No.131
「はい、これでいい?」
メリーナは笑顔で、金色の髪束を差し出してくる。
それは淡い光を放っていて……まるで黄金の糸のようにも見えて……。
「ちょちょちょちょちょっとー! なにやってんのよ、メリーナちゃん!!!」
最初に硬直が解けたのは、ロゼットだった。
ロゼットはメリーナに近寄ると、その身体を思いきり抱きしめる。
「ロゼットさん、わたしは大丈夫だから」
「いやいやいやいや! 絶対に大丈夫じゃないから! なんでいきなり全部切っちゃったの? まずは2、3本で試してからでしょ!」
「そんな時間はないわ」
メリーナは笑顔のままだが、力強い声できっぱりと言い切る。
おかげでロゼットも、それ以上は何も言えなくなってしまう。
そういえば、メリーナは思い込みの激しいタイプだった。だから一度決めたら、迷うことなく前に進んでいってしまうのだ。
「そういうわけで、ライ……はい、どうぞ」
改めてメリーナは、俺の手を取り、髪の毛の束を渡そうとしてくる。
俺は大きく深呼吸してから、それを受け取った。
「わかった、やろう。ただし言っておくが、魔獣を倒すのはメリーナだからな」
「えぇっ!?」
「当たり前だろ。メリーナの髪の魔力は、メリーナ本人しか察知できないんだから」
「そっか……そうだった……」
メリーナは一転して萎縮してしまう。
その様子を目の当たりにし、他の全員が困惑の表情を浮かべていた。
「えっと……この作戦、大丈夫なんすか?」
ジーノの質問には、誰も答えなかった。
今さらそんなことを言われても、髪を元に戻すことはできないのだ。
「メリーナ、最後に任せる形になってしまって悪いな。髪を犠牲にさせたからには、必ず成功させる」
「ライってば大げさね。髪なんてまた伸ばせばいいのよ。それに、ちょうど短くしたいって思ってたところだから」
メリーナがそう言ってくれて、俺は少しだけ気分が軽くなった。
そこへ、横からロゼットが耳打ちしてくる。
「ライライってば、意外と純情なところがあるのね」
「黙ってろ」
「ふふ〜ん、顔真っ赤よ。かわいい」
俺はロゼットのことを完全に無視し、ソウデンに声をかける。
「準備できてるか?」
「ええ、いつでも」
ソウデンは力強くうなずくと、おもむろに剣を抜いた。
そこでアイマナが、魔導端末を持って声をかける。
「ソウデンさん、マナが横でこのマップを操作しますので、何かあれば言ってください」
「助かるよ。この魔法は神経を使うからね」
ソウデンが空に向かって、高らかに剣を掲げる。
しなやかで細く、刀身の長い剣。その剣の柄を、俺も横から一緒に握った。
「俺がサポートするから、全開でやってくれ」
「団長の補助があれば、限界以上の力が出そうですね。では、始めます……【吸着せし空輸便】」
ソウデンが魔法を使う。
それと同時に、俺も魔法を発動させる。
【大賢者の徹底補助】
これにより、ソウデンの魔法の効果が最大限に引き出される。
程なくして、ソウデンが掲げた剣の先から、風が生まれた。
その風は、まるで意思を持っているかのように、俺たちの周りを取り囲んでいく。
俺は、手に掴んでいた金色の髪束から、指を離す。
すると髪は一本一本がほつれるようにして、風に乗っていった。
「アイマナ」
俺が呼びかけると、アイマナは慌ててソウデンに地図を見せ始める。
「思ったよりも集中してるんだね」
ソウデンは、地図に示された赤い点を見ながら、そんな感想を漏らした。
するとアイマナが心配そうに尋ねる。
「大丈夫ですか? 全部で35562体もいますけど……」
「メリーナ様から頂いた髪の毛は、全部で42945本ある。たぶん大丈夫なはずさ」
「すごい……そこまでわかるんですね」
アイマナの言葉に、ソウデンは小さくうなずく。いつもの得意げな笑顔は鳴りをひそめ、真剣な顔をしている。それだけ、この魔法のコントロールは神経を使うということだ。
「アイマナ、集中させてやってくれ」
そう頼むと、アイマナは黙ってうなずく。そして、そのまま魔導端末をソウデンに見せ続ける。
俺も、さらに深い集中へと入っていった。
視界は狭まるが、同時にあらゆる感覚が鋭敏になっていく。
「……これって、どういう魔法なのかしら?」
後ろからメリーナの声が聞こえてくる。
それに対しては、ロゼットが応じていた。
「あんまり詳しいことは知らないけど、シャルトルーズウィング家の古代魔法だったはずよ。風を自在に操って、物を運び、任意の場所や人に貼り付ける、だったかしら……?」
ロゼットがそう説明すると、さらにジーノが補足を加える。
「あの風に乗って運ばれた『物』は、周りに真空をまとうことになるんす。それで、どこかに張り付いたら、二度と取れないようになるらしいっす。あんまり重い物は運べないけど、その分、個数は増やせるとか。だから本来は、小型の爆弾とか、毒とか、そういった物を運んで攻撃する。まあ使い方次第では、凶悪な魔法っすよ」
「そっか……それで太古の魔獣にわたしの髪の毛を付けるのね……」
メリーナが納得した様子が伝わってくる。
その時、ちょうどソウデンの表情に変化が起きた。
「団長、いま魔獣1体ずつに、順番に髪の毛を付着させているんですが、これだと時間がかかりすぎます。そこで、一気に拡散させたいんですが……」
「できるのか?」
「これだけの数の物を一度に付着させるのは、さすがに経験がないですね。ただ……団長にサポートされてる今なら、できるはずです……!」
ソウデンの瞳は、これ以上ないほど瞳孔が大きく開かれていた。顔中に、大量の汗が浮かんでいる。呼吸も荒く、不規則だ。
ソウデンが消耗しているのは、傍目にも明らかだった。
だが、それを慮っていられるほどの余裕はない。
「頼んだぞ」
「了解です、団長!」
剣を握るソウデンの手に、さらに力がこめられる。
すると、今まで以上に強い風が、剣の先から噴出した。
「きゃっ!」
アイマナが風に吹き飛ばされそうになる。
「ロゼット!」
「マナのことなら、とっくに押さえてるから大丈夫よ!」
俺もだいぶ視界が狭まっていたので気づかなかったが、ロゼットはすでに対応していたらしい。
さらにロゼットは、メリーナにも声をかけていた。
「ほら、メリーナちゃんも一緒にあたしに抱きついて。あっ、ジーノは自力でなんとしなさいよ」
「わかってるけど、容赦ねぇ……」
近くにいたはずなのに、ジーノの声が遠くから聞こえた気がした。
自分の中のあらゆる感覚が研ぎ澄まされ、逆に失われていくような感覚を味わう。
そうして俺は、意識の底へと沈んでいくのを感じていた。




