No.118
派手な動きこそないが、画面の向こうの継王たちも、驚愕しているようだった。
『キャンドー……』
フィラデルがわずかにそれだけをつぶやく。
すると巨漢の老父はフィラデルに顔を向け、静かに声をかける。
『お前には、充分に義理を果たした』
『その札を置く前によく考えるのだ。貴様がサンダーブロンドを支持したとて、最後に残ったロスカは必ず余に入れる。お前の行為は余を不快にさせるだけで、なんの意味もないのだぞ』
『お前の気分など知らん。ワシは大帝王に相応しい者を支持するだけだ』
キャンドーは放り投げるようにして、円卓に『金色』の札を置いた。
『許さんぞ! このボンクラがあぁぁっ!』
フィラデルは喉が千切れるかと思うほどの叫び声を上げる。
その熾烈な怒りを、キャンドーは堂々と受け止めていた。
『レッドリングは、己を超える強者にのみ従う用意がある』
キャンドーの言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に一昨日の出来事が蘇ってきた。
◆◆◆
<ニュールミナス市/レッドリング家王宮/エントランスホール>
「どこから現れやがった、テメェ……」
レッドリング家の宮殿に入っていくと、さっそくレンジに出迎えられた。相変わらず、髪からつま先まで真っ赤な男だ。
奴はすぐさま戦闘態勢に入り、指輪だらけの手を俺に向けてくる。
「オイ! 答えやがれ、青スーツ! どうやってここまで入ってきやがった! 警備の連中はどうしたァッ!」
「怒りの中に、わずかに不安を感じるな。でも安心しろ。別に争うために来たわけじゃない」
「ククッ……オレがビビってるってか? 上等だァ。あの時の決着をつけてやるよ」
そう言うと、レンジは手のひらに炎を出現させる。
しかし俺はこいつの相手をするために、わざわざこんなところまで来たわけじゃない。
「レンジ、下がれ」
ふいに横から、低く抑えた声が聞こえてくる。
声の方をちらりと見ると、巨漢の老父がこちらに歩いてくるのが目に入った。
「キャンドー・レッドリング」
俺はその名をつぶやく。
目当ての人物が、自ら出てきてくれて助かった。
「オヤジ……こいつは……」
キャンドーがすぐ近くまでやってくると、レンジは明らかに気後れしていた。ただ、それは相手が父親だからというわけではない。
レッドリング家は、個人の武力こそを絶対の評価基準にし、家族内の力関係もそれによって決まるのだ。
つまりキャンドーが、いまだにレンジより遥かに強い力を持っていることを示している。
「知っとるわ。お前が負けた相手だろ」
キャンドーはにべもなく言う。まるで息子のことなど興味がないといった感じだ。
するとレンジは、激しく歯軋りをしながら俺を睨んでくる。
逆恨みされても困るんだけどな……。
「頼み事があって来た」
俺がそう告げると、キャンドーは静かに一つうなずいた。
「メリーナ・サンダーブロンドを支持しろと言うのだろう」
「話が早いな。それじゃ――」
頼む、と言いかけたところで、横からレンジが割って入ってくる。
「ザケんじゃねェッ! 誰があのクソアマを支持するかってんだ! レッドリングをナメんなッ!」
レンジは相変わらず下品な言葉をわめき散らしていた。こいつがレッドリング家の、次の継王だと言うのだから、うんざりしてくる。
たぶん父親のキャンドーも、少なからずそう思っていたのだろう。
「黙れ、弱き者が」
「なッ――」
キャンドーは声に力を込め、レンジを黙らせる。それから再び俺に話してくる。
「失礼した。一度やりあえば、獣でも相手の力量を見極められると言うのに」
若い頃はキャンドーも、手をつけられないほどの荒くれ者として知られていたが、さすがに落ち着いたようだ。
ただ、彼のその態度に、レンジは納得できなかったようだ。
「なんでオヤジが、こんなヤツに下手に出てんだよ……」
「お前こそ、何を偉そうに言う。この男に、手も足も出なかったくせに」
「オレのことは関係ねェ! オヤジの話をしてんだッ!」
「お前はまだ理解できないのか」
「ナニがだよ!」
「ここに立つ男は、その気になれば、レッドリング家の全てを、跡形もなく消滅させられるのだ」
「……はァ?」
レンジが俺を睨んでくる。その目に、わずかに怯えの色が宿っていた。額には、汗が浮かび始めている。
もちろん、俺は暴力に訴えようなどとは思っていない。ただ、レッドリング家を説得するには、これ以外の方法はないのだ。
「キャンドー、俺の頼みを聞いてくれるってことでいいんだよな?」
「構わん。我らがレッドリング家は、二代に渡って完全に敗北したのだ。フィラデル以上の力を持つお前にな……」
キャンドーはほとんど感情のこもっていない声で話していた。
それを聞いて、息子のレンジは信じられないといった顔になる。
「ウソだろ……オヤジが負けたってのか? こんなヤツに……」
「若い頃の話だ。完膚なきまでに負かされた。そしてワシは、フィラデルのお守りを約束させられたのだ」
キャンドーが口にしたことは、俺の記憶にはない。だが、わざわざ詳しいことを聞く気もなかった。
「フィラデルのことは好きにしてくれていい。メリーナについても、投票以外のことを頼むつもりはない」
俺はそれだけを告げた。
キャンドーは何も言わず、ゆっくりとうなずくだけだった。
その横では、レンジが悔しそうな表情をしている。しかし、どれだけ睨まれたところで、俺はもう相手をする気はなかった。
◆◆◆
<ニュールミナス市/大勇神殿/降臨の間>
キャンドーがメリーナの支持を表明した。
その瞬間、フィラデルは激昂して立ち上がり、息つく暇もないほどの勢いで、キャンドーを罵倒していた。
『この裏切り者が! 力しか知らぬお前に、どれだけ便宜を図ったと思っておる! お前なぞ、余がいなければ、とっくに継王の座さえ追われていたのだぞ! この力任せの駄馬が! 主人を目的地に連れていくことさえできぬのか!』
フィラデルの怒りの声が、神殿内に響き続ける。幼稚で、独りよがりの内容だ。聞くに耐えない。
だが、キャンドーはまるで気にする様子もなく、言うのだった。
『文句があるなら、力ずくで従わせるのだな』
その一言は、フィラデルを黙らせるのに充分だった。
画面の向こうで、キャンドーが静かに席に着く。
それと同時に、俺たちがいる監視小屋の中で、歓声があがった。
「おおおぉぉ! すげー! やったぜ!」
ジーノは両腕を振り回して喜んでいた。
さらに、ロゼットが俺の身体を激しく揺さぶってくる。
「ライライ!? ライライがやったの!? すごすぎよ! さすがあたしのライライ!」
どさくさに紛れて何を言ってるんだか。
まあ何も知らなければ、それだけ衝撃的な展開だったとは思う。
「マナ……びっくりして心臓が止まるかと思いました」
アイマナがジョークなのかどうかわからないことを言ってる。とりあえず、その表情を見る限り、相当驚いているのは確かだ。
「これだから団長はやめられないんですよ。僕も今年一番、昂ってしまいました」
ソウデンも不気味な報告をしてくる。
こいつらは、もう少しまともな反応ができないんだろうか。
プリも俺の髪をずっとワシャワシャかき乱しているし……。
「言っておくが、まだ決まったわけじゃないんだぞ」
俺がそう言ってやると、さすがにみんなも落ち着いてくる。
そしてロゼットが、指折り確認しながら言う。
「えっと……これでフィラデル様が6票。メリーナちゃんが5票よね……」
「メリーナ様にもう1票入れば、並ぶってことじゃねぇか!」
ジーノはまだ興奮覚めやらぬといった感じで声を上げていた。
一方、ソウデンはすでに冷静に状況を理解していた。
「しかし、残りは1票。それも、ロスカ・グレイギア様だ」
その言葉で、ジーノも大人しくなる。恐らく思い出したのだろう。
最後の1票こそが、最も強固なフィラデルの支援者だということを。




