12.今までとは違う『舞台』
新たに与えられた『舞台』は今までと違っていた。
今まではクレチアン伯爵家の子供は私一人だった。
だけど、今回は兄がいる。
そして、彼女が双子の妹として生まれていた。
彼女は今まで通り黒い髪と青と緑の瞳を持っていた。
私は『また奪われるのか』と思った。
私のこの思いは精神干渉術という禁術を無意識に発動させていた。
いつの間にか父も母も使用人もみんな私の言う通りになった。
誰一人として術を掛けられているとは疑問すら持たなかった。
父方の祖父と兄と妹以外は……
兄と妹は本館ではなく別館で暮らしている。
父と母が私ばかりに構うので、父方の祖父が別館で二人を教育するようになったからだ。
父と母は私を溺愛してくれた。
可愛い服、可愛いオモチャ、かわいい絵本……
なんでも買い揃えてくれた。
蝶よ花よと育てられ、私はクレチアン家の中心となった。
3歳になったある日、祖父が妹を連れて王宮に出かけるとメイドたちが話しているのを聞いた私は父にウルウルと瞳を潤ませてお願いしたらあっさりと連れて行ってくれた。
祖父は「なぜ連れてきた?招待されたのはレティーだけだぞ」と父を怒っていたが、腕に抱えている妹が震えているのに気付いた祖父は小さくため息をついた後「来てしまったものは仕方がない。大人しくしていろ」と言ったきり私たちに視線を一度も向けなかった。
第二王子の遊び相手。
妹は王子の遊び相手として王宮に招かれたのだと瞬時に理解した。
同じ双子なのになぜ私には声が掛からなかったのだろうか。
第二王子は妹に微笑むと手を差し伸べていた。
「むこうにきれいなばらえんがあるんだ。いっしょにみにいこ」
妹は祖父に伺いを立てているが、それよりも先に
「わたしもいきたい!」
と私は声をあげていた。
その時、第二王子は初めて私の存在に気づいたようだった。
「えっと、きみは?」
「まりえる!まりえる=くれちあんです」
可愛らしく返事をする私に第二王子は首を傾げていた。
「マリエル=クレチアン?ぼくのあそびあいてはレティオーヌってなまえの女の子だってきいていたけど?」
どういうこと?
双子なら同じ時期に顔合わせをするはず。
どうして妹だけ?
ぐつぐつと黒い感情が浮かび上がってくると同時に術が発動していた。
術が発動してしばらくたった後、私は父に抱きしめ……いや、拘束されていた。
父は陛下に向かってぺこぺこと頭を下げている。
祖父の方を見ると厳しい顔つきをしていた。
一体何が起こったのだろうか。
「マリエル嬢」
陛下の隣りにいたおじさんが私の前に片膝をついて小さなアクセサリーを差し出してきた。
キラキラと光る石が本物の宝石だと一目でわかった。
「今日の記念にマリエル嬢に陛下からのプレゼントです」
「わたしに?」
首を傾げる私におじさんは大きく頷いた。
「妹には?」
「これはマリエル嬢のものだよ」
「わたしのもの……」
目の前にあるキラキラと光る宝石に私は吸い寄せられるようにそれを手に取った。
「私がつけてあげよう」
おじさんは一つ一つ丁寧に私にアクセサリーを付けていった。
ペンダント、ブレスレット、ピアスそして最後に右手に指輪。
「これは王子の遊び相手の印でもある。常に身につけていてほしい」
おじさんの言葉に私は一も二もなく頷いた。
これ等を付けていれば王宮にもフリーパスだと父とおじさんが話しているのを隣で大人しく聞いていた。
その日はそのまま解散となり、私は一週間に一度王宮で第二王子の遊び相手になったのだった。
妹は月に一度、ほんの数分第二王子たちと一緒にいるだけであとは騎士団や魔術団の人が迎えに来て、そのまま屋敷に帰っていた。
王子たちの幼馴染と言われる立場にいるのは私一人だと勝手に思い込んでいた。
私は知らなかった。
私が伺候する日以外の日に妹が頻繁に王宮に出向いていたことを。
騎士団や魔術団の人達と交流を繰り返し、ちゃくちゃくと人脈を広げていたことを。
***
いつからか妹は兄のまねをするようになった。
きっかけは祖父の死だと周りは言う。
原因は知らないけど、妹は長い髪を切り、男の子の服を着て、剣を振り回すようになった。
地方に出かけていた兄がその姿を見て素っ頓狂な悲鳴を上げ、泣きながら
『かわいい俺のレティー。兄様はドレスを着たレティーを見ていたい』
と説得してから妹は男装をしなくなった。
しかし剣を振るう事はやめなかったらしい。
妹が男装をきっぱりとやめたのは10歳の誕生日だった。
父は妹の男装を『病弱だった孫娘を心配した先代が神殿で祈っていたところ神託を受け、10歳まで名前を変え、異性の服を着させれば元気になると言われたのでそのようにしていた』と周りに話していた。
男装していた時の妹の名前は『レオンティーヌ』
通称『レオン』また『レオ』と呼ばれていた。
私や第二王子たちも『レオン』と呼びそのまま成長した。
幼い頃の習性はなかなか抜けず、私たちは成長してからも妹のことを『レオン』と呼んでいた。
妹は訂正するのが面倒だからと笑いながら私たちに『レオン』と呼ぶのをやめさせなかった。
10歳の誕生日を境に私は護衛を連れて領地内をお忍びで回るようにした。
目的は一つ。
もうひとりのヒロイン『シルヴィ=バロー』を見つける為。
『シルヴィ=バロー』はクレチアン家の領地内に暮らしているのは公式設定である。
14歳の誕生日に魔力を暴走させて家族を失い、遠縁のバロー男爵家の養子に入り、教養を身につけた後、王立学院に入学する平凡なヒロイン。
その素朴なところに攻略対象者たちが惹かれていくという王道ストーリーだ。
王立学院に入学してからは私と恋敵になり互いを高めあっていくのだが……
正直、私は彼女のどこがいいのかわからない。
貴族の令嬢の中にだって彼女と同じような人はゴロゴロといる。
特に男爵家と子爵家は彼女と似たり寄ったりの令嬢が多い。
平民に交じって祭りを楽しんだり、教会の炊き出しに協力したりしている令嬢も少なくはない。
下級貴族令嬢とシルヴィ=バローの違いは『身分差を気にしない』としか言いようがない。
生粋の貴族令嬢は生まれた時から教育を施されるので『身分』には厳しい。
平民でも大多数が『身分』を気にする。
気にしないのはごく少数派である。
シルヴィ=バローはその少数派にしか過ぎない。
領地をお忍びで回るようになって半年くらいたった頃、シルヴィ=バローと出会うことができた。
出会った頃の彼女はごくごく平凡な少女だった。
容姿も平凡、魔力も平凡……魔力を暴走させるだけの魔力を持ち合わせていなかった。
このまま成長してもシナリオ通るに彼女が王立学院に通う理由がないと思った私は、魔力を貯蓄するアイテムを彼女に『友達の証』と称して渡した。
そのアイテムを付けている間、倒れない程度の魔力が日々蓄積されていく。
定期的に放出しないと最終的には暴走する仕組みになっている。
私はそれを使ってシナリオ通りに進めようとした。
しかし予定通りにはことは進まなかった。
彼女が魔力を暴発させたのは予定よりも半年もあと。
通称『鍛錬の森』と呼ばれる領地内の森の中で彼女に魔術の基礎を教えている時だった。
まさか自分が巻き込まれるとは思わなかったが、護衛が優秀なのか私には傷一つなかった。
魔力を暴走させたシルヴィ=バローは別邸に運び込まれ、医師の治療を受けることとなった。
その間、私は父と母に甘え、シルヴィ=バローのことはどうでもいいと思っていた。
予定より遅れているが無事に魔力を暴走させたのだから、シナリオ修正はされただろうと思っていたのだ。
翌日、シルヴィ=バローは半年遅れのシナリオ通りにバロー男爵家に引き取れとられていった。
男爵家に引き取られる直前に私は彼女と文通を密かに交わすことを約束させた。
読んだ手紙は破棄することも伝えて。
半年にわたる文通の中で彼女がゲオルグに想いを寄せていることに気づいた。
幼馴染の名前しか伝えていないのにやたらゲオルグに関する事に詳しかった。
もしかしたら彼女も『転生者』なのだろうかと疑ったが、手紙にまぜたこの世界にはないモノのことに対して質問してきたので、取り越し苦労だと思った。
それに、彼女がゲオルグルートを突き進むのなら私のライバルになることはないだろう。
むしろ好都合だ。
好感度調整さえしっかりやれば問題ない。
ユリウス様ルートは未知のルート。
第一王子という事もあり、社交性は必須だろう。
だが、それ以外はわからない。
王家と関わり合いの深い、攻略対象者たちの機嫌を損ねないようにだけしておこうと思った。
学院に入る前に一度だけシルヴィ=バローと会うことが出来た。
学院に入ってからでは目立つのでそれよりも前に会う必要があったので偶然に感謝だ。
バロー家が所有する森にこっそりと入り、湖で足を浸しているシルヴィ=バローを見つけた。
偶然を装い、現状を聞き出すが芳しくない状況だった。
まず、貴族としての振る舞いが全くできていない。
話を聞く限り、家庭教師に不満があることが分かった。
そういえば、魔力を暴走させた時にいた私の護衛(その後、辞職し騎士団に入団したらしい)はイケメンだった。
もしかしてと思い、私が教わったイケメン教師たちを派遣することにした。
私の思惑通り、シルヴィ=バローは見目麗しい相手ならどんな苦手な事でも前向きに頑張るらしい。
それは王立学院の入学前に行われた学力テストの結果が示していた。




