No.116
ジーノが言うように、現状を見る限り、大帝王降臨会議はもうほとんど終わったようなものだ。
それにもかかわらず、画面の向こうではまた動きがなくなってしまった。
「…………」
空気が重い。まるで喉元にナイフを突きつけられているようだ。
そんな中、ふとソウデンが口を開いた。
「……舞踏会の際に、スタナム様たち3人の継王陛下を説得できなかったのが悔やまれますね」
ソウデンは少し早めの反省会でもするつもりだったのか。思ったことを軽く口にしたといった感じだった。
しかしその発言は、ロゼットの癇に障ったらしい。
「なに? ソウデン、あんた……メリーナちゃんが悪いって言うの?」
「いいや、僕はそんなことは言っていない。ただ、惜しかった理由を述べただけだよ。もちろん、メリーナ様にはなんの責任もない」
「じゃあ、なんで今さらそんなことを言うのよ?」
「任務に失敗したのなら、その分析は必要だろ」
「で、メリーナちゃんは悪くないと。つまり、あたしが悪いって言いたいのかしら?」
「そうは言ってない。あえて責任を問うと言うのなら……」
ソウデンの視線が、俺の方に向けられる。
次の瞬間――。
「お前っ、フザけんじゃねぇぞ! ボスを疑うってのか!?」
意外なことに、ソウデンに掴みかかったのはジーノだった。
これにはソウデンも驚いたのか、一瞬だけ動きが固まっていた。しかし、すぐにジーノの腕を掴んで捻り上げる。
「アイタタタタッ! ゴメンゴメン! オレが間違ってた! ボスのせいでいいから!」
痛みに負けて、ジーノはあっさりと意見を翻していた。
正直なところ、そんな話はどうでもいいが――。
「やめておけ」
俺は声のトーンを落として言う。
するとソウデンも察したのか、すぐにジーノを解放した。
「はぁ……ったく、乱暴な野郎だな」
「それはキミの方だろ。いきなり掴みかかってくるなんて」
「お前がボスを疑うようなこと言うからだろ。新入りのお前はわかってねぇんだよ。ウチでボスを疑うってことは、このチーム全体を危険にさらすことになるんだかんな!」
「心外だな。僕は他の誰よりも団長の信者だというのに」
「じゃあ、なんであんなことを言ったんだよ?」
「僕は団長のお考えを知りたかったのさ。ここまで追い込まれているのに、どうして余裕を失っていないのか……と」
ソウデンが俺の方に視線を向けてくる。
相変わらず鋭い奴だ。とことん冷静に、俺の思考に追いついてこようとする。
「ライライ、何か隠してるの?」
ロゼットが怪訝な表情を浮かべて聞いてくる。
俺は少し考えてから、口を開こうとした。
だが――。
「うるさぃわねぇ……」
ふいに俺の頭がぺしぺしと叩かれた。
そういえば乗ってたな。しかし、普段よりも舌足らずなこの口調は……。
「プリ、寝てたわね……」
俺の髪をワシャワシャとかき乱しながら、プリが文句を続ける。
そうだろうと思ったよ。よくこの状況で寝てられるものだ。まあ、空気を変えてくれたことには感謝しておくか。
「ライちゃん! プリ、おなかへったわね!」
「キッチンに保存食があるから勝手に食べてこい」
「やったわね! 食べるのよー」
プリは俺の頭から離れ、キッチンの方へ飛んでいった。
それをロゼットが心配そうに追いかけていく。
「待って、プリ! あたしがやってあげるから!」
すっかり場の空気が緩んでしまった。
ソウデンも、さっきの質問の答えを求めようとはしない。
そして俺たちは、一息つくことにした。
◆◆◆
小休止を入れたにもかかわらず、魔導スクリーンの向こうでは、まだ動きがない。まるで時が止まったかのようだ。
再びみんなで画面を見つめ始めてから少しした頃、アイマナが違和感を口にする。
「なんで誰も投票しないんですかね? あと1票、フィラデル様に入れれば、大帝王が決まるんですよ? 『7票目』は、センパイが言ってた重要な役目のはずなのに……」
「残ってる連中にも、それぞれの思惑があるんだろ」
その時、画面の向こうでようやく動きがあった。
真っ白な装いをした妙齢の女性が、ゆっくりと立ち上がる。
聡明な顔立ちに、豊かな経験を感じさせる黒い瞳。長い黒髪は後ろで一つに束ね、背筋はピンと真っ直ぐ伸びている。
「マリオン・ホワイトリブラ様……」
アイマナは力のない声で、白装束の女性の名をつぶやく。
事前の分析では、マリオンはフィラデルに投票すると読んでいたためだ。
継王たちが居並ぶ降臨の間でも、同じ認識だったのだろう。
ある者は落胆したようにため息をつき、ある者はほっとしたような表情を浮かべる。またある者は、ようやく解放されるとでも言わんばかりにアクビをしていた。
そしてフィラデルはというと――。
『そなたが降臨の役を果たすとは、面白い巡り合わせであるな』
喜色満面で発言していた。
もう勝利の喜びを胸のうちに隠すのはやめたらしい。
『さあ、早くするのだ』
フィラデルは我慢できずに促す。
降臨の間には、わずかに弛緩した空気が漂い始めている。そんな中、彼女はサイドテーブルに手を伸ばす。
そして――。
「えっ……」
誰かの吐息が聞こえた時には、マリオンは『金色』の札を円卓に置いていた。
『なっ……何をしておる!』
画面の向こうでは、真っ先にフィラデルが立ち上がり、驚嘆まじりの怒声を張り上げた。
他の継王たちも、何が起きたのか理解が追いつかないといった感じの表情を浮かべている。
しかしマリオンは誰の顔も見ることなく、静かに腰を下ろした。
一方、フィラデルは立ち上がったまま、握った拳を震わせていた。
『マリオン……貴様、間違えたでは済まぬぞ』
『いいえ、間違いではありません。私はメリーナ・サンダーブロンド様を支持します』
フィラデルの脅しに、マリオンは毅然とした口調で答えていた。
彼女が自分の言葉で支持を表明したことで、周りの継王たちもこの状況を理解できてきたようだ。
『これは面白くなってきたなぁ〜』
ヴァンがケラケラと笑っている。その顔を、フォンタが冷え切った目で睨みつけていた。
そしてメリーナはというと……まだ呆気にとられた顔のままだ。驚きすぎて、少しも反応できなくなっている。
『……余は、裏切り者には容赦せぬ』
フィラデルは、さらに威圧的な声を響かせる。
けれどマリオンは、少しも気にしていない様子だった。
『私は、初めからあなたへの支持を表明していませんよ、フィラデル様』
『ここ数年、余がどれだけの魔導病院を建設させたか忘れたのか? 貴様の要求に応えてな!』
フィラデルは激しく円卓を叩く。
それにも、マリオンは少しも動じることはなかった。
『私はグランダメリスの民のために当然の要求をしただけです。その程度のことに見返りを求めるなど、大帝王の資質に欠けます』
『貴様……覚えておれよ。余が大帝王になったあかつきには、貴様の家、縁者、関係するすべての者に、悔恨の念を植え付けてやる!』
フィラデルはまた円卓を叩くと、ようやく椅子に座った。
それで画面の向こうも、こちら側も、少しだけ息つくことができた。
「……夢でも見てるみたい。まさかマリオン様が味方になってくれるなんて」
ロゼットはまだ信じられないといった様子でつぶやいていた。
「もちろん夢ではないよ。ということは、つまりカラクリがあるってことさ」
ソウデンがそんなことを言いながら、俺に視線を向けてくる。
それで他のみんなも気づいたようだった。
「えっ? ウソ? もしかしてライライ、こっそり何かやってたの?」
ロゼットの問いかけに、俺は小さくうなずいた。




