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101/136

No.101

 しばらくすると、アイマナがモニターの画面を切り替えた。

 そこには、ゆったりとした緑色のローブを着た女性が映し出されていた。

 長い髪を編み込み、植物系の装飾品で身を飾り立てている。


「オクサ・グリーンシード様がメリーナさんたちに接触します」


 アイマナが報告してくる。

 それから程なくして、メリーナの前にオクサが通りかかった。


『オクサ様。ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか? わたし、この度サンダーブロンド継王(つぐおう)となった……』


 先に声をかけたのはメリーナだった。

 相手の女性は、ゆったりとした口調で応じる。


『メリーナ様ですね。知っていますよ。そんなに畏まらなくても大丈夫です。せっかくのご縁ですし、少しお話ししましょうか』


 オクサは性格通りの穏やかな笑顔を浮かべていた。

 継王の中では、最も平和的な人物なので、メリーナも幾分か気は楽なはずだ。

 俺はそう思っていたのだが。


『あの……ありがとうございます。よろしくお願いします』


 メリーナは変わらず緊張しているようだった。モニター越しだとわかりづらいが、やはり継王は誰でも、それなりの迫力があるらしい。


『メリーナ様も、こちらでお休みになられていたのですね』

『舞踏会にはまだ慣れなくて……』

『私もあのような騒がしいパーティーは苦手なんですよ。ちょうどウェイターの方から、静かな場所を教えてもらったんですが、もしかしてメリーナ様もですか?』

『えっと……はい。わたしも教えてもらって……』


 当初の予定では、オクサとは別の場所で話す予定だったせいか、メリーナはしどろもどろになっていた。


 その様子を目の当たりにし、アイマナがつぶやくように言う。


「マナ、メリーナさんの弱点がわかっちゃいました」

「……どういう意味だ?」

「メリーナさんって、まったくウソがつけない人なんですね」

「それがどうした?」

「こういう交渉事というか、腹の探り合いみたいな事には、絶望的に向いてないです」


 そんなことはわかってる。でも、だからこそ俺たちも信頼関係を築けたのだ。ビオラが支持したのだって、それが理由だろう。


「他はともかく、オクサが相手なら、腹芸はしなくて済むはずだ」

「……でも、話の主導権は握られっぱなしですよ」


 確かにアイマナの言う通りだった。

 モニターに映る二人は、平和的に会話しているようにも見えるが、実際はほとんどオクサが一方的に話している。


『メリーナ様はお好きな植物はありますか? 今度ウチの庭園に、継王家の方々をイメージした植物園を作ろうと思っていまして。ぜひ皆さんのお好きな植物や花などをお聞きしたいんです。もちろん、野菜や果物でも構いませんよ』


 話の中身も、オクサの趣味であり、生きがいでもある植物に関することばかりだ。

 メリーナも必死に話を合わせようとしていたが――。


『その……わたしはタンポポとか……好きかも……』


 同じレベルで話すのは厳しい気がした。

 だが、オクサは優しげな口調でメリーナに話を合わせてくれる。


『メリーナ様は、なぜタンポポがお好きなんですか?』

『……幼い頃に、母と綿毛を飛ばしていたことが記憶に残っていて……。今ではもう、それくらいしか思い出が残っていなくて……』


 メリーナの表情が悲しみに染まる。

 俺も少し胸の辺りがざわついた。


 そういえば、メリーナから母親のことを聞いたことはなかったな。


 メリーナはあからさまに元気がなくなってしまった。

 すると、ふいにオクサがメリーナの手を取り、穏やかな声で語りかける。


『素敵な思い出ですね。それでは、メリーナ様のためにタンポポの花園を作って差し上げます』

『そんな……わたしのためにわざわざ……』

『いいのですよ。私が好きでやることですから』

『オクサ様……ありがとうございます』


 そんなやりとりを聞いていたせいか、アイマナも毒気が抜かれたようだった。


「なんだか良い人ですね、オクサ様。メリーナさんを助けてくれそうじゃないですか」

「それとこれとは別の話だ」

「センパイ……人を疑いすぎじゃないですか? もう少し人を信じたほうが――」

「静かに」


 俺はアイマナの口を閉じさせる。

 メリーナの瞳に、決意が宿ったのだ。


『オクサ様にお願いがあります』

『なんでしょうか? 私にできることならいいのですが』

『次の大帝王降臨会議で、私が大帝王になるのを支持していただけませんか?』


 その言葉を口にしたメリーナの様子は、懸命というか、必死さが伝わってくる。

 思わず応援したくなるような純粋さが感じられた。


 一方、それを受けたオクサはというと。


『大帝王……』


 彼女は驚いた顔で、一言だけつぶやく。

 そして、すぐに元の穏やかな笑顔へと戻った。


 その友好的な雰囲気に、アイマナも「やった」とつぶやいたほどだ。

 しかし――。


『お断りします』


 穏やかな笑顔のまま、オクサは簡潔な結論を口にした。


「なんで……」


 アイマナが唖然としたようにつぶやく。まるでメリーナの気持ちを代弁するかのように。


 モニターの向こうでも、メリーナは驚きのあまり固まっていた。

 それを見かねたのか、オクサが丁寧に理由を説明し始める。


『メリーナ様には、個人的に好感を抱いております。ただ、我がグリーンシード家が求めるのは、平穏、静寂、調和なのです。残念ながら、メリーナ様がグランダメリス大帝王になったとしても、平和な世を実現するのは難しいでしょう』


 グリーンシード家自体が伝統的に平和主義だが、オクサはそれに輪をかけて、超平和主義者なのだ。

 これまでの出来事を考えれば、支持を得るのは難しいと思っていた。


『わたし、そんな暴力的な人間ではありません!』


 メリーナが必死に反論する。

 すると、オクサは眉尻を下げ、同情するように言った。


『もちろん、存じております。最近メリーナ様が巻き込まれているトラブルは、ご自身が望むものではないのでしょう。ですがこの先、またあのような問題が起こらないとも限りません』

『わたし以外が大帝王になれば、平和な世の中になるんですか?』

『それはわかりません。しかし、フィラデル様が大帝王を務めていた40年の間に、継王家の王宮が破壊されるような大事件は起こりませんでした』


 オクサの説明に理があるとは、俺は決して思わない。

 だが、メリーナを黙らせるのには充分だった。


 しばらくしてオクサは、メリーナを置いて去っていった。

 一人にしてやるのが優しさだと思ったのだろう。

 実際、メリーナが受けたショックは計り知れない。うなだれたまま、なかなか顔を上げようとしないほどだ。


「この展開は、センパイの想定通りなんですか?」


 アイマナがわざとらしく唇を尖らせ、睨んでくる。


「アイマナだってわかってたはずだ。事前の予想では、オクサが支持してくれる確率はどれくらいだった?」

「30%です……」

「だったら、この結果も不思議はないだろ」

「でも、あんなに親しげに話してくれたのに……」

「俺は継王なんてものに、なんの希望も持ってない。たとえ表面がどんなふうに見えようがな」

「……メリーナさんもですか?」


 その質問には答えなかった。

 考えるまでもないことだ。


 それよりも、今はくだらないことに頭を使ってる場合じゃない。


「みんな、聞いてくれ。あと接触する予定なのは、スタナム・マッスルアンバーだ。ただし、無理そうなら諦めていい」


 俺がそう呼びかけると、画面の向こうでジーノとソウデンが動き始める。

 ロゼットは、メリーナに声をかけるが、まだ動けそうにはない。

 そろそろ、この式典も終わりの時間が近づいてきていた。


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