『5792番目の勇者と魔王の伝説』 ※シリアス
たまには真面目な物を……と思い書いてみました。今、自分の文才の無さに涙がとまりません。
かつて、勇者と魔王は荒野の中対峙した。
初めての対面であるはずが、双方胸に懐かしさに似た何かを感じずにはいられなかった。
勇者は問うた。
「貴様が魔王か」
魔王は答えた。
「そうだ。我こそが魔王。この世界を滅ぼす者」
二人はその言葉に言い知れぬ違和感を持った。だが、それは言葉にできず、胸中で重い霧となって二人を苦しめるだけであった。
この神に定められた生涯の天敵に会ったのはこれが初めてであるはずだ。
だが、この心中に去来する言いようも無い感情はなんなのか。
会った事はないはずだ。それなのに、相手に感じるこの親しみ深さはいったいどうした事か。
街中で会っていたならば古い友人とでも錯覚しただろう。
戦場で出会ったならば生涯のライバルとでも認識し、幾度でも戦いたいと願っただろう。
だが、彼らは勇者と魔王だった。
会うのはこの一度きり。二度目など存在せず、どちらか一方が死すまで戦い続けるしかない。
それを辛いと感じるのは何故か。
それを虚しいと感じるのは何故か。
「魔王よ! 貴様の悪行もここまで! 我が聖剣で倒してくれよう!」
勇者はそれらの理解できぬ感情を振り払うように叫んだ。
魔王はそれに同調するように、禍々しい笑みを湛え大仰に腕を振り上げた。
「何を小癪な! 人間如きが我輩を傷つける事すらできん!!」
何故こんなにも胸が張り裂けるように痛むのか。
口に出す言葉の一つ一つが偽りの匂いを纏い、この場の全てを茶番染みたものにしていた。
生きていた中で感じた事もないような息苦しさを感じ、魔王はよろめいた。
今この時、剣を振るっていれば、勇者はなんなく魔王の首を取る事が出来たであろう。
だが、勇者は躊躇う。剣を振るい上げようとするも、腕からは力が抜け剣先は下に落ちる。無意味に聖剣を上げ下げするのみの勇者もまた、隙だらけであり、魔王がほんの少し魔法を放つだけで死んでいただろう。
とても世界の命運を分かつ戦いとは思えぬ。むしろそれは、意味も分からず殺し合う、親友同士に見えた。
魔王は泣いた。今までの悪行を悔いてではない。ただ、目の前の人物と殺し合うという現実に絶望を覚えたのだ。
勇者は戸惑う。今まで、ただ魔王を倒す事のみを目的に生きていただけに、今自らの全てが揺らいでいるのを感じていた。
本来であれば、このような精神状態で双方戦えるはずがない。この場は一度切り上げ、次に決着を持ち越すのがあるべき判断であろう。
だが、それは許されない。誰に? 何に? それは勇者にも魔王にも判断できぬ。だが、それは唯一絶対のルールとして存在するのだ。
勇者と魔王が対峙した時、どちらかが死なねばならない。
それを破ればどうなるかなど誰にも知れぬ。まず破る事ができないのだから。
唯一絶対の不文律に、誰も異を唱える事などできない。
勇者は聖剣を握りなおした。心などついてこなくても剣を振るう事はできる。
魔王は魔力を練り始めた。心がどれだけ千々に乱れようが魔王としての本能はそれを凌駕する。
両者の戸惑いなど知らぬ気に、聖と魔は決着へと邁進する。
魔王の涙は地に落ち染み渡り、勇者の苦しみは彼の心に降り積もる。
両者は走る。目の前の、最早何者であるかもわからぬ者に向かい。
勇者は聖剣振るった。
魔王は魔力を放出した。
聖剣は魔王の体を切り裂いた。
魔力は勇者の体を掠りながら何もない空間をはしった。
何者にも侵されぬ不文律が、魔王の命を絶った瞬間であった。
勇者は叫ばぬ。
喜びの声も、怒りの声も、悲しみの声もあげぬ。
世界を混沌と絶望に陥れた男の死体を前にしても、胸中にあるのは「これで良かったのか」という猜疑心。
「これで本当に、良かったのだろうか……」
勇者の呟きは、最早魔王には届かなかった。
『5792番目の勇者と魔王の伝説』完