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No.127

 巨大な鳥の姿になったプリの背に乗り、俺たちはあっという間にニュールミナスの上空へたどり着いた。


 眼下に広がる街の様子は、凄惨の一言に尽きる。


 街灯や、火災の光が、まるで舞台をライトアップするように街を照らしている。

 そこかしこで巨大な魔獣が暴れ回り、建物を次々と破壊していく。魔獣たちは火災や竜巻、洪水といった災害まで発生させ、街を蹂躙していた。


 混沌とした中で人々は逃げ惑い、道路を這うように移動していく。しかし道路も破壊されたり、瓦礫で塞がれたりして、簡単には逃げられない。


 悲鳴や、怒号がそこら中から聞こえてくる。それを掻き消すように、魔獣の不快な咆哮が響き続けていた。


「ライ! 早く街の人を助けないと!」


 メリーナが力強く俺の腕を引いてくる。凄惨な様子を目の当たりにして、高所の怖さも吹っ飛んだらしい。


「わかってるけど、無闇に戦ってもダメだ。まずは全体の状況を把握したい」


 俺はメリーナを落ち着かせ、アイマナの方に視線を向ける。


「他の継王たちはどうしてる? 連携は取れてるのか?」

「かなり厳しいですね。無線も半分くらい機能不全ですし、そもそもニュールミナスは広すぎます。魔獣の数も多くて、どこの継王家も苦戦してるみたいです。連携をとる以前の問題ですよ」

「合計で何体くらい倒してる?」

「無線の会話から察するに、20ほどです……」

「それだけか!?」

「相手は太古の魔獣ですよ? むしろ健闘してる方だと思います。それに、ちょっと様子がおかしい気が……」

「どういう意味だ?」

「無線で聞いてるだけなので、あまりよくわからないんですが――」


 アイマナがそこまで言った時だった。


「ライ、見て!」


 メリーナが悲鳴に似た声を上げ、俺の腕を引っ張ってくる。

 彼女に促された方を見ると、そこには大きな病院があった。

 ちょうど小児病棟の避難をしているところだったらしく、たくさんの子供たちが庭に出てきている。


 そこへ、太古の魔獣が迫ろうとしていたのだ。


 それは人の形をしているようで、しかし人ではない。姿は山のように巨大で、一歩進むごとに大地が揺れる。


 巨大な人型の魔獣。その顔に浮かぶのは、たった一つの目。深淵のように黒い瞳の奥からは、底知れない暴威が感じられる。


「サイクロプス……」


 アイマナが呆然とした声で、魔獣の名をつぶやく。

 その声が聞こえたわけでもないのだろうが、サイクロプスがふいに動きを止めた。


 グオオォァッオォォオオォォ――。


 サイクロプスが凄まじい咆哮を上げる。鼓膜が破れるかと思うほどの大声だ。

 ヤツの巨大な目は、病院の子供たちに向けられていた。瞳孔が開き、口元がゆっくりと歪む。それは笑みと呼ぶにはあまりにも不気味だった。


 子供たちも、引率していた医者らしき大人たちも、今の叫び声のせいで動けなくなっていた。


 サイクロプスの手には、幹をへし折られた巨木が握られていた。ヤツはそれを振り上げ、走り出す。


「ライ!」

「センパイ!」


 メリーナとアイマナがほぼ同時に叫ぶ。

 その時には、俺はプリの背中から飛び降りていた。


 ドスッドスッドスッドスッ!


 大地を破壊するような足音を立てながら、サイクロプスが子供たちに迫る。


「イヤアアアァァァァ――」


 グオオォッグァッオォグォオォォオオォォ――。


 人の悲鳴と、魔獣の咆哮が混ざり合って響く。

 サイクロプスが足を止め、巨木を振り上げる。

 その瞬間――。


重力場の鉄槌(グラビティジャッジ)


 俺は魔法を発動させる。

 途端に、サイクロプスは上から押されるようにして、その場に膝をつく。さらに俺が魔力を込めると、ヤツは完全に地べたに這いつくばった。


 グゲゴオオォッオォォッウゲォゴアゴオオオオオオォォォォ――。


 サイクロプスは悲鳴のような声を上げて抵抗するが、無駄だ。


 俺が地面に降り立った時には、ヤツの巨大な体躯は、地面に深くめり込んでいた。

 

 それでもサイクロプスは、なかなか諦めない。どれだけ重力をかけても、起き上がろうとしてくる。


「さすがにしぶといな……」


 俺はさらに力を込める。ヤツは、どんどん地中へと埋まっていく。巨大な穴ができ、その姿も見えなくなってしまう。


 しばらくして、サイクロプスの声が完全に聞こえなくなった。念のため、俺はさらに重力をかけ続けた。

 やがて、サイクロプスの魔力の臭いが途絶えたのを確認し、俺は魔法を解除する。


「ふぅ……」


 全身に込めていた力と一緒に、俺は緊張を解く。

 とりあえず、これで危機は脱したはずだ。病院の庭に、だいぶ深い穴ができてしまったけどな……。


 そんなことを思っていると、白衣をまとった男女が近づいてくる。


「あっ、あの……ありがとうございます! なんとお礼を言っていいか……」


 二人は丁寧に礼を言ってくるが、俺はすぐに彼らを促す。


「いいから、早く逃げるんだ。この病院の南側の門を出たところに、帝国軍の小隊が陣取ってる。そいつらに保護してもらうといい」

「は、はい……本当にありがとうございました!」


 彼らは子供たちを引き連れ、足早に去っていった。

 それを待っていたのか、やっとプリが俺の前に降りてきた。


「ライ! 無事でよかった!」

「センパイ! 黙って飛び降りたりしないでください!」


 メリーナとアイマナが勢いよく飛びついてくる。

 俺はダメージを負ってないが、二人同時に寄りかかられ、危うく倒れるところだ。


「メリーナもアイマナも、頼むから急に飛びついてくるのはやめてほしい」


 一応、注意しておいた。しかし、アイマナはまるで気にしないといった様子で反論してくる。


「そう言っても、どうせメリーナさんは抱きつくじゃないですか。なんでマナだけ我慢しないといけないんですか?」

「お前はわざとやってたのかよ……」


 俺が呆れて言うと、なぜかアイマナは得意げな笑顔を見せた。

 一方、名指しされたメリーナはというと……おろおろしていた。


「だって……わたしは心配で……。こういう時って……自分じゃ抑えがきかないというか……身体が勝手に動いちゃって……でもライが迷惑だって言うなら、極力控えるようにはするけど……でも約束はできないかも……」


 メリーナはぶつぶつと、よくわからない言い訳を並べていた。そんなに真剣に悩まれても困るんだけどな。

 と思っていたら、俺の脇腹にアイマナが肘打ちしてくる。


「ぐっ……メリーナ、悪かった。今の話は忘れてもらっていいから」


 俺がそう言うと、途端にメリーナはパッと明るい笑顔になる。そして、また改めて抱きついてくる。

 それに便乗して、アイマナも抱きついてきた。


「お前らな……」


 いや、今はもう細かいことを気にするのはやめよう……。


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