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見つけたもの






 「ご主人様~!お勤めご苦労様でしたっ!」



 「うわっ!びっくりした!」



 辺りが夕闇に沈む頃、慰労会もお開きになり、帰るために宮代と並んで校門を出た晶は、突然飛び出してきた白蛇に思わず驚きの声を上げた。


 先日見た時よりも大分サイズダウンして可愛らしい姿になった白蛇は、すぐに宮代の腕に巻き付くと隣にいた晶に「シャーッ!」と威嚇するような声を上げる。


 「小娘…!!またご主人様に近付きおって!!」


 「こんにちはミーちゃん。元気そうで何よりだね」


 身体のサイズが小さくなったためか、声まで可愛らしくなった彼女に晶が軽く手を振って挨拶をすると、白蛇は悔しそうに首を揺らした。


 「き~!!生意気な小娘めっ!!あの御仁さえいなければ、お前など一口で平らげてやるものを!!」


 「こら、ミーちゃん。それはダメだって約束だろ?…っていうか、学校にはついて来るなって言ったのに…」


 そう言って宮代は溜息を吐く。話によると、彼女はあの夜以降、学校の敷地内以外は片時も離れず宮代の腕にくっついて来るようになったらしい。みーちゃんは宮代に認知されて側にいられることが相当嬉しいようで、こうして放課後は殆んど毎日彼の出待ちをしているのだとか。


 宮代が窘めるようにジロリとミーちゃんを睨め付けると、当の本人はどこ吹く風というような態度で宮代の腕に頭を摺り寄せた。


 「ここはもう学校とやらの外ですわ。ずっとお待ちしていたのになかなかいらっしゃらないから、わたくし我慢ができなくて、人間に化けて潜入するところでしたのよ?」


 「それは…騒ぎになるな…」


 「ですね…」


 こう見えてミーちゃんは白髪の薄幸そうな美少女で、そんな彼女に校内を歩き回られた日にはいろんな意味でひと騒動起きてしまっていただろう。


 (そう言えば、香月さんがうちの学校に潜入した時も危なかったな…)


 彼の美貌は茶黒の瞳と黒縁の眼鏡で普段よりも抑えられていたが、それでも衆目に晒されれば学校中が大騒ぎになっていたに違いない。あの時、人目に触れずに彼を北校舎裏まで連れてくることができたことは幸いだった。


 結局、香月の姿を目にしたのはあの時対峙した麻衣だけだったが、その後、彼女にあの日の出来事について追及されることはなかった。


 (本当に、香月さんは記憶を消したんだ…)


 香月は麻衣の深層心理に侵入して彼女の宮代への想いを消したと言っていた。それを裏付けるように、事件解決の後、麻衣は以前より明るい表情を見せるようになった。


 美稀に対しても、以前にも増して親密な様子で接しているのを見かけるようになり、相変わらず彼女のフォローを請け負いながらも明るい笑顔を見せる彼女は、宮代への慕情が消えたことで心の歪みがなくなり、本来の明るさを取り戻したように見えた。

 

 (きっと、これが一番良い解決方法だったんだよね…?)


 彼女の晴れやかな笑顔を見た時、晶はそう納得しようとした。麻衣の恋心を消したことは、彼女にとって結果的には良かったはずだ。


 でも、人の心を操作するようなやり方が、果たして本当に一番良い方法だったのか。


 (香月さんは、簡単に人の記憶のデータを書き換えられるって言ってたけど…それが本当なら…それって、かなり…)


 香月の力が本物なら、彼はこの世のすべてを自分の思いのままに出来るということだ。人々の記憶を改ざんし、都合の良い記憶にすり替える。そんなことが可能なら、それこそ彼は世界を牛耳ることができるほどの力を持っていることになるのではないか。


 そのことに思い至った晶は、今更香月の存在に畏怖の念を抱きそうになり、慌ててそれを打ち消した。


 (…やめよう。私は自分で踏み込んで傍にいたいって言ったんだから、ありのままを受け入れるだけだ。…記憶が消されるまでは)

 

 晶は想像する。もしこの先、香月の手によって晶が持つ彼の記憶を消されたとしたら、この胸に灯った明かりも消されてしまうのだろうか。晶の中で、彼の存在すべてが無かったことにされるのだろうか。


 その時ふと、晶は気付いてしまった。


 (…ああ、だからあの時、香月さんは…)


 彼の見せた表情の理由。それはもしかすると―――


 考え込んでいた晶は、聞こえてきた騒がしい声にふと気を取り戻した。見ると校門前の道の先で、何やら女子生徒たちが騒いでいる。


 「…言った傍から、何の騒ぎだ?」


 「何でしょうね?」


 晶と宮代が不思議そうに顔をそちらに向けると、下校途中の女子生徒が何人かバタバタと走って戻って来るのが見えた。彼女たちはひどく高揚している様子で、顔を真っ赤にして必死な形相で走ってくる。そのうちの一人は、何と鼻血を流していた。


 「や、やばい…!!早く隠れないと!!」


 「すごい…あんなの初めて見た!!」


 「わ、私みたいな鼻血女が目に映ったら、おおお目汚しになってしまう…!!」


 彼女たちはそれぞれが何事かを口にしながら慌てた様子で晶たちの脇を通り過ぎると、校門の中に入りすぐさま塀の陰に身を潜め始めた。

 

 「な…何事だ?」


 「一体何が…?」


 ポカンとして宮代とその様子を見ていた晶は、ふと通りを歩いて来る人の気配に気付き、そちらに視線を戻した。と同時に思わず声を上げる。

 

 「あっ…」


 晶の声に反応した宮代がそちらに振り向くと、一人の男子高校生がこちらに向かって歩いて来る姿が見えた。その制服は他校のもので、その見覚えのあるデザインに宮代は「ああ…」と納得の声を上げる。


 「な〜んだ、成王生がいるから騒いでただけかぁ。…って、え?……あれって…」


 通りをこちらに向かって歩いて来る人物の顔を見て、宮代は目を剝く。


 自然と割れた人垣の間を悠々とした足取りで歩いてくるのは、何と成王高校の制服に身を包んだ香月だった。


 華美ではないものの、洗練されたデザインの制服に身を包んだ香月は、ただ歩いているだけで自然と道行く人の目を惹きつけている。彼の姿を目にした周囲の人々はまるで時が止まったかのようにその動きを止め、誰もが息を飲んだように押し黙ったまま彼を見つめていた。


 (せ、成王の制服の威力ってすごい…でも、どうして香月さんがここに??)


 ポカンとした顔で疑問符を浮かべながら彼を見つめる晶の横では、宮代が「え、高校生だったの!?マジかよ…」と独り言ち、近くの塀に隠れていた女子生徒たちは、香月の姿をチラリと覗いては隠れて胸元で十字を切ったり、覚束ない般若心境を唱えて精神統一を試みている。


 やがて晶の姿に気付いた香月は、その茶黒色の瞳を細めて眩しい笑顔で手を振った。するとその瞬間、それを目にした者たちがまるでメデューサの攻撃を受けたかのように不自然に固まり出した。


 (え?え?…す…すごい…!香月さんのオーラと制服の威力で周りの人たちが石みたいに!!)


 晶と宮代も同じように動けずにいる間に、香月は二人の目の前に辿り着くと晶にニコリと笑いかけた。


 「静野さん、お疲れ様。今帰るところ?」


 「はっ…はい!…あの、香月さんは、なぜ…?」


 何故ここに来たのか、何故制服姿なのか、そもそもなぜ歩いて来たのか。彼の行動が謎すぎてどこから聞けばいいのか悩んだ結果、言い淀んでしまった晶に、香月は笑顔のまま首を傾けた。


 「もちろん、君を迎えに来たんだ。あちらに車を待たせているから、行こうか」


 そう言って自然に差し出された彼の手を見て、晶は戸惑う。ただでさえ衆目を集めているこの状況で、堂々と彼の手を取る勇気など今の晶にはなかった。


 「ええっと、あの…」


 「こ、香月さん!!」


 言い淀む晶の前に、宮代が真剣な顔でずいっと割り込んだ。かと思えば、次に彼は香月に向かって勢いよく頭を下げる。


 「この間は、色々とありがとうございました!…まさかうちのミー…御神体がそもそもの原因だったなんて…」


 そう言って宮代はチラリと腕に絡みついている白蛇を見遣る。するとミーちゃんは恥ずかしさなのか恐怖なのか、その身を縮こませると宮代の背後にサッと頭を隠した。


 「…こうして大人しくしてくれるのも、全ては香月さんのお陰です。本当にありがとうございました!」


 再び深く頭を下げた宮代に、香月は目を伏せて「いや…」と首を振った。


 「僕は今回、静野さんを守るために動いただけだから、君に感謝される謂れはないよ。―――では」


 素っ気なく言い放った香月は、流れるような動作で晶の手を取る。するとエスコートするように手を引いた彼は晶の背中を軽く押して、ポカンと口を開けたまま立ち尽くす宮代の前から風のように晶を連れ去った。


 その自然な動作にしばし呆然として為すがままに身を任せていた晶は、しばらく後になってからハッと覚醒した。


 「こ、香月さん!人前でこれはちょっと、どうかと!」


 「ん?何かな?」


 あわあわと慌てて抗議する晶に香月は不思議そうな顔で首を傾げる。その様子に、彼は自身がどれほどの存在感を周りに示しているのか本気で分かっていないのだと気付いた晶は愕然とした。


 (な、何でそんなに無自覚なの~!?香月さんって、もしかして自分の顔見たことないの!?)


 ここで彼の手を振り解く勇気もなく、かと言って止めてほしいとも言えない晶は、衆目を集めているこの状況でただ真っ赤になった顔を俯かせ、彼に身を任せるしかなかった。


 (あああ…こんな芋女が香月さんの隣に…皆さんゴメンナサイ…)


 道行く人々の視線を浴びる中、居た堪れない気持ちで香月に手を引かれて歩く晶は誰にともなく心の中で謝り続けた。すると、通りの角を曲がった先に堀越の車が停まっているのが目に入る。


 香月に手を引かれて何とか角までやってきた晶は、そこを曲がった瞬間に一目散に堀越の車に飛び乗った。


 「ほ、堀越さん!!できるだけ早くこの場から離れてください!!お願いしますっ!!」


 「何で?」


 後部座席に乗り込んだ晶が身を乗り出して半分涙目で訴えると、優雅に隣に乗り込んだ香月はキョトンと首を傾げる。それを見て、堀越は苦笑いを浮かべて応じた。


 「…はい。承知しました」


 二人を乗せて走り出した車はすぐに校門前から遠ざかり、晶は思わずシートに沈み込む。体育祭の疲れなんて比じゃないくらい今の騒ぎでドッと疲れが増した様な気がして、晶は全身の力を抜くと深い深い溜息を吐いた。


 その様子を見た香月は、何かに納得したようにひとつ小さく頷くと晶に訊ねた。


 「今日の体育祭、無事に終わったみたいだね。疲れた?」


 「えっ?…あ、はい!そうですね…そうなのかも…」


 晶は曖昧に返事をする。確かに疲労は感じるが、それの大半が彼のせいだとは言えない。晶は慌てて話を変えることにした。


 「そう言えば、香月さんはなぜ制服を?今日は学校に行ってたんですか?」


 「そうなんだ。テストを受けるために登校したんだけど、終わった後でそのまま君の迎えに行ってみようかと思い立ってね」


 「そうだったんですね。ちょっとびっくりしました。わざわざありがとうございます」


 そう言ってペコリと頭を下げる晶に、香月は「どういたしまして」と穏やかな笑みで応える。


 「それに…」


 「それに?」


 そのまま何かを言いかけた香月に、晶が問うような視線を向けると、彼は意味深な笑みを浮かべて頬杖を付いた。


 「…今まで思いもしなかった効果があることに、最近気付いてしまってね。それを確かめたかったんだ」


 そう言ってじっと晶を見つめるその瞳に、見たことのない色が映っているような気がして、晶はドキリとする。

 

 「お、思いもしなかった…効果…ですか?それって?」


 ドギマギしながら尋ねる晶に、香月は楽しそうな顔でニヤリと笑うと人差し指を唇にあてた。


 「ふふっ…『秘密』だよ」


 「……」

 

 揶揄われたことに気付いた晶は、困ったように眉を下げると、口を真横に結んだ。


 彼の秘密の一つを知ることができても、彼にはまだまだ秘密がたくさんある。それらすべてが明らかになる日は果たして来るのだろうか。


 (きっと来ないな…その前に記憶を消されちゃうだろうし…)


 晶は無意識に息を吐く。晶の意志など関係なく、香月は必要になったら晶の記憶を簡単に消すのだろう。それはいい。晶はそれを覚悟して境界線を踏み越えたのだから。だが、自分の記憶を自分の手で消し去る香月は、一体どんな思いを抱くのだろう。


 人々の記憶から自分の存在を消す。それはつまり、この世から完全に自分を消すことができるということだ。


 そのことに気付いた時、晶はあの時見せた彼の表情の意味が、少しだけ分かったような気がした。


 

 「―――ゴホン」


 考え事に耽っていた晶は、咳払いの音で我に返る。


 「…静野さん。やっぱり疲れているようだね」


 「え?」


 香月の顔を見上げると、彼は何故か少しだけ複雑そうな顔をして晶の顔を覗き込んできた。


 「屋敷に着くまでの間だけでも、少し眠るといいよ」


 「そ…そんなわけには…」


 確かに疲労を感じてはいる。さらに先ほどから心地よい揺れに身を任せていた晶は軽い眠気も覚えていた。しかし夜ならまだしも、職場の主人の横で昼間から眠りこけるなんて良くないのではないだろうか。


 晶が躊躇していると、香月がまたニヤリと口角を上げた。


 「おねだりしてくれたら、子守歌もつけてあげよう」


 「お、おねだり…」


 その言葉に晶はハッとした。今回、香月は晶のへたくそなおねだりでも晶のために動いてくれた。きっとおねだりと言ったのは建前で、人の良い彼は哀れで愚かな行動に走った晶を見ていられなくて、今回も手助けしてくれたのだろう。


 そう思うと、途端に申し訳なさが募って、晶は慌てて頭を下げる。


 「香月さん!私の下手なおねだりでも助けてくれて、本当にありがとうございました!お礼に私が何かさせてください!」


 「え?…十分可愛かったけど?それにおねだりに見返りなんて無粋だよ」


 「えっ…」


 サラッととんでもない発言をかました香月に、晶は顔を赤く染めながら困り果てる。


 今の発言を掘り下げると頭がフリーズする自信があるので、今回はスルーすることにして、おねだりにそんなルールがあるなんて知らなかった。それともこれは香月自身のプライドだろうか。それなら晶にもプライドがある。


 「で、でも!それじゃフェアじゃないです!香月さんと対等でいるためにも、何かさせてください」


 そう言って食い下がる晶に、香月は困ったように眉を下げて首を傾げた。


 「う~ん、それを言われると弱いな…。君にしてほしいことか…何でもいいの?」


 「はい!私にできることなら何でも言ってください!」


 前向きに考え始めた香月に、晶は身を乗り出して頷いて見せる。すると彼は顎に手を添えて考える素振りを見せた後、「…そうだ」と何かを思い付いた顔をした。


 「そう言えば、堀越が例の趣味仲間にハロウィンの衣装を依頼されたようなんだけど、その試作品を静野さんに着てみてほしいって言っていたな」


 「え!」


 驚いて運転席を見ると、堀越は困ったように笑って頷いた。


 「そうなんです。来月開催する仮装イベントに参加するための衣装を依頼されたのですが、いくつか試作品を作りまして、実際に着てもらった感想が聞きたいのです。お願いできますか?」


 堀越はこう見えて裁縫を趣味としていて、その趣味が高じて最近ではコスプレの衣装も作っているらしい。らしいというのは実際に作っている所を見たことがないからなのだが、先月も彼は日本最大のイベントでその腕を披露してきたばかりだった。

 

 「ええっと、それって私で良いんですか?」


 「もちろんです。着心地や女性の意見を聞きたいので、ぜひお願いします」


 「わかりました!…って、それじゃあ香月さんへのお礼になってないじゃないですか!!」


 慌てて突っ込むと、香月は楽しそうな笑顔で答えた。


 「そんなことないよ?楽しみだなぁ、静野さんの仮装。可愛くするんだろう?」


 「ええ、腕によりをかけて料理させていただきます」


 「り、料理って…あ、そうだ!」


 晶は先ほどの慰労会でのことを思い出し、咄嗟に彼へのお礼を思いついた。


 「香月さん!僭越ながら、今回のお礼にまたお菓子を作らせてもらえませんか?」


 「え?」


 「この前クッキーを褒めてもらえたので、今度は別のお菓子をと思ったのですが…」


 晶の提案に驚き少し困ったように眉を下げた香月の顔を見て、晶は途端に膨らんでいた自信がみるみる萎んでいった。宮代に絶賛されたからついその気になってしまったが、自分は間違えたかもしれない。


 「…やっぱり…違うものが良いですよ、ね…」


 人の良い香月はあの時、やはり社交辞令で晶のクッキーを食べてくれたのだろう。彼の困った様子を前に、晶は恥ずかしさと得体の知れない落ち込みで赤くなった顔を俯かせる。


 すると即座に、晶の耳に「いや…」という呟きが聞こえてきた。


 恐る恐る顔を上げると、目の前の香月が優しい笑みを浮かべて晶のことを見ている。


 「…また君の作るお菓子を食べさせてもらえるなんて、嬉しいよ。次は何を作ってくれるの?」


 「え…」


 気を遣われたのだろうか。そう思う一方で、彼の惚れ惚れするような優しい笑顔に嘘はないような気がして、晶は顔を赤くしたまま話を続けることにした。


 「ええっと、そうですね…香月さんは何のお菓子が好きですか?」


 「僕は…」


 そう言ったきり、香月は黙り込んでしまった。どこか宙を見つめて動きすら止めた彼に、やはりまた困らせてしまったのだと晶は狼狽える。


 「ああああの…やっぱり…」


 慌てて別のものを提案しようとすると、香月はゆっくりと晶の顔に視線を戻し、困ったような笑顔を向けた。


 「何でも好きだけど、君が作ってくれたクッキーが一番好きかな。だからまたクッキーをお願いしても良い?」


 「えっ…それは、もちろん…」


 一番好きという言葉に心が舞い上がるものの、本当にそれは本心なのか。先ほどの彼の様子に疑念が残るが、彼の表情に嘘の色はないように思える。


 (本当に、クッキーが好きなのかな…?)


 晶の手作りクッキーを食べてくれたときは美味しそうに食べてくれたので、特別嫌いということはないはずだ。それに再びクッキーを所望してくれたならば、次はもっと美味しく作るだけだと晶は気持ちを切り替えることにした。


 「じゃあ、頑張って美味しく作りますね!…それにしても、香月さんが甘いもの好きだなんて知りませんでした。前から好きだったんですか?」


 話の流れで晶が何気なくした質問に、香月は一瞬だけ息を詰まらせたように無表情になった。しかしすぐに穏やかな顔に戻すと、緩やかに首を横に振る。


 「…いいや、あまり食べる機会はなかったから、いつからかは覚えていないな」


 「そう、ですか…」


 彼の返事にどこか引っ掛かりを感じるものの、彼の瞳に僅かな濁りのようなものが見えた気がして、晶は慌てて話題を変えた。


 「あの!好きなものと言えば…実は、この前香月さんに楽しみを見つけてほしいって言われてから、自分でもちょっと探してみたんですが…」


 「え…そうなの?」


 いきなりの話に驚いた表情を見せたものの、香月は興味深そうな顔で頬杖を付き、晶の話を聞く体勢になった。


 「そうなんです!それで、その結果、分かったことがあるんです!聞いてもらえますか?」


 「もちろん。ぜひ聞かせてほしい」

 

 穏やかに笑って先を促す香月に、晶は照れながら彼に向けて右手の指を三本立てた。


 「実は三つ、自分の好きなものを見つけました」


 「三つも?それは素晴らしいね」


 「はい。まず一つ目は、料理です。元々作るのは嫌いじゃなかったんですが、今回、自分が作ったものを食べて喜んでもらえることが好きだったんだと分かりました」


 香月も宮代もあの双子の男の子たちも、晶の作ったものを美味しそうに食べてくれた。その時に感じたこの胸に残る温かさが、好きだという感情の根源だと気付いたのだ。先ほどは香月の発言を疑ったりもしたが、クッキーを食べてくれた時の香月の表情に嘘はなかったと思う。その時感じた胸の温かさを信じることにした。


 それを肯定するように香月が穏やかな顔で頷く。


 「そうだね。静野さんが作るものはとても美味しいから、これからはもっと作ってほしいと思うよ」


 「ありがとうございます…でも堀越さんには負けるので、これからもっと腕を上げるよう頑張ります!」


 「喜んでお手伝いしますよ」


 運転席から聞こえてきた堀越の優しい善意に、晶は心からの感謝を伝えると、指を一つ折り畳んだ。


 「そして二つ目ですが…今回のことで、私はどうやら人にお節介を焼くのが好きだということが分かりました」 

 

 「ああ…確かに?」


 香月が肩を竦めて苦笑いを零す。今回の騒動は晶が宮代を放っておけなかったために事態が悪化したようなものだった。そのためにまた香月に迷惑をかけてしまう破目に陥ったのだ。


 「…結局、香月さんに助けてもらうことになってしまって、お節介も何もないんですが…」


 晶が恐縮するようにそう言うと、香月は苦笑を浮かべたままどこか遠くを見るように窓の外を見遣った。


 「僕も…自分がこんなに世話焼き体質な人間だとは思わなかった」


 「え?」


 驚く晶に、香月は視線を戻すと諦観したように一つ息を吐いて、晶に柔らかい笑みを向ける。


 「僕は元々、他人に興味を持てない人間だと思っていたんだ。けど、君を見ているとつい世話を焼きたくなってしまう。それが今は何だか楽しいと思えるようになってきた」


 「え…え!?」


 爆弾発言に、晶の脳は瞬時に沸騰する。今度は何を言い出すのかこの王子は。


 (ええっと!?それって…つまり……?)


 「…これはどういう心理なのかなと考えたんだけど…これって、俗に言う『シスコン』ってやつに似ているのかな?」


 「しっ…シス…コン!!?」


 衝撃の発言に晶が固まっていると、香月は自分の言葉に納得するようにうんうん頷く。


 「静野さんの行動を見ていると、危なっかしくてつい手を貸したくなるっていうか、放っておけなくて、時々、妹がいたらこんな気持ちなのかなって思うことがあるんだ」


 「いもうと…」


 「これって『シスコン』で合ってるよね?」


 「ええっと…そう、かも…?」


 晶は心の中でがっくりと肩を落とす。ほんの少しだけ期待した自分をぶん殴りたい気持ちだった。


 しかし、それと同時に、有紀に指摘されて芽生えた香月への不信感が彼の妹認定によって完全に払拭されたことで、晶の心の中はいっそのこと清々しい気分だった。決して乾いた風が吹き抜けていったわけではない。決して。


 (友人じゃなくて妹認定なら、今までの香月さんの距離感も何もかもが納得できるな…)


 晶は脱力しながら更に後部座席のシートに沈み込む。自分も妹のつもりで彼と接していれば、この気持ちを育てずに別の形に変えることができるだろうか。


 そんなことを考えていると、何を思ったか香月がシートに預けていた体を少しだけずらして、晶の至近距離まで近付いてきた。


 「…やっぱり疲れているみたいだね。ここは兄に甘えるつもりで、僕の肩でも膝でも寄りかかると良いよ」


 「!!…」


 そう言われて、晶は驚きに目を瞠るものの、少しだけ考えるように黙った。


 しばらくして、彼女はおずおずと上半身を傾け始め、ピトリと香月の肩に頭をくっ付ける。


 (わあぁぁぁぁぁ…!!!)


 晶は恥ずかしさのあまり頭の中でのたうち回る。案の定、心臓がバクバクして彼にも聞こえてしまいそうだった。晶は熱くなった身体を意識しないように、目を瞑って静かに深呼吸を繰り返す。


 (い、妹!妹だから!ちょっとくらい甘えても良いよね!?)


 必死に自分自身に言い訳をしていると、ふと甘い夜の香りが鼻腔をくすぐった。


 その途端に、晶の胸はまるで条件反射のようにぎゅっと収縮して、キラキラしたものがそこから溢れ出しそうになる。


 それを漏らさないようにグッと耐えていると、「そういえば…」という低い声が肩の振動と共に耳に響いてきた。


 「話が逸れたけど、静野さんが見つけたものの三つ目って、何?」


 「そ、それは…」


 晶はゆっくりと瞼を上げる。すると、ちょうど視線の先に、夜の街に浮かぶ大きな満月が見えた。


 静かに優しい光を届けるその綺麗な満月を目にして、晶はひっそりと頬を染め、口角を上げる。


 夜の香りを胸いっぱいに吸い込んだ彼女は、彼の肩に頭を寄せたままその顔を見上げると、立てた人差し指をそっと口に付けた。



 「それは、『秘密』です」














最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!


星の数ほどある物語の中から、この作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。

拙い部分も多く、分かり辛い部分もあったかと思いますが、読者の皆様には根気強くお付き合いくださり、感謝の念に堪えません。

次回はもっと良いものをお届けできるように頑張ります。

少しでもこの物語を応援してくださる気持ちがありましたら、評価を頂けると嬉しいです。

本当にありがとうございました!!

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