24、ローデス山脈の東端
現在、弥叉達はゴブリン村二つ目の山『ローデス山脈』東端の名も知らむ山を登っていた。
その山を登る二つの影は対照的で片や軽い足取りでスキップでもしている様な、片や足場の悪さに悪戦苦闘し一歩踏み出すのにも時間を要している遅い足並み。
何も知らずに傍からこの二人を見たら後者は不甲斐ないように見えるだろう。
当の本人ももう少し早く進みたいと思っているがこれ以上速度が上がらなかった。
不甲斐ない方の男、弥叉は歩く道の左へと首を注意しながら向けた。
そこにあるのは奈落。
昼間である現在の太陽の光でも底がまるで見えない漆黒の谷がそこにはあった。
足場は二人、小さければ三人は通れるだけの広さがあるが整備されていない石の多い足場は踏み外しやすく、右側には傾斜の急な崖がありそれに沿って山風が吹き荒れ、早くしたくても理性が慎重に歩を進ませる。
前を草原でも歩くような軽い足取りで歩く少女マリアの方はそんな弥叉の苦労を知ってか一度も遅いと文句を言ってこないが何度も後ろを振り返る姿が今日の夕刻までに山を下りきれるかどうかぐらいは進もうと言っていたマリアの計画より速度が遅いのではないかと思ってしまい何とかペースを上げていきたかった。
「ヤシャ、もうすぐ山頂だよ」
それから間もなくしてマリアがそういうと視界に山の先にある緑豊か、ではないが日本で見る建物がどこかしらにある風景ではない、ありのままの自然な風景が広がっていった。
「下りはもっと足場が広くなるからもっと楽になるはずだよ」
「了解」
下山の道から右側のそびえていた崖が少しずつなくなり道幅が開いていた。
下山に入る前に山頂で少し体力回復させる事になった弥叉は腰を落とすと手を向き合わせて昨夜覚えたての雷系魔法でも最も初歩の魔法である『通電』を使用した。
効果は特になく静電気にも似た電気を体内に流し込むだけで敵に当ててもダメージは無いようなそんな魔法だ。
そんな魔法だが利点もある。
この魔法は使用する一回のMPが少なく、今の弥叉なら二時間はぶっ続けでも使い続けられ、また体内に流すことで自身の魔法のコントロール精度を知ることが出来る。
今も右手から左手へと放った通電を自分の右手に戻すように移動させようとしている。しかし、これが意外と難しく最高で左肩までしか流せていない。
マリアからこれが正確に行えるようになるまで空いた時間にやる様にと言われ実行している。
その指示を出した本人は持っていたカバンから板と箱を取り出すと自分の前において難しい顔で考え始めた。その顔は真剣そのもので少女の姿になった為か実に微笑ましい姿である。
マリアがやっているのは弥叉が教えた遊び、”将棋”である。
ゴブリン村で各指揮官に作戦内容を伝えるのに話しだけや紙に流れを書くだけでは伝わりにくかったので部隊ごと表した駒を作り、村にあった地図と一緒に使い説明した。
その時に空いた時間に暇だったので作ったものだが野宿場所が決まり魔法の授業も終わった後、遊んでいたらマリアが興味を持ち聞いてきたのでルール説明をしたら甚く気に入り嵌ってしまった。
今やっているのは詰将棋で弥叉が魔法の訓練を始めるとその時間はずっと将棋板とにらめっこしている。
「マリア、そろそろ」
「待って、もう少しでもう少しで分かりそうなの」
「そういいながらまだ一手目も出来てないだろ?」
「くぬぬぅぅ~」
悔しそうに呻き声を出しながら板と駒を入れた箱をカバンへと放り込んだ。
カバンと言っても手のひらサイズで板と箱を放り込むだけの大きさではない。むしろ板が入るのがおかしいほどでどう見てもカバンのが小さい。
にも拘らず板と箱は物理法則を無視して放り込まれて中へと入っていった。
弥叉のアイテムボックスが如く
このカバンの名称は見た目通りなアイテムポーチ
前の勇者が所有していたアイテムボックスの有能性にアイテムとして再現できないかと思考錯誤の末、トランクタイプからマリアの持っているポーチタイプまでの製品開発に成功した。
ただし性能は弥叉のアイテムボックスより数段劣りポーチサイズでは100Kg、一番デカいトランクタイプでも1500Kg。それでも持ち運ぶ荷物量の減少で旅が安全になり貿易が盛んになり、革命と言ってもいい変動が起こったのだが弥叉もマリアもそのことには気づいてはいない。
また前勇者の遺産かと思うぐらいだ。
「マリア、そこは二五桂を打つんだ」
「でもそんな都合よく援軍なんて来ないわ」
「それは遊びなんだから」
「納得いかない」
下山になってから先程より道が広くなった事でマリアと将棋で雑談できるだけの余裕が生まれた。
異世界に来て元の世界では出来なかった将棋の話をするとは思わなかったなと片隅で少し感動したのは秘密だ。
異変に気付いたのはマリアが急に後ろを振り向いたことだった。
凄まじい咆哮がどこからか聞こえたのが耳に入った。
まだ姿は見えないが予想はつく。
この山に登り始めて魔物との遭遇をしていない。それはこの山に生息している魔物の縄張りとなって他の魔物が住めないから。
魔物の名は”ヴェラゴーン”
翼竜で竜種として名が知られており、弥叉の知識ではワイバーンのような魔物である。
ヴェラゴーンは群れで行動し縄張りの中心に巣を作ると巣から一帯の危険因子を狩っていく。
弥叉達の通っている道は丁度その圏外で住もうにも下の見えない谷が隣にあるような場所に住み込む魔物はいないため安全だった・・・のだがヴェラゴーンがこちらに近づいているようであった。
偶々餌を探しにきたかとも思ったが鳴き声が一つではない事に気付いきその考えが否定された。
通常ヴェラゴーンは単体で狩に入る。それが集団の時は意味が変わる。
住処の確保、縄張りの魔物の殲滅、そして縄張り内に侵入したものの排除
マリアはともかく弥叉ではこの逃げ場のない細い通路で戦うのは危険過ぎた。
「ヤシャ!もう少し下がっていて」
確実に咆哮が先程より近づきマリアが弥叉を下がらせ、弥叉がそれに従って後ろに下がり身構えた。
「グルァァァァァアアアアア!!」
崖の上から現れた巨大な魔物に分かっていたのに弥叉は身が固まった。
体長十メートル級の翼を持った生き物は博物館で見たプテラノドンの身体より大きく、鱗の生えた足には人間なんて一撃で引き裂けそうな爪が付いていて、口からは炎を放つ。そんな魔物が複数体現れる。弥叉には圧倒的な強者がそこにいた。
それに対し不敵に笑った者もいた。
外に出てから強者どころか中級魔法に耐えれない程の弱者しか会わない。
そのことにどこか欲求不満を感じていた。
そこへ現れた感情を少しは解消できるかもしれない存在に浮かべたのは捕食者の強者の笑み。
ヴェラゴーンはそれに対して火炎放射もといブレスを放つ仕草をする。
この時確実に二人の視界はヴェラゴーンだけを見ていた。だから気が付かなかった。
多少緩やかになった崖から来る。
「どけ!邪魔だ魔族風情が」
―――――――――――――――人間。
そいつらはマリアと弥叉の間に下りると下山する道にいた弥叉を突き飛ばしその場を去ろうとする。
(なにが!?)
一瞬の事に疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、弥叉は愕然とする。
咄嗟に突き飛ばされた先が崖であることを思い出し踏ん張って耐えた。広がったと言っても細い道であるのは変わらない。後ろを見ると奈落のように暗い谷がすぐ側にあった。
でも耐えれた。
そう思った弥叉にとって不運はさらに続いた。
先程ブレスが放たれ、そのほとんどをマリアは防いだがマリアより離れた逃走していた男達に向かって放たれたブレスが男達の手前で着弾し、道が崩落した。
その崩落は弥叉の立っているところまで伸びていった。
弥叉も気づき脱出しようと崩落していないところへ飛びついたがしがみついた場所も崩壊し自力では脱出できないと悟った。
「ヤシャ!」
声の先にはヤシャの状況に気付き必死に手を伸ばしてくるマリアの姿が映った。
しかしその手は近づくことはなくマリアの悲痛に歪んだ顔が徐々に遠ざかっていく。
そして弥叉の身体が仰向けに傾くと視界は完全な闇、弥叉身体はそれに吸い込まれるように消えて行った。




