No.123
俺が大勇神殿の中に足を踏み入れた時だった。
パァーンッ!
一発の銃声が神殿内に響き渡った。
「クソっ――」
まさか本当に撃つとは……あいつ……。
最悪の想像を頭の隅に追いやりながら、俺は全速力で降臨の間に駆け込んだ。
しかし――遅かった……。
「ぐぁっ……」
フィラデルが驚愕の表情を浮かべ、崩れ落ちていく。
その胸辺りから、赤い血があふれ出していた。
「な、なぜ――ゴホッ……」
仰向けに倒れ込んだフィラデルが、かすかな声を吐き出す。それと同時に、口からも大量の血がこぼれ出してくる。
その様子を、サリンジャーはにっこり笑いながら見下ろしていた。
「即位式までは、まだフィラデルが大帝王だろ?」
サリンジャーが嘲るように尋ねるが、フィラデルが声を発することはなかった。彼は天井の方に手を伸ばし、何もない空間を掴もうとする。意識があるのかどうかも定かではない。
俺も、継王たちも、その光景をただ見つめていた。
そんな中、いち早くマリオンが声を上げる。
「皆さん、何をぼうっとしてるんですか! 早く治療を!」
マリオンはフィラデルに向かって駆け出す。そしてちょうど俺の横を通りかかった時――。
「よけろ!」
パァーンッ!
サリンジャーが再び発砲した。
その気配を寸前で察し、俺はマリオンの身体を抱きかかえて横に飛び退いていた。
だが、ギリギリ過ぎたか……。
「あぁ……ライさん……」
マリオンは驚きと恐怖が混ざりあった表情で、俺の顔を見つめてくる。
こめかみの辺りが熱い。液体が頬を流れてくるのを感じた。
「かすっただけだ」
俺はそれだけを告げ、すぐに立ち上がる。
サリンジャーは俺の方に銃を向け、楽しそうに笑っていた。
「散々警告したのに、勝手に動いたマリオン・ホワイトリブラが悪い。だろ? キャッチーくん」
「フィラデルを死なせるつもりか?」
「おいおい、勘弁してくれよ。フィラデルだけで済むと思ってるのか? 何度同じ話をすれば理解してくれるんだい?」
サリンジャーは芝居がかった口調で言いながら、ゆっくりとフィラデルに近づいていく。
そして足元に視線を落とさず、フィラデルの身体を蹴り、部屋の隅の方に転がした。
「……サリンジャー。お前は最低限のモラルすら捨てたのか?」
「それはフィラデルに言ってやりなよ。私より、まだ彼が殺した人間の方が多いんじゃないか?」
サリンジャーは大げさな身振りで話していた。だが、この程度の隙では、距離を詰める前に撃たれるだろう。
他の継王たちも同じことを考えているのか、誰も動きを見せない。
「ライ!」
ふいに名前を呼ばれた。メリーナだ。しかし俺は、その声の方を見ようとはしなかった。
メリーナには悪いが、いまサリンジャーから目を離すことはできない。
俺はジッと奴を睨みつけた。
するとサリンジャーは、人を馬鹿にしたような笑顔で話しかけてくる。
「呼ばれてるぞ、キャッチーくん。君が必死に守った新たな大帝王が」
「黙れ。俺はお前にしか興味ない」
「嬉しいことを言ってくれるね。しかし君には感心したよ。本当に、あの不可能な任務を達成してしまうなんて。最強のエージェントの看板もダテではないな」
「サリンジャー。狙いはなんだ? まさか本当にその銃だけで、すべての継王家を破滅させられると思ってるのか?」
「確かにコレだけじゃ、せいぜい殺せても二、三人か……」
サリンジャーが継王たちを見回す。
さっきマリオンが狙われたからか、継王たちは誰もその場から動こうとしない。
フィラデルは大量の血を流し、もはや命があるのかどうかもわからない状態だ。
俺としては、継王たちには大人しくしておいてもらいたいが……。
「おい! この平民が! 勝手に話を進める前に、どういうことか説明しろ!」
フォンタ・アクアリウスブルーが怒鳴ってくる。空気の読めない奴だ。
しかたないので、俺はサリンジャーから目を離さず、簡単に説明してやる。
「この男があんたらを殺そうとしてる。それを、俺が防ごうとしてる。それだけだ」
「防ぐ? お前に守られるほど、継王はヤワじゃないぞ! それと、お前は敬語もまともに使えないのか! 下賤の輩が!」
「……いいから、死にたくなかったら大人しくしててくれ」
「口のきき方に気をつけろと言ってるだろ! 今すぐ俺に平伏し、謝罪しろ!」
本気で言ってるのか疑いたくなるほど、フォンタの言動はひどかった。
俺はもう相手をするのはやめようと思い、反応しないでおいた。
しかし奴は、大人しくならない。
「おい、そっちの銃を持ってるやつ! この偉そうなバカから撃ち殺せ!」
フォンタは、サリンジャーに対してそんなことまで言い出す。
これには、サリンジャーも苦笑していた。
「だそうだ、キャッチーくん。私は彼の命令を聞くべきかな?」
「やるなら一発で仕留めろよ。二発目は撃たせない」
「ふむ……君を殺せるかどうかの賭けに出て、他の継王を逃すか。それとも、もう一人くらい継王を殺して君に捕まるか……」
サリンジャーは楽しそうにつぶやきながら、俺と継王たちの間で、銃口を行ったり来たりさせる。
フォンタはその態度にイラついたらしく、また声を荒げていた。
「何をしてる! さっさとそいつを殺せ。それで満足して帰れ! この――」
「やめてください!」
ふいにフォンタの言葉を遮り、メリーナの悲痛な声が聞こえてくる。
「はっ? メリーナ様……あっ、いえ、メリーナ大帝王陛下。今のは、俺に言ったわけじゃないですよね?」
フォンタは訳がわからないといった感じで、メリーナに尋ねていた。
それに対してメリーナの方からは、怒りのこもった声が聞こえてくる。
「ライ……彼を侮辱するような発言は控えてください」
「なっ! 本気で言ってるんですか?」
「大帝王からの正式な通達と受け取ってもらって構いません」
……大帝王として初めて出す命令がそんなのでいいのか?
でも、助かったよ。おかげでサリンジャーの相手に集中できる。
「キャッチーくん、いじらしいと思わないかい? 大帝王になる者が、私情で命令を出すなんてね。君も頑張ってきた甲斐があるなぁ」
サリンジャーはあからさまに挑発するようなことを言ってくる。しかし、俺は妙に感じていた。
この男の狙いがわからない。
いや、最終的な狙いはもちろん理解している。だが、ここで俺を挑発したところで、継王を全員殺すことなど不可能だ。
「サリンジャー……まだ何か隠してるのか?」
俺の問いかけに、奴は呆れたように笑う。
「隠し事をしてるのは君だろ?」
「なんのことだ?」
「君は、どうやってここに入ってきたんだ?」
サリンジャーの言葉で、周りの継王たちもそのことに気づいたようだった。
この状況なら有耶無耶になるかと思っていたが、さすがにサリンジャーは食えない奴だ……。
俺は少しのあいだ、何も答えずにいた。
すると、サリンジャーが上機嫌で話を続ける。
「この神殿には、継王の印璽がなければ入れない。私はアイボリビスト家の印璽を持っていたけど、君は違うだろ? 教えてくれよ。ここに入って来た方法を。そうでないと継王の方々も、君のことが信用できなくなってしまうんじゃないか」
「……俺は、ここに自由に出入りできるんだよ」
「なぜだい?」
「この神殿を造ったのが……俺だからだ」




