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135/136

No.135

<ニュールミナス市/大勇峰/大勇神殿跡>


 大帝王即位式を終え、俺は大勇神殿の跡地に来ていた。

 そこには、かつての巨大な神殿はない。周りに散らばるのは、高熱で溶かされた石やガラスの残骸ばかり。見るも無惨な光景が広がっている。


「来たか」


 ふいに声をかけてきたのは、全身真っ黒なローブに身を包んだ人物。

 リン・ブラックサイスだった。


 俺は、こいつに呼び出されてここまで来たのだが。


「なんの用か聞いてなかったな」


 俺は声をかけてみるが、リンは何も答えようとしない。

 そして、赤い液体の入った小瓶を差し出してきた。


「飲むがいい」


 リンはそれだけしか言わない。

 俺はその小瓶を受け取り、よく観察してみた。


 魔力の臭いがする。間違いなくコレは魔導薬だ。しかし、どんな効果があるのかわからない。

 本来なら、絶対に飲むわけにはいかないモノだが……。


「お前には二度、救われてるからな」


 舞踏会の夜に、ロゼットを助けてくれたこと。

 大帝王降臨会議の際に、メリーナに票を入れてくれたこと。


 狙いがなんであれ、俺を害するつもりなら、とっくにやってるはずだ。

 それに、これは俺にとって必要なことのような気がする……。

 

 直感的にそう確信し、俺は渡された薬を一気に飲み干す。


 ――瞬間、頭の中で何かが弾けるような感覚が走り、目の前が真っ暗になった。



 ◆◆◆



 大勇神殿の地下には、真っ暗闇の広大な空間が存在している。

 入口も出口もわからず、普通の人間が入ろうとしても、決してたどり着けない。仮に、奇跡的に中に入れたとしても、二度とは出てこれないだろう。


 そんな暗黒空間の一角に、わずかに魔法の火が灯された場所がある。


 わずかな灯りが、巨大な円卓を浮かび上がらせていた。その周りには()()つの椅子が並べられている。


 その一つに腰掛けながら、俺は他の十七つの空席を見回す。


「久しぶりだな、みんな」


 俺が声をかけると、十七つの空席に、光の塊が浮かび上がる。まるで人魂のようなソレは、すべてが異なる色を放っていた。


 赤、銀、緑、黄、紫……十七色の光が、闇の中で美しく輝いている。


「元気にしてたか?」


 俺が冗談めかして言うと、ようやく返事が聞こえてくる。


(我々は、もはや人ではなく、ただの思念に過ぎない。その質問は無意味だ)


 声は、俺の頭の中に直接響いてくる。

 それが、たまらなく寂しい。


「こんなことなら、俺も()()()()にいっておけばよかったか……」

(我々を思念として甦らせたのはあなただ。すでに肉体の滅んでいた我々を)

「そうだったな……。だんだん記憶がはっきりしてきたよ」


 俺はしばらくのあいだ、蘇ってくる記憶を確認する。

 そうして、自分の中で整理をつけてから、再び話し始めた。


「今回の任務を出したのは、いい判断だった。これからも変わらず、『聖賢枢密院(アルカヌム)』としての役目を果たしてくれ」

(無論。すべては、<大勇者グランダメリス>、<大賢者ホールコール>のために。我らの子孫のために。この世界と、人々のために)


 色とりどりの十七の光が、輝きを増し、大きく揺れていた。

 それが、まるで笑っているかのように見えて、俺は少しだけ懐かしい気分に浸ることができた。


「それじゃ、これからも『グランダメリス』のことをよろしくな」


 俺は最後にそれだけを言い、かつて共に旅した十七人の仲間たちと別れた。



 ◆◆◆



 地上に戻ると、すっかり夕暮れ模様だ。

 少しだけ感傷に浸っていると、黒いローブの人物が近寄ってくる。


「あの……ホールコール様。あっ、いえ! そうお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 最初に会った時とは違い、リンはびくびくした態度で話していた。まるで主人を相手にするかのように。


 その変わりっぷりも、さっきまでの俺なら驚いただろう。だが、今はもう彼女の態度に疑問を感じない。


「ホールコールでも、ライでも、どっちでもいい。それより、リン。フードを上げろ」

「は、はい! それでは失礼します」


 黒いフードの下から現れたのは、幼い容姿の女性だった。こうして見ると、随分と弱気な顔をしている。


「あの……私の態度、失礼じゃなかったでしょうか? 可能な限り、親しげな態度は取らないようにとのご用命でしたので、私なりにあのようなキャラ作りをしてみたんですが……」


 リンが恐々とした態度で聞いてくる。

 ただ、正直なところ俺にはどうでもよかった。


「まあ、いいんじゃないか」

「お褒めいただき、ありがとうございます! 嬉しいです!」


 リンがパッと明るい笑顔を見せる。傍目には十代の少女に見えるが、そんなわけがない。


「リンが俺の記憶を戻すのは、これで何度目だ?」

「300年で、8回目になります」

「そうか。いつも助かる」

「いえ、これがブラックサイス家の役目ですので。ただ、私がお役目を務めさせていただくのは、今回が最後になりそうです」

「死を司るブラックサイス家でも、生きられるのは300年程度が限界か」

「私もずっとお仕えしたいのですが、ホールコール様のように不老不死になるには、やはり不死鳥との契約が必要でして……」

「不老不死なんて、なるもんじゃない。やめておけ」


 俺は厳しい口調で言い聞かせる。するとリンはおどおどしながら、何度も頭を下げていた。


「申し訳ありません。ホールコール様の言う通りにいたします」

「謝らなくていい。むしろ感謝してるよ。ブラックサイス家の人間には世話になりっぱなしだ」

「身に余る光栄です。ただ……私の代でも、グランダメリス様の魂を呼び戻すことは叶いませんでした……」

「構わない。それは本来、俺がやるべきことだからな。他に報告はあるか?」

「その……メリーナ様のことなんですが……」

「彼女がどうした?」

「ホールコール様……いえ、ライ様のことを伝えなくて、本当によろしいのでしょうか?」


 そう言われた瞬間、脳裏にメリーナの笑顔が思い浮かんだ。

 胸の辺りがざわつく。


 長い長い時間の中でも、確かに彼女は、俺にとって特別な存在になりかけたのかもしれない。


 だが……。


「俺には何より優先すべきことがある。1万年前、魔王と共に封じられたグランダメリスの魂。それを見つけ出し、解放することだ」

「承知しております……。しかし、メリーナ様なら力になってくれるかと……」

「大帝王を任せるだけで、随分な重荷を背負わせてしまったんだ。これ以上、負担させられない」

「はい……。メリーナ様が帝位に就かれている間は、グランダメリスは平和で安定した国として栄えるでしょう」

「それを助けるためにも、まずはGPAを再建する。リン、青い方を出せ」


 俺がそう告げると、リンは青い液体の入った小瓶を差し出してくる。

 中に入ってるのは【記憶洗浄(ウォッシングメモリー)】の効果を持つ魔導薬だ。


 さっそく俺はそれを飲もうとするが、直前でリンが声を上げる。


「本当に記憶を消す必要があるのでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「あなたは、必要がある時だけホールコール様の記憶を甦らせ、聖賢枢密院(アルカヌム)と話します。そして用が済めば、またすぐにホールコール様の記憶を消して、GPAのエージェントに戻られます。しかし、わざわざ記憶を消さなくても良いのでは?」

「耐えられないんだよ……」

「……なにがでしょうか?」

「ホールコールのままでいると、グランダメリスを失ったことを一秒たりとも忘れられない。俺は、それに耐えられないんだ……」

「そんなことが……」


 彼女はまずいことを聞いてしまったという表情になり、顔を伏せる。


「リン、今までありがとう。さようなら」


 俺は最後の言葉をかけ、青い液体を一息に飲み干した。


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