No.110
メリーナは目を丸くしたまま、大きく顔を左右に振る。
「ムリムリ! ムリよ! わたしがロゼットさんを探すなんて。だいたい、魔法は苦手だって言ったでしょ」
「魔法で探すわけじゃない」
「じゃあ、どうやって探すの?」
「髪を使うんだ」
「髪って……わたしの髪のこと?」
メリーナは自分の長い髪を撫でながら、不思議そうな顔をする。
その髪は、これまで見たこともないほど強い光を放っていた。
「メリーナの髪には、相当な量の魔力が溜められている。抜けた髪の毛の1本にもな。それをメリーナ自身が探り当てるんだ」
「そんなこと……可能なの?」
「たとえば俺が、そこら辺の石に何かしらの魔法をかけるとする。それには俺自身の魔力が込められていて、どこにあるのか、だいたいの場所を察知できるんだ」
「それはライだからでしょう?」
「ある程度の魔法が使えるなら誰でもできるよ。魔導ロボットを操っていたレンジ・レッドリングや、ドラムを操っていたサリンジャーも、降って湧いたように俺たちの前に現れただろ?」
理屈自体はそう難しいものじゃない。もちろん個人の差はあるが、魔法の修練をしていれば、自然と身につく能力だ。
「……なんとなくわかったわ。だけど、そもそもロゼットさんは、わたしの髪の毛なんて持ってないんじゃない?」
「服についてる可能性がある。実際、俺の服にもついてるからな」
俺は、スーツについていた金色の髪の毛を摘み上げる。
その髪の毛1本も、よく目を凝らせば、光を放っているのがわかる。
「あっ……ごめんなさい」
「別に謝ることじゃないさ。むしろ今回に限っては、助けられるかもしれない」
「ロゼットさんの服にわたしの髪の毛がついていたとしても……やっぱり、わたしが察知できないと意味がないわよね?」
「魔法の修練を積めば、メリーナにもできるようになるはずだ」
「……今できないことに変わりないわ」
「ああ。だから俺がサポートする」
俺はそう言ってメリーナを引き寄せる。
そして彼女を後ろから抱きしめるような体勢をとった。
「ふえぇっ!? こ、今度はなに?」
メリーナは慌てた様子で、首を左右に動かしていた。
ちょっと密着しすぎだと俺も思うが、この方が安定するからな。
「嫌かもしれないが、少しだけ我慢してくれ」
「イ、イヤだなんてとんでもないわ! 絶対にそんなことはないから! ただ、急だったし、こんなことしてていいのかなぁ……ってちょっと思っただけで――」
メリーナは早口で何か言っていたが、俺はすでに集中に入っていた。
【空間上の磔】
俺は魔法を発動させた。
すると、効果はすぐに感じられる。
「えっ? ええ? なにこれ……? 身体が動かないわ……」
「腕と頭は動くように調整したはずだが、どうだ?」
「あっ、本当ね。腕は動かせるわ……!」
メリーナは腕をグルグルと動かしてから、俺の方に振り返ってくる。
おかげで、至近距離で見つめ合ってしまった。
メリーナは一瞬驚いた顔をし、それからすぐに照れ笑いを浮かべる。そして視線を逸らしながら尋ねてくる。
「これって……ライの魔法……?」
「ああ。空間に身体を固定する効果がある。俺自身と、俺の身体に触れているものをすべて、その場の空間に固定するんだよ」
「あっ……だから、抱きしめて――うぅ……」
「どうしたんだ?」
「わたし、また勘違いしてたかも……」
メリーナは恥ずかしそうにうつむいてしまう。
何がどう勘違いなのかわからないが、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。
「メリーナ、いつも使ってる媒介物の剣は出せるか?」
「あっ、そっか……」
メリーナは静かに集中し始める。
それから程なくして、両腕を前に突き出して言う。
「雷天宝剣よ!」
メリーナがそう唱えると、すぐ目の前に激しい稲光が生まれた。
そこから雷鳴と共に、まばゆい光を放つロングソードが出現する。
剣の柄を、メリーナはしっかりと握った。
それから再び俺の方を振り返り、尋ねてくる。
「なんの魔法を使えばいいのかしら?」
「そうだな……【天地を貫く光柱】あたりがいいな」
「ヤクサイカヅチ!?」
メリーナの叫び声が夜空に響く。今まで聞いた中でも、最大クラスの声だった。
そしてメリーナは、大口を開けたまま固まってしまう。
「……大丈夫か?」
俺が尋ねると、メリーナは何度かゆっくりとうなずき、大きく深呼吸していた。
「大丈夫よ。ちょっと驚いちゃって……」
「そうか、それならよかった」
「なんでそんなに落ち着いてるの? まさか知らないわけじゃないわよね? いいえ、知ってるに決まってるわ。そもそも名前が出てくることすら普通じゃないもの」
「もちろん知ってるよ」
「サンダーブロンド家に伝わる最上級魔法よ」
「正確に言えば、<サンダーイエロー家>のものだけどな」
「そこまで知ってるのね……」
「やれるか?」
「ムリに決まってるでしょ! わたしどころか、ここ数百年、誰も使った記録のない魔法なのよ。存在そのものが秘中の秘。他の継王ですら、知らないはずの魔法なんだから」
「メリーナ……」
「ムリムリムリムリ! いくらライが説得しても、こればっかりは絶対にムリ!」
そんなことを言いながら、メリーナは高速で首を横に振っていた。
付け入る隙がないほどの拒否っぷりだ。
ただ、やってもらわないと困る。
「メリーナ、ロゼットの命が懸かってるんだ」
「あっ……うん」
俺の一言で、メリーナは途端に大人しくなってしまった。
ちょっとかわいそうだが、今は丁寧に説得している余裕はないのだ。
「改めて聞くが、やれるか?」
「……やるわ。ごめんなさい。わたし、さっきまでライに必死に頼み込んでたのに。どんなことをしても、ロゼットさんを助けようと思ってたのに……」
「反省は後だ。もう本当に時間がない。髪の毛に溜められた魔力も、メリーナの身体から切り離された瞬間から、少しずつ減ってるはずだからな」
「うん……ただ、あらかじめ言っておくけど、魔法を成功させる自信は全くないから……」
メリーナが剣を上段に構える。その言葉は自信なさげだが、声の奥からは密かな覚悟も感じられた。
「大丈夫だ。魔法は失敗してもいい」
俺は彼女の後ろから、腕を前へ回す。
そしてメリーナと一緒に、その剣の柄を握る。
「失敗してもいいって、どういうこと?」
「今から、俺がメリーナを補助する魔法を使う」
「それって<太古の魔獣>を倒した時みたいに?」
「あの時とは別だ。でも、メリーナは気にしなくていい。【天地を貫く光柱】の発動に集中してくれ」
「でも、ライはすでに、空中に固定する魔法を使ってるんじゃないの?」
「【空間上の磔】は、【絨毯のない夜間飛行】と違って、一度発動させてしまえば、その後はコントロールに気をつかう必要がない。だから別の魔法に集中できるんだ」
「それならいいけど……」
剣を握るメリーナの手が震えている。高所が苦手なせいもあるが、これから使おうとしている魔法への畏れも強いのだろう。
「メリーナ、集中するんだ」
「うん……それじゃ始めるわね」
メリーナが深い集中に入った。
重なり合った彼女の全身から、魔力が高まっていくのを感じる。
そして俺はおもむろに、魔法を発動させる。
【神速の神経伝達】
すると、メリーナの身体から放たれる光が、数倍にも膨らんだ。
この魔法は、あらゆる感覚を鋭敏にすることができる。魔力を察知する感覚もだ。
いまメリーナの感覚は、とてつもなく鋭敏になっている。
ただ、それに本人が気づいているかどうかはわからない。
メリーナはこれ以上ないほど集中していた。隣で爆発が起きても気づかないんじゃないかと思えるほどだ。
「…………っ!」
メリーナの気配が変わった。魔法を発動させる準備が整ったのだ。
そして――。
「【天地を貫く光柱】」
メリーナが静かに唱える。
直後、俺たちが浮かぶ空中の、さらに遥か上空に稲光が生まれる。
その稲光は、どんどん範囲を広げていき、ニュールミナス市全体を覆うほどになる。
だが――。
「――――かはっ!」
メリーナは大きく息を吐き出した。
全身からは力が抜け、両腕をだらりと下ろし、うなだれてしまう。
俺はその身体を支えながら声をかける。
「メリーナ、大丈夫か?」
「ハァハァ……平気よ。ヤクサイカヅチは失敗しちゃったけど……」
「それでいいんだ」
「そうね……ライがわたしにやらせたかったこと、わかったわ」
「魔力を感じられたんだな」
「シルバークラウン家の王宮周辺を除くと、ニュールミナス市全域に落ちてるわたしの髪の毛は、7本。そのうち1本だけが、今も移動しているみたい……」
魔力が蓄えられた状態の髪の毛が落ちているとしたら、それは全て今夜のうちに落ちたものだ。さっき俺たちが飛んでいた時に落ちたのか、あるいはロゼットの服についていたものが落ちたのか。
今日は風がほとんどない。それなのに今も移動しているとしたら、その理由は一つしかない。
「メリーナ、よくやった。ロゼットはそこにいる」
「あっちよ……。GPAの本部があった辺り……」
メリーナが指差す先。
そこに向けて、俺たちは全速力で飛行した。




