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131/136

No.131

「はい、これでいい?」


 メリーナは笑顔で、金色の髪束を差し出してくる。

 それは淡い光を放っていて……まるで黄金の糸のようにも見えて……。


「ちょちょちょちょちょっとー! なにやってんのよ、メリーナちゃん!!!」


 最初に硬直が解けたのは、ロゼットだった。

 ロゼットはメリーナに近寄ると、その身体を思いきり抱きしめる。


「ロゼットさん、わたしは大丈夫だから」

「いやいやいやいや! 絶対に大丈夫じゃないから! なんでいきなり全部切っちゃったの? まずは2、3本で試してからでしょ!」

「そんな時間はないわ」


 メリーナは笑顔のままだが、力強い声できっぱりと言い切る。

 おかげでロゼットも、それ以上は何も言えなくなってしまう。


 そういえば、メリーナは思い込みの激しいタイプだった。だから一度決めたら、迷うことなく前に進んでいってしまうのだ。


「そういうわけで、ライ……はい、どうぞ」


 改めてメリーナは、俺の手を取り、髪の毛の束を渡そうとしてくる。

 俺は大きく深呼吸してから、それを受け取った。


「わかった、やろう。ただし言っておくが、魔獣を倒すのはメリーナだからな」

「えぇっ!?」

「当たり前だろ。メリーナの髪の魔力は、メリーナ本人しか察知できないんだから」

「そっか……そうだった……」


 メリーナは一転して萎縮してしまう。

 その様子を目の当たりにし、他の全員が困惑の表情を浮かべていた。


「えっと……この作戦、大丈夫なんすか?」


 ジーノの質問には、誰も答えなかった。

 今さらそんなことを言われても、髪を元に戻すことはできないのだ。


「メリーナ、最後に任せる形になってしまって悪いな。髪を犠牲にさせたからには、必ず成功させる」

「ライってば大げさね。髪なんてまた伸ばせばいいのよ。それに、ちょうど短くしたいって思ってたところだから」


 メリーナがそう言ってくれて、俺は少しだけ気分が軽くなった。

 そこへ、横からロゼットが耳打ちしてくる。


「ライライってば、意外と純情なところがあるのね」

「黙ってろ」

「ふふ〜ん、顔真っ赤よ。かわいい」


 俺はロゼットのことを完全に無視し、ソウデンに声をかける。


「準備できてるか?」

「ええ、いつでも」


 ソウデンは力強くうなずくと、おもむろに剣を抜いた。

 そこでアイマナが、魔導端末を持って声をかける。


「ソウデンさん、マナが横でこのマップを操作しますので、何かあれば言ってください」

「助かるよ。この魔法は神経を使うからね」


 ソウデンが空に向かって、高らかに剣を掲げる。

 しなやかで細く、刀身の長い剣。その剣の柄を、俺も横から一緒に握った。


「俺がサポートするから、全開でやってくれ」

「団長の補助があれば、限界以上の力が出そうですね。では、始めます……【吸着せし空輸便バキュームエアドロップ】」


 ソウデンが魔法を使う。

 それと同時に、俺も魔法を発動させる。


大賢者の徹底補助フルスロットルアドバンス


 これにより、ソウデンの魔法の効果が最大限に引き出される。


 程なくして、ソウデンが掲げた剣の先から、風が生まれた。

 その風は、まるで意思を持っているかのように、俺たちの周りを取り囲んでいく。


 俺は、手に掴んでいた金色の髪束から、指を離す。

 すると髪は一本一本がほつれるようにして、風に乗っていった。


「アイマナ」


 俺が呼びかけると、アイマナは慌ててソウデンに地図を見せ始める。


「思ったよりも集中してるんだね」


 ソウデンは、地図に示された赤い点を見ながら、そんな感想を漏らした。

 するとアイマナが心配そうに尋ねる。


「大丈夫ですか? 全部で35562体もいますけど……」

「メリーナ様から頂いた髪の毛は、全部で42945本ある。たぶん大丈夫なはずさ」

「すごい……そこまでわかるんですね」


 アイマナの言葉に、ソウデンは小さくうなずく。いつもの得意げな笑顔は鳴りをひそめ、真剣な顔をしている。それだけ、この魔法のコントロールは神経を使うということだ。


「アイマナ、集中させてやってくれ」


 そう頼むと、アイマナは黙ってうなずく。そして、そのまま魔導端末をソウデンに見せ続ける。


 俺も、さらに深い集中へと入っていった。

 視界は狭まるが、同時にあらゆる感覚が鋭敏になっていく。


「……これって、どういう魔法なのかしら?」


 後ろからメリーナの声が聞こえてくる。

 それに対しては、ロゼットが応じていた。


「あんまり詳しいことは知らないけど、シャルトルーズウィング家の古代魔法だったはずよ。風を自在に操って、物を運び、任意の場所や人に貼り付ける、だったかしら……?」


 ロゼットがそう説明すると、さらにジーノが補足を加える。


「あの風に乗って運ばれた『物』は、周りに真空をまとうことになるんす。それで、どこかに張り付いたら、二度と取れないようになるらしいっす。あんまり重い物は運べないけど、その分、個数は増やせるとか。だから本来は、小型の爆弾とか、毒とか、そういった物を運んで攻撃する。まあ使い方次第では、凶悪な魔法っすよ」

「そっか……それで太古の魔獣にわたしの髪の毛を付けるのね……」


 メリーナが納得した様子が伝わってくる。

 その時、ちょうどソウデンの表情に変化が起きた。


「団長、いま魔獣1体ずつに、順番に髪の毛を付着させているんですが、これだと時間がかかりすぎます。そこで、一気に拡散させたいんですが……」

「できるのか?」

「これだけの数の物を一度に付着させるのは、さすがに経験がないですね。ただ……団長にサポートされてる今なら、できるはずです……!」


 ソウデンの瞳は、これ以上ないほど瞳孔が大きく開かれていた。顔中に、大量の汗が浮かんでいる。呼吸も荒く、不規則だ。


 ソウデンが消耗しているのは、傍目にも明らかだった。

 だが、それを慮っていられるほどの余裕はない。


「頼んだぞ」

「了解です、団長!」


 剣を握るソウデンの手に、さらに力がこめられる。

 すると、今まで以上に強い風が、剣の先から噴出した。


「きゃっ!」


 アイマナが風に吹き飛ばされそうになる。


「ロゼット!」

「マナのことなら、とっくに押さえてるから大丈夫よ!」


 俺もだいぶ視界が狭まっていたので気づかなかったが、ロゼットはすでに対応していたらしい。


 さらにロゼットは、メリーナにも声をかけていた。


「ほら、メリーナちゃんも一緒にあたしに抱きついて。あっ、ジーノは自力でなんとしなさいよ」

「わかってるけど、容赦ねぇ……」


 近くにいたはずなのに、ジーノの声が遠くから聞こえた気がした。

 自分の中のあらゆる感覚が研ぎ澄まされ、逆に失われていくような感覚を味わう。


 そうして俺は、意識の底へと沈んでいくのを感じていた。


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