No.128
俺は気を取り直し、アイマナに尋ねる。
「太古の魔獣が街のどこに散らばってるのか、位置を特定することはできないか?」
「一応、帝国魔法取締局が魔獣の魔力を拾って、魔導地図に反映させてますけど……」
アイマナは携帯型の魔導機器を取り出した。その小さい画面には、ニュールミナス全域の地図が映し出されている。
地図上の赤い点が、魔獣の現在位置ということか。
「これって、すべての魔獣の位置を把握できてるのか?」
「どうなんですかね……。無線の会話を聞く限り、太古の魔獣が発する魔力量は強大らしく、割と位置把握は容易みたいですけど」
「不幸中の幸いだな。避難するにしても討伐するにしても、位置が把握できてることは大きい」
「でもセンパイ……この情報が本当なら、太古の魔獣は35562体もいることになりますよ」
アイマナがその数を口にした瞬間、メリーナが息をのんだ。
彼女も、以前に1体だけ太古の魔獣を討伐した経験があるからわかるのだろう。
その数の恐ろしさが……。
「途方もない数だが、1体ずつ倒していくしかない」
「……でも、なんかおかしいんですよね」
「さっきも言ってたな。何がおかしいんだ?」
「太古の魔獣の数なんですけど、さっきから1体も減ってないんです」
「20体くらいは倒したって言ってなかったか?」
「無線では、討伐したと報告されてるんですが、このマップの赤い点はずっと減ってないんです」
「……なんだそれ? じゃあ、帝国魔法取締局のシステムが壊れてるんじゃないのか?」
「そうなんですかね……?」
アイマナは納得いかないといった感じで首をかしげる。
その時、俺はふと嫌な予感がした。
「アイマナ、マップを拡大して、この付近を見てみろ」
「いいですけど……えっ!? これって――」
アイマナの手元を覗き込む。マップは、この付近を拡大して映し出している。そこには、はっきりと赤い点が光っていた。
それを見て、メリーナが最初に口を開いた。
「この近くに魔獣はいないみたいだけど……。やっぱり壊れてるのかしら?」
「それか、まだヤツが生きているかだ……」
俺がそうつぶやいた直後、激しい地鳴りのようなものが聞こえてくる。
それから間髪入れずに、巨大な人型の魔獣が、深い穴から飛び出してきた。
グオオォッグァッオォグォオォォオオォォ――。
サイクロプスは巨木を振り上げた格好で、こっちに向かって落下してくる。
俺は反射的に魔法を発動させた。
【絆された暴風のように】
吹き荒れる風が凝縮され、一瞬でサイクロプスを包み、遥か遠くへと吹き飛ばす。
その姿は、あっという間に見えなくなった。
しかし――。
「しまった……」
すぐに俺は、対応をミスったことに気づいた。
今の魔法では、サイクロプスを倒すことは不可能だ。ヤツは街のどこかに落下し、そこで暴れ回るに違いない。
「プリ、追いかけるぞ!」
俺が声をかけると、プリが長い首を曲げて顔を近づけてくる。
しかし、そのふわふわな頭に手をかけたところで、アイマナが声をかけてきた。
「ちょっと待ってくださいよ、センパイ!」
「待ってられない。サイクロプスは生きてるんだからな」
「冷静になってくださいよ! 追いかけてどうするんですか? 一度倒したはずじゃないですか!」
「だから、もう一回倒すんだろ。今度は確実にトドメを刺す」
「そんな……さっきだって確実にトドメを刺してましたよ。こんなのおかしいです! マナの話を聞いてください」
「話は後回し――」
俺がそこまで口にした時だった。
ふいに、頬が優しい温もりに包まれた。
「メリーナ……?」
彼女の両手が、俺の両頬に当てられていた。
「ライらしくないわ」
メリーナはそう言いながら、優しく微笑みかけてくる。まるで、わがままな子供をたしなめるかのように。
こんな状況で、こんな心持ちで、そんな笑顔を見せられたせいで、俺は一気に頭が冷えた。
「……ありがとう、メリーナ。それと、悪かったな、アイマナ」
俺は礼と謝罪を済ませ、ひとつ深呼吸をする。
それから改めてアイマナに声をかけた。
「何か気になることがあるなら話してくれ」
「実は無線でも聞こえていたんです。そこかしこで、倒したはずの魔獣が復活してると」
「冗談だろ……?」
「初めは、現場が混乱してるだけだと思って、マナも気にしてなかったんですけど……」
「太古の魔獣の数が減らないのと、さっきのサイクロプスの復活で確信したのか」
「はい。センパイが倒した魔獣が復活するのは、さすがにおかしいですから」
言われてみると確かにおかしい。
仮に死んでなかったとしても、サイクロプスがあんなにピンピンしてるのは、どう考えてもあり得ない。
「何が起きてるんだ……?」
俺たちが考え込んでいると、遠くの方から何者かが近づいてくる気配がした。
「ライライ〜!」
ロゼットだ。大きなとんがり帽子を被り、マントを羽織った彼女が、杖を振り回しながら走ってくる。
その後ろには、紫髪の派手な格好の奴と、黄緑色のコートに身を包んだ男もいた。
「ロゼットさん、ジーノさん、ソウデンさん! みんな無事だったのね!」
メリーナが嬉しそうに三人の名前を呼ぶ。
そしてロゼットは、俺たちのそばまで走ってくると、真っ先にメリーナを抱きしめた。
「メリーナちゃん! 大帝王になれて良かったわ……おめでとう」
「ありがとう、ロゼットさん」
メリーナが大帝王に選ばれてから顔を合わせるのは初めてだったな。
そんなことを思っていると、ソウデンがロゼットに声をかけた。
「ロゼットくん、メリーナ様は今やグランダメリス大帝王陛下なんだ。そのような行為は、謹んだほうがいい」
「あぁん? なんであんたに指図されないといけないのよ? あたしたちの関係に、身分なんてものは存在しないんだから! ね、メリーナちゃん」
ロゼットは、わざとらしい言い方で、メリーナの同意を得ようとしていた。
そんな聞き方されたら、否定できないだろ。
とはいえ、似たようなことは、メリーナ自身も普段から言っていたが。
「うん、わたしにとってみんなは家族みたいなものだもの。今まで通りに接してほしいわ」
メリーナがそう言うと、ロゼットは勝ち誇った笑顔をソウデンに向けていた。
そんな騒がしいやりとりを見ていたら、珍しくジーノが真面目な顔つきで話しかけてくる。
「あのぉ、ボス。ちょっと報告してもいいっすか?」
「なんの報告だ?」
「実はオレら、ニュールミナス市に着いて、最初にスモークモール総理のとこに行ったんすよ」
「タツミに会ったのか?」
「はい。そんで、ボスの名前を使って、総理に緊急事態宣言を出すよう言ったんです。ボスから、『すぐに住民を避難させろ』って伝言を預かってるって……」
「なるほどな。やけに動きが早いと思ったよ。それはジーノのアイデアだったのか?」
「いや、違うから! 別に勝手にやるつもりはなかったんすよ! 本当はボスの許可を取ろうと思ったんだけど、いつ街に来るかわからなかったし、それで……」
「いや、よくやってくれた。最高の仕事だ」
俺は素直に思ったことを口にした。すると、これまた珍しく、ジーノが照れたように笑う。
と、そこにロゼットが割り込んできた。
「ちょっと待ちなさいよ、ジーノ! あんたは最初、ライライが来るまで待ってるって言ってたじゃないの! それであたしが、そんな余裕はないからって言って、総理官邸に突撃したんでしょ!」
その場の光景がなんとなく思い浮かぶ。
別に細かいやりとりがどうだったかなんて、俺としてはどうでもいいんだが。
「ロゼットもよくやってくれたよ。いつも助かってる」
「もぉーライライってばぁ〜。もっと褒めてくれてもいいんだからね」
ロゼットはあっさり機嫌良くなっていた。こういうふうに、わかりやすいと助かるんだけどな。
一方ソウデンは、いつものごとく何を考えてるのかわからない。
「……何をじっと見てる?」
俺が声をかけると、ソウデンは不敵な笑みを見せた。
「いえ、僕はいつ褒められるのかと思いましてね」
「お前も何かやったのか?」
「団長が到着するまでに、すでに太古の魔獣を3体ほど仕留めました」
「へぇー、やるな。で、復活したのか?」
「さすがは団長。すでにご存知でしたか」
「原因はわかるか?」
「いえ、途方に暮れていました。そんな時に、上空をプリくんが通過したので、騒がしい二人と一緒に追いかけてきた、というわけです」
ソウデンはやれやれといった感じで肩をすくめる。
すると、今の話を聞いていたロゼットとジーノが声をそろえて言うのだった。
「「騒がしいのは、こいつだけだろ!」」
ジーノとロゼットは互いに指差して、睨み合う。
このままだと、くだらないケンカが始まりそうだったので、俺は全員に声をかけた。
「移動するから、プリの背中に乗れ」




