表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/136

No.133

 魔獣の咆哮と共に、ジーノの声が聞こえてくる。

 俺は魔法に意識を注いだまま、どうにかそっちに視線を向ける。


 と、すぐ近くにワイバーンの姿が見えた。


 最悪だ。俺は動けない。メリーナも。

 プリも俺が指示したことを守り、この場から動かないだろう。


 ワイバーンの羽ばたきの音が迫ってくる。

 だが、ここで中断するという選択肢は選べない。いま魔法を解除すれば、当分は同じようなことができないのだ。


「集中するんだ……」


 俺はつぶやく。あるいは、メリーナが口にしたのかもしれない。それさえわからないほど、俺たちの集中力は高まっていた。


 グオオォォッアアァァァォッオオオォォォォ――。


 再び咆哮が聞こえた。

 ぼんやりした視界の端で、ワイバーンが炎を吐いたのが見えた。


「ナメんじゃねえぇぇっ!」


 ロゼットの叫ぶ声が聞こえてくる。炎と炎がぶつかり、辺りが光に包まれた。熱風が頬を撫で、焦げた臭いが鼻をつく。


「よっしゃー! やったぜ!」


 ジーノが歓喜の声を上げている。ワイバーンを撃退したのか。さすがロゼットだ。


 一時的ではあるが、これで次の復活まで時間を稼げた。

 あとは魔法を発動させるだけ……。


 そう思ったが、ふいにメリーナから、激しい動揺が伝わってくる。

 理由はすぐにわかった。ワイバーンから感じていた魔力の気配が消えているのだ。恐らく、ロゼットが迎撃した時に、髪の毛も一緒に燃えてしまったのだろう。


 このままだと、あのワイバーンにだけメリーナの魔法を当てることができない。それはつまり、すべての魔獣が復活することを意味している。


「くぅ……」


 俺のものとも、メリーナのものともわからない吐息が漏れた。


 次の瞬間、俺は無理やり意識を現実の方へ引き戻した。


「ロゼット! アイマナ! ジーノ! ワイバーンに付いてた髪が燃えた!」


 俺がそう叫ぶと、ロゼットたちは慌てて話し始めた。

 どうやって再びワイバーンにメリーナの髪の毛を付着させるのか、対応策を練っているようだ。


 しかし三人は、すぐに沈黙してしまう。

 俺も何か言おうと思ったが、これ以上メリーナから意識を切り離すわけにはいかなかった。


 俺はすぐに、再び彼女の意識の中に潜っていく。

 深く深く、感覚が自分の身体から切り離されるところまで、深く集中していく。


「どうすればいいのよ……あたしのせいで、こんな……」


 ロゼットの絶望的な声が聞こえてくる。彼女は責任を感じているのだろうが、さっきの対応には、むしろ俺たち全員が助けられた。

 そのことを伝えられないのがもどかしい。


「こうなったら、ワイバーンだけは魔導地図(マグマップ)を見ながら攻撃してもらうのはどうですかね?」


 アイマナの意見は建設的だ。ただ、それはあくまで理屈の上での話でしかない。それを、ロゼットも指摘する。


「マナには悪いけど、魔法ってそこまで器用に扱えないのよ。いま、メリーナちゃんがやろうとしてることだって、ライライの力を借りてギリギリ起こせる奇跡みたいなことなの。その上で、残りの一匹だけは、目視でどうにかしてっていうのは……」

「すみません……マナは魔法の感覚まではわからないので……」

「いいのよ。ありがとうね。あたしのミスをカバーするために考えてくれて」


 珍しくロゼットが殊勝なことを言っていた。

 そして、これまた珍しく、力強い声が聞こえてくる。


「バカやろう! なに勝手に反省してんだよ! 誰もロゼットのミスだなんて思ってねぇよ!」


 ジーノだ。普段は仲が悪くても、さすがにこういう時に責めたりはしない。

 なんだかんだ言って、みんなで一つのチームなのだ。


「……うるさいわね。あたしだってそう思いたいわよ。でも、あたしの責任なの。そのことだけは誤魔化しちゃダメ……」

「ちげーよ! ボスが言ってたこと忘れたのか? このチームで何かあったら、それは全部ボスの責任だってな!」


 ジーノ……いや、それでいいか。ロゼットが責任を感じる必要はない。

 任務の失敗は、すべて俺の責任だ。


 だから、たとえ上手くいかないとわかっていても、最後まで望みは捨てない。


(メリーナ……集中するんだ。ワイバーンには、俺が必ず当てる)


 俺は心の中で語りかける。

 今は、それだけで彼女に伝わるとわかっていた。


(うん……わたしはみんなを……ライを信じてるから……)


 まるで、心の奥底から響いてくるように、メリーナの返事が聞こえてきた。


 さらにメリーナの集中が高まったのを感じる。もう魔獣の位置も、35561体はつかんでいる。あとは、【天地を貫く光柱(ヤクサイカヅチ)】を放つだけ。

 最後の1体は、俺がなんとかしてやる。


 そして――メリーナが決意を固めた。


 その時だった。


「しゃーない」


 ふいにジーノのため息まじりの声が聞こえてきた。

 意識の外で、ジーノが俺たちに近寄ってくるのを感じる。


「どうしたんですか、ジーノさん?」


 アイマナが心配そうな声で尋ねている。


魔導地図(マグマップ)、見てみな」

「あっ! 赤い点が動いて……」

「ワイバーン、もう復活しちまったみたいだ。でも、ちょうどよかったよ」


 ジーノの言葉の意味がわからない。

 しかし、その答えにたどり着く前に。


 グオオォォッアアァァァォッオオオォォォォ――。


 ワイバーンの咆哮が聞こえてきた。

 もう近くまで迫ってきたのか。


「メリーナ様、すんません! また会うことがあったら、マジで土下座しまくるんで……お許しください!」


 プチン。


 と、脳内に音が響いた。

 髪の毛が抜かれたのだ。でも、俺のじゃない。メリーナの髪の毛だ。


 ジーノ……メリーナの髪の毛を持って何を?

 俺が疑問に思った時には――。


「しつけえぇんだよっ! こんちくしょおおおおおぉぉぉぉぉ!!」


 ジーノが叫び声を上げながら、プリの背中から飛び降りた。


「ジーノ!」

「ジーノさん!」


 ロゼットとアイマナの悲鳴が聞こえる。


 だが、すぐにロゼットは自分のすべきことを理解したようだ。


「ライライ、メリーナちゃん……あのバカ、ワイバーンに飛びついたわ……今なら、たぶん……」


 ロゼットの言葉を聞いた瞬間――。


(いまだ!)


 心のうちで叫び、()()()は、魔法を発動させた。


 ――――――――。


 夜が割れて太陽が生まれたかのように、世界がパッと明るくなった。


 まるで、激しい雨が降り注ぐように、光の柱が天から地上へと降り注ぐ。

 そのひとつひとつ、合わせて35562の柱は、寸分の狂いもなく、正確に魔獣だけを貫いた。


 魔獣たちが倒れる気配を感じる。奴らが放つ、地鳴りのような断末魔の合唱が、遥か上空にまで響いてくる。それは、永遠を思わせるほど長い時間聞こえていた。


 しかしその喧騒がふいにやみ、沈黙が訪れる。


 それからしばらくして、下の方から、歓声が鳴り響いてきた。生き残った群衆の歓喜と解放の声だ。


「……………………」


 俺はぼうっと、歓声に耳を傾けていた。


「終わったの……?」


 ロゼットが最初に口を開いた。

 それに対して、俺は短く応える。


「たぶんな」

「ライライ……大丈夫?」


 ロゼットが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「大丈夫とは言えないが、俺よりもメリーナはどうなってる?」


 あいにく俺は、プリの背中に倒れ込んだ状態で、指さえ動かせなくなっていた。


「メリーナちゃんは……気を失ってるけど、安らかな寝顔というか……苦しんでる感じはないわ」

「よかった……。まあ、しばらく魔法は使えないだろうけど」

「ライライも?」

「さあな。でも、その程度で済んでくれたらラッキーだよ」

「そうよね……最小限の犠牲で済んだのよね……」


 ロゼットは自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。

 そんな彼女を励ますつもりだったのか、アイマナが口を開く。


「マナ、ジーノさんのこと、尊敬します」

「そうね……あんな奴をライライが仲間にしたの、初めは不思議だったけど……。今ならわかるわ……」


 ロゼットの目から涙がこぼれ落ちた。

 その顔を見てると……さすがに俺も気まずい思いがしてくる。


「ソウデン」


 俺はその名を呼ぶ。

 と、ロゼットとアイマナが驚いた顔を浮かべる。

 二人は当然、ソウデンも気絶していると思っていたはずだ。


「団長、さすがですね。まさか気づいてるとは……」


 この目で直接見ることはできないが、ソウデンの涼しげな笑顔が想像できる。

 しかし動く気配がないということは、奴もだいぶダメージを負ってるみたいだ。


「はぁっ!? なに? 起きてたの?」


 ロゼットが慌てた様子でソウデンに話しかける。

 すると、すぐにソウデンの返事が聞こえてきた。


「意識が戻ったのはちょっと前だよ」

「いつ目を覚ましたのよ?」

「彼が勇敢な突撃をする寸前だ」

「そっか……じゃあ、あんたもジーノの勇姿を見られたのね……」


 ロゼットはすっかり落ち込んでいた。いくらケンカばかりしてた相手とはいえ、さすがにショックなのだろう。

 それだけに、俺は長引かせたくなかった。


「ソウデン、いい加減にしろ」

「ハハッ、団長はなんでもお見通しなんですね」

「俺は魔力の臭いを嗅げるからな」

「なるほど。しかし、せっかく団長の驚く顔が見られると思ったのに……。ロゼットくんの方じゃなくてね」


 ソウデンがわざとらしく煽るようなことを言う。おかげでロゼットも、何か勘付いたようだった。


「ライライ、ソウデン……あなたたち、あたしになにを隠してるの?」

「ロゼットくん、これは僕からのプレゼントだ」


 ソウデンがそう言うと――。


「うひゃあああぁぁぁぁぁっ!」


 聞き慣れた間抜けな声とともに、プリの背中に何かが落下してくる。

 俺にはその姿を見ることはできなかったが……。


「なんで……ジーノ……」


 ロゼットの呆然とした声が聞こえてくる。


「いやぁ……オレも何がなんだか……絶対死んだと思ったんだけど……」


 ジーノ本人も理解していない様子だ。

 すると、ソウデンが実に意地の悪そうな声で解説を始める。


「ジーノくんがプリくんの背中から飛び降りる瞬間、僕が魔法を使ったんだ。彼の足に、風の綱をつけたと想像してもらえればいい。その綱を、メリーナ様の魔法が当たる瞬間に、引いたんだ」

「ウソでしょ……? それで、あの雷の柱が当たらないで……下にも落っこちなかったってこと……?」


 ロゼットは、まだ信じられないといった感じだが、理解は早かった。

 一方、当の本人はあまりわかっていない様子だ。


「マジで? オレってソウデンに助けられたの? なんでだよ?」

「安心してくれたまえ。僕の方から見返りを催促するつもりはないから」

「うおぉいっ! その言い方、めっちゃ恩着せるつもりじゃねぇか!」

「少なくとも、金銭は要求しないよ」

「要求されても困るっての! オレがどんだけ借金あると思ってんだよ! ……ん? でも待てよ。一回死んだみたいなものだし、これで全部チャラになんねーかな?」


 ジーノは一人だけ大声で騒ぎまくっていた。案外、死にかけた本人は気にしないものらしい。


「……マナ、あの人を尊敬するのは延期します」


 アイマナがなぜか俺に報告してくる。本当にどうでもいい。


「ライライ……知ってたのよね? なんですぐに教えてくれなかったのかしら?」


 ロゼットが見下ろしてくる。その顔からは、すべての感情が抜け落ち、瞳からは光も失われていた。

 今は動けないせいもあって、普段とは比べ物にならないほど恐ろしい。


「俺は気づいてからすぐに言ったつもりだ」

「……じゃあ、悪いのは向こうの二人ってこと?」

「まあ……そうかな……」

「ライライ、新しいメンバーを探しておいてね」


 そう言って、ロゼットはソウデンたちの方へ向かっていった。

 その後、何があったのか、俺の視界には映らなかったので、わからない。


 ただ、よく聞くジーノの悲鳴と、初めて聞くソウデンの呻き声が、夜空に響いた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ