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No.124

 ふいをついた俺の告白に、さすがにサリンジャーも目を丸くして驚いていた。

 周りの継王たちからも、息を呑んだ気配が伝わってくる。


「……キャッチーくん、まさか冗談だなんて言わないだろうね?」

「今度はお前の番だ。そのちっぽけな銃で、俺たち全員をどうやって殺す?」

「待ってくれ。まだ整理がついてないんだ。この神殿は1万年前に、大勇者グランダメリスを讃えるために建てられたはずだろ? それを君が? いやいや、やっぱり嘘なんだろ?」


 事実かどうかなんて重要じゃない。少なからずサリンジャーの気を引ければいいと思っていた。いきなり銃を撃たれないように。


「キャッチーくん、どうして答えないんだい? 君が本当にこの神殿を造ったと言うなら、何か証明するものを見せてくれよ」


 サリンジャーはいつまでも、くだらないことを聞いてくる。

 俺はそれには答えず、打開策を考えていた。


 サリンジャーが俺以外を狙うなら一人……最悪二人ほどの犠牲で、奴を取り押さえられる。もし俺を狙ってくるなら、二、三発受け止めて、必ず隙を作ってやる。その間に、キャンドーあたりがサリンジャーを制圧してくれるだろうが……。


 やはり、どれだけ考えても誰かしらの犠牲は避けられない。


 ……しかたない。


 俺は決意し、少しずつ足を滑らせていく。

 だが――。


「おおっと! それは反則だぞ!」


 すぐにサリンジャーに気づかれてしまった。


「チッ……」


 俺は発砲に備える。

 奴が引き金をひいた瞬間にスタートを切り、そのままタックルをかます。何発撃たれても、絶対に途中で止まらない。


 そこまでの覚悟をしていた。

 しかし、サリンジャーは銃を撃ってこなかった。


「キャッチーくん、今回は見逃してあげるけど、次はないよ」


 サリンジャーは余裕ぶった態度で言う。怒ってる様子もないし、脅し方も中途半端だ。

 まるで会話を楽しむかのごとく、緩い雰囲気を醸し出している。


 なぜだ……?


 奴は、なぜ撃たない? 俺を撃って隙ができるのを嫌ったのか? でもそれなら、最初から一丁の拳銃で乗り込んでくるのがおかしいのだ。


 いくら継王が一堂に会してるとはいえ、この神殿周辺には警備のため、十三継王家の護衛隊や魔法士が勢揃いしている。

 それこそ、一週間前の舞踏会の時とは比べ物にならないほどの規模だ。


 仮に何人か殺せたところで、逃げることは不可能だ。確実に自分も捕まるか殺される。それで全ておしまいだ。


 あれだけ用意周到だったサリンジャーが、こんな浅はかな行動に出るのは理解しがたい。


 ……………………。


 しばらくのあいだ降臨の間は、静寂で満たされていた。


 俺はふと、サリンジャーの背後に見える窓が気になった。

 外は、もうすっかり暗くなっている。気づかないうちに、随分と時間が経っていたらしい。


 そんなことを考えた瞬間、俺はふと思いついた。


「……時間稼ぎか?」


 すると、サリンジャーは驚きの表情を一瞬見せ、すぐに悪辣に笑った。


「さすがキャッチーくんだ」


 正解だな……。だから脅すだけで、行動に出なかったのか。

 とはいえ、時間稼ぎになんの意味がある?


「サリンジャー……何を仕掛けた?」

「まあ、どうせ隠すのもそろそろ限界だろうしね。ヒントをあげるよ」


 サリンジャーは、懐にしまっていたアイボリビスト家の印璽を取り出す。

 それは魔獣の牙だが――。


「太古の魔獣か!?」


 俺がその単語を口にした時だった。


「ライちゃーん!!」


 神殿の外からプリの声が聞こえてくる。

 俺は返事をしようとするが――。


「ダメだよ、キャッチーくん」


 サリンジャーが銃で脅してくる。

 だが、返事をする必要はなかった。


「ライちゃーん! 街のほうに太古の魔獣がいっぱい出たわね!」


 その声が聞こえた瞬間、部屋内の空気が張り詰めた。

 太古の魔獣が1体だけでも街が消滅する危機なのに、複数出るなんて最悪の状況だ。


 部屋内にいる誰もが、信じられないといった表情を浮かべていた。

 そこへ、さらにプリの声が聞こえてくる。


「魔獣が暴れてるから、ロゼちゃんたちが止めに行ったわね! プリはライちゃんを連れて来いって言われたのよ! でも、中に入れないわねー!!」


 プリの言葉は嘘でも冗談でもない。そのことを、継王たちも理解したようだ。全員の表情が深刻になっていく。


 そんな中、ただ一人。サリンジャーだけは楽しそうに笑っていた。


「完全にバレたね。まあ、外の様子は確認できなかったし、ちょうどよかったよ」

「お前の狙いは、太古の魔獣をニュールミナス市に放つことだったのか?」

「ここにいる継王を殺したところで、後継者がいるだろ? それじゃ継王家のすべてを消滅させることはできないからね。でもありがたいことに、今は明日の即位式に備えて、王族がみんな、ニュールミナスに集まってるんだ」


 奴の最終的な狙いはそれだったのか……。


 太古の魔獣を仕留められるほど優秀な魔法士は、ほとんどが継王たちの護衛として、この山に集まってきている。

 ここで時間稼ぎをされるほど、ニュールミナス市で人が死ぬことになるのだ。


「なんと愚かなことを……」

「早く街に戻らないと、我々の子供たちにも危険が及びますわ!」

「せめて……外の者たちに伝えなければ……」


 継王たちは堰を切ったように話し始めていた。

 そして、さっそくキャンドーが動き出そうとするが――。


「動くな!」


 サリンジャーは力のこもった声を張り上げ、キャンドーに銃口を向ける。

 しかしその程度では、キャンドーも引かない。


「もはや、お前の茶番に付き合っていられる状況ではない」

「キャンドー・レッドリング。頼むから冷静に考えてくれ。君たちは魔法が使えないんだ。仮に一斉に飛びかかってきても、二、三人は、確実に殺すからな。そんな自己犠牲の精神、君たちにはないだろ?」


 サリンジャーの指摘は、おおむね合っている。残念ながら、自らの命を犠牲にしてまで、他の継王を助けようという考えの持ち主は少ない。


 それでも、キャンドーを含めた数人は、命を賭す覚悟を持っているようだった。


「ワシは老い先短い身だ。後継者もすでに決まっている。栄光のために死ねるのなら、本望だ」

「これだからレッドリングの血は困る。では、こうしよう……」


 あろうことか、サリンジャーは銃口をメリーナの方へと向けた。


「貴様……」


 キャンドーの声に、さらなる怒りがこもる。

 危うく俺も、サリンジャーに向かって駆け出すところだった。


 奴もそれを察したのか、真剣な声で話しかけてくる。


「キャッチーくん、頼むから私の腕を試すようなことだけはしないでくれよ」


 最悪だ。こうならないように立ち回っていたつもりだったんだけどな……。


 しかしメリーナ本人は、事の重大性を理解していないようだった。


「ライ、わたしが囮になるから……」

「やめろ! ここで大帝王が死んだら、グランダメリスそのものが崩壊するぞ!」


 俺は厳しい言葉でメリーナを止めた。だが、彼女の顔は見えない。果たして、思いとどまらせることができたかどうか。


「思った以上に効果的だね。これなら、初めから彼女に狙いをつけていればよかったよ」


 サリンジャーも、この場を制するための簡単な方法を理解したらしい。

 だが、このままニュールミナス市が壊滅するのを待つわけにはいかない。


「サリンジャー、お前の狙いは継王家を消滅させることなんだろ? 街にいる数千万の住人は関係ないはずだ」

「ガッカリだよ、キャッチーくん。最後の手が、『情に訴える』なのかい? まあ私も被害が少なくて済むなら、その方がいいと思ってる。数千万人で済んでくれることを祈るよ」

「まさか、ニュールミナス市以外も攻撃する気なのか?」

「ふむ……プリくんの情報には不足があったね。正確なことを教えてあげよう。ニュールミナスの街に放った魔獣は、()()じゃない。()()()だ」

「冗談だろ……」


 記憶が蘇ってくる。

 メリーナの誕生日パーティーをした日に、ソウデンから受けた報告。禁足地にいる太古の魔獣が3割ほど減っているというものだ。

 あれは、サリンジャーの仕業だったのか……。


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