No.102
俺が指示してから20分ほど。
ロゼットから連絡が入った。
『メリーナちゃんは大丈夫だって言うから、グランドホールに戻るわ。スタナム・マッスルアンバーと接触するなら、そっちの方がいいでしょ?』
「ああ。でも、無理はさせるなよ」
俺がそう言うと、画面の向こうでロゼットが小さくうなずいた。
そして二人は、宮殿の方へ向かっていく。
その様子を眺めていると、アイマナがマイクをオフにして話しかけてくる。
「『無理はさせるな』って、それでいいんですか? ここまで3敗なんですよ?」
「1勝はしただろ」
「ヴァン・シャルトルーズウィング様への説得は、計画に入ってません」
「変更前の計画には入ってた。逆に、スタナム・マッスルアンバーは入ってなかったはずだ」
「むしろ、なぜスタナム様を外してたんですか? 事前に調べた限りでは、どの候補への支持も表明してなかったですけど」
「あいつは単純な男だからな」
そんな話をしているうちに、メリーナたちがグランドホールのカメラに映り込んできた。
大広間は相変わらず、踊りを楽しむ連中でひしめき合っている。無線を通して聞こえてくる声も騒がしい。
メリーナの顔色は依然としてよくないが、それでもちゃんと表情を引き締め、前を見据えている。
その視線の先から、一人の男が歩いてくる。オレンジ色に似た薄茶色の髪を逆立て、礼服の下から日焼けした肌を覗かせる健康的な青年だ。
彼は周りと比較しても、頭一つほど抜けて背が高く、体格もゴツい。身につけている礼服は、筋肉のせいでパンパンに膨れ上がっている。
「スタナム・マッスルアンバー様って、こうして見ると、かなり大きい方なんですね……」
モニター越しでも、アイマナは迫力を感じているようだった。
実際にその場で顔を合わせているメリーナが受ける圧力は、想像以上だろう。
『スタナム様、ご挨拶が遅れまして……』
メリーナは丁寧に話を進めようとしていた。
しかし目の前の男が、途中で言葉を遮る。
『遅い! その通りだ!』
モニター越しに震えを感じるほどの大声だった。
近くで談笑していた客たちも振り返るほどだ。
『えっと……』
メリーナは周りの様子を窺い、困ったような顔をする。
だがスタナムは気にせず、好き勝手に話を続けていた。
『キミのことは聞いてる。このようなめでたい場所で政治など、我が信条に反する。はっきり言って不快だ』
『すみません……』
『オレはもうフィラデル様への支持を決めてしまったから、今さら頼んできても無駄だ』
メリーナはほとんど何も喋ってないのに、会話する意味がなくなってしまった。
それでも、メリーナは最後の勇気を振り絞って尋ねた。
『どうしてわたしではなく、フィラデル様を支持するのですか?』
それに対して、スタナムはニカっと笑って答えるのだった。
『先に誘われたからだよ』
スタナムは、近くのウェイターからグラスを受け取り、ワインを一息で飲み干す。それからまたニカっと笑顔を見せると、立ち去ってしまう。
「…………」
アイマナは驚きのあまり、開いた口がふさがらなくなっていた。
「相変わらず単純な男だな……」
俺がそうつぶやくと、アイマナがムッとした顔を向けてくる。
「結果がわかってたなら、わざわざ接触しなくてもよかったんじゃないですか?」
「投票先が判明してない継王は、もう他にいなかった。時間があるなら、説得を試してみてもいいと思ったんだよ」
「……あれ? それじゃ、もしかしてこれで終わりってことですか?」
「ああ。13人の継王の投票先は、だいたい決まったことになる」
「元々フィラデル様が5票集めていて……今日話したうちの4人を合わせたら……」
「フィラデルが9票を集めて、次の大帝王に決まりだな」
俺があっさり言ったせいか、アイマナも戸惑っていた。
「えっと……えっ? いいんですか? メリーナさん、このままだと大帝王になれないじゃないですか」
「一週間後も、今と変わらなかったらな」
「センパイ、もしかして秘策が?」
アイマナが期待に目を輝かせ、尋ねてくる。
しかし俺は、首を横に振って答えた。
「そんなものがあるなら、苦労はしないよ」
「センパイ、諦めちゃったんですか? このままだと、任務達成率100%が終わっちゃいますよ!」
「いまだにそんなことを気にしてるのかよ……」
「これで終わりじゃないですよね? だってセンパイ、ウザいくらい余裕ぶってるじゃないですか」
アイマナは鋭いところをついてくる。
もちろん、これで終わりなら、そもそも俺がメリーナに付いてる意味がない。
「ここからは、フィラデルの票を切り崩しにかかる」
「それって……フィラデル様を支持してる人を、説得するってことですか?」
「説得なんて生半可なことをしても、翻る連中じゃないさ」
「じゃあ、どうやって……」
そんな話をしている時だった。
ふいに、モニターの向こうに妙な動きがあった。
メリーナとロゼットのいる場所に、数多くの従者を引き連れた男が近づいてくる。
先頭にいるのは、いかにも嫌味ったらしい雰囲気の男だ。
その人物は、長めの前髪をサラサラと揺らし、スタイルの良さを誇るように、大きな動作で歩いている。
確かに奴は、美形には違いないのだろう。だが、妙に冷たい雰囲気を感じさせる顔をしていた。
『メリーナ・サンダーブロンド様。ご機嫌いかがですか? 先ほどあなたのことを見かけましてね。ぜひ挨拶しなければと思ってたんですよ』
男は胡散臭い笑顔を見せると、右手を差し出す。
メリーナは釣られて、その手を握ってしまう。
すると男は手を引き、メリーナを大広間の中央の方へ連れて行こうとした。
『えっ? あっ、あの……ちょっと――』
メリーナは相手のことを考え、強く抵抗できなかった。
しかし、ロゼットがメリーナの肩を掴んで止める。
『お待ちください。メリーナ様にどのようなご用件でしょうか?』
おかげで、とりあえずは立ち止まることはできたが……。
「まずいことになりましたね」
モニターを見つめながら、アイマナがつぶやく。
俺も同じ気持ちだ。まさか、この男と接触することになるとはな。
「フォンタ・アクアリウスブルーか……」
「アクアリウスブルー家の継王で、無類の女好きとして知られてる人物です。気に入った女性は、継王だろうと、人の妻だろうと、平気で手を出し、遊ぶだけ遊んで捨てるというクズ中のクズ野郎ですね」
アイマナが思いきり負の感情を込めて、資料の内容を読み上げていた。
確かに、この男に好感を持てという方が難しいが……。




