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102/136

No.102

 俺が指示してから20分ほど。

 ロゼットから連絡が入った。


『メリーナちゃんは大丈夫だって言うから、グランドホールに戻るわ。スタナム・マッスルアンバーと接触するなら、そっちの方がいいでしょ?』

「ああ。でも、無理はさせるなよ」


 俺がそう言うと、画面の向こうでロゼットが小さくうなずいた。

 そして二人は、宮殿の方へ向かっていく。


 その様子を眺めていると、アイマナがマイクをオフにして話しかけてくる。


「『無理はさせるな』って、それでいいんですか? ここまで3敗なんですよ?」

「1勝はしただろ」

「ヴァン・シャルトルーズウィング様への説得は、計画に入ってません」

「変更前の計画には入ってた。逆に、スタナム・マッスルアンバーは入ってなかったはずだ」

「むしろ、なぜスタナム様を外してたんですか? 事前に調べた限りでは、どの候補への支持も表明してなかったですけど」

「あいつは単純な男だからな」


 そんな話をしているうちに、メリーナたちがグランドホールのカメラに映り込んできた。


 大広間は相変わらず、踊りを楽しむ連中でひしめき合っている。無線を通して聞こえてくる声も騒がしい。


 メリーナの顔色は依然としてよくないが、それでもちゃんと表情を引き締め、前を見据えている。


 その視線の先から、一人の男が歩いてくる。オレンジ色に似た薄茶色の髪を逆立て、礼服の下から日焼けした肌を覗かせる健康的な青年だ。

 彼は周りと比較しても、頭一つほど抜けて背が高く、体格もゴツい。身につけている礼服は、筋肉のせいでパンパンに膨れ上がっている。


「スタナム・マッスルアンバー様って、こうして見ると、かなり大きい方なんですね……」


 モニター越しでも、アイマナは迫力を感じているようだった。

 実際にその場で顔を合わせているメリーナが受ける圧力は、想像以上だろう。


『スタナム様、ご挨拶が遅れまして……』


 メリーナは丁寧に話を進めようとしていた。

 しかし目の前の男が、途中で言葉を遮る。


『遅い! その通りだ!』


 モニター越しに震えを感じるほどの大声だった。

 近くで談笑していた客たちも振り返るほどだ。


『えっと……』


 メリーナは周りの様子を窺い、困ったような顔をする。

 だがスタナムは気にせず、好き勝手に話を続けていた。


『キミのことは聞いてる。このようなめでたい場所で政治など、我が信条に反する。はっきり言って不快だ』

『すみません……』

『オレはもうフィラデル様への支持を決めてしまったから、今さら頼んできても無駄だ』


 メリーナはほとんど何も喋ってないのに、会話する意味がなくなってしまった。

 それでも、メリーナは最後の勇気を振り絞って尋ねた。


『どうしてわたしではなく、フィラデル様を支持するのですか?』


 それに対して、スタナムはニカっと笑って答えるのだった。


『先に誘われたからだよ』


 スタナムは、近くのウェイターからグラスを受け取り、ワインを一息で飲み干す。それからまたニカっと笑顔を見せると、立ち去ってしまう。


「…………」


 アイマナは驚きのあまり、開いた口がふさがらなくなっていた。


「相変わらず単純な男だな……」


 俺がそうつぶやくと、アイマナがムッとした顔を向けてくる。


「結果がわかってたなら、わざわざ接触しなくてもよかったんじゃないですか?」

「投票先が判明してない継王(つぐおう)は、もう他にいなかった。時間があるなら、説得を試してみてもいいと思ったんだよ」

「……あれ? それじゃ、もしかしてこれで終わりってことですか?」

「ああ。13人の継王の投票先は、だいたい決まったことになる」

「元々フィラデル様が5票集めていて……今日話したうちの4人を合わせたら……」

「フィラデルが9票を集めて、次の大帝王に決まりだな」


 俺があっさり言ったせいか、アイマナも戸惑っていた。


「えっと……えっ? いいんですか? メリーナさん、このままだと大帝王になれないじゃないですか」

「一週間後も、今と変わらなかったらな」

「センパイ、もしかして秘策が?」


 アイマナが期待に目を輝かせ、尋ねてくる。

 しかし俺は、首を横に振って答えた。


「そんなものがあるなら、苦労はしないよ」

「センパイ、諦めちゃったんですか? このままだと、任務達成率100%が終わっちゃいますよ!」

「いまだにそんなことを気にしてるのかよ……」

「これで終わりじゃないですよね? だってセンパイ、ウザいくらい余裕ぶってるじゃないですか」


 アイマナは鋭いところをついてくる。

 もちろん、これで終わりなら、そもそも俺がメリーナに付いてる意味がない。


「ここからは、フィラデルの票を切り崩しにかかる」

「それって……フィラデル様を支持してる人を、説得するってことですか?」

「説得なんて生半可なことをしても、翻る連中じゃないさ」

「じゃあ、どうやって……」


 そんな話をしている時だった。

 ふいに、モニターの向こうに妙な動きがあった。


 メリーナとロゼットのいる場所に、数多くの従者を引き連れた男が近づいてくる。

 先頭にいるのは、いかにも嫌味ったらしい雰囲気の男だ。

 その人物は、長めの前髪をサラサラと揺らし、スタイルの良さを誇るように、大きな動作で歩いている。

 確かに奴は、美形には違いないのだろう。だが、妙に冷たい雰囲気を感じさせる顔をしていた。


『メリーナ・サンダーブロンド様。ご機嫌いかがですか? 先ほどあなたのことを見かけましてね。ぜひ挨拶しなければと思ってたんですよ』


 男は胡散臭い笑顔を見せると、右手を差し出す。

 メリーナは釣られて、その手を握ってしまう。

 すると男は手を引き、メリーナを大広間の中央の方へ連れて行こうとした。


『えっ? あっ、あの……ちょっと――』


 メリーナは相手のことを考え、強く抵抗できなかった。

 しかし、ロゼットがメリーナの肩を掴んで止める。


『お待ちください。メリーナ様にどのようなご用件でしょうか?』


 おかげで、とりあえずは立ち止まることはできたが……。


「まずいことになりましたね」


 モニターを見つめながら、アイマナがつぶやく。

 俺も同じ気持ちだ。まさか、この男と接触することになるとはな。


「フォンタ・アクアリウスブルーか……」

「アクアリウスブルー家の継王で、無類の女好きとして知られてる人物です。気に入った女性は、継王だろうと、人の妻だろうと、平気で手を出し、遊ぶだけ遊んで捨てるというクズ中のクズ野郎ですね」


 アイマナが思いきり負の感情を込めて、資料の内容を読み上げていた。

 確かに、この男に好感を持てという方が難しいが……。


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