空腹迷子
フィフスアイランド・ノースパシフィックへ到着早々に流れた、タウンクエスト発生のアナウンス。
これを聞いたダルク達が早速やる気を出し、初めてタウンクエストを経験するむらさめ達も少なからずテンションが上がり、周囲にいるプレイヤー達も盛り上がっている。
俺としては買い物へ行こうとした出鼻が挫かれたから、そこまでテンションは上がらない。
とはいえ、詳細が送られてきたから一応目を通しておこう。
************************
≪タウンクエスト・海人の宝探しについての詳細≫
ノースパシフィック沖の海底から、古い商船の引き上げ作業が行われた。
調査団により作業は成功し、商船は港へ運び込まれた。
しかしそこへ、海底に住むマーマンとマーメイドが現れる。
彼らはその船から自分達の宝を返せと主張。
身に覚えはないが、調査団と港の人々はすぐさま船内を捜索。
発見された品々を見せるが全て違うと言われてしまう。
他に宝らしきものは無いことを伝えると、マーマンとマーメイドは激怒。
その宝は種族の未来が掛かっている大事なものだと言い放つ。
今から一時間後、軍勢を整える指示を出した後で島の浜辺にて二時間待つ。
その二時間以内に宝を返さねば、総力でもってこの島を攻める。
そう言い残して海底へと戻った。
港では人々が、誰が宝を盗んだのか、侵入者に盗まれたのかと騒ぎだす。
制限時間内にマーマンとマーメイドの宝を見つけ、彼らへ返せ。
開始時刻:ゲーム内時間で57分後
場所:フィフスアイランド・ノースパシフィック
制限時間:2時間【開始時刻が0になったら時間経過開始】
クエスト成功時:隠しスキル【素潜り漁】と隠し職業【素潜り漁師】解放
参加時間とクエストへの貢献度に応じた賞金を授与
クエスト失敗時:フィフスアイランド・ノースパシフィック崩壊
ゲーム内で二年間、ギルドや商店といった町の機能が低下
他の地へ向かう船の便数減
*途中参加可能
*タウンクエストは一つの町につき一度きりです
*町の崩壊による影響は全てのプレイヤーへ適用されます
************************
ほうほう、宝探しとあるが実際は奪還しろということか。
しかしそうなると、問題は盗まれたタイミングか。
引き上げ作業中に調査団の誰かがやったのか、港に着いた後で不審者がやったのか。
いずれにしろ、制限時間内に見つけろということは、少なくともこの島の中に宝はあるんだろう。
それにしても解放されるスキルと職業が、素潜り漁に関わるものとはね。
これがあればプレイヤーが海中から貝や昆布やエビを取れる、ということかな。
「よしっ、情報収集に行くよ!」
「まずは港へ行きましょう。商船に手がかりがあるかも」
「調査団にも聞き込みが必要ね」
「港の人にも話を聞こう」
やる気満々のダルク達が計画を立て、初参加のむらさめ達はそれに同行するつもりのようだ。
俺は……別にいいかな。
ぶっちゃけタウンクエストに参加よりも、次の飯の食材を買いに行きたい。
海鮮丼に使う魚介類を探すため、あっちこっち動く時間の方が惜しい。
「俺は飯のため、食材探しに行ってくる」
「はぁー!? 何を冷めたこと言ってんの、この料理バカは!」
ダルクの丼だけ魚介類無しにして、お吸い物も干物も無しにしてやろうか。
つまり、白米のみ。
「まーまー、いーじゃん。参加は自由なんだし」
「僕達の食事に関わることだから、構わないと思うよ」
興奮気味のダルクをマーウが宥め、それにむらさめも加わる。
「だけど何の拍子に手がかりを見つけるか分からないから、参加だけはしておいて」
「はいよ」
表情は変えずとも早く動きたそうなルナの要望に応え、参加だけはしておく。
「えっと、自分は……」
「行ってこい、ディーパクト。買い物をするだけで、仕込みはしないから」
「あざっす!」
飯の事だから俺と動くべきか迷っていたディーパクトの背を押すと、表情を輝かせてお礼を言われた。
そんなに参加したかったのか。
「では早速、港へ参りましょう」
うずうずしているアルテミスの提案の直後、俺とイクト達を残して皆は港へ情報収集へ向かった。
「ますたぁ、いっしょにいかなくていいの?」
「宝探しと飯の準備、どっちが大事だ?」
「ごはん!」
「十対零でご飯なんだよ」
「ごはんがだーじ」
質問に対して即答した、食欲に素直なイクト達。
可愛い弟妹的存在めと思いながら、「だろう」と返して順番に頭を撫でてやり、買い物へ出発。
ダルク達と同じく、港へ向かうプレイヤー達が駆け抜ける通りを歩き、店舗や露店や屋台を見て回る。
すると魚屋で成魚だけど片手で持ち上げられる小型のマグロ、ギュットマグロを発見。
どうせだから店主へ他にマグロ系はあるか、料理ギルド認定証を見せて尋ねると、棚の下からギュットマグロと同じ大きさの全身真っ黒なマグロを出してくれた。
「ダイアモンドマグロの幼魚、カーボンマグロだ」
同じ炭素のダイアモンドとカーボンでも、硬度や価値は大違い。
だから成魚がダイアモンドでも、幼魚がカーボンなんだろう。
店主によると見た目がそれっぽいだけで、固い訳ではないようだ。
今は黒い体表も、成魚へなるにつれて輝くような色合いになっていくんだとか。
カーボンマグロ
レア度:4 品質:7 鮮度:92
効果:満腹度回復5%
ダイアモンドマグロの幼魚
見た目ほど固くないため、包丁で普通に切れる
幼魚のため脂は控えめ、あっさりした味わいの赤身が特徴
情報を見る限り、マグロの幼魚のメジマグロみたいなものか。
中学の頃、祖父ちゃんと父さんに卸売市場へ連れて行ってもらった時に見つけて、教えてもらったことがある。
成魚ほどではないものの、これにはこれの美味さがあって、幼魚だから値段も成魚ほどでないと。
「それをください。あとそこにある、アシュラエビとジャンキーガニも」
ポッコロとゆーららんからの要望に応え、エビとカニも追加購入。
どちらも使ったことが有るし、殻は出汁を取るのに使えるから買って損はない。
「ますたぁ、これのくさみたいなのなに?」
商品の端っこに置かれている物をイクトが指差す。
「これ……あおさとふのりか?」
見た目は海藻の一種、あおさとふのりによく似ている。
みそ汁やサラダと使い道は広く、使いやすい海藻だ。
これもそうなのか?
エメラルドアオサ
レア度:4 品質:8 鮮度:87
効果:満腹度回復1%
鮮度が良いほど鮮やかな緑色になる海藻
加熱しても失われないシャキシャキ食感が特徴
しっかり洗えば生で食べることも可能
ルビーフノリ
レア度:4 品質:8 鮮度:88
効果:満腹度回復1%
鮮度が良いほど鮮やかな紅色になる海藻
加熱しても失われないクニクニした食感が特徴
しっかり洗えば生で食べることも可能
名称に宝石が入っているが、それは鮮度が良いほど鮮やかになる色合いによるものだろう。
そして現実と同様に、生でも加熱しても食べられるのか。
だったらエルダーシュリンプとジャンキーガニの殻で出汁を取ったら、これらを具材にしてみそ汁を作ろう。
次の飯では吸い物を作る予定だから、作るのはその次の飯だな。
「この二つもください」
「はいよ。認定証があるから、値段はサービスするよ」
大量に買うからサービスは本当に助かる。
偶然とはいえ、料理ギルド認定証を手に入れておいて良かった。
つくづくそう思いながら買い物を終える。
さて、海鮮丼に使う食材はこれくらいでいいし、次の飯の目途も立った。
つまりは用事が済んだから、少し時間を余してしまった。
以前なら俺一人で調理していたから少し早めでも調理していたが、今はディーパクトも一緒に調理をしている。
だけどそのディーパクトは、タウンクエストで港へ行っていて不在。
ディーパクトの勉強のため一人で調理できない以上、タウンクエストが終わるのを待つしかない。
ああ言って今さら現地へ行くのも、なんだからな。
「仕方ない。イクト、ミコト、ネレア、散歩でもしようか」
「「はーい」」
「オッケーなんだよ」
右手を挙げて元気よく返事をするイクトとネレア、表情は変えずとも了承してくれたミコトを連れ、町中を散歩する。
たまに店に入って何があるのかを見せてもらったり、NPCの鍛冶屋で使っている包丁の耐久値を回復してもらったり、料理ギルドへ寄って調味料や米とかを買い足したり、漁港で水揚げされたばかりの魚介類を見たりして過ごす。
時間を確認すると、タウンクエスト発生から一時間が経っており、宝探しの制限時間が減りだした頃だ。
「マスター、向こうから良い匂いがするんだよ」
「ほーと、いーにおい」
「いこう、ますたぁ!」
食欲に忠実なイクト達に引っ張られて向かった先には、料理の屋台が並ぶ通りだった。
こういうのはいつ見ても少しワクワクするな。
「ますたぁ」
「マスター」
「まーたー」
行きたい、食べたい、そんな圧を向けてくるイクト達は本当に食欲に忠実だ。
まあ回復せずバフ効果は無いけど味はするようになったんだ、勉強も兼ねて行ってみるか。
ただし皆から預かった食費を使う訳にはいかないから、俺が個人で使える金で払える範囲でな。
「「わー」」
イクトとネレアが思わず歓声を上げるほど、屋台では多種多様な料理が売られている。
パッと見ただけでも、串を打った何かの魚が切り身や丸々一匹で焼かれ、ごった煮みたいなものが煮込まれ、網の上で貝が焼かれ、茹でたカニの脚やタコのぶつ切りにタレを掛けたものが売られている。
「マスター、これはなんなんだよ?」
無表情でも目は興味津々なミコトが気になったのは、串を打たれて焼かれているソーセージのようなもの。
だけど普通のソーセージとは色合いが違うし、縦長のハンバーグに見えなくもない。
それを焼いているNPCの中年男性に尋ねると、魚のすり身に小麦粉や塩なんかを加えて細長く形成したものを焼いているそうだ。
つまりは串焼きで作る、手作りの魚肉ソーセージか魚肉ハンバーグ、ということか。
「傷が付いたり小さすぎたり余ったりしたのを使っているんだ。すり身にすれば、傷や大きさや余り物なんて関係無いからな」
実にその通り。
興味が湧いたから人数分購入し、熱いから気をつけろと言ってイクト達へ手渡し、少し離れた場所で食べる。
「これ、おーしー」
「まえにますたぁがつくった、つみれっていうのをにていておいしい」
美味いと言っているが、イクトとネレアの反応は普段より激しくない。
「少しだけお酒とハーブが加えてあるんだよ。それで生臭さが抑えられているから、美味しく感じるんだよ。残念なのはハーブの香りが強くて、魚の風味を少し損なっていることなんだよ」
ミコトの分析通り、少し酒とハーブの香りがするし、刻んだハーブらしきものも見える。
だから生臭さを感じず魚肉を味わえるが、ハーブの香りで風味が少し支配されているのも確かだ。
さすがはうちの食レポ名人、分析力も見事。
そしてイクトとネレアが美味いと言いながらも、普段より反応が薄いのはこれが理由か。
二人の味覚の正直さも見事。
「マスターなら、ああいうお店でこれをどう作るんだよ?」
俺が屋台でこういう料理を作るなら、ね。
「すり身に加える塩は控えめにして、ハーブじゃなくておろしジンジャーを加える。ジンジャーなら生臭さを消せるだけでなく、ハーブほど香りは主張しないし、辛さは味のアクセントになる。それと砂糖をちょっとだけ加えた醤油を薄く塗って焼く」
加える塩を控えるのは、すり身に粘りを出すために必要ではあるが、醤油を塗って焼くから塩味を少し抑えるため。
砂糖醤油を塗って焼くのは、屋台という販売形態では香りも重要な要素になるから。
あくまで日本人としての感覚だけど、醤油が焼ける匂いは客を引き付けるからな。
ちょっとだけ砂糖を加えるのは、甘味を加えるのと、加熱したことで溶けた砂糖の粘度で塗った醤油をしっかり絡めるためだ。
「まっ、あくまで頭の中で作っただけで、実際に作ってみないと分からない部分もあるがな」
頭でこう作ろうと考えても、実際に作ってみると想定とは違う結果になることは珍しくない。
材料の分量、調味料の組み合わせや割合、焼き加減、理由となる他所は他にも色々とある。
俺がここまでUPOでの調理でなんとかなっているのは、曲がりなりにも家の店で積んだ技術と知識と経験があるからだ。
祖父ちゃんと父さん曰く、同じことの繰り返しでも漠然とやらず真剣に取り組んでいれば、それは立派な学びと経験になるとのこと。
なかなか上手くできず、どうしてできないのかもわからず、悔しくてしょうがなくても続けてきて良かったよ。
尤も、まだまだ未熟だから今後も頑張って意味ある継続をしていかないとな。
「いつか作ってほしいんだよ」
「機会が有ればな」
次とその次の飯の献立は既に検討済みだから、作るとしたらその次、明日の朝飯かな。
だとしたらドリルサーディンでも買って、いわしハンバーグでどうだろう。
ごはんにも合うし、多めに買ってつみれ汁も作ればいわし定食みたいにできるし。
飯の計画を立てつつ、食べ終えた後の串を近くのゴミ箱へ処分。
するとすぐに匂いにつられ、イクトとネレアが周囲をキョロキョロ見回しながら歩く出す。
おーい、ちゃんと前を見ないと危ないぞ。
「ん? ねぇ、ますたぁ、あれみて」
なんだイクト、気になる屋台でもあったか?
指さす方を見るとそこにあったのは屋台ではなく、建物と建物の間に置かれている木箱の上に座り、腹部を押さえて俯いている深緑色の髪の少年と少女だった。
頭上のアイコンはどちらもNPCのもので、袖も丈も短めで少し華美な服装にサンダルを履き、少女は貝殻で作った首飾りを、少年は両腕にサンゴの模様が描かれた腕輪をしている。
「どうしたのかな?」
「いーてみよ」
興味を持ったイクトとネレアがその子達の方へ行ったから、仕方なしに俺とミコトも二人を追う。
「どーしたの?」
「おなかいたいの?」
声を掛けられた少年と少女が顔を上げると、二人とも水色の瞳をしていた。
それと近づいてみて分かったが、耳がヒレみたいな形状をして額や手足には魚系の鱗が見え、腹を押さえている手の指と指の間には少しだけ水かきがあって、両足には足首を一周するようにいくつもの尾びれみたいなのがある。
耳のヒレと鱗がギョギョ丸と似ているし、同じ種族か進化した種族なのかな。
名前は少年がウェイブで少女がビーチ、波と渚か。
「ああ、いえ」
「その……」
イクトとネレアに声を掛けられた二人は気まずそうな表情をする。
直後、二人が押さえている腹から空腹を訴える音がした。
そういうことか、これは言い辛いわけだ。
「腹、減っているのか?」
屈んで目線を合わせて尋ねると、二人は恥ずかしそうにしながらも頷いた。
「食べ物なら屋台にいくらでも売っているんだよ」
「僕達、お金を持っていなくて」
視線を逸らすウェイブが懐事情を押してくれた。
そりゃあ、食いたくても食えないよな。
だけど服装や身に付けている物を見るに、良いところの子供のようだから、貧乏で金が無いというわけではなさそうだ。
「親は?」
保護者について尋ねたら、二人はより気まずそうな表情になった。
それでも教えてくれた内容によると、二人は親にも周囲にも内緒で遊びに出ていて、自由にあっちこっち動けるのが嬉しいのもあって道に迷い、空腹に加えて迷子状態なのだという。
つまりは良家の坊ちゃん嬢ちゃんがこっそり家を抜け出して、初めての自由を謳歌していたら腹も減って道にも迷ってしまった、ということか。
「ますたぁ」
「マスター」
「まーたー」
イクト達から、助けてあげようと訴える強い視線の圧を感じる。
まあ俺もNPCとはいえ、空腹かつ迷子の子供を放っておけるほど薄情じゃない。
個人的に使える金はまだまだあるし、面倒を見てやるか。
「そういうことなら、何か食わせてやるよ」
「えっ? ですが私達、お金が無いんですよ」
「腹減らしている子供が、そんなこと気にするな」
この子達を親元まで連れて行って、その親に請求すればいい話だし。
「「でも……」」
「ますたぁがいいっていったから、いこ!」
「マスターの言う通り、気にしなくていいんだよ」
「まーたー、いーひとだーら、だーじょーぶ」
「「わぁっ!?」」
顔を見合わせて渋る二人をイクト達が引っ張っていく。
おーい、あまり強引にやりすぎるなよ。




