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129/136

No.129

 俺たちは再びプリの背中に乗って、ニュールミナスの上空を飛んでいた。

 下には、十三継王家の護衛隊をはじめ、軍や各機関、魔法士たちが、巨大な魔獣と戦っている姿が見える。


「どこでも苦戦してるみたいですね……」


 アイマナがつぶやくように言う。

 それに対して、ロゼットがまっさきに反応した。


「そりゃそうよ。いくら倒しても復活するんだもん。冗談じゃないわ」

「そのことについて、ロゼットさんは何か気づきませんでしたか?」

「あたしは分析とか苦手だから……。ソウデンが言うには、復活する時、魔法みたいな反応を感じたらしいけど」


 ロゼットの言葉を受け、今度はソウデンが口を開く。


「そうは言っても、太古の魔獣が魔法を使ったわけではないと思う」


 魔獣が魔法を使ってないというのはその通りだろう。ただ、魔獣の出現と魔法が関連しているのは間違いない。


「ソウデン、街中に魔法陣はあったか?」

「ええ、たくさん見つけましたよ。恐らくアレで、太古の魔獣を召喚したんでしょう」

「サリンジャーが仕組んだことだ」

「なるほど。では、アイボリビスト家に伝わる魔法ですか。()()使()()の仕業なら、これだけの魔獣を召喚できたのも納得できますね」

「ああ。でも、単に召喚しただけとは思えないんだよな。禁足地の魔獣が減ってから、今日までに随分と時間があったはずだ」

「つまりその間に、太古の魔獣が死なないような魔法をかけていたと」


 ソウデンは俺の思考を先回りし、結論を口にした。

 だが、その意見にはロゼットが真っ向から反論してくる。


「冗談でしょ? いくら時間があるって言っても、数万体の魔獣、1体ずつに補助魔法をかけるなんて無理に決まってるわよ。そもそも、死なない魔法ってなに? そんなものがあるなら、あたしにもかけてほしいわ」


 ロゼットが受け入れられないのも無理はない。普通に考えたら、あり得ないことだ。数万体の魔獣を死なないようにするなんて。


「いまオレらが背中に乗っけてもらってる子は、死なないんだけどなぁ……」


 ジーノは理解してないのか、わざとなのか、ボソッとつぶやいた。

 その発言を聞き、ロゼットが怒りの眼差しを向ける。


「プリと魔獣を一緒くたに語るんじゃねぇよ! この毒虫野郎がッ!」

「ヒィッ! すんません! 別にそういうつもりで言ったんじゃ……ボス、助けて!」


 ジーノが俺の背中に逃げ込んでくる。

 おかげで、ロゼットの鬼のような形相が、俺の方に向けられた。


「お前ら……暴れるのはいいが、落ちても助けないからな」

「だってライライ、よりによってそいつ……プリを魔獣みたいに言ったのよ!」

「別にそういう話じゃないだろ。ジーノは、『魔獣が死ななくなることも、可能性としてはあり得る』って言いたかったんだよ。そもそも太古の魔獣は、アイボリビスト家が蘇らせたわけだし――」


 そこまで言って、俺はふと思い出した。


「アイボリビスト家の古代魔法か……」

「センパイ、何か知ってるんですか?」


 アイマナが顔を覗き込んでくる。

 俺は軽くうなずきつつ、話を続けた。


「……1つだけ、魔獣を死なせなくする魔法があるかもしれない」

「なんです? マナは知りませんよ」

「魔法の名は……【生命の連帯(チェインオブライフ)】」

「どんな魔法なんですか?」

「アイボリビスト家の究極魔法とも言えるものだ。あらゆる生物の命を互いに繋ぎ、一つのものとする。誰かが死んでも、繋がれた命がある限り、また生き返るというものだ」

「……なんだか恐ろしい魔法ですね」

「実際、凶悪だ。この魔法は、一度使われたら二度と解除することができない。そして命を繋がれた生物は、その時点で寿命が1万分の1以下になる」

「残りの寿命が100年あっても、3日ほどしか生きられないってことですか」

「3日もあれば、この街を破壊し尽くすには充分だ。それに、太古の魔獣の中には、1000年以上生きるヤツもザラにいるからな」


 俺がそう話すと、アイマナは難しい顔をして黙り込んでしまう。

 代わりに、メリーナが腕を引っ張ってくる。


「もし、本当にその魔法が使われてるとして、どうすれば魔獣を倒せるの?」

「【生命の連帯(チェインオブライフ)】で繋がれた魔獣を、すべて()()()倒すしかない」

「同時って……3万体以上もいる魔獣を?」


 メリーナの問いかけに、俺は小さくうなずいた。


 ……………………。


 しばらく無言の時間が流れた。みんなが黙ると、人々の悲鳴や、魔獣の咆哮がよりたくさん聞こえてくる。


「ぴぃ〜!」


 ふいにプリが大きな声を上げた。

 それで俺たちは気づく。少し先に、浮遊魔導艦(ふゆうまどうかん)が飛行していることを。


「あれって……『泥だらけの太陽』の連中よね? ここで何してるの?」


 ロゼットの疑問はもっともだ。

 さすがに俺も、こんなタイミングで魔導艦に出くわすとは思わなかった。


「すでにサリンジャーは死んだし、指示が出てるとは思えないが……」

「もしかして、逃げようとしてるんじゃないの?」

「その可能性はあるな。サリンジャーが戻るのを待ってたが、魔獣の攻撃に耐えられなくなったのかもしれない」

「かまってる暇はないけど、このまま逃すのもシャクね」

「浮遊魔導艦か……使えるかもしれないな」


 俺がつぶやくと、今度はアイマナが反応した。


「センパイ、まさか……浮遊魔導艦を乗っ取るつもりですか?」


 アイマナは俺の考えていたことをピタリと当ててくる。

 だが、本人も含めて、みんなの顔色は優れない。


「いやいや、冗談っすよね、ボス? 飛行中の魔導艦に乗り込むとか、正気じゃないっすよ」

「……こればっかりは紫野郎に同意。あんな巨大なモノ、奪ったところで、あたしたちだけで動かせると思えないし」


 ジーノとロゼットの意見に、アイマナもうんうんとうなずいている。

 乗り気なのはソウデンくらいか。こいつは自由に風を操れるから、落下する危険もないしな。


 自分で言っておいてなんだが、俺もそれほど良い案だとは思ってない。特に空中で戦闘するには、大きな心配事があるのだ。


 俺は横に視線を向ける。

 と、メリーナと目が合った。


「わ、わたしは大丈夫だから……。ライたちがいなくても、プリちゃんにしがみついてれば、どうにか……」


 そう言いながらも、メリーナは俺の腕を握り潰すくらいの力で掴んでいた。しかも、誰が見ても明らかなくらい震えている。

 これは無理そうだな……。


「浮遊魔導艦に十三継王家の全戦力を集めれば、同時に魔獣を攻撃できると思ったんだけどな……」

「残念ながら、ライライが期待してるほど、連中は有能じゃないわよ。全員でタイミングを合わせて、一撃で魔獣を倒すなんて、無理だと思うわ」


 ロゼットは、この点に関しては冷静だった。実際、俺たちよりも早く街に戻ったから、見ていたのだろう。他の連中の戦いぶりを。


「どっちにしろ、浮遊魔導艦の様子は知りたいところだ。まずは俺が一人で行ってくる。こっちのことは頼んだぞ」


 俺が声をかけると、ソウデンは無言でうなずく。

 しかしロゼットは、まだ止めようとしてくる。


「ライライ、本気で行くつもりなの?」

「ああ。連携を取るなら、上空に中継基地があった方がいい。それに、あんまりプリに無理はさせたくないからな」


 そう答えながら、俺はプリのふわふわの毛を撫でる。

 と、プリが嬉しそうな声を上げていた。


「ピィ〜ピィ〜!」


 その時だった。

 突如として、浮遊魔導艦の遥か上空から、巨大な黒い影が降下してくるのが見えた。


「なんだ――」


 次の瞬間、夜空を切り裂くような鋭い羽ばたきの音が聞こえてくる。

 さらに一拍置いて、耳をつんざくほどの鳴き声が辺りに響いた。


 グオオォォッアアァァァォッオオオォォォォ――。


 魔獣の姿がはっきりと見えてくる。

 ソイツは、翼を大きく広げて羽ばたき、蛇のように長い首を伸ばして辺りを窺い、尾を巧みに操って、我が物顔で夜空を飛行していた。


 翼を広げたその体躯は、浮遊魔導艦に匹敵するほど大きい。


「ワイバーン……」


 誰のものともわからないつぶやきが聞こえてくる。

 それからすぐに、ソイツは俺たちの方に顔を向けてきた。

 

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