33、豹変
時間は大分遡り6日と数時間前。
ローデス山脈の東端。
「ヤシャ!」
足場が崩れ転落する弥叉に声を出しながら必死に手を伸ばして助けようとしたがその手には何も掴むことはできずに虚しく空を切り弥叉は奈落に向かって離れていくのを許してしまう。
それでも諦めずに追いかけようとしたが直後に火炎が背中に直撃し体勢を崩され行動を起こせなくなり、その一瞬のうちに弥叉の姿が視界から消えてしまった。
何とか追いかける手はないかと考えたが、いい手が無い。
自分の持っている魔法やスキルに飛行系のものがなく移動に使う影を使った転移魔法は暗闇だけしかない闇の中では無意味。滑り降りようにも弥叉の姿が見えない状態ではもうどこに落ちればいいのか狙いが付けられない。
先程までの・・・火炎が当たる前だったならまだ助けられた。
助けるチャンスはあったのだ。
助けると決めた。守ろうと思った。今度こそは固く誓った。
しかし結果はどうだ。
自分の欲求不満から視野を狭め敵を見落とし、判断ミスから何もできずに見ているしかできなかった。
また殺してしまった。
大切な部下も助けられた魔族も可愛がってくれた親族も200年もの拘束を解いてくれた弥叉も、自分に関わった大切な者は何も守れない。
強くなっても経験を積んでも自分は一向に変わらない。
自責の念が思考を覆い尽くしマリアの精神が黒い霧がかかり白い心隠していくように黒く黒くと染められていく。
そしていつしか黒くなった精神が自責の念の理由を問い始める。
(なぜこうなった?)
(なぜヤシャが落ちた?)
(原因となったのは?)
(この苦痛を与えたのは?)
そして次に顔を上げたマリアは、
「ハ、ハハハ」
無意識に笑い始めた。
壊れたように笑い続けるマリアの背後には彼女の精神を現した様などす黒い空気が集まりマリアの周囲を歪めていく。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハッハハハハハハHaaaaaa」
いつまでも続くかと思われた笑い声は突然止み。
一瞬。
本当に瞬きする時間さえないような一瞬で、
「「「ガルァァ!?」」」
空から不気味な雰囲気に攻撃できずになり行きを見守っていたヴェラゴーンの身体に氷柱が突き刺さっており自分の状態に気が付いたヴェラゴーンから断末魔が上がっていく。
ヴェラゴーンはマリアから視線を外さず何をされても避けられる距離を取っていた。
それなのに地へ落ちていく自分の体に何が起きたか理解することができないまま死んでいった。
その攻撃の標的にならなかったはずのヴェラゴーンはすぐさまマリアから逃げ始めたがその行動を許されるわけもなく、残ったヴェラゴーンをすべて包み込むほどの爆発によりたった数十秒で全滅した。
その爆発が消えた時には、マリアの姿も消えていた。
◇ ◆ ◇
下りていくうちに足場が広くなり下山していく速度を速めていく男達の一人が後ろを見て隣にいる男に声をかけた。
「上手く魔物を進呈できたみたいだな」
「まだ安心するな。あいつらを片づけて追いつかれたらこの狭い道でヴェラゴーンのブレスは避けきれねぇ。さっさと山を下りるぞ」
「それにしてもあいつらこんな時に俺らと鉢合わせるなんて運がなかったよな」
違いない、と笑い出す男達。
男達の中の一人が抱えているのは卵。
ヴェラゴーンの巣から掻っ攫ってきたもので元々予定していた逃走経路を塞がれたため危険ではあるが手薄だったこちらのルートに変更することにしてここまで来た。
予想以上に躍起になって追いかけてきた為もう少しで追いつかれそうだったがそこにたまたま通りかかった魔族がいたので囮に使った。
それが男達の現状である。
ヴェラゴーンの巣から卵を盗んだ。
言うのは簡単だがヴェラゴーンは縄張り意識が強い事で有名で卵を盗んでなかったとしても縄張りに入りさえすれば襲われている。
そんなヴェラゴーンを出し抜き巣の中心にある卵を盗んだ男達の腕は一流であり所属している冒険者ギルドでは一人一人がA+以上の冒険者である。
今回の依頼内容の達成項目でであるヴェラゴーンの卵は冒険者が拠点に置いている王国の竜騎士に使われるペラゴーンの上位種とされており、生まれた時から人の手で育てることで言う事を聞くようになる為ヴェラゴーンの卵は高値で取引される。
巣が魔族領にあり危険度も高いことから滅多に取引されることがないが今回は国力増強のために国から破格の依頼料で受けることになった。
依頼内容は他にもあるがそれは他の仲間がすることで男達のノルマはこれだけ、後ろからヴェラゴーンの影はなく半ば達成したといってもよかった。
徒歩で数時間かかる下山を1時間で下りきるとそこでようやく男達は足を止めた。鉱山地帯なので相変わらず景色は岩ばかりであるが仮拠点がすぐ近くにあり、崖や谷がない開いた場所に出たので応戦できる環境に変わったからだ。
「おい、ルト。前に何かいるぞ?」
探知能力に優れ、足を止めた後も警戒を解かなかった男からの報告に安心しだしていた集中力を元に戻す。
男達の前にいたのは一人の少女。まだ未成熟身な身体をした男達からすれば押せば倒れそうな弱弱しいと思うほどの見た目の少女。後ろからヴェラゴーンが追ってくる気配もなく何の障害もないと一目でそう判断し余裕ができた事で一人が好奇心から少女へと声をかけた。
「嬢ちゃんこんなとこで何してんのぉ?」
「待ってた」
「?誰を?」
「お兄さん達」
「・・・・何のために?」
その質問に少女の口元がつり上がり歪んだ笑みへと変わる。
ゾッとして男達全員が後退した。
下がるという行動を取った明白な理由はない。ただ今までの冒険者としての経験、己の直感が下がるという動作を反射的に行っていた。
男達は自分の行動の意味が理解できず困惑したが少女から視線を外さなかった。
否、外せなかった。
そんな男達の行動に対して少女は動くことはせずに口を開いた。
「じゃあ、はじめようか」
何をはじめるか?などという質問は返されない。
少女がこちらを見る視線が敵意を含んだのが見えたから。
戦闘、そう脳裏に浮かび少女一人相手に全員が武器を取り構えを取った。
武器を構えて相手を見た中で最も正解に近い答えを出したのはメンバー内で一番戦闘経験のあったルトという男。少女の見た目は消え失せ今まであったことのない様な化け物の姿を錯覚した。
少女の姿をした圧倒的な重圧を感じる化け物。
手元にある武器がやたらと小さく感じ動いていないのに呼吸が乱れる。
「来ないの?ならこっちから行くよ?」
その言葉と共に少女の体勢がやや低くなり、そしてそう認識した後には味方が吹っ飛んでいた。
吹き飛ばされたのは誰か良く知っている。仲間なのだから当然だ。
だからこそ信じられない。自分と同じ強さを持つ仲間があっさりとやられてしまった事が。
こんなの嘘だと思いたくて否定したが現実は変わらない。
「ハアアアアアァ!!」
その中で一番に戦闘に戻れたのはすでに化け物だと想像していたルト。
投げナイフで牽制し距離を詰めて接近戦を仕掛ける。まだ復活していない仲間はその判断に待ったをかけたがルトは止まらない。
なぜなら先程の仲間を一瞬で吹き飛ばした技に近い技を見たことがあったから。
200年前に魔王を倒し戦争に終止符を打った勇者の一人が使っていた体術。当時の武道家達が教えられ現在は上級者になればなるほど速度の増すその技の名は確か”瞬動”。
ルトが王都で見た使い手とは速度が段違いであるが弱点は変わらない。速度は上がっても小回りが利かずある程度の距離も必要である。
そのため近距離の相手には使えないと認識していた。
そしてその認識で正しくはあった。
ルトの選択は本来なら最善の一手だったろう。
少女に向けて放った剣は何に触れることなく空を斬る。
―――バキャンッ
代わりになったのは砕けた音。悲鳴はない。
剣を振り終えたルカの身体は氷の像となり剣を振った右腕は砕けて無くなっている。
生きているかなど確認するまでもない。
これだけのことが起きていてルトの死を信じられなかったのはこれからこれを起こした相手と戦わなければいけない卵を守っていた男のみ。
「うあああぁぁぁぁ!」
その男は発狂してもう何も考えられずただ突っ込んでいくだけ、それで助かるわけもなくその後に悲鳴が起きた後、少女は更なる獲物の元へと向かっていく。




