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123/136

No.123

 俺が大勇神殿の中に足を踏み入れた時だった。


 パァーンッ!


 一発の銃声が神殿内に響き渡った。


「クソっ――」


 まさか本当に撃つとは……あいつ……。

 

 最悪の想像を頭の隅に追いやりながら、俺は全速力で降臨の間に駆け込んだ。

 しかし――遅かった……。


「ぐぁっ……」


 フィラデルが驚愕の表情を浮かべ、崩れ落ちていく。

 その胸辺りから、赤い血があふれ出していた。


「な、なぜ――ゴホッ……」


 仰向けに倒れ込んだフィラデルが、かすかな声を吐き出す。それと同時に、口からも大量の血がこぼれ出してくる。


 その様子を、サリンジャーはにっこり笑いながら見下ろしていた。


「即位式までは、まだフィラデルが大帝王だろ?」


 サリンジャーが嘲るように尋ねるが、フィラデルが声を発することはなかった。彼は天井の方に手を伸ばし、何もない空間を掴もうとする。意識があるのかどうかも定かではない。


 俺も、継王たちも、その光景をただ見つめていた。

 そんな中、いち早くマリオンが声を上げる。


「皆さん、何をぼうっとしてるんですか! 早く治療を!」


 マリオンはフィラデルに向かって駆け出す。そしてちょうど俺の横を通りかかった時――。


「よけろ!」


 パァーンッ!


 サリンジャーが再び発砲した。


 その気配を寸前で察し、俺はマリオンの身体を抱きかかえて横に飛び退いていた。

 だが、ギリギリ過ぎたか……。


「あぁ……ライさん……」


 マリオンは驚きと恐怖が混ざりあった表情で、俺の顔を見つめてくる。

 こめかみの辺りが熱い。液体が頬を流れてくるのを感じた。


「かすっただけだ」


 俺はそれだけを告げ、すぐに立ち上がる。

 サリンジャーは俺の方に銃を向け、楽しそうに笑っていた。


「散々警告したのに、勝手に動いたマリオン・ホワイトリブラが悪い。だろ? キャッチーくん」

「フィラデルを死なせるつもりか?」

「おいおい、勘弁してくれよ。フィラデルだけで済むと思ってるのか? 何度同じ話をすれば理解してくれるんだい?」


 サリンジャーは芝居がかった口調で言いながら、ゆっくりとフィラデルに近づいていく。

 そして足元に視線を落とさず、フィラデルの身体を蹴り、部屋の隅の方に転がした。


「……サリンジャー。お前は最低限のモラルすら捨てたのか?」

「それはフィラデルに言ってやりなよ。私より、まだ彼が殺した人間の方が多いんじゃないか?」


 サリンジャーは大げさな身振りで話していた。だが、この程度の隙では、距離を詰める前に撃たれるだろう。


 他の継王たちも同じことを考えているのか、誰も動きを見せない。


「ライ!」


 ふいに名前を呼ばれた。メリーナだ。しかし俺は、その声の方を見ようとはしなかった。

 メリーナには悪いが、いまサリンジャーから目を離すことはできない。


 俺はジッと奴を睨みつけた。

 するとサリンジャーは、人を馬鹿にしたような笑顔で話しかけてくる。


「呼ばれてるぞ、キャッチーくん。君が必死に守った新たな大帝王が」

「黙れ。俺はお前にしか興味ない」

「嬉しいことを言ってくれるね。しかし君には感心したよ。本当に、あの不可能な任務を達成してしまうなんて。最強のエージェントの看板もダテではないな」

「サリンジャー。狙いはなんだ? まさか本当にその銃だけで、すべての継王家を破滅させられると思ってるのか?」

「確かにコレだけじゃ、せいぜい殺せても二、三人か……」


 サリンジャーが継王たちを見回す。

 さっきマリオンが狙われたからか、継王たちは誰もその場から動こうとしない。

 フィラデルは大量の血を流し、もはや命があるのかどうかもわからない状態だ。


 俺としては、継王たちには大人しくしておいてもらいたいが……。


「おい! この平民が! 勝手に話を進める前に、どういうことか説明しろ!」


 フォンタ・アクアリウスブルーが怒鳴ってくる。空気の読めない奴だ。

 しかたないので、俺はサリンジャーから目を離さず、簡単に説明してやる。


「この男があんたらを殺そうとしてる。それを、俺が防ごうとしてる。それだけだ」

「防ぐ? お前に守られるほど、継王はヤワじゃないぞ! それと、お前は敬語もまともに使えないのか! 下賤の輩が!」

「……いいから、死にたくなかったら大人しくしててくれ」

「口のきき方に気をつけろと言ってるだろ! 今すぐ俺に平伏し、謝罪しろ!」


 本気で言ってるのか疑いたくなるほど、フォンタの言動はひどかった。

 俺はもう相手をするのはやめようと思い、反応しないでおいた。

 しかし奴は、大人しくならない。


「おい、そっちの銃を持ってるやつ! この偉そうなバカから撃ち殺せ!」


 フォンタは、サリンジャーに対してそんなことまで言い出す。

 これには、サリンジャーも苦笑していた。


「だそうだ、キャッチーくん。私は彼の命令を聞くべきかな?」

「やるなら一発で仕留めろよ。二発目は撃たせない」

「ふむ……君を殺せるかどうかの賭けに出て、他の継王を逃すか。それとも、もう一人くらい継王を殺して君に捕まるか……」


 サリンジャーは楽しそうにつぶやきながら、俺と継王たちの間で、銃口を行ったり来たりさせる。

 フォンタはその態度にイラついたらしく、また声を荒げていた。


「何をしてる! さっさとそいつを殺せ。それで満足して帰れ! この――」

「やめてください!」


 ふいにフォンタの言葉を遮り、メリーナの悲痛な声が聞こえてくる。


「はっ? メリーナ様……あっ、いえ、メリーナ大帝王陛下。今のは、俺に言ったわけじゃないですよね?」


 フォンタは訳がわからないといった感じで、メリーナに尋ねていた。

 それに対してメリーナの方からは、怒りのこもった声が聞こえてくる。


「ライ……彼を侮辱するような発言は控えてください」

「なっ! 本気で言ってるんですか?」

「大帝王からの正式な通達と受け取ってもらって構いません」


 ……大帝王として初めて出す命令がそんなのでいいのか?

 でも、助かったよ。おかげでサリンジャーの相手に集中できる。


「キャッチーくん、いじらしいと思わないかい? 大帝王になる者が、私情で命令を出すなんてね。君も頑張ってきた甲斐があるなぁ」


 サリンジャーはあからさまに挑発するようなことを言ってくる。しかし、俺は妙に感じていた。


 この男の狙いがわからない。


 いや、最終的な狙いはもちろん理解している。だが、ここで俺を挑発したところで、継王を全員殺すことなど不可能だ。


「サリンジャー……まだ何か隠してるのか?」


 俺の問いかけに、奴は呆れたように笑う。


「隠し事をしてるのは君だろ?」

「なんのことだ?」

「君は、どうやってここに入ってきたんだ?」


 サリンジャーの言葉で、周りの継王たちもそのことに気づいたようだった。

 この状況なら有耶無耶になるかと思っていたが、さすがにサリンジャーは食えない奴だ……。


 俺は少しのあいだ、何も答えずにいた。

 すると、サリンジャーが上機嫌で話を続ける。


「この神殿には、継王の印璽(いんじ)がなければ入れない。私はアイボリビスト家の印璽を持っていたけど、君は違うだろ? 教えてくれよ。ここに入って来た方法を。そうでないと継王の方々も、君のことが信用できなくなってしまうんじゃないか」

「……俺は、ここに自由に出入りできるんだよ」

「なぜだい?」

「この神殿を造ったのが……俺だからだ」


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