No.122
魔導スクリーンの向こうは、なんとも言えない雰囲気になっている。
一方、こちらの監視小屋内は、狂喜乱舞していた。
「やったぜー! メリーナ様の勝ちだー!!」
ジーノはそこら中を飛び跳ねながら喜んでいた。
気持ちはわかるが、ここは狭いんだから、外でやってほしいと思わないでもない。
「メリーナちゃん……うぅ……よかったわねぇ……グスっ」
ロゼットは大量の涙を流しながら、その場にうずくまってしまう。
もっと大げさに喜ぶかと思ったんだが、意外な反応だ。
「やれやれ。これでまた、団長の勝ちですね」
そんなことを言いながら、ソウデンはなぜか困ったような笑みを浮かべていた。
相変わらず意味不明な反応をする奴だ。
「センパイ! マナを褒めまくってくれていいですからね!」
アイマナは俺の目の前に立ち、わざとらしく胸を張っていた。
実際、今回はアイマナにだいぶ助けられたな。落ち着いたら、少しくらいわがままを聞いてやるか。
「ライちゃん! どういうことわね! メリちゃん、大丈夫わね?」
プリが俺の頭を盛大にかき乱してくる。
こいつだけは、最後まで何も理解してなかったようだが……。
「とにかくよかったよ……」
俺は大きく息を吐き出した。途端に、全身から力が抜けてしまった。
自分で思っていた以上に、緊張していたらしい。
けれど、これでもう気を張る必要もなくなったのだ。しばらくはゆっくり休めるだろう。
俺がそんなことを考えていたら、ふいに画面の向こうの雰囲気が変わった。
継王たちの表情が一斉に強張ったのだ。
そして彼らは全員、降臨の間の入口に向かって、警戒態勢を取り始めた。
「なんだ……」
俺は魔導スクリーンに目を凝らした。
程なくして、画面の下の方から、ゆっくりとそいつの姿が現れる。
その男は普段の白シャツとは違い、象牙色の礼服に身を包んでいた。ただ、浮世離れした雰囲気は相変わらずだ。長めの黒髪を揺らし、その顔には、不気味な微笑みを浮かべている。
「サリンジャー」
俺がつぶやくと、ロゼットたちも異変に気づいたようだ。
みんなで一斉に魔導スクリーンに注目する。
画面の向こうでは、いち早くフォンタ・アクアリウスブルーが声を上げていた。
『貴様! ここがどこかわかってるのか? 平民が勝手に立ち入るな!!』
フォンタは怒りのせいで、その言葉の矛盾に気づいていないようだった。
それに対して、サリンジャーが落ち着いた声で指摘する。
『そもそもここには、継王以外は勝手に入れないんじゃないのか?』
その通りだ。大勇神殿に入るには、継王だけが持つ<印璽>が必要になる。つまり、サリンジャーがこの場所にいること自体がおかしいのだ。
『どうやって入った?』
キャンドーのシンプルな問い。
それに対して、サリンジャーは懐から、動物の牙のような物を取り出す。
『これで』
サリンジャーも短く答える。
それだけで継王たちの大半が察したようだった。
『アイボリビスト家の印璽……』
ビオラがつぶやく。
彼女は、あれからアイボリビスト家について調べていたから、すぐに確信したのだろう。
継王家が持つ印璽は、それぞれの家によって形状が違う。たとえばビオラの家は<コイン>だし、メリーナの家は<短刀>だ。
そして、アイボリビスト家は<魔獣の牙>だった。
『本当にアイボリビスト家の生き残りなのですか?』
マリオンが口にしたのは、当然の疑問だ。
サリンジャーも、その質問をされるのは想定内だったのか。馬鹿にするように言うのだった。
『この状況でまだ疑うのかい? 愚かなり、十三継王家』
居並ぶ継王たちの顔に、激しい怒りの表情が浮かぶ。
降臨の間には、一触即発の空気が漂い始めた。
『……なんのつもりかわからんが、アイボリビストの名を称するとは、それなりの覚悟があってのことなのだろうな』
キャンドーがサリンジャーに近づいて行こうとする。
しかしその時――。
『勝手に動かないでもらおうか』
サリンジャーは懐から拳銃を抜いた。その銃口を、居並ぶ継王たちに、順々に向けていく。
『この雑魚が……』
キャンドーは、銃を恐れるどころか、さらに怒りのボルテージを上げていた。
ただ、さすがに周りの継王たちに止められる。
『ここでは魔法が使えません。銃でも、致命傷になりかねませんよ』
マリオンの冷静な呼びかけに、さすがにキャンドーも踏みとどまった。若い頃の彼なら、そのままサリンジャーに襲いかかっていただろうが。
『この神聖な場所に銃など持ち込むとは、下劣な奴だ……』
キャンドーは吐き捨てるように言う。
大勇神殿に入れるのは、継王の印璽を持つ者だけ。あの場は信頼によって成り立っている。だから武器を持ち込む継王などいないはずだった。
なぜなら、その信頼を破った者がいれば――。
『どうする? 私の継王家を潰すか?』
サリンジャーが挑発するように言う。
今の奴は無敵状態だ。自分の家を潰されるというリスクは、すでに無くなっているのだから。
降臨の間の緊張がさらに高まった。
継王たちも状況を理解し、迂闊に動けなくなっている。
俺も思わず見入ってしまっていた。
すると、横から身体を捕まれ、激しく揺さぶられる。
「ライライ、メリーナちゃんを助けに行かないと!」
ロゼットに言われ、俺はすぐに立ち上がった。
だが、小屋を飛び出す前に、魔導スクリーンから笑い声が聞こえてくる。
『ふははははははっ! よくやったぞ! 褒めてつかわす!』
フィラデルだ。さっきまで膝をついていたはずなのに、急に元気になっている。
なぜかと思えば、フィラデルはサリンジャーに声をかけていた。
『さあ、余の代わりに、この者たちに思い知らせてやれ!』
こいつは何を言ってるんだ……?
俺には、フィラデルの言葉が理解できなかった。
だが、サリンジャーはすぐに察したようだ。
『まさか、まだ私が味方だと思ってるのか?』
サリンジャーは、呆れた様子で尋ねていた。
しかしフィラデルは気にせず、さらに自分勝手な話を続ける。
『お前にとっても利のあることだ。余が再び大帝王になれば、アイボリビスト家の復興を認めてやろう!』
その宣言には、継王全員が驚いていた。
一方、サリンジャーは大きくため息をつきながら言う。
『私が本気でそんなことを求めてると?』
『では、何を求める? ここに居並ぶグズどもに、「銀色」の札を出させたら、どんなことでも叶えてやるぞ』
『この前、わざわざ通告してやっただろ。私の目的は、すべての継王家の破滅だ』
そう言いながら、サリンジャーはフィラデルの方に銃口を向けた。
『くっ、貴様……』
さすがにフィラデルも、それ以上の言葉は出てこなかった。その苦々しい表情を見て満足したのか、サリンジャーはまた銃口を動かし始める。
『さて、それでは誰から死んでもらおうか……。やはりここは大帝王か?』
サリンジャーは、メリーナに銃口を向けたところで動きを止める。
それと同時に、俺は小屋を飛び出した。




