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130/136

No.130

 ワイバーンと目が合った気がした。

 俺は嫌な気配を感じ、すぐに指示を出す。


「プリ、上昇しろ!」


 ワイバーンの喉が赤く輝き始めた。

 首の付け根から徐々に上昇していく光が、まるで体内を這い上がる溶岩のように見える。その光は次第に強さを増し、ワイバーンが大きな口を開ける。喉の奥に一瞬、小さな太陽かと思うほどの眩い光が見えた。


 その瞬間――。


 ゴオオオオオォォォォォォ――。


 轟音と共に、ワイバーンの口から炎が放たれた。

 赤い灼熱の奔流が、大気を引き裂くように迫ってくる。それは単なる炎というには、余りにも凶暴すぎた。


 プリはさらに速度を上げ、雲を突き抜け上昇していく。


「きゃっ!」


 メリーナが必死に俺の腕にしがみついてくる。

 そして――。


「ピイイィィ〜!」


 プリがひときわ大きな声を上げたところで、炎の渦がギリギリ横をかすめていった。


 直撃は免れたが、それでも肌がヒリつくほどの熱波を感じた。

 何かが焦げたような臭いが鼻をくすぐり、俺は慌てて周りを確認する。


「みんな、大丈夫か!?」


 声をかけると、全員がうなずいて応えた。


「プリも大丈夫だったか?」

「ピイィ……」


 プリの返事は、少し元気がない。単に熱かったせいなのか、あるいはどこか火傷してしまったのか……。


「ライライ、また来るわ!」


 ロゼットの声が聞こえた時には、すでにワイバーンが目の前に迫っていた。


 グオオォォッアアァァァォッオオオォォォォ――。


 ヤツの咆哮が大気を震わせる。

 それから間髪入れずに、炎が吐かれた。


「プリ、とまれ!」


 俺は指示をしたと同時に、魔法を発動させる。


巨人を守りし盾(ギガントウォール)


 あっという間に、広範囲に渡って空間が固着し、透明な盾を形成する。

 ワイバーンから放たれた炎の渦は、その盾に衝突し、轟音を上げながら弾け散る。


 ゴオオオオオォォォォォォ――。


 炎の渦も、その熱も、今度は届いてこなかった。


「完全に封じ込めたぜ! さすがボス!」


 ジーノは無邪気に喜んでいるが、まだワイバーンが目の前にいる状況は変わらない。

 奴はこの空域を縄張りと考えているのだろう。このままだと、飛行している限り攻撃にさらされる。


 ソウデンも同じことを考えていたらしく、声をかけてくる。


「団長、僕が出ましょうか?」

「いや……このまま空中で戦うのは分が悪い。いったん下に降りて、メリーナたちの安全を確保してからだ」


 俺がそう言うと、さっそくプリが降下を始めた。

 しかしワイバーンも追ってくる。


 またヤツの喉が赤く輝き始め、口が開かれようとしていた。

 俺は迎撃するため、魔法の準備に入るが――。


 その瞬間、雷光に似た光の線が、俺たちの目の前を横切る。


 ズドンッ!


 一瞬遅れて、空気を震わせる衝撃音が聞こえてきた。


 光線は、浮遊魔導艦から放たれたものだった。それが、見事にワイバーンの腹部を捉えていた。


「おおー! すげー!」


 落下していくワイバーンを見て、ジーノが歓声を上げる。


「なんで……? あの魔導艦と魔獣は味方同士なんじゃないの?」


 メリーナが俺の腕を引っ張りながら、唖然とした声で聞いてくる。


「太古の魔獣を呼び出せても、制御はできないんだろうな。逃げるにしても、浮遊魔導艦の速度じゃ、ワイバーンは振り切れない」

「そうなんだ……」


 メリーナは素直に納得してくれた。

 すると、今度はロゼットが話しかけてくる。


「一発で魔獣をやっちゃうなんて、思った以上に強力な魔導兵器なのね。やっぱりライライ、もらっておいた方がいいんじゃない?」

「そうだな……。ただ、一発で仕留められたかどうかは――」


 いや、違う。

 俺はそのことを思い出した。


「ワイバーンは復活してくるぞ! プリ、最速で離脱しろ!」

「ピイイィィィ〜!!」


 俺が指示を出すとすぐに、プリが大きな声を上げる。

 そして、浮遊魔導艦とは反対の方へ飛翔していった。



 ◆◆◆



 ワイバーンと遭遇した地点からだいぶ距離を置いたところで、プリはいったん空中に静止する。

 後ろを確認するが、ワイバーンの姿は見えない。どうやら追ってきてはいないようだ。


「あの魔導艦、大丈夫だったかしら……?」


 メリーナが心配そうに尋ねてくる。

 それに対して、俺は正直に話した。


「逃げる途中で爆発音が聞こえた。無事では済まなかっただろうな」

「そんなっ――」


 重い沈黙が場を支配する。

 遥か下の方からは、悲鳴や、咆哮、破壊音が絶え間なく聞こえてくるが、この高度からでは、もう人影を識別することはできない。


「どうするの……?」


 ロゼットがあえて空気を読まずに尋ねてくる。

 その問いかけに対する回答は、まだ俺の中でも固まっていないが……。


「問題は、太古の魔獣を同時に攻撃しないといけないことだ。しかも確実に命を奪えるほどの威力で」

「そんなこと、できるんすか?」


 ジーノが当然の疑問を口にする。

 俺が言うまでもなく、みんな同じようなことを考えていたのだろう。


 このミッションは不可能だと……。


「ライでも無理なの?」


 メリーナはどこか期待するような目で、俺を見つめてくる。まるで親に期待する子供のように。

 だから俺は嘘をつかず、はっきりと答えた。


「正直に言うと、難しい」

「どうして? なにが難しいの?」

「これだけの数の敵を、同時に攻撃するっていうのがな……」

「それは魔獣が見えない場所にいるから、ってこと?」

「ああ。魔獣の位置を把握できてないと、そもそも攻撃が当たらない。そして1体でも討ち漏らしたら、全員が復活するんだ」


 さっきからずっと、色々な方法を考慮していたが、やはりその点が一番の難題だ。


「センパイ、この魔導地図(マグマップ)は使えないですか?」

「ヤツらがずっと止まってれば使えるんだけどな。魔法を発動させる瞬間に、直感的にすべての魔獣の居場所を把握できないと、攻撃を当てるのは無理だ」

「そうですよね……」


 アイマナはしゅんとなってうつむいてしまう。

 すると、ソウデンが何か思い出したような顔で話し出す。


「太古の魔獣に、団長の発信機(ビーコン)でも埋まってればいいんですけどね」

「……そうだな。それなら魔力を察知して、魔獣の居場所も把握できる」

「団長の髪でも貰えれば、僕の魔法で魔獣たちにビーコンをつけてやりますよ」

「あいにく俺の髪には、そこまでの魔力は込められてないよ」

「それなら指あたりにしておきますか?」

「ビーコン10コ作るために、指を切り落とすつもりはない」

「足もあるので、20はいけますよ」


 ソウデンが微笑みながら言う。

 どこまで本気なんだ、こいつは……。


「ねぇ、ビーコンってなんのこと?」


 横からメリーナが腕を引っ張ってくる。

 なので、俺は簡単に説明してやった。


「前に、メリーナの髪を目印にして、さらわれたロゼットを探しただろ。あんなふうに、魔力が込められた髪の毛や、物を、ソウデンは便宜的にビーコンって呼んでるんだよ」

「じゃあ髪を使えばいいんじゃないの?」

「いま言った通り、俺の髪にはそこまでの魔力は込められていない」

「そうじゃなくて、この髪のことよ」


 メリーナは自らの長い後ろ髪を掴み、俺の方に差し出してくる。

 あまりに突然すぎる提案だったせいで、少しだけ気圧されてしまった。


「確かに可能だけど……いや、でもメリーナの髪を使うわけには……」

「ライ、悩む時間が長くなるほど、被害も大きくなるんじゃない?」


 メリーナが真っ直ぐな瞳で見つめてくる。

 いつの間に、こんな覚悟の決まった顔ができるようになったのか。


 俺はソウデンの方に目線を送る。


「可能か?」

「マップの位置情報が正しければ恐らく。もちろん、初めて試すことになりますが」

「それじゃ少し試してみるか。メリーナ、髪の毛を――」


 俺はそう言いながら、再び彼女の方に視線を向ける。

 その時には、メリーナはその手に短刀を握っていた。サンダーブロンド家の印璽だ。


 それから彼女は躊躇うことなく、長い後ろ髪を、根元からバッサリと切り落とした。


「「「――――ッ!?」」」


 その場にいる全員が絶句していた。

 なんと声をかけていいのか、その行動の意味をどう受け取っていいのか、まるで理解が追いつかない。


 そんな中、メリーナだけが穏やかな微笑みを浮かべていた。


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