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105/136

No.105

「プリ、そこから明かりは見えないか?」


 俺は屋上からの景色を確認したかった。

 しかし返ってきたのは、最悪の回答だ。


『どこ見ても、真っ暗わね! なにも見えないわね!』


 プリが目を凝らしても見えないということは、相当な範囲の停電が起きているということだ。


 その時、ふいに俺の目の前でわずかな明かりが灯った。

 アイマナが携帯用のランタンに火をつけたのだ。


「恐らくニュールミナス市内全域が停電してますね」

「ああ。街のいたるところで、トラブルが発生してるはずだ」

「『泥だらけの太陽』が動き出したタイミングでの停電。これが偶然だとは思えません」

「やってくれたな、サリンジャー……」


 まさかこんな手を使ってくるとは思わなかった。

 この周辺には、十三継王家それぞれの護衛隊が詰めかけているが、これで連携が取れなくなる可能性が高い。


「センパイ、メリーナさんを助けに行かなくていいんですか?」

「まずは状況を確認したい。無線は使えるんだよな?」

「……プリちゃんとは連絡可能です」

「どういう意味だ?」

「停電の直前、王宮との無線が切断されました。<魔導ジャミング>が発生したものと思われます」

「なんだと?」

「通常の無線も魔導無線も、まとめて使用不能にされたはずです。恐らく『泥だらけの太陽』の工作員も舞踏会に潜入していたんでしょう。ウチのチームのように――」


 アイマナの話が終わるのを待たずに、俺は無線に呼びかける。


「ロゼット! 聞こえてたら返事をしろ! ジーノ、ソウデンでもいい!」


 俺は繰り返し、何度も呼びかける。しかしロゼットたちからの返事はない。

 聞こえてきた声は、ただ一つ。さっきと同じ、甘ったるくてクセのある声だった。


『プリ、聞こえてるわね!』

「……ああ、わかってるよ。そこからシルバークラウン家の王宮は見えるか?」

『ちょっとずつ明かりが出てきたわね!』

「魔法か非常灯だな。よし、プリは今すぐ王宮に行ってメリーナたちを救出しろ」

『はいわね!』


 プリの返事と共に、風を切る音が聞こえてきた。オレンジ髪の少女が、屋上から羽ばたいたのだ。


 これでプリと連絡を取ることもできない。

 俺も一刻も早く、王宮に向かわなければならないが。


 ふと、目の前の白銀色の少女と目が合う。

 すると彼女は、静かに微笑みながら言うのだった。


「センパイ、マナのことは気にせず行ってください」

「いや、お前を残していくわけには……」

「大丈夫ですよ。こう見えて、マナは魔導ロボット(マグリカント)ですからね。ただの人間ごときには遅れを取りません」

「……絶対にここから動くなよ」

「もちろんです」


 アイマナの返事を聞いてから、俺はすぐにホテルの部屋を飛び出した。



 ◆◆◆



 ホテルの廊下は不気味なほど静まり返っていた。

 真っ暗な中、非常灯だけがわずかな灯りを生み出している。


 今夜はこのホテル自体を、ピンクコイン家によって借り上げてもらっている。その上、従業員も立入禁止にしたので、本来は誰もいないはずだ。


 なのに、妙な気配を感じた。


 俺は全速力で、ホテルの階段を駆け上っていく。あと2フロアで屋上だ。

 屋上に出れば、シルバークラウン家の王宮まで一気に飛ぶことができる。


 次の行動を想定しているうちに、俺は最上階にたどりつく。そして勢いのままに、屋上と繋がるドアを開けた。


 その瞬間――。


「待ってたぜ、マイヒーロー」


 妙に芝居がかった声が聞こえてくる。

 そっちを見ると、月明かりに照らされた屋上の片隅に、一人の大男が佇んでいた。


「タツミ……」


 俺がその名をつぶやくと、奴はゴツゴツした顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。

 相変わらずクマのような体型をしていて、灰色のスーツがまるで似合ってない。


「マイヒーロー、そんなに焦ってどこへ行くんだ?」

「わかってるだろ? てっきり、お前も招待されてるものだと思ってたんだけどな」

「もちろん呼ばれていたよ。一応この国の首相だからな。だけど、遠慮させてもらった。貴族ですらないオレは、ああいうところに行っても蔑まれるだけだ」

「……そんな泣き言を言うために、ここで俺を待ってたのか?」

「もちろん、そんなわけがない」


 タツミがナイフを抜いた。そのクマのような身体と比較すると、すごく小さく見える。

 だが、殺傷能力は充分だ。


「俺の命を()りにきたのか? 一国の総理が自ら、たかが一組織のエージェントを?」

「あんただからこそ、他の奴には任せられないんだよ」

「お前ならできるって?」

「軍の特殊部隊に所属してた頃、俺はナイフ一本で、100人以上の魔法士を暗殺してきた」

「今さら自己アピールか?」

「いいや、自己暗示だよ!」


 言うが早いか、タツミが地を蹴った。

 その巨大な身体からは想像できないほど、素早い動きだ。


 俺は一瞬、魔法を使うのを躊躇った。

 その隙に、タツミはもう目の前に迫っていた。


「――くッ」


 ギリギリでかわしたつもりだったが、タツミのナイフが俺の服をかすめていた。


「どうした、マイヒーロー。魔法は使わないのか? それとも使えないのか?」

「お前……」


 タツミはこの状況をよく理解している。

 俺が魔法を使うのを躊躇ったのは、この周辺が警戒地域になっているからだ。魔法を使えば、十三継王家の護衛隊、帝国魔法取締局(マトリ)、そしてテロ組織の連中にまで気づかれる恐れがある。

 もし誰かがこのホテルを調べに来れば、アイマナの身が危険に晒されるのだ。


「タツミ、なぜ今さら俺を殺そうとする?」

「あんたにはずっとムカついてたんだよ。せっかく国の頂点に登りつめたってのに、アレコレ口出ししてきやがって」

「すべて、()()()()()()()()()()だ」

「聞き飽きたセリフだ。それがGPAの役割だって言うんだろ? だが、もうGPAはなくなった」


 タツミの真意がわからない。元々、血気盛んな奴ではあったが、わざわざ俺に喧嘩を売るほど愚かな奴ではなかったはずだ。


 もしかしたら、タツミの意思ではないのか?


 ふと、そんな想像が頭をもたげる。だがこの男は、思考を深める猶予を与えてはくれない。


「マイヒーロー、いいのか? オレに時間をかければかけるほど、あんたの大事な()()の身が危うくなるぜ」

「……安心しろ。お前に時間をかけるつもりはない」

「やる気になってくれて嬉しいよ。それじゃ、存分に()り合おうじゃないか」

「その前に、二つ質問がある」

「チッ、相変わらずノリの悪いヒトだな。これ以上、何を聞くってんだ?」

「一つ、狙いは俺だけか? そしてもう一つ、お前はサリンジャーとも連携してるのか?」

「オレの狙いはあんた一人だ。仲間にも、サンダーブロンド陛下にも興味はない。サリンジャー? 誰だよ、そいつ!」


 吐き捨てるように言うと、再びタツミが突っ込んでくる。

 

 さっきの数倍に感じるほどのスピード。あっという間に距離が詰まる。


 そしてタツミがナイフを繰り出して――。


 速い!


 よけきれない――。


 その刹那、俺の胸元にナイフが突き立てられた。


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