あの呼ばれ方
別行動をしていた皆が集まっての晩飯の席。
何をしていたのか喋りながら食うのかと思いきや、揃って飯に夢中で別行動中の話は一切出ない。
少し拍子抜けだが、夢中で食べてくれるのは作った身として嬉しい。
「このチャーハンみたいなの、肉も卵も無くて大丈夫かと思いましたけど、ピリ辛で美味しいです!」
「確かこれ、高菜ライスだよね。トーマ君のところで、たまに日替わりで出しているやつ」
「高菜とごはんって、一緒に炒めても美味しいんですね」
一口で不安が吹き飛んだゆーららん、食べる手を止めずに店で出していることを思い出したむらさめ、美味そうにモルモルと鳴くころころ丸と一緒に味わうポッコロ。
高菜ライスは見た目こそ地味なチャーハンのようだが、福岡方面で長く親しまれてきた料理に魅力が無いはずがない。
食ったことでその魅力を思い知り、食べる手が止まらない。
「美味いっす! 麻婆茄子を餡にした汁無し麺、マジで美味いっす!」
「ホントだねー。辛さもあーし好みに調整されてるから、思いっきり食べられるよー」
「私のは餡を緩めにしてくれたんですね。お陰で冷ましやすくて、食べやすいです」
「茄子と肉の相乗効果で旨味が増した辛口の濃い餡は、単体で食べるには少し飽きやすいんだよ。でも麺と一緒にすることで、濃さと辛さが適度に中和されて、さらに麺自体の味も引き立てて飽きさせない味になっているんだよ」
語彙力を少々失いかけているディーパクト、辛さを気にせず餡を絡めた麺を思いっきりすするマーウ、餡が緩めのことに気づいて微笑むアルテミス、咀嚼していたものを飲み込んで早口に食レポを述べてまた勢いよく食べるミコト。
どうでもいいけど、すする勢いが強すぎて餡が飛んでないか?
あっ、意外と大丈夫っぽい。
これはゲームの仕様か?
「豆腐じゃないから味は強いし、スープの上に掛けていないから麻婆の味もしっかり分かるし、麺も美味しくて最高!」
俺は夢中で食べるセイリュウの笑顔が最高だよ。
麺料理に決めて良かった。
「すーぷもおいしー!」
「おさーなはーってなーけど、うみのあじするー!」
「情報を見るに、海系のモンスターの骨で取った出汁と魚の一部を使ったから、海の旨味が効いたスープになっている。具材はほぼ無味のタテガミだけだから、春雨みたいな食感がして歯応えと喉越しを楽しめるし、スープ自体の美味しさを存分に味わえるのが良い」
弾ける笑顔のイクト、夢中でタテガミをすするネレア、食レポを展開しがらも美味そうにスープを味わうルナ。
春雨やフカヒレといった、それ自体は無味無臭の食材でも食感や喉越しといった魅力がある。
スープの味と香りでそこを補ってやれば、食感や喉越しといった魅力がより引き出される。
だからこそ、無味無臭の食材にも意味があるんだ。
「初めてみたけど、本当に美味そう……」
「食べたい」
「やめろ。下手に絡んだら、裏路地へ引きずり込まれてコブラツイストされるぞ」
「私はブレンバスターって聞いたけど?」
「なんだその都市伝説みたいな怖い話」
周りがこっちを見ているが、これは俺達が食うための飯だからやらないぞ。
「ところでさー、皆はどうだったー?」
ようやく落ち着いてきたのか、マーウからの問いかけを発端に別行動中の報告が始まる。
レベル上げに向かったルナとアルテミスは、セイリュウの援護もあって順調にレベルを上げつつ、ついでに食材も狩ったり採取したりしたそうだ。
さすがは狩猟と採取担当、抜かりは無いということか。
ただ、話のついでだからと送ってこられた食材のほとんどが肉なのは、肉を食いたいという無言のメッセージだろうか。
マーウとむらさめはそれぞれの所属ギルドで依頼をこなし、スキルを鍛えつつギルドへの貢献度を上げた。
ポッコロとゆーららんはころころ丸と畑の手入れをして、収穫した野菜や薬草や果物や木の実を送ってくれた。
コウヨウベリーと……おっ、ブルットとワイバーンチェリーがある。
前に仕込んで現在醸造中のワインに使ったから、切らしていたんだよな。
「自分はチェーンクエスト、カニのおっさんのところまで行ったっす!」
カニのおっさん……ああ、ガニーニか。
途中で送った助言もあって無事にお題をクリアし、次へ繋げたそうだ。
「そういえばひとつ前のシープン一家で子供達が、久しぶりに美味しいお兄ちゃんのスープが飲みたいって言っていたっすけど、アレは何っすかね?」
「ぶふっ!?」
隣で高菜ライスを食べていたセイリュウが、噴き出しそうになって左手で口を塞いで堪えている。
そんな様子すら可愛く見えるが、理由が理由だから俺は笑えない。
あの子達、そんなにトマトクリームスープを気に入ったのか。
「美味しいお兄ちゃん?」
「食べると美味しい人がいるってことー? なにそれ、ウケすぎて草」
「どんな味か気になる」
首を傾げるむらさめと爆笑するマーウは、まあいいとしよう。
でもルナは何を言いだすんだ。
「あー、それますたぁだよ!」
そうだった、あの時にはもうイクトがいたんだった!
特に口止めはしていなかったから、
ああほら、皆が気になってこっちを見ているじゃないか。
しかも周囲にいるプレイヤー達まで。
「トーマお兄さんが、美味しいお兄さんなんですか?」
「まーたー、おーしーの?」
「そういう意味じゃない。これはだな――」
仕方ないから事情を説明すると反応は分かれた。
マーウとゆーららんところころ丸、腹を抱えて大爆笑。
ルナとミコトとネレアとアルテミス、そのスープとパンを食べたいと言いだす。
ディーパクト、それを一緒に作りたいと主張。
ポッコロとむらさめ、苦笑い。
「はー、はー。不意打ちで久しぶりに聞いたから、堪えるのが大変だったよ」
辛うじて爆笑を堪えて息を切らすセイリュウだが、表情は笑ったままだし口の傍には米粒と刻み高菜が付いている。
まだ爆笑中のマーウとゆーららんと違って、我慢してくれたのと可愛い彼女だから許す。
「ねえますたぁ、またつくってもっていってあげるの?」
「そうだな。スープを作ってやって、久々に顔出すか」
次の飯は披露会の試作品が良い出来で、それを出すつもりでいるから作る時間はある。
大量に作ってその次の飯に回せば食わしてやれるし、ディーパクトに作り方を教えてやれる。
「どうせなら野菜は変異野菜を使って、出汁も干し肉だけでなく具材の野菜で乾燥野菜に向いたものを乾燥させて、それからも出汁を取ってみるか」
「ということは、あのトマトクリームスープがもっと美味しくなるんですか!?」
「楽しみです!」
そっか、ポッコロとゆーららんは食べたことがあったっけ。
公式イベントのお疲れ様会兼イクトの歓迎会へ、作って持って行った覚えがある。
「手を加えたからって必ず美味くなる保証は無いが、出来る限りのことはする」
料理をもっと美味くしようと手を加えたら、逆にバランスが崩れて不味くなった、なんてのはよくある話だ。
そのために試作と味見は必須だ。
「そういうわけで、結果的に不味くなっても頑張って食おうな」
『え~』
失敗作の処理と聞いて皆が一斉に嫌そうな表情を浮かべるが、勿体ないだろう?
頑張ってそうならないようにするつもりだけど、そうなった時はよろしく。
えっ? 披露会用の試作品は大丈夫かって?
安心してくれ、味見したイクト達の保証付きだから大丈夫だ。
「そーいえばディーパクト君は、披露会に出す料理は決めた?」
「んー。ホイル焼きなら自分にも作れると思ったんっすけど、ホイルが無いんっすよね」
苦い表情を浮かべたディーパクトが、隣に座るマーウからの問いかけに頭を掻きながら答える。
「ということらしいよ、トーマ君」
笑みを浮かべ、助言をしてあげるよう暗に告げるセイリュウ。
分かっているよ、同じ料理仲間だから協力はするって。
「別にホイルは無くても大丈夫だぞ」
「へっ? なんでっすか?」
「ホイル焼きは食材をホイルで包んで、蒸し焼きにする料理だ。つまりホイルが無いのなら、ホイルで包む以外の方法で蒸し焼きにすればいい。フライパンに蓋をして、中の食材を蒸し焼きにするとかな」
「あぁっ!?」
目から鱗という反応を見せるディーパクト。
ホイル焼きはあくまで蒸し焼きの一種ということに気づけば、ホイルを使うことに拘る必要はない。
「言われてみれば……」
「ホイル以外でも、蒸し焼きにできればそれでいいわけか」
「そういえばファミレスの蒸し焼きハンバーグって、熱に強い紙で包んでいたわね」
「あくまで調理方法に着眼するとは、さすが赤の料理長」
周囲にいるプレイヤー達の声を聞きつつ、なんで気づかなかったのかと落ち込むディーパクトへ声を掛けてやる。
「別に落ち込むことはないぞ。料理名に道具の名前が入っているから、それを使わないとって思っちゃったんだろ」
「そうっすね。そのせいで蒸し焼きの一種だってことを、見落としていたっす」
「しかもホイルなんてコンビニでも買えるから、無くてもどうにかなるしな。とはいえ、もう少し柔軟性を持とうか」
「うっす」
慰めながらも注意すべき点は注意する。
料理に限らず、固定概念に縛られて視野が狭くなっていたら損することがあるからな。
「じゃー、作り方はフライパンで蒸し焼きにするとして、魚はどーすんの?」
「無理せず定番の鮭を使うつもりっす」
だとしたら、カイザーサーモンかキラーサーモンだな。
鮭は和風でも洋風でもいけるし、ホイル焼きに使う魚の定番だ。
つまり蒸し焼きにして美味い魚だから、無理せず選ぶものとしては妥当なところか。
「トーマお兄さんは、どんな魚料理を作られるのですか? 試作したとお聞きしましたが」
皆も気になるのか、アルテミスからの質問に答えるのを期待の眼差しで待っている。
まあ隠すようなものじゃないし、教えていいか。
「ドリルサーディンのぬか炊き、フルアーマーフィッシュの焼売、それとレインボーサバとスンヅマリモドキダイコンの中華風味噌煮の三種だ」
「三つも!?」
「しかもどれも美味しそう!」
そういう反応をされると思ったよ。
食べたいって視線で圧を掛けても出さないからな、目の前にある飯を食ってろ。
こんな感じの会話をしながら晩飯を食い終わったら、後片付けをして午後のログインする時間を確認してログアウトした。
そうして現実へ戻ったら、店の手伝い開始。
「斗真、叩きキュウリやるからキュウリとニンニクだ」
「はいよ」
「もうすぐしょうが焼きが上がるぞ、皿と刻みキャベツを頼む」
「分かった」
祖父ちゃんの下にキュウリとニンニクを置き、父さんの下には皿を置いて中華鍋からしょうが焼きが載せられたら、刻みキャベツを添えてマヨネーズを端に少し載せる。
「瑞穂さん、このしょうが焼きを六番テーブルへお願いします」
「はーい」
バイトに入っている瑞穂さんへ料理を渡して運んでもらう。
今日は日曜だから昼酒を飲んでいる人達がおり、つまみ系の料理が昼から結構出ている。
それを後押しするように追加で餃子が二皿と焼売が三皿入って、返事をして皮でタネを包んでいく。
「三代目、今日はちっこい若女将はいねぇのか?」
「今日は静流じゃなくて、瑞穂さんがバイトの日です。あと、若女将じゃありません」
カウンター席で焼きそばをつまみに飲んでいる常連客に返事をして、焼売を蒸し器に入れて餃子を焼き台へ並べる。
おっと、追加でおつまみメンマね。
「じゃあ寂しいだろ。まだ不慣れな若女将が、ワタワタしながら働く姿は見てて和むからよ」
それは否定しないが、若女将じゃないって言ったのを聞き流したな、この酔っ払い。
「そうなの斗真君? お姉さんがいないことより、静流ちゃんがいない方が寂しいの?」
「はい」
「即答!?」
カウンター越しに身を乗り出した瑞穂さんが、俺の返事を聞いて「がーん」って擬音が出ていそうな顔をする。
何を当たり前のことを言っているんだ。
「お姉ちゃんの、お姉ちゃんとしてのプライドが……」
「そんなプライドは丸めてゴミ袋へ入れて、可燃ごみの日に出してください。あとこのおつまみメンマ、二番テーブルへお願いします」
「辛辣!?」
軽くショックは受けながらも、おつまみメンマはちゃんと運んでくれる。
「瑞穂ちゃん、いい加減に弟離れしたらどうだい?」
「嫌です! まだ斗真君はお姉ちゃんのものなんです! はい、おつまみメンマお待たせしました」
どんだけ俺を弟扱いして似非姉気取りをしたいんだ、瑞穂さんは。
「それはもう一方のバイト先で、晋太郎にでもやってください」
呆れてそう言いながら、焼けてきた餃子にお湯をかけて蓋をして蒸し焼きにする。
焼売はまだもう少し掛かりそうだな。
「やっているんだけど、あの子って人見知りだからひいぃぃぃっ、って言って逃げちゃうのよ」
もうやっていたのか。
人見知りで異性が苦手な晋太郎じゃ、コミュ力に優れてたまに距離の詰め方がエグイ瑞穂さんは、少々困る相手だよな。
しかも地味に知り合いだから、無下にできないし。
自分を変えたくてバイトを始めた晋太郎だけど、大丈夫かな。
午後のログインで話を聞いて、場合によってはログアウト後に瑞穂さんをしばいておこう。
「ひうっ!? なんか嫌な予感がしたような!?」
チューハイのおかわりを運んだ瑞穂さんが、寒気を覚えた表情でキョロキョロする。
ふむ、今ので嫌な予感がするってことは、心当たりがあるのかな。
これは晋太郎からしっかり話を聞く必要があると思いつつ、焼けた餃子を皿へ載せて母さんに運んでもらい、蒸し上がった焼売は祖母ちゃんに運んでもらう。
そういえばクローゼットの上の段に、昔早紀と健と晋太郎と行ったお祭りのくじ引きで当てた、やたらデカいピコピコハンマーがあったっけ。
瑞穂さんをしばく必要があると判断したら、あれを引っ張り出して使おう。
当てた時に晋太郎から、「光になれえぇぇぇっ!」って叫びながら使うといいと聞いたが、それはやらなくていいや。




