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114/136

No.114

 円卓を囲うようにして、13の席が並んでいる。その一つ一つに、それぞれ13人の継王が座っている。

 継王たちが座る席の横には小さなサイドテーブルがあり、その上に3枚の投票札が並べられていた。

 金色はメリーナを支持。銀色はフィラデルを支持。黒色はリンを支持することを意味する――。


 開始の宣言から30分ほどが経った。画面の向こうでは、まだ動きがない。誰も、一言も話そうとしない。

 建前上、これが投票相手を決める最後の検討時間になる。


 俺は頭の上にプリを乗せたまま、ずっとその様子を眺めていた。

 アイマナも隣で、同じように画面を見つめながら尋ねてくる。


「マナは初めて見るんですけど……つまり金色の札が7つ円卓に置かれれば、メリーナさんが大帝王になれるってことなんですよね?」

「ああ。銀が7つ置かれた時点でフィラデル、黒が7つ置かれたらリンの勝利だ」


 俺はアイマナの方を見ずに答えた。

 すると、後ろからジーノが声をかけてくる。


「誰が誰を支持するのか、対面で表明するなんて……今までよく揉めずにやってこれましたね」

「だから継王家同士でこれだけ対立してるんだよ。ただ、降臨会議の結果は絶対だ。覆そうとする者は、他の継王から徹底的に潰される」

「ヒェ〜、エグいな〜」


 そんな話をしていると、ようやく画面の向こうで動きがあった。

 おもむろにフィラデルが立ち上がり、しゃがれた声を響かせる。


『では、時間だ。投票を始めるとしよう』


 降臨の間に満ちる神秘的な光が、わずかに強さを増したような気がした。

 まるで、これから始まる運命の投票に、神殿そのものが反応しているかのようだ。


『まずは余からだ』


 フィラデルはサイドテーブルから銀色の札を取り上げる。それを、巨大な円卓の、自分の席の前に置いた。


「まあ、自分に入れるわよね……」


 ロゼットは誰に言うでもなくつぶやいた。

 もちろん、大帝王の候補となっているからといって、自分に投票しなければいけないというルールはない。

 だが、他の候補に投票することは、普通は考えられない。

 そのため、まずは候補者から順番に、支持を表明するのが慣例となっている。


 すなわち次に投票するのは……。


「あっ、メリーナさんが立ち上がりましたよ」


 画面の向こうの動きを見て、アイマナがやや上ずった声で言う。


 メリーナはゆっくりと、サイドテーブルから金色の札を手に取る。

 それを一度、両手でぎゅっと握りしめた。まるで祈るように。


『わたし、メリーナ・サンダーブロンドは、自らを支持させていただきます』


 短い表明とともに、メリーナは円卓に金の札を置いた。

 そこでソウデンが尋ねてくる。


「団長、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「投票の際に、他の継王陛下に対して、支持を呼びかけたりしてはダメなんですか?」

「いや、構わないはずだ。投票の際に何を話すのかは、候補者も含めて、継王それぞれの判断に任されてる」

「では、メリーナ様も、最後に自分への投票を呼びかけても良かったのでは?」

「フィラデルならともかく、メリーナはアレで正解だよ。最年少だし、まだ特定のイメージは持たれてないからな。ここで何か言って、印象が変わるのは避けたい」

「もしかして団長が助言したのですか?」

「ああ、そうだ」

「これは、差し出がましいことを失礼いたしました」


 俺とソウデンが会話を終えても、画面の向こうでは動きがない。

 本来なら、次はリン・ブラックサイスが投票する順番なのだが。


『ブラックサイス。貴様の番だぞ』


 業を煮やして、フィラデルが声をかける。

 それでようやく、真っ黒なローブの人物が立ち上がった。


 しかしリンは立ち上がってからも、サイドテーブルに置かれた3枚の札を、もたもたとイジっていた。

 もう自分に投票するのは決まっているはずなのに、なかなか札を取ろうとしない。その態度に、周りの継王たちも明らかにイラついていた。


 ドンッ!


 ふいに、画面の向こうから大きな音がした。

 レッドリング家の継王、キャンドーが円卓を叩いたのだ。

 

 キャンドー・レッドリングは、顔も体躯もイカツい、巨漢の老父だ。

 若い頃は『業火の魔人』とまで呼ばれた、武闘派の継王としても知られている。

 そんな男の行動に、降臨の間の緊張感はさらに高まっていく。


 それでもリンは、まるで動じない様子で、キャンドーの方に顔を向けていた。その表情は見てとれないが、焦ってる雰囲気はない。

 やがてリンは、何も言わずに黒い札を摘み上げ、円卓へと放り投げた。


 その不遜な態度を目の当たりにし、アイマナは唖然とした声を漏らす。


「……この方、大帝王になる気がないんですかね」

「リンが大帝王になる可能性は、ほぼゼロだからな。今さら殊勝な態度をとったところで、意味がないと思ってるんだろ。むしろ気になるのは、今日まで支持集めをした形跡がなかったことだよ」

「レンジ・レッドリングさんを引き入れてませんでしたか?」

「あいつも途中までは大帝王の候補だったからな。協力して、民衆の支持を得ようとしてたんじゃないか? ただ、キャンドーの支持は得られなかったみたいだ」

「キャンドー様は、フィラデル派として有名ですよね。この40年、盟友として、主に軍事力の面で支えてきたとか」

「まあ、何もなければフィラデルを支持するだろうな……」


 俺はスクリーン画面を見つめたまま答える。

 しかしリンの投票の後も、降臨の間では動きがなくなってしまう。誰も口を開こうとせず、立ち上がろうともしない。


 そろそろ、プリの寝息が聞こえてきそうだ。

 そんなことを思っていると、ジーノがシビレを切らして尋ねてくる。


「あの……これって、なに待ちなんすか?」

「次の投票者が手を挙げるのを待ってる」

「えっ? 挙手制なの? 投票の順番は決まってないってことすか?」


 ジーノは泡を食ったような声を上げる。

 俺は振り返ってみるが、他のみんなも驚いている様子だった。なので、一応教えておくことにした。


「大帝王降臨会議では、候補者が自らに投票した後は、決意を固めた者から投票していくことになってるんだよ」

「決意って……みなさん、すでに支持する相手は決まってますよね?」

「アイマナの言う通り、ほぼ全員が、支持する相手が決まってる。ただ、それでも支持を表明するタイミングは重要だったりするんだよ」

「どういう意味ですか?」

「たとえば、真っ先に勝つ方を支持した者と、大勢が決まってから支持する者とでは、印象が違うだろ?」

「なるほど……。勝った方ならいざ知らず、負けた方を真っ先に支持してたら、大帝王からの印象も悪くなっちゃいますね」

「その中でも、彼らが一番狙ってるのは、大帝王降臨を決定付ける『7票目』だ」

「確かに印象に残りますね。つまり継王の方々は、大帝王が決まった後の立ち位置の取り合いをしてるってことですか」

「そういうことだ」


 俺がうなずくと、アイマナ以外のみんなも複雑そうな表情を浮かべる。

 実際、こんな馬鹿げたことを1万年も続けたせいで、継王の権力は腐りきってしまったのだ。


「あっ、動いたわよ!」


 ロゼットがいち早く画面内の変化に気づき、声を上げた。


 降臨の間では、水色の礼服を着たスマートな男が立ち上がっている。

 フォンタ・アクアリウスブルーだ。


『みなさん、足がすくんでしまったようなので、俺が先陣を切りましょう』


 嫌味なことを言いながら、奴は『銀色』の札を円卓に置いた。

 そして大げさに肩をすくめるような仕草をしながら、他の継王たちを見回す。


『チッ』


 誰のものかわからないが、小さな舌打ちが聞こえてくる。

 それを聞いて満足したのか、フォンタはゆっくりと椅子に腰掛けた。


「まずはフィラデル様に1票が入りましたね……」


 アイマナの言葉に、俺は小さくうなずいた。


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