表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落第剣士が古代魔法に巻き込まれ一億年修行 ~七王の技を宿して世界を救う~  作者: バナナ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/62

第19話 白帝が待つ帰還門

【教師視点】

 夜凪カイが七界へ消えてから、現世では十二分しか経っていなかった。

 レイガは、星環学園の地下訓練場と封印機関室をつなぐ隔壁の前で、その十二分間に起きたことを一つずつ維持していた。

 地下訓練場は石造りの円形空間で、普段は生徒が模擬戦を行う場所だ。その北壁が七界転輪機ヘプタ・オルビスの暴走で割れ、奥に封印されていた機関室への保守通路が露出した。通路は大人二人が並べる幅しかなく、天井には古い石梁が何本も渡されている。

 機関室はその先、直径百歩を超える空洞にあった。七つの金属輪が建物一階分の高さで回転し、壁の古代文字は半分まで赤熱している。焦げた油と魔力の臭い。歯車の軋み。床の亀裂から覗く、星のない黒。触れれば物も人も別々の時間へ裂かれる空間断層だった。

 事故の直後、訓練場には二十人以上の生徒が倒れていた。

 レイガは最初に白い領域を半円状へ広げ、生徒全員を南壁側の障壁の後ろへ移させた。教師二人へ負傷者の確認を命じ、動ける生徒には保守通路へ近づかないよう告げた。

 神座解体結社〈テオクラスト〉の侵入者は、機関室から出ようとしていた。黒い祭服の袖に術式を隠し、転輪機の制御核を奪うため、倒れた生徒まで盾にしようとした。

 レイガが彼らを床へ縫い止めた直後、七つ目の輪が一度だけ青く光った。

 カイの帰還信号だった。

 匿名の緊急通信紋へ、発信者名のない三系統の遠隔音声が続けて入った。黒、赤、青。それぞれが必要な一点だけを渡し、こちらの現場判断へは踏み込まない。

 《黒系統。外部転移路は遮断した。そちらの帰還座標へは干渉しない》

 「了解。遮断維持を頼む」

 《赤系統。地上の避難路は確保した。地下は任せる》

 「負傷者の搬送を優先してくれ」

 《青系統。第七輪の周期を観測中。青の明滅を基準にして》

 「周期だけ送ってくれ」

 三つの通信はそこで切れた。姿を現す者はいない。レイガも発信者や系統の説明へ時間を割かず、自分が受け持つ現場の帰還点固定へ集中した。

 問題は、帰還地点が機関室の中央にあることだった。外から座標を固定するには、輪の周期を目視し、制御核の振動と照合しなければならない。レイガ一人では転輪機、空間断層、敵、生徒、崩れる通路を同時に見続けられない。

 そこで彼は、障壁の内側にいた四人へ役目を渡した。

 「ミナ。七つ目の輪が青くなる間隔を数えて、私へ声で伝えろ」

 赤茶色の髪を煤で汚したミナは、怖さで唇を震わせながらも頷いた。

 「はい。カイが帰る合図なんですよね」

 期待に走りそうな足を、ミナはその場で踏み止めた。

 「その可能性が高い。だが輪へは触るな」

 レイガの声が厳しく落ち、白い輪の危うい明滅を示す。

 「分かりました。見るだけにします」

 ミナが両手を胸元へ引くのを確かめ、レイガは次の配置へ視線を移した。

 「セレスはミナの護衛。通路へ落ちた小さい瓦礫だけを退けろ。深追いするな」

 セレスは真っ直ぐな眼差しで剣を抜き、ミナの前へ立った。

 「了解しました。彼女を帰還点まで通します」

 セレスは剣先を下げてミナの歩幅へ合わせ、守る距離を決めた。

 「リゼット。非常扉の留め金が歪んでいる。術式は使うな。暴走中の機関へ干渉する。いつもの剣で留め金だけを切れ」

 リゼットは腰の細身剣を抜いた。杖ではない。訓練場へ来たときから携えていた、銀色の片刃剣だ。

 「こんな錆びた扉に私の剣を使わせるなんて、あとで研ぎ代を請求しますからね」

 声は尖っていたが、冗談を挟まなければ手の震えを隠せないのだとレイガには分かった。

 「ガロウは三人の後ろを守れ。梁が動いたら、持ち上げずに退避を優先しろ」

 大柄なガロウが頷いた。

 「先生はどうする」

 ガロウの大きな手は瓦礫へ伸びかけたまま、レイガの返事を待つ。

 「ここから全部を支える。だから、お前も英雄の真似はするな」

 四人は命令どおり動いた。

 ミナが輪の明滅を数え、セレスが剣の腹で足元の石を払い、リゼットが細身剣で留め金の一点だけを断つ。非常扉が開き、機関室中央へ続く通路が現れた。

 そのとき、保守通路の天井が沈んだ。

 ガロウは三人を前へ押し出したが、自分が退くより早く石梁が落ちた。両腕で受け止めた瞬間、右肩から鈍い音がした。

 「ガロウ!」

 ミナが戻ろうとする。

 「戻るな! 数を止めるな!」

 ガロウは歯を食いしばり、膝を曲げた。英雄の真似をするなと言った直後だった。レイガは自分への苛立ちを押さえ、白い領域を細く伸ばして石梁の重量を受け取る。

 「もう離せ。右肩を動かすな」

 白い光が梁を天井近くへ固定した。ガロウは右腕を垂らしたまま、左手で壁を支えに三人へ追いつく。

 四人は機関室中央の帰還点へ到着し、レイガが張った二層目の障壁の後ろへ入った。位置は転輪機から十二歩。頭上には先ほどの石梁が保守通路から斜めに突き出し、白い光で止まっている。ガロウの右肩は負傷。リゼットは細身剣を保持。セレスはミナの右隣。ミナは七つ目の輪を見上げ、明滅を数えている。

 「七回目! 次、十二秒後です!」

 ミナの報告で、レイガは帰還座標を一段深く固定した。

 その間にも、侵入者は抵抗を続けていた。

 頬に銀の刺青を持つ術者が、床へ流した血で神名陣を描く。黒い神像の頭部が床から浮かび、顎を開いて障壁ごと生徒を吸い込もうとした。

 レイガは制御核から手を離さない。

 一度目の白線で床の血溝を断つ。術者は経路を腕の傷へ切り替えた。二度目には血を空中へ散らし、神像を再形成する。敵も、術式の入口を狙われていると理解して適応した。

 三度目、レイガは攻撃の幅をさらに狭めた。

 床の溝、空中の血滴、術者の傷口。その接続だけを白く塗り潰す。

 神像は牙が障壁へ触れる寸前で停止し、塵になった。余波は術者の頬を薄く切っただけで、生徒側には風一つ届かない。

 「人間一人の出力ではない……」

 術者が呻く。

 「評価は不要だ。拘束に従え」

 レイガは軽く返したが、胸の内は静かではなかった。

 転送の瞬間、カイは怯えた顔で手を伸ばしていた。その手を掴めなかった。教師として守れなかった悔しさを敵へぶつければ、帰還座標が狂う。だから怒りは呼吸の底へ沈め、守る対象だけを見る。

 「八回目! 間隔、十秒に縮みました!」

 ミナの声が飛ぶ。

 七つの輪が順番に停止し、最後の一輪だけが激しく明滅した。七界側の工程が終わり、帰還路が外側の座標を探している。

 レイガは教師たちへ振り向かずに告げた。

 「訓練場側の障壁を三十秒支えてくれ。私は帰還点へ集中する」

 負荷の分配を聞いた教師たちが、それぞれの術式位置へ散る。

 「了解!」

 複数の教師が応じ、南側障壁を引き受ける。役割を分けたことで、レイガは白い領域を細い一本道へ絞れた。

 「帰還工程へ入った。座標を維持する。戻れ、カイ」

 安堵で膝が緩みそうになる。だが、まだ帰ってはいない。

 七界の内側へ無理に入れば経路が崩れ、カイごと消える。外側の座標を固定し、本人が境界を越えるのを待つしかなかった。

 ***

 【夜凪カイ視点】

 カイは七界の星道を進み、黒い断崖の手前で足を止めた。

 背後にはアステリアと七人の王。前方には現世へつながる白い光。道は断崖の縁で途切れ、透明な境界が二つの世界を隔てている。

 帰るという意志は定まっている。今の目的は、外側の座標と七界側の道が同じ一点を指しているか確認し、帰還を塞ぐ条件だけを断つことだった。

 カイは境界へ掌を当てた。

 白い光は十秒ごとに脈打つ。そのたびに現世の石と油の匂い、誰かが数を叫ぶ声、複数の力が外側を支える振動が届く。独りの推測ではない。帰還座標は確かに固定されている。

 「聞こえるか、カイ!」

 レイガの声が境界を越えた。

 一億年ぶりに聞く声なのに、記憶の中と変わらない。胸が締めつけられ、目の奥が熱くなる。それでもカイは、必要な情報から返した。

 「聞こえます。星道は断崖で停止。境界は一枚。先生の白い光と、一つの接続で重なっています」

 再会を喜ぶ言葉を飲み込み、カイは見えている条件を順に渡した。

 「こちらは星環学園地下の封印機関室だ。現世では十二分。帰還点は固定した。生徒は障壁の後ろにいる」

 十二分。その短さに驚きはしたが、今は帰還を完成させるほうが先だった。

 「俺が斬るのは、二つの世界の境界ではありません。俺の帰還を塞ぐ接続、一つだけです」

 対象を口にしたことで、カイの手の震えが止まった。

 「よし。外側は私が保つ」

 カイは振り返った。

 「アステリア。七人とも確認してください。対象は帰還接続一つ。七界本体と星道は残します」

 アークベルが大鐘へ手を置き、六王がそれぞれの力で星道を支える。アステリアが杖を掲げた。

 「対象を確認。帰還接続、一条件。七界本体への干渉なし。実行可能な選択肢は断片形です。実行を認めます」

 帰還座標、外側の固定、七界側の安定、対象の合意。必要な条件が揃った。

 「先生、今から斬ります」

 一億年を隔てた両側で、師弟は同じ接続へ意識を合わせた。

 「帰ってこい、カイ!」

 カイは正眼から一度だけ剣を振った。

 「第七技法・断片形――天断」

 黒い断崖の中央へ、刃一本分の光が走る。世界の境界は残り、帰還を塞ぐ一条件だけが途切れた。星道と白い領域が一本につながる。

 斬撃そのものは静かだった。だが、帰還点を監視していた教師の一人が息を呑み、記録板を取り落としかけた。術式を壊さず、必要な条件だけを斬り分ける精度など、熟練の監査官でも見たことがない。レイガだけが表情を崩さなかったが、その視線は帰還する生徒ではなく、一人の剣士を測るものへ変わっていた。

 門の向こうで、白い制服のレイガが初めて笑った。その後ろには、障壁の内側で待つ四人の姿も見える。

 「よく帰ってきた」

 カイはその声を目印に現世へ踏み出した。

 境界を越えた瞬間、一億年を耐えたはずの脚から力が消えた。


【主人公ステータス】

対象:夜凪カイ

種族:七紋人

個体ランク:D

レベル:Lv.2

HP:118/120(ランクD)

魔力:93/96(ランクD)

攻撃:42(ランクD)

防御:35(ランクD)

速度:48(ランクD)

技能:基本剣術(ランクD・Lv.1)/黒影歩(ランクD・Lv.1)

状態:第一覚醒直後。保存熟練度は高いが、現世では七重封印のため通常安全出力D・条件付き上限B。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ