ただ、あなたと共に動く“核”が一つ増えるだけ。』
「……それ、かなりヤバくないか?」
『ええ。』
あっさり肯定された。
レンは頭をかく。
「……怪しすぎる。」
『信用できない?』
「まぁ。」
正直に言う。
だが。
「……でも。」
レンは小さく息を吐く。
「悪い感じはしない。」
それが一番の理由だった。
スキルが“拒絶していない”。
むしろ——
「しっくりきてる。」
『……そう。』
少女が、わずかに嬉しそうに目を細める。
「いいよ。」
レンは頷いた。
「契約、しようか。」
その瞬間。
ブワッ——!
水が一斉に光を放つ。
『ありがとう。』
少女の姿が、ゆっくりと溶けるように崩れ——
光となって、レンの中へと流れ込んだ。
「っ……!」
膨大な流れ。
だが、不思議と苦しくない。
むしろ——
「……馴染むな。」
体の奥で、新しい“源”が鼓動している。
やがて光が収まる。
静寂。
「……終わったの?」
『ええ。』
声が、今度ははっきりと聞こえた。
レンのすぐ隣から。
振り向くと——
さっきの少女が、そこに立っていた。
「……外出れてるじゃないか。」
『契約したから。』
「便利だな、おい。」
「で、君の名前は?」
『……名前。』
少し考え込む。
そして。
『長い間、呼ばれていない。』
「じゃあ……。」
レンは軽く笑う。
「俺がつける。」
少女が、じっと見つめてくる。
「水の源で……まぁシンプルでいいか。」
少しだけ考えて。
「——ルナってどう?」
『ルナ……』
少女はその名を繰り返す。
そして、ふっと微笑んだ。
『いい名前。気に入った。』
「よろしく、ルナ。」
『ええ、レン。』
こうして。
“外れスキル”と呼ばれた男は——
“源の精霊”を従えることになった。




