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落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


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24/62

第24話 記録にない十二秒

医療塔の記録室は、本来なら患者一人分の経過を静かに確認するための場所だった。

 だが今、白い壁のほとんどが発光する記録面へ切り替えられ、地下封印機関室で起きた事象が隙間なく並べられていた。

 正面には、機関室の床と壁が拾った振動記録。

 右側には、教師レイガと救護員が提出した報告書。

 左側には、ミナ、リゼット、ガロウ、そしてセレス自身の証言記録。

 三種類の資料はそれぞれ異なる形式で残されている。振動記録は一呼吸より短い間隔で波形を刻み、教師報告は発生順に行動を記し、生徒証言は記憶に基づく言葉で構成されていた。

 セレスは壁面中央に立ち、銀色の記録杖を握っていた。

 十二分間の出来事は、ほぼ一致している。

 帰還門の発生。

 夜凪カイの消失。

 〈テオクラスト〉の装置による封印機関への干渉。

 床の振動増大。

 ガロウの右肩負傷。

 カイの再出現。

 七重封印の閉鎖と、石梁の崩落。

 問題は、その途中にある十二秒だった。

 振動記録では、波形そのものが消えている。

 小さくなったのでも、記録限界を下回ったのでもない。時刻表示だけが進み、その間に存在するはずの床の振動、装置の駆動音、人間の足音が一つも残っていなかった。

 教師報告では、その十二秒間にもレイガは負傷者を退避させている。

 生徒証言でも、ミナはガロウへ駆け寄り、リゼットは崩れた制御盤から離れ、セレス自身は帰還門の数値を読み続けていた。

 三つの資料のうち、二つは時間が続いている。

 一つだけが、完全に途切れていた。

 「改竄なら、切り方が不自然です」

 セレスは誰に聞かせるでもなく呟き、振動記録を拡大した。

 意図的に記録を消したなら、通常は前後を滑らかにつなぐ。欠落が発見されないよう、直前の波形を複製するか、周辺の平均値で埋めるはずだ。

 今回は違う。

 十二秒分だけ、空白が露出している。

 しかし、装置の欠落と断定することもできなかった。

 振動記録を担当した術式盤には、故障も魔力切れも記録されていない。記録媒体は正常に回転し、時刻術式も止まっていなかった。

 正常な装置が、正常に動いたまま、存在したはずの情報だけを拾っていない。

 セレスは唇を結んだ。

 分からない。

 その言葉を認めることが、ひどく難しかった。

 記録官系統の術式を学ぶ者として、三資料も揃っているのに結論を出せないことが恥ずかしかった。夜凪カイの帰還という重大事象に、自分の技能が追いついていない。

 焦りを抑え、記録杖を壁へ向ける。

 「《術式記録》、三面比較」

 杖先から細い光が伸び、振動記録、教師報告、生徒証言をつないだ。

 セレスの技能は、異なる形式の記録から共通する時刻と事象を拾い、重ねて表示する。戦闘には向かないが、術式事故や証言の食い違いを調べる際には有用だった。

 壁面に三層の時間軸が浮かぶ。

 セレスは十二秒の直前へ意識を集中した。

 帰還門の光量が一度低下している。

 同時刻、封印機関の第五星導線が逆流。

 レイガの報告には、空気の圧力が一瞬変化したとある。

 共通点を拾い、因果関係を組み立てる。

 星導線の逆流によって観測術式が遮断され、振動記録だけが欠落した。

 セレスの中で答えが形になった。

 「原因を特定しました」

 声にした瞬間、壁面が赤く染まった。

 《術式記録》が、推定した因果を警告表示へ変換する。

 ――第五星導線の逆流による記録遮断。

 ――再発危険あり。

 ――封印機関の即時停止を推奨。

 記録室の警報が鳴った。

 セレスの背中に冷たい汗が流れる。

 隣室で待機していた職員が扉へ駆け寄る気配がした。

 だが、壁に表示された赤い推定文の端で、小さな不一致記号が点滅している。

 第五星導線が逆流したのは、欠落開始から二秒後だった。

 原因だと断定した現象が、結果より後に起きている。

 「違う……」

 セレスは息を呑んだ。

 自分は、共通する情報を見つけたのではない。

 結論を急ぎ、都合のよい記録を選んだ。

 警報を止めようと記録杖を動かしたとき、部屋の中央に淡い星明かりが灯った。

 光の中から、一本の杖が先に現れた。

 細身の星の杖だった。先端には幾重もの環が重なり、その中心で小さな光点がゆっくり回っている。

 杖を軸に、女性の輪郭が描かれていく。

 肩、腕、長い衣、細い腰。

 続いて現れた白銀の髪は、光を受けているのではなく、それ自体が薄く透けていた。背後の記録文字が髪越しに見え、動くたびに星の粒が遅れて流れる。

 足元まで輪郭が整っても、床には影が落ちなかった。

 白い床の発光線も、投影の足を避けることなく通り抜けている。

 女性が片手を上げ、赤い警告文へ指を伸ばした。

 指先は壁面に触れなかった。

 正確には、触れたように見えた直後、そのまま光の板を通り抜けた。警告表示も揺れず、壁面に接触反応は一つも生まれない。

 セレスの指から、記録杖が滑りかけた。

 七界の星導、アステリア。

 カイが口にしていた存在と、目の前の投影が同じである保証はまだない。それでも、透明な白銀髪と星の杖から伝わる静かな威圧感に、セレスの胸は強く締めつけられた。

 膝が無意識に曲がりそうになる。

 礼を取るべきなのか、警戒すべきなのか判断できない。呼吸が浅くなり、指先の感覚が薄れる。

 美しいからではない。

 人の姿をしていながら、目の前の存在が現世の物理から完全に外れていることが怖かった。

 女性の星仮面が、わずかにセレスへ向いた。

 「警告を解除してください」

 声は静かだった。

 大きくないのに、記録室のどこからでも同じ距離で聞こえる。

 セレスは反射的に記録杖を握り直した。

 「あなたは……アステリアですか」

 アステリアは仮面の縁へ指を添え、その呼称へ応じるまで一拍だけ置いた。

 「現世に投影可能な範囲では、その呼称に応答します」

 断定を避ける答えだった。

 それがかえって、セレスには誠実に感じられた。

 扉が開き、レイガとカイが記録室へ入ってくる。

 カイは治療衣の上から外套を羽織り、右手に訓練用の木剣を持っていた。隔離中の移動であるため、レイガがすぐ横についている。

 カイは投影された女性を見ると、一瞬だけ足を止めた。

 驚きはした。

 だが、崇拝するような態度も、無条件に頼るような様子も見せなかった。

 「アステリア」

 仮面の奥から返った声は、七界で別れたときと同じ抑揚だった。カイの喉に、一億年ぶんの呼びかけが詰まる。

 「久しいですね、夜凪カイ」

 カイには「久しい」の長さが、アステリアとの間でだけ重かった。現世側のセレスにも届く尺度へ戻すため、十二分を口にする。

 「現世では十二分だった」

 星の杖から二本の時系列が伸びたが、片方は十二分、もう片方は目盛りの外へ消えた。アステリアは重ねられない線を前に、観測上の限界を告げる。

 「私の観測基準では、双方の時間を同じ単位で扱えません」

 カイは短く頷いた。

 「七界で会ったアステリアと同じ存在だと思っていい?」

 アステリアは星図の一点を指先で示し、観測投影の位置へ仮面を向けた。

 「記録と意思の連続性は保持しています。ただし、この姿は観測投影です。七界における私の権限も能力も、そのまま現世へ持ち込めません」

 セレスは問いを挟んだ。

 「何が可能なのですか」

 アステリアは星の杖を横へ向けた。

 杖先の環が回り、壁面に一つの光点が生まれる。

 「観測」

 光点が十二秒の空白直前へ固定された。

 次に、別の光点が欠落後へ現れる。

 「記録」

 二つの点の時刻、振動値、星導線の状態が、アステリア自身の視界から転写される。

 最後に、二点を細い線がつないだ。

 「経路提示」

 線は空白を埋めなかった。

 欠落区間を避け、記録が確実に存在する直前と直後だけを結んでいる。

 「可能性は三つです。私が観測できる地点を示す。その内容を記録する。地点同士の関係を経路として提示する。選択は、必要な精度と時間で変わります」

 アステリアは一拍置き、星の杖を出口へ向けた。

 「なお、経路提示には道案内も含まれます。迷子の可能性を下げられます」

 アステリアの補足にセレスの筆が止まり、道案内を別項へ記す余白が空いた。

 「今、その補足は必要ですか」

 アステリアは杖先で唯一の扉まで直線を引き、分岐がないことを示した。自分で付け足した道案内の効用を、現在地に限って低いと判定する。

 「記録室からの退出経路は一つです。したがって、必要性は低いです」

 真顔で訂正され、セレスは返答に一呼吸遅れた。カイには、七界でも変わらなかった字義どおりの冗談だと分かった。

 「空白の中は見えないのですか」

 セレスが黒い十二秒を指すと、星図のその区間だけ光点が途絶えた。アステリアの仮面も空白へ向いたまま、像を結ばない。

 「現在の投影では観測できません」

 観測不能と書いた直後、セレスは原因欄を空けたまま筆を止めた。見えないことと理由が分からないことを分けるため、問いをもう一段絞る。

 「原因の特定は」

 星図には原因候補を示す枝さえ現れなかった。アステリアは空欄を推測で埋めず、短い否定だけを置く。

 「できません」

 即答だった。

 セレスは思わずアステリアの透けた手を見る。

 「では、封印機関を止めることは」

 封印機関へ向けた杖先は、装置の外郭をなぞるだけで内部へ届かなかった。観測投影から停止術式へ接続する線は一本も生じない。

 「できません」

 停止不可に印をつけたセレスは、非常時の戦闘欄へ筆を移した。装置を止められなくても敵を排除できるか、次の可能性を切り分ける。

 「敵が現れた場合、攻撃は」

 アステリアが標的像へ杖を向けても、星光はその表面を記録するだけだった。攻撃へ変わる熱も圧力も生まれない。

 「不可能です」

 攻撃不可の欄を閉じ、セレスは崩落区画に人型の赤印を置いた。戦えなくても救助へ寄与できるかを確かめるためだ。

 「人が崩落に巻き込まれた場合は」

 アステリアの投影した手が赤い人型を通り抜け、紙面の上へ影すら落とさなかった。触れられない身体では、瓦礫も負傷者も持ち上げられない。

 「触れられないため、物理的な救助は行えません」

 アステリアは巻いた星図を半ば開き、物理救助に当たる領域を指で覆った。

 「空間を開き、退路を作ることも?」

 アステリアは仮面越しに顔を傾け、空間操作を示す星紋から指を離した。

 「現世投影には空間操作権限がありません」

 万能ではない。

 アステリアは現れただけで謎を解く救済者ではなく、観測できる範囲を増やす存在にすぎない。

 カイも、その制約を当然のように受け止めていた。

 「七界でも、アステリアがすべて答えを知っていたわけじゃない」

 カイがセレスへ言った。

 「見えるものは多い。でも、見えないものを見えたとは言わない」

 責める言い方ではなかった。

 それでもセレスの胸が痛んだ。

 自分は、見えていない原因を見えたことにした。

 記録官として最も避けるべき誤りだった。

 壁の赤い警告文が、羞恥を突きつけるように明滅している。

 職員たちは扉の外で待機し、レイガも何も言わない。取り消すなら、自分で行わなければならない。

 セレスは記録杖を持ち上げた。

 「推定原因を撤回します」

 声が震えた。

 一度、息を吸う。

 「第五星導線の逆流は、十二秒の欠落開始後に発生しています。欠落原因とする根拠は成立しません」

 警告文の一部が消える。

 まだ中央に、原因入力欄が残っていた。

 セレスは杖先を向ける。

 「原因――不明。黒帳院へ提出するなら、推定を事実欄へ混ぜないでください」

 口にした瞬間、頬が熱くなった。

 だが、今度は目を逸らさなかった。

 「確認できた事実は、振動記録に十二秒の空白が存在すること。教師報告および生徒証言では、その間も地下機関室内の行動が継続していたこと。装置故障、外部改竄、空間異常のいずれも、現時点では確定できません」

 赤い警告が消えた。

 代わりに、白い文字で新しい記録が残る。

 ――原因不明。

 ――十二秒の記録欠落のみ確認。

 《術式記録》の光が一度収束し、再び三資料へ伸びた。

 今度は原因を結びつけようとしない。

 一致する事実と、食い違う箇所を分けて表示する。分からない部分は空白のまま保つ。

 記録杖の環が一段増えた。

 セレス自身の技能表示が更新される。

 《術式記録》――F/Lv.2。

 断定精度が上がったのではない。

 断定してはならない範囲を、記録として保持できるようになった。

 アステリアの星の杖にも変化が起きた。

 これまで一つだった光点が、二つ同時に安定する。投影の白銀髪がわずかに濃くなり、輪郭の揺れも小さくなった。

 観測投影――F/Lv.2。

 同時観測点――一から二。

 「投影の安定を確認しました」

 アステリアが言う。

 「ただし、二点間には誤差があります。現世時刻で、およそ八分の一呼吸」

 セレスは二つの光点を見る。

 肉眼では同時に灯ったように見える。だが、《術式記録》を通すと、後方の点がわずかに遅れていた。

 カイが木剣を持ち上げた。

 レイガが眉を寄せる。

 「何をする」

 レイガは出口とカイの剣幅を見比べ、退避線を塞がない位置へ半歩引いた。

 「投影誤差を確かめます。基本の一振りだけです」

 基本の一振りと聞いても、レイガの手はカイの木剣から離れなかった。投影誤差を測る名目が特殊技能へ広がらないよう、条件を固定する。

 「特殊技能は禁止だ」

 禁止を受け、カイは《天断》へつながる握りをほどいた。学園で習った基本形へ親指を置き直してから答える。

 「使いません」

 アステリアは二つの観測点を、カイの正面と剣先の停止位置へ配置した。

 「第一点を実位置、第二点を投影記録位置とします」

 カイは短い現世型の構えを取る。

 木剣を振り下ろした。

 最初の停止では、剣先が第二点をわずかに通過した。見えている投影へ合わせたため、実際の停止位置との間に誤差が出たのだ。

 カイは剣を戻す。

 「もう一度」

 八分の一呼吸ぶん遅れた観測点を見て、カイの足が二振り目の間合いへ動いた。レイガは疲労の残る腕と最初の条件を同時に思い出させる。

 「一振りだけと言ったぞ」

 レイガの声が低くなる。

 カイは木剣を下げた。

 「では、振らずに合わせます」

 今度は構えからゆっくり剣先を動かした。

 第一点と第二点のずれを目で追い、投影が届く前に手首と肘の力を抜く。剣先は光点の手前で止まり、遅れて現れた第二点と重なった。

 速さも威力もない。

 ただ、誤差を理解して止めただけだった。

 それでも数値板が更新される。

 基本剣術――G/Lv.10。

 投影・観測誤差に対する停止微調整――可能。

 セレスは、その小さな動作を見つめた。

 カイはアステリアの観測を絶対視しなかった。表示された位置と実際の位置に差があるなら、その差を受け入れ、自分の剣を調整した。

 セレスも同じことをしなければならない。

 記録があるから正しいのではない。

 記録には、拾えないものも、遅れるものも、欠けるものもある。

 だからこそ、不明を不明のまま残す必要がある。

 壁面の端で、新しい照合通知が点滅した。

 セレスは記録杖を向ける。

 十二秒の空白を示す波形と、学園内の過去記録が自動比較されていた。

 一件だけ、同じ周期の断絶が検出されている。

 場所を示す文字を見た瞬間、セレスの背筋が冷えた。

 「レイガ先生」

 声が固くなる。

 「同一周期の記録欠落が、別の場所にもあります」

 レイガが壁面を見る。

 「どこだ」

 セレスは表示された区画名を読み上げた。

 「地下訓練場の封鎖壁です」

 誰も使用していないはずの地下区画。

 立入禁止の封鎖壁から、帰還記録と同じ十二秒周期の空白が検出されていた。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:D

レベル:Lv.4

HP:132/138(ランクD)

魔力:103/112(ランクD)

攻撃:48(ランクD)

防御:41(ランクD)

速度:55(ランクD)

技能:基本剣術(ランクD・Lv.1)/黒影歩(ランクD・Lv.1)

状態:帰還後の測定段階。無位・未登録だが、通常安全出力D・条件付き上限Bで運用する。

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