No.108
俺はシルバークラウン家の王宮内を走り回った。
内部の地図は頭に入ってるので、迷うことはない。ただ広すぎるし、明かりもほとんどないので、人を探すのには苦労する。
「クソッ! どこにいる!」
思わず無線に呼びかけようとしたが、すぐに使えないことを思い出してやめる。
……………………。
やがて本宮殿の最上階部分に行き着く。
そして、ここが最後だと、屋上テラスへ飛び出した。
その直後――。
「ライ!」
聞き覚えのある声とともに、誰かに飛びつかれた。
抱きしめると、彼女の匂いと温もりを感じる……。
脳裏には、これまでの記憶が鮮やかに蘇ってきた。
「メリーナ……よかった……」
ほっとして、全身から力が抜けそうになった。
でもメリーナが寄りかかっていたので、倒れるわけにはいかない。
「来てくれるって信じてたわ……」
メリーナは力強く抱きしめてくる。
彼女の全身が、わずかに震えているのを感じる。
メリーナも怖かったのだろう。安心できるまで、ずっとこうしていてやりたいが……。
「メリーナ、怪我はしてないか?」
俺はメリーナから離れ、彼女の全身を確認する。
屋上テラスには、明かりはほとんどないが、メリーナの姿はよく見えた。彼女の全身が淡い光を放っているおかげだ。
見たところ、彼女の身体には特に異変はなさそうだが。
「わたしは平気よ。みんながいてくれたから……」
「襲撃者と遭遇しなかったのか?」
「あっ、そうだ! 大変なのよ!」
「何があった?」
「ロゼットさんが捕まっちゃったの……」
「なんだと?」
「ごめんなさい……私のせいなの……どうしよう……」
メリーナはあからさまに動揺し始めた。
俺は彼女の金色の瞳をしっかり見つめ、軽く肩を撫でながら話しかける。
「慌てなくていいから。順を追って説明してくれ」
「舞踏会の終わり頃よ……。フィラデル様のご挨拶が始まるから、継王や王族はグランドホールに集まるよう呼び出しがあったの。その時……わたしたちはちょうど化粧室にいたんだけど……」
「レンジから身を隠してたんだな?」
「うん……ロゼットさんがここにいようって言って……。でも、フィラデル様の呼び出しは無視できなくて……。だから大広間に戻ろうとしたんだけど、廊下に出たところで停電が起きたの……」
「なるほどな……」
監視カメラでは追えなかったが、ロゼットの判断は悪くない。化粧室の中にいれば、レンジと顔を合わせずに済む。問題は、フィラデルの呼び出しがあったことか。
「停電が起きた後はどうなったんだ?」
「わたしが魔法で灯りをつけようとしたんだけど、ロゼットさんに止められたの……。その後すぐに、廊下の向こうから武装した兵士の集団が現れて……」
「『泥だらけの太陽』の武装兵だな。銃撃したのは奴らか?」
「うん……。それからわたしたちは王宮内を逃げ回ったんだけど、彼らも追いかけてきて……」
「シルバークラウン家の護衛兵が撃退したのか?」
「撃退したのはソウデンさんやロゼットさんたち、チームのみんなよ……。何人か捕まえて、シルバークラウン家の護衛兵にも引き渡したけれどね……」
停電の前後にここで何が起きていたのか、だいぶ把握できた。
ビオラは、シルバークラウン家の護衛兵が撃退したと言ってたが、手柄を横取りしただけか。
「プリは来なかったのか?」
「プリちゃんも助けに来てくれたわ。でも、わたしが狙われて……」
メリーナはそこで顔を覆う。
それで、だいたい何があったのかは察しがついた。
「ロゼットが庇ったんだな」
「ごめんなさい……わたしも戦おうとしたんだけど……」
「気にしなくていい。メリーナを守るのがロゼットの役目だ」
「そんなっ――」
メリーナが辛そうな顔で見つめてくる。
何か言いたそうだったが、言葉は出てこない。
「メリーナの言いたいことはわかるよ。でも、それはロゼットの覚悟を称えるのとは、真逆の行為だ」
俺がそう言うと、メリーナもどうにか理解してくれたらしい。
昂った感情を抑えようと、彼女は静かに深呼吸をしていた。
俺は少しだけ間を置いてから、改めてメリーナに尋ねる。
「一つ聞きたいんだけど、少し前の銃声は聞こえたか?」
「うん……ここに隠れてたから、誰が撃ったのかはわからなかったけど」
俺が庭で聞いた銃声は襲撃者のものだと思ったが、どうやらアレは違ったらしい。恐らくシルバークラウン家の護衛兵が、襲撃者を処分した際の銃声だったのだろう。
メリーナの話によれば、襲撃者は俺がここに着く前に、とっくに撤退していたのだ。
ロゼットを連れて……。
「ライ、ロゼットさんを助けに行かないの?」
「ここにソウデンたちがいないってことは、あいつらが追ってるんだろ?」
「そうだけど、ライも助けに行って!」
メリーナは真剣な顔で頼み込んでくる。
もちろん俺だって、探しに行けるものなら行きたいが……。
この屋上テラスからは、ニュールミナス市の全域が見渡せる。
大規模な停電は、まだ復旧していない。辺りの景色は、まるで夜の海が広がっているようだった。
この中から、逃げた連中を探し出すのは困難を極める。襲撃者たちも、撤退ルートや隠れ場所などを用意しているだろうからな。
「ねぇ、ライ……お願いよ……」
メリーナは俺の服を掴み、必死な様子で訴えてくる。
俺は拳を握り締め、大きく深呼吸してから、努めて冷静に答えた。
「いま俺がやるべきことは、メリーナの安全を確保することだ。ここで俺までロゼットを助けに行けば、メリーナが危険にさらされる」
「でも、みんなはすぐにロゼットさんを助けに行ったわよ!」
「あいつらには、後で説教しておくよ」
「ライ!」
メリーナが悲鳴に似た声を上げる。
そしてその金色の瞳からは、涙があふれ出した。
「このままロゼットさんがいなくなるなら、わたし……」
「そんな話はしないでくれ。ロゼットは命懸けでメリーナを守ったんだ」
「でも、ライにとってもロゼットさんは大切な人なんでしょ?」
「ああ」
「わたしにとっても大切な人よ。大帝王になることよりも」
……限界だった。
俺は自分の感情を抑え込もうとしていたが、うまくいかない。
涙を流すメリーナの顔を見ていると、トラウマが刺激されるのだ。
「ライ……もう二度とわがまま言わないから……これが最後のお願いだから……」
メリーナは嗚咽混じりにそう言うと、ついには俺の胸に顔を埋めて泣き出した。
初めからわかってはいたが、メリーナは大帝王になるには優しすぎる。
大帝王を目指す人間として、人の上に立つ者として、この性格は間違いなく弱点になるだろう。
ただ、それでも――。
俺には、この優しい少女の気持ちを否定することはできなかった。
「いいのか?」
「……ライ?」
「俺は今からメリーナが大帝王になることよりも、ロゼットを助けることを優先する。本当にそれでいいのか?」
「うん……! ありがとう……」
メリーナは涙を流したまま、屈託のない笑顔を浮かべる。
しかし、俺の仲間を助けに行こうとしてるのに、礼を言われるとはな……。
でもだからこそ、こんな彼女だからこそ、俺は――GPAは、メリーナにグランダメリスの未来を託そうとしたのだろう。
「ライ、どうしたの? 早くロゼットさんを助けに行って」
メリーナが催促してくる。
そんな彼女の身体を、俺はぐっと抱き寄せた。
「えぇ!? な、なに? こんな時に――」
「悪いが、メリーナだけを残していくわけにはいかない。一緒に来てもらうぞ」
「あっ……そうか。うん……それは構わないけど……」
「後で文句も言うなよ?」
「えっ? わたしは文句なんて別に――」
「行くぞ!」
【絨毯のない夜間飛行】
俺は魔法を発動させる。
次の瞬間――俺たちは、あっという間に、遥か高くの夜空に飛び上がっていた。
「きゃああぁぁぁ――やっぱりちょっとおぉぉ――ごめんなさいいぃぃ――」
無数の星が輝く空に、メリーナの悲鳴が盛大に響き渡るのだった。




