表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

134/136

No.134

<ニュールミナス市/グランダメリス大帝王宮殿/貴賓室>


 太古の魔獣が大暴れしてから1ヶ月。

 ニュールミナス市の街も、ようやく落ち着いてきたところだ。


 そして今日、晴れて第439代グランダメリス大帝王の即位式が行われる。

 復興を優先して延び延びになっていたが、どうにかこの日を迎えることができた。


 すでに十三継王家からの承認は得ているが、今日は一般大衆向けのお披露目となる。

 本日をもって、名実ともに、メリーナは大帝王として認められるのだ。


「やっとだな……」


 これまでのことを思い出しながら、俺は一人、宮殿内の貴賓室から外を眺めていた。この部屋の窓からは、庭や宮殿の周りの様子がよく見える。


 グランダメリス大帝王宮殿は祝賀ムードに包まれていた。

 敷地内の広大な庭には、即位式典のための会場が造設されている。豪華な装飾が施された会場には、十三継王家の王族をはじめ、貴族や政治家たちが続々と集まってきていた。


 宮殿の敷地外も、大勢の人で埋めつくされている。

 誰もがその目で、新たな大帝王即位の瞬間を見たいと願っているのだ。


 1ヶ月前。突如として出現した太古の魔獣の群れ。それを討伐したのがメリーナだと、誰もが知っている。

 

 今やメリーナは、ニュールミナス市民はもとより、グランダメリス大帝国、そして世界を救った英雄として、尊崇される存在になっていた。


 もう誰一人、彼女の大帝王即位に反対する者はいない。

 俺が想像していた以上に、メリーナは大帝王に相応しい存在となったのだ。


「……ねぇ、ライ。どうかしら?」


 ふいにメリーナの声が聞こえた。振り向くと、彼女がすぐそばに立っている。

 その姿に、俺はしばし見とれてしまった。


 かすかに揺れる軽やかなショートヘアは、美しい金色の輝きを放っている。その髪に合わせた金色のドレスも、陽光をまとったように煌めいていて、荘厳さと華やかさを同時に感じさせる。


「似合ってるよ」


 俺は褒め言葉を口にした。

 しかし彼女は不満げにほっぺたを膨らませる。


「それだけ? もっと褒めてくれてもいいのよ。綺麗とか……かわいいとか……」


 自分で言っておきながら、メリーナは顔を真っ赤にしていた。

 まあ今日くらいは、俺も正直になっていいか……。


「綺麗だよ。今日だけじゃなく、ずっとな」

「ライ? えっ……」


 俺は彼女に近づき、そっと抱きしめようとする。

 だが――。


「イヤ!」


 跳ねのけられてしまった。

 そしてメリーナは、少しだけ後ずさりする。


「どうしたんだ?」

「ライは、わたしのこと、甘く見すぎなんだから……」


 メリーナの眉間にシワが寄る。その表情の奥にあるのは、悲しみか、怒りか……。


「悪かったな、急に抱きしめようとして」

「そのことじゃないわ。いま、わたしの記憶、消そうとしたんでしょ……?」

「なぜそんなふうに思う?」

「わたし、ライが思ってるほどバカじゃない。ずっと引っかかってたの……。心のどこかに変なモヤがかかってて……その理由がわからなくて……。この気持ちが生まれた原因もわからなくて……」

「なんの話をしてる?」

「わたしがライに恋してることよ」


 久しぶりにそのセリフを聞いた気がした。

 今の口ぶりからすると、メリーナは最初に俺が記憶を消した時のことを思い出したのかもしれない。


 ……いや、今さらそんなことはどうでもいいか。


「とっくに忘れたと思ってたんだけどな」

「ライ……本当にひどい人……。ロゼットさんや、マナちゃんが言ってた通りだった……」


 ふいに、メリーナの瞳から大粒の涙があふれ出した。

 最後にこの顔を見ることになるなんてな……。


「ああ。俺はひどい奴だよ。だから、その()()()もすぐに忘れさせてやる」

「勘違いなんかじゃない……!|

「じゃあ思い込みだ」

「違う! わたしはあなたのことが好き! 子供じみた憧れとかじゃない! 本当にあなたが好きなの! だからお願い……」


 メリーナはその場に崩れ落ちてしまう。

 俺は彼女に近づき、膝を折って声をかける。


「メリーナの気持ちは嬉しいよ。本当にな。だけど、その気持ちに応えることはできない」


 俺は彼女の頭に手を置く。


「やめて!」


 メリーナは俺の手を払いのけ、さらに後ろへと飛びのいた。

 しかし後ろはもう壁だ。これ以上、逃げることはできない。


「悪いが、諦めてくれ」


 俺が再び手を伸ばすと、メリーナの瞳にわずかな覚悟が宿った。


「教えて……どの記憶を消すの?」

「俺に関するすべてのことだ」

「それじゃみんなのことは……? ロゼットさん、マナちゃん、プリちゃん、ジーノさん、ソウデンさん……」

「もちろん、すべて消す。GPAに関することも、これまでの出来事も、何もかもな」

「ダメ……ムリよ……そんなにたくさんの記憶がなくなったら……わたし、おかしくなっちゃう……」

「平気だよ。不思議と、記憶ってのは補完されるようになってるんだ。俺のことを忘れても、別の何かが埋めてくれる」


 俺は彼女の不安を取り除いたつもりだった。

 けれど、メリーナの表情はどんどん崩れていく。


「やめて、ライ……お願いよ……なんでもする……。わたし、あなたたちのこと、誰にも言わない……。会わなくてもいい……。だから、お願いだから……思い出だけは消さないで……」


 子供のように泣きじゃくるメリーナの顔を見ていたら、心臓が握られるような痛みがしてきた。


 本当はこんなこと、俺だってしたくはない……。だけど、これが誰にとっても、幸せなことなんだ。


 俺はずっとそう信じて、誰にでも同じことをしてきた。

 今さらルールを変えることはできない。


「メリーナ……」

「わたしにとって、ライは恋する人。みんなは家族なの……。忘れたくない……お願い……」

「すまない」


 俺にはもう、それ以外の言葉が思い浮かばなかった。


「謝っても許さない……! 絶対に許さないんだから――」


 メリーナは自分の靴を脱いで、俺に投げてこようとする。

 その瞬間――。


時間圧縮の犠牲者リップヴァンウインクル


 俺は魔法を発動させた。


 メリーナは、床に腰を下ろし、靴を投げようとした格好で固まっていた。


 俺は彼女の頭に手を置く。

 自然と、その柔らかな髪を撫でてしまう。

 それから、彼女の両耳にぶら下がっていたイヤリングを外す。太陽と雷を模したものが重なっているデザインのものだ。


「これも返してもらう」


 イヤリングは、メリーナの誕生日にプレゼントした。こんなものでも、記憶を呼び覚ますきっかけになるかもしれない。


「…………」


 その時、彼女の頬を、一筋の涙が流れ落ちた。


 今のメリーナの周りは、時間がほぼ静止している。わずかな変化も、起こるはずはないのだが……。


 俺は多少の疑問を感じたが、ゆっくり考えてる暇はない。


「メリーナ……さようなら」


 俺は別れの言葉を告げ、最後の魔法を使った。


記憶洗浄(ウォッシングメモリー)



 ◆◆◆



<ニュールミナス市/グランダメリス大帝王宮殿/大庭園>


 大帝王の即位式は、つつがなく進んでいた。

 なんの問題も起こらず、ある意味で退屈な式典が消化されていく。そんな式典の様子を、俺は会場の後ろ方から眺めていた。


 彼女のせっかくの晴れ舞台を見たいというのもあったが、俺にはもう一つ、ここに留まっている理由があった。


 ちょうど、式典の進行役がその話を始める。


「それでは、次に。先の『ニュールミナス市大規模魔獣災害』において、その身を顧みず、勇敢に戦った勇者たちに対して、メリーナ・グランダメリス=サンダーブロンド大帝王陛下より、栄誉の授与を行います」


 太古の魔獣と戦った者たちを表彰するのだ。

 全員とはいかないが、帝国軍や、帝国魔法取締局(マトリ)などの各機関、政府、民間人から、十数人の代表者が選ばれている。


 俺もその一人として、招待されていた。

 元々はメリーナが選んだリストに載っていて、最初はそれを拒否した。だが、首相のタツミに強引に入れられてしまったのだ。政府に所属する治安部隊の代表者という偽りの身分で。


 演壇に上がると、端の方に座るタツミと目が合った。すると奴は、わざとらしく笑って見せる。

 あの顔から察するに、俺に対するイタズラのつもりなんだろう……。


 表彰を受けた者たちは、メリーナから簡単な言葉をかけられ、胸に勲章をつけられていく。


 そして、いよいよ俺の番が回ってきた。

 メリーナが目の前に立ち、笑顔で語りかけてくる。


「このたびの活躍は立派でしたね。これからも、グランダメリスのために励んでください」


 メリーナの言葉も、笑顔も、態度も、完全に見知らぬ他人へ向けてのものだった。


 少しだけ胸のあたりがざわつく。

 だけど、これでよかったのだ。


 彼女の記憶から、俺の存在は完全に消え去った。

 それを確認するために、ここまで残っていたんだから……。


 これで俺の任務は完了だ。


「あっ……そこの人」


 演壇を降りようとした俺に、メリーナ大帝王が声をかけてくる。


「なんでしょうか?」

「いえ……あの……なんでもないわ……」


 彼女はすぐに他人向けの笑顔を作り、会話を打ち切った。

 そして俺は、従者に促されるようにして、この舞台から降りた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ