表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

110/136

No.110

 メリーナは目を丸くしたまま、大きく顔を左右に振る。


「ムリムリ! ムリよ! わたしがロゼットさんを探すなんて。だいたい、魔法は苦手だって言ったでしょ」

「魔法で探すわけじゃない」

「じゃあ、どうやって探すの?」

「髪を使うんだ」

「髪って……わたしの髪のこと?」


 メリーナは自分の長い髪を撫でながら、不思議そうな顔をする。

 その髪は、これまで見たこともないほど強い光を放っていた。


「メリーナの髪には、相当な量の魔力が溜められている。抜けた髪の毛の1本にもな。それをメリーナ自身が探り当てるんだ」

「そんなこと……可能なの?」

「たとえば俺が、そこら辺の石に何かしらの魔法をかけるとする。それには俺自身の魔力が込められていて、どこにあるのか、だいたいの場所を察知できるんだ」

「それはライだからでしょう?」

「ある程度の魔法が使えるなら誰でもできるよ。魔導ロボット(マグリカント)を操っていたレンジ・レッドリングや、ドラムを操っていたサリンジャーも、降って湧いたように俺たちの前に現れただろ?」


 理屈自体はそう難しいものじゃない。もちろん個人の差はあるが、魔法の修練をしていれば、自然と身につく能力だ。


「……なんとなくわかったわ。だけど、そもそもロゼットさんは、わたしの髪の毛なんて持ってないんじゃない?」

「服についてる可能性がある。実際、俺の服にもついてるからな」


 俺は、スーツについていた金色の髪の毛を摘み上げる。

 その髪の毛1本も、よく目を凝らせば、光を放っているのがわかる。


「あっ……ごめんなさい」

「別に謝ることじゃないさ。むしろ今回に限っては、助けられるかもしれない」

「ロゼットさんの服にわたしの髪の毛がついていたとしても……やっぱり、わたしが察知できないと意味がないわよね?」

「魔法の修練を積めば、メリーナにもできるようになるはずだ」

「……今できないことに変わりないわ」

「ああ。だから俺がサポートする」


 俺はそう言ってメリーナを引き寄せる。

 そして彼女を後ろから抱きしめるような体勢をとった。


「ふえぇっ!? こ、今度はなに?」


 メリーナは慌てた様子で、首を左右に動かしていた。

 ちょっと密着しすぎだと俺も思うが、この方が安定するからな。


「嫌かもしれないが、少しだけ我慢してくれ」

「イ、イヤだなんてとんでもないわ! 絶対にそんなことはないから! ただ、急だったし、こんなことしてていいのかなぁ……ってちょっと思っただけで――」


 メリーナは早口で何か言っていたが、俺はすでに集中に入っていた。


空間上の磔(エアークロス)


 俺は魔法を発動させた。

 すると、効果はすぐに感じられる。


「えっ? ええ? なにこれ……? 身体が動かないわ……」

「腕と頭は動くように調整したはずだが、どうだ?」

「あっ、本当ね。腕は動かせるわ……!」


 メリーナは腕をグルグルと動かしてから、俺の方に振り返ってくる。

 おかげで、至近距離で見つめ合ってしまった。


 メリーナは一瞬驚いた顔をし、それからすぐに照れ笑いを浮かべる。そして視線を逸らしながら尋ねてくる。


「これって……ライの魔法……?」

「ああ。空間に身体を固定する効果がある。俺自身と、俺の身体に触れているものをすべて、その場の空間に固定するんだよ」

「あっ……だから、抱きしめて――うぅ……」

「どうしたんだ?」

「わたし、また勘違いしてたかも……」


 メリーナは恥ずかしそうにうつむいてしまう。

 何がどう勘違いなのかわからないが、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。


「メリーナ、いつも使ってる媒介物の剣は出せるか?」

「あっ、そっか……」


 メリーナは静かに集中し始める。

 それから程なくして、両腕を前に突き出して言う。


雷天宝剣(ギガゼウス)よ!」


 メリーナがそう唱えると、すぐ目の前に激しい稲光が生まれた。

 そこから雷鳴と共に、まばゆい光を放つロングソードが出現する。


 剣の柄を、メリーナはしっかりと握った。

 それから再び俺の方を振り返り、尋ねてくる。


「なんの魔法を使えばいいのかしら?」

「そうだな……【天地を貫く光柱(ヤクサイカヅチ)】あたりがいいな」

「ヤクサイカヅチ!?」


 メリーナの叫び声が夜空に響く。今まで聞いた中でも、最大クラスの声だった。

 そしてメリーナは、大口を開けたまま固まってしまう。


「……大丈夫か?」


 俺が尋ねると、メリーナは何度かゆっくりとうなずき、大きく深呼吸していた。


「大丈夫よ。ちょっと驚いちゃって……」

「そうか、それならよかった」

「なんでそんなに落ち着いてるの? まさか知らないわけじゃないわよね? いいえ、知ってるに決まってるわ。そもそも名前が出てくることすら普通じゃないもの」

「もちろん知ってるよ」

「サンダーブロンド家に伝わる最上級魔法よ」

「正確に言えば、<サンダーイエロー家>のものだけどな」

「そこまで知ってるのね……」

「やれるか?」

「ムリに決まってるでしょ! わたしどころか、ここ数百年、誰も使った記録のない魔法なのよ。存在そのものが秘中の秘。他の継王ですら、知らないはずの魔法なんだから」

「メリーナ……」

「ムリムリムリムリ! いくらライが説得しても、こればっかりは絶対にムリ!」


 そんなことを言いながら、メリーナは高速で首を横に振っていた。

 付け入る隙がないほどの拒否っぷりだ。

 ただ、やってもらわないと困る。


「メリーナ、ロゼットの命が懸かってるんだ」

「あっ……うん」


 俺の一言で、メリーナは途端に大人しくなってしまった。

 ちょっとかわいそうだが、今は丁寧に説得している余裕はないのだ。


「改めて聞くが、やれるか?」

「……やるわ。ごめんなさい。わたし、さっきまでライに必死に頼み込んでたのに。どんなことをしても、ロゼットさんを助けようと思ってたのに……」

「反省は後だ。もう本当に時間がない。髪の毛に溜められた魔力も、メリーナの身体から切り離された瞬間から、少しずつ減ってるはずだからな」

「うん……ただ、あらかじめ言っておくけど、魔法を成功させる自信は全くないから……」


 メリーナが剣を上段に構える。その言葉は自信なさげだが、声の奥からは密かな覚悟も感じられた。


「大丈夫だ。魔法は失敗してもいい」


 俺は彼女の後ろから、腕を前へ回す。

 そしてメリーナと一緒に、その剣の柄を握る。


「失敗してもいいって、どういうこと?」

「今から、俺がメリーナを補助する魔法を使う」

「それって<太古の魔獣>を倒した時みたいに?」

「あの時とは別だ。でも、メリーナは気にしなくていい。【天地を貫く光柱(ヤクサイカヅチ)】の発動に集中してくれ」

「でも、ライはすでに、空中に固定する魔法を使ってるんじゃないの?」

「【空間上の磔(エアークロス)】は、【絨毯のない夜間飛行(リリースアラジン)】と違って、一度発動させてしまえば、その後はコントロールに気をつかう必要がない。だから別の魔法に集中できるんだ」

「それならいいけど……」


 剣を握るメリーナの手が震えている。高所が苦手なせいもあるが、これから使おうとしている魔法への畏れも強いのだろう。


「メリーナ、集中するんだ」

「うん……それじゃ始めるわね」


 メリーナが深い集中に入った。

 重なり合った彼女の全身から、魔力が高まっていくのを感じる。


 そして俺はおもむろに、魔法を発動させる。


神速の神経伝達(シナプスランページ)


 すると、メリーナの身体から放たれる光が、数倍にも膨らんだ。

 この魔法は、あらゆる感覚を鋭敏にすることができる。魔力を察知する感覚もだ。


 いまメリーナの感覚は、とてつもなく鋭敏になっている。

 ただ、それに本人が気づいているかどうかはわからない。


 メリーナはこれ以上ないほど集中していた。隣で爆発が起きても気づかないんじゃないかと思えるほどだ。


「…………っ!」


 メリーナの気配が変わった。魔法を発動させる準備が整ったのだ。

 そして――。


「【天地を貫く光柱(ヤクサイカヅチ)】」


 メリーナが静かに唱える。

 直後、俺たちが浮かぶ空中の、さらに遥か上空に稲光が生まれる。

 その稲光は、どんどん範囲を広げていき、ニュールミナス市全体を覆うほどになる。

 

 だが――。


「――――かはっ!」


 メリーナは大きく息を吐き出した。

 全身からは力が抜け、両腕をだらりと下ろし、うなだれてしまう。

 

 俺はその身体を支えながら声をかける。


「メリーナ、大丈夫か?」

「ハァハァ……平気よ。ヤクサイカヅチは失敗しちゃったけど……」

「それでいいんだ」

「そうね……ライがわたしにやらせたかったこと、わかったわ」

「魔力を感じられたんだな」

「シルバークラウン家の王宮周辺を除くと、ニュールミナス市全域に落ちてるわたしの髪の毛は、7本。そのうち1本だけが、今も移動しているみたい……」


 魔力が蓄えられた状態の髪の毛が落ちているとしたら、それは全て今夜のうちに落ちたものだ。さっき俺たちが飛んでいた時に落ちたのか、あるいはロゼットの服についていたものが落ちたのか。

 今日は風がほとんどない。それなのに今も移動しているとしたら、その理由は一つしかない。


「メリーナ、よくやった。ロゼットはそこにいる」

「あっちよ……。GPAの本部があった辺り……」


 メリーナが指差す先。

 そこに向けて、俺たちは全速力で飛行した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ