No.129
俺たちは再びプリの背中に乗って、ニュールミナスの上空を飛んでいた。
下には、十三継王家の護衛隊をはじめ、軍や各機関、魔法士たちが、巨大な魔獣と戦っている姿が見える。
「どこでも苦戦してるみたいですね……」
アイマナがつぶやくように言う。
それに対して、ロゼットがまっさきに反応した。
「そりゃそうよ。いくら倒しても復活するんだもん。冗談じゃないわ」
「そのことについて、ロゼットさんは何か気づきませんでしたか?」
「あたしは分析とか苦手だから……。ソウデンが言うには、復活する時、魔法みたいな反応を感じたらしいけど」
ロゼットの言葉を受け、今度はソウデンが口を開く。
「そうは言っても、太古の魔獣が魔法を使ったわけではないと思う」
魔獣が魔法を使ってないというのはその通りだろう。ただ、魔獣の出現と魔法が関連しているのは間違いない。
「ソウデン、街中に魔法陣はあったか?」
「ええ、たくさん見つけましたよ。恐らくアレで、太古の魔獣を召喚したんでしょう」
「サリンジャーが仕組んだことだ」
「なるほど。では、アイボリビスト家に伝わる魔法ですか。魔獣使いの仕業なら、これだけの魔獣を召喚できたのも納得できますね」
「ああ。でも、単に召喚しただけとは思えないんだよな。禁足地の魔獣が減ってから、今日までに随分と時間があったはずだ」
「つまりその間に、太古の魔獣が死なないような魔法をかけていたと」
ソウデンは俺の思考を先回りし、結論を口にした。
だが、その意見にはロゼットが真っ向から反論してくる。
「冗談でしょ? いくら時間があるって言っても、数万体の魔獣、1体ずつに補助魔法をかけるなんて無理に決まってるわよ。そもそも、死なない魔法ってなに? そんなものがあるなら、あたしにもかけてほしいわ」
ロゼットが受け入れられないのも無理はない。普通に考えたら、あり得ないことだ。数万体の魔獣を死なないようにするなんて。
「いまオレらが背中に乗っけてもらってる子は、死なないんだけどなぁ……」
ジーノは理解してないのか、わざとなのか、ボソッとつぶやいた。
その発言を聞き、ロゼットが怒りの眼差しを向ける。
「プリと魔獣を一緒くたに語るんじゃねぇよ! この毒虫野郎がッ!」
「ヒィッ! すんません! 別にそういうつもりで言ったんじゃ……ボス、助けて!」
ジーノが俺の背中に逃げ込んでくる。
おかげで、ロゼットの鬼のような形相が、俺の方に向けられた。
「お前ら……暴れるのはいいが、落ちても助けないからな」
「だってライライ、よりによってそいつ……プリを魔獣みたいに言ったのよ!」
「別にそういう話じゃないだろ。ジーノは、『魔獣が死ななくなることも、可能性としてはあり得る』って言いたかったんだよ。そもそも太古の魔獣は、アイボリビスト家が蘇らせたわけだし――」
そこまで言って、俺はふと思い出した。
「アイボリビスト家の古代魔法か……」
「センパイ、何か知ってるんですか?」
アイマナが顔を覗き込んでくる。
俺は軽くうなずきつつ、話を続けた。
「……1つだけ、魔獣を死なせなくする魔法があるかもしれない」
「なんです? マナは知りませんよ」
「魔法の名は……【生命の連帯】」
「どんな魔法なんですか?」
「アイボリビスト家の究極魔法とも言えるものだ。あらゆる生物の命を互いに繋ぎ、一つのものとする。誰かが死んでも、繋がれた命がある限り、また生き返るというものだ」
「……なんだか恐ろしい魔法ですね」
「実際、凶悪だ。この魔法は、一度使われたら二度と解除することができない。そして命を繋がれた生物は、その時点で寿命が1万分の1以下になる」
「残りの寿命が100年あっても、3日ほどしか生きられないってことですか」
「3日もあれば、この街を破壊し尽くすには充分だ。それに、太古の魔獣の中には、1000年以上生きるヤツもザラにいるからな」
俺がそう話すと、アイマナは難しい顔をして黙り込んでしまう。
代わりに、メリーナが腕を引っ張ってくる。
「もし、本当にその魔法が使われてるとして、どうすれば魔獣を倒せるの?」
「【生命の連帯】で繋がれた魔獣を、すべて同時に倒すしかない」
「同時って……3万体以上もいる魔獣を?」
メリーナの問いかけに、俺は小さくうなずいた。
……………………。
しばらく無言の時間が流れた。みんなが黙ると、人々の悲鳴や、魔獣の咆哮がよりたくさん聞こえてくる。
「ぴぃ〜!」
ふいにプリが大きな声を上げた。
それで俺たちは気づく。少し先に、浮遊魔導艦が飛行していることを。
「あれって……『泥だらけの太陽』の連中よね? ここで何してるの?」
ロゼットの疑問はもっともだ。
さすがに俺も、こんなタイミングで魔導艦に出くわすとは思わなかった。
「すでにサリンジャーは死んだし、指示が出てるとは思えないが……」
「もしかして、逃げようとしてるんじゃないの?」
「その可能性はあるな。サリンジャーが戻るのを待ってたが、魔獣の攻撃に耐えられなくなったのかもしれない」
「かまってる暇はないけど、このまま逃すのもシャクね」
「浮遊魔導艦か……使えるかもしれないな」
俺がつぶやくと、今度はアイマナが反応した。
「センパイ、まさか……浮遊魔導艦を乗っ取るつもりですか?」
アイマナは俺の考えていたことをピタリと当ててくる。
だが、本人も含めて、みんなの顔色は優れない。
「いやいや、冗談っすよね、ボス? 飛行中の魔導艦に乗り込むとか、正気じゃないっすよ」
「……こればっかりは紫野郎に同意。あんな巨大なモノ、奪ったところで、あたしたちだけで動かせると思えないし」
ジーノとロゼットの意見に、アイマナもうんうんとうなずいている。
乗り気なのはソウデンくらいか。こいつは自由に風を操れるから、落下する危険もないしな。
自分で言っておいてなんだが、俺もそれほど良い案だとは思ってない。特に空中で戦闘するには、大きな心配事があるのだ。
俺は横に視線を向ける。
と、メリーナと目が合った。
「わ、わたしは大丈夫だから……。ライたちがいなくても、プリちゃんにしがみついてれば、どうにか……」
そう言いながらも、メリーナは俺の腕を握り潰すくらいの力で掴んでいた。しかも、誰が見ても明らかなくらい震えている。
これは無理そうだな……。
「浮遊魔導艦に十三継王家の全戦力を集めれば、同時に魔獣を攻撃できると思ったんだけどな……」
「残念ながら、ライライが期待してるほど、連中は有能じゃないわよ。全員でタイミングを合わせて、一撃で魔獣を倒すなんて、無理だと思うわ」
ロゼットは、この点に関しては冷静だった。実際、俺たちよりも早く街に戻ったから、見ていたのだろう。他の連中の戦いぶりを。
「どっちにしろ、浮遊魔導艦の様子は知りたいところだ。まずは俺が一人で行ってくる。こっちのことは頼んだぞ」
俺が声をかけると、ソウデンは無言でうなずく。
しかしロゼットは、まだ止めようとしてくる。
「ライライ、本気で行くつもりなの?」
「ああ。連携を取るなら、上空に中継基地があった方がいい。それに、あんまりプリに無理はさせたくないからな」
そう答えながら、俺はプリのふわふわの毛を撫でる。
と、プリが嬉しそうな声を上げていた。
「ピィ〜ピィ〜!」
その時だった。
突如として、浮遊魔導艦の遥か上空から、巨大な黒い影が降下してくるのが見えた。
「なんだ――」
次の瞬間、夜空を切り裂くような鋭い羽ばたきの音が聞こえてくる。
さらに一拍置いて、耳をつんざくほどの鳴き声が辺りに響いた。
グオオォォッアアァァァォッオオオォォォォ――。
魔獣の姿がはっきりと見えてくる。
ソイツは、翼を大きく広げて羽ばたき、蛇のように長い首を伸ばして辺りを窺い、尾を巧みに操って、我が物顔で夜空を飛行していた。
翼を広げたその体躯は、浮遊魔導艦に匹敵するほど大きい。
「ワイバーン……」
誰のものともわからないつぶやきが聞こえてくる。
それからすぐに、ソイツは俺たちの方に顔を向けてきた。




