表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

108/136

No.108

 俺はシルバークラウン家の王宮内を走り回った。

 内部の地図は頭に入ってるので、迷うことはない。ただ広すぎるし、明かりもほとんどないので、人を探すのには苦労する。


「クソッ! どこにいる!」


 思わず無線に呼びかけようとしたが、すぐに使えないことを思い出してやめる。


 ……………………。


 やがて本宮殿の最上階部分に行き着く。

 そして、ここが最後だと、屋上テラスへ飛び出した。

 その直後――。


「ライ!」


 聞き覚えのある声とともに、誰かに飛びつかれた。

 抱きしめると、彼女の匂いと温もりを感じる……。

 脳裏には、これまでの記憶が鮮やかに蘇ってきた。


「メリーナ……よかった……」


 ほっとして、全身から力が抜けそうになった。

 でもメリーナが寄りかかっていたので、倒れるわけにはいかない。


「来てくれるって信じてたわ……」


 メリーナは力強く抱きしめてくる。

 彼女の全身が、わずかに震えているのを感じる。


 メリーナも怖かったのだろう。安心できるまで、ずっとこうしていてやりたいが……。


「メリーナ、怪我はしてないか?」


 俺はメリーナから離れ、彼女の全身を確認する。

 屋上テラスには、明かりはほとんどないが、メリーナの姿はよく見えた。彼女の全身が淡い光を放っているおかげだ。


 見たところ、彼女の身体には特に異変はなさそうだが。


「わたしは平気よ。みんながいてくれたから……」

「襲撃者と遭遇しなかったのか?」

「あっ、そうだ! 大変なのよ!」

「何があった?」

「ロゼットさんが捕まっちゃったの……」

「なんだと?」

「ごめんなさい……私のせいなの……どうしよう……」


 メリーナはあからさまに動揺し始めた。

 俺は彼女の金色の瞳をしっかり見つめ、軽く肩を撫でながら話しかける。


「慌てなくていいから。順を追って説明してくれ」

「舞踏会の終わり頃よ……。フィラデル様のご挨拶が始まるから、継王や王族はグランドホールに集まるよう呼び出しがあったの。その時……わたしたちはちょうど化粧室にいたんだけど……」

「レンジから身を隠してたんだな?」

「うん……ロゼットさんがここにいようって言って……。でも、フィラデル様の呼び出しは無視できなくて……。だから大広間に戻ろうとしたんだけど、廊下に出たところで停電が起きたの……」

「なるほどな……」


 監視カメラでは追えなかったが、ロゼットの判断は悪くない。化粧室の中にいれば、レンジと顔を合わせずに済む。問題は、フィラデルの呼び出しがあったことか。


「停電が起きた後はどうなったんだ?」

「わたしが魔法で灯りをつけようとしたんだけど、ロゼットさんに止められたの……。その後すぐに、廊下の向こうから武装した兵士の集団が現れて……」

「『泥だらけの太陽』の武装兵だな。銃撃したのは奴らか?」

「うん……。それからわたしたちは王宮内を逃げ回ったんだけど、彼らも追いかけてきて……」

「シルバークラウン家の護衛兵が撃退したのか?」

「撃退したのはソウデンさんやロゼットさんたち、チームのみんなよ……。何人か捕まえて、シルバークラウン家の護衛兵にも引き渡したけれどね……」


 停電の前後にここで何が起きていたのか、だいぶ把握できた。

 ビオラは、シルバークラウン家の護衛兵が撃退したと言ってたが、手柄を横取りしただけか。


「プリは来なかったのか?」

「プリちゃんも助けに来てくれたわ。でも、わたしが狙われて……」


 メリーナはそこで顔を覆う。

 それで、だいたい何があったのかは察しがついた。


「ロゼットが庇ったんだな」

「ごめんなさい……わたしも戦おうとしたんだけど……」

「気にしなくていい。メリーナを守るのがロゼットの役目だ」

「そんなっ――」


 メリーナが辛そうな顔で見つめてくる。

 何か言いたそうだったが、言葉は出てこない。


「メリーナの言いたいことはわかるよ。でも、それはロゼットの覚悟を称えるのとは、真逆の行為だ」


 俺がそう言うと、メリーナもどうにか理解してくれたらしい。

 昂った感情を抑えようと、彼女は静かに深呼吸をしていた。


 俺は少しだけ間を置いてから、改めてメリーナに尋ねる。


「一つ聞きたいんだけど、少し前の銃声は聞こえたか?」

「うん……ここに隠れてたから、誰が撃ったのかはわからなかったけど」


 俺が庭で聞いた銃声は襲撃者のものだと思ったが、どうやらアレは違ったらしい。恐らくシルバークラウン家の護衛兵が、襲撃者を処分した際の銃声だったのだろう。


 メリーナの話によれば、襲撃者は俺がここに着く前に、とっくに撤退していたのだ。

 ロゼットを連れて……。


「ライ、ロゼットさんを助けに行かないの?」

「ここにソウデンたちがいないってことは、あいつらが追ってるんだろ?」

「そうだけど、ライも助けに行って!」


 メリーナは真剣な顔で頼み込んでくる。

 もちろん俺だって、探しに行けるものなら行きたいが……。


 この屋上テラスからは、ニュールミナス市の全域が見渡せる。

 大規模な停電は、まだ復旧していない。辺りの景色は、まるで夜の海が広がっているようだった。


 この中から、逃げた連中を探し出すのは困難を極める。襲撃者たちも、撤退ルートや隠れ場所などを用意しているだろうからな。


「ねぇ、ライ……お願いよ……」


 メリーナは俺の服を掴み、必死な様子で訴えてくる。

 俺は拳を握り締め、大きく深呼吸してから、努めて冷静に答えた。


「いま俺がやるべきことは、メリーナの安全を確保することだ。ここで俺までロゼットを助けに行けば、メリーナが危険にさらされる」

「でも、みんなはすぐにロゼットさんを助けに行ったわよ!」

「あいつらには、後で説教しておくよ」

「ライ!」


 メリーナが悲鳴に似た声を上げる。

 そしてその金色の瞳からは、涙があふれ出した。


「このままロゼットさんがいなくなるなら、わたし……」

「そんな話はしないでくれ。ロゼットは命懸けでメリーナを守ったんだ」

「でも、ライにとってもロゼットさんは大切な人なんでしょ?」

「ああ」

「わたしにとっても大切な人よ。大帝王になることよりも」


 ……限界だった。

 俺は自分の感情を抑え込もうとしていたが、うまくいかない。

 涙を流すメリーナの顔を見ていると、トラウマが刺激されるのだ。


「ライ……もう二度とわがまま言わないから……これが最後のお願いだから……」


 メリーナは嗚咽混じりにそう言うと、ついには俺の胸に顔を埋めて泣き出した。


 初めからわかってはいたが、メリーナは大帝王になるには優しすぎる。

 大帝王を目指す人間として、人の上に立つ者として、この性格は間違いなく弱点になるだろう。


 ただ、それでも――。

 俺には、この優しい少女の気持ちを否定することはできなかった。


「いいのか?」

「……ライ?」

「俺は今からメリーナが大帝王になることよりも、ロゼットを助けることを優先する。本当にそれでいいのか?」

「うん……! ありがとう……」


 メリーナは涙を流したまま、屈託のない笑顔を浮かべる。


 しかし、俺の仲間を助けに行こうとしてるのに、礼を言われるとはな……。


 でもだからこそ、こんな彼女だからこそ、俺は――GPAは、メリーナにグランダメリスの未来を託そうとしたのだろう。


「ライ、どうしたの? 早くロゼットさんを助けに行って」


 メリーナが催促してくる。

 そんな彼女の身体を、俺はぐっと抱き寄せた。


「えぇ!? な、なに? こんな時に――」

「悪いが、メリーナだけを残していくわけにはいかない。一緒に来てもらうぞ」

「あっ……そうか。うん……それは構わないけど……」

「後で文句も言うなよ?」

「えっ? わたしは文句なんて別に――」

「行くぞ!」


絨毯のない夜間飛行(リリースアラジン)


 俺は魔法を発動させる。


 次の瞬間――俺たちは、あっという間に、遥か高くの夜空に飛び上がっていた。


「きゃああぁぁぁ――やっぱりちょっとおぉぉ――ごめんなさいいぃぃ――」


 無数の星が輝く空に、メリーナの悲鳴が盛大に響き渡るのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ