サガミのちょっとした禁断症状
買い物、空襲者の対処、魔物達との戯れ。 1日だけで色々とありすぎたせいで、ワーカホリックと冒険者にもギルドの人間にも認知されているサガミも、お風呂を入り終えた後は疲労が溜まっていたのかすぐに眠ってしまった。
そして次の日の朝。 サガミはまたも日が昇る前に起きて、みんなの朝御飯の支度をする。
「昨日はパンだったから、今日はお米にしようかな。 最近炊き方も分かってきたことだし。」
この世界ではまだ「米」という概念は薄い。 穀物なのは分かるのだがそれ以上が分からなかった、というのが見解で、少しずつながらも普及はし始めている。 サガミもその一任者になろうとしている1人である。
「卵は今日も使うとして、今朝は魚にしてみようかな。 と言ってもすぐに炊けないからもう少し後からでもいいかな。」
米を炊くにはそれぞれ行程があるので時間が掛かるのだ。 ちなみに炊くために土窯を使用している。 電子機器はまだこの世界には無いのだ。
そして沸騰させること数十分。 鍋の穴からグツグツと泡が出てきた辺りで火を止める。 後は蒸らしている間に卵や魚を焼いて、朝食の準備を始めた。 そして今日最初に降りてきたのはマニューだった。
「あぁ、おはようございます。 サルガミット君。」
「うんおはよう。 お婆さんの朝食もこれでいいかな?」
「お米はもう少し柔らかくして、お魚は小骨を取ってください。」
「分かったよ。」
そうテキパキとみんなの朝御飯をやりつつ、別の皿を用意し始めるサガミだった。
「私、師匠を見てて思ったのです。」
みんなで卓を囲んで朝御飯を食べている時に、ネルハがこう言った。
「見ていてって、何を?」
「師匠はやはり働きすぎな気がするのです。 この屋敷に来てから4日経ちますが、師匠が休んでいるところを見ていないと感じたので。」
「しっかりと休んでるよ?」
「夜の話ではなく、昼の話です。 私達の目の届く範囲でですが、あちらこちらで何かしら行っていると思うんです。 なので1日か2日程でいいので、師匠はしっかりと休んでもらいたいのですよ。」
「そう言われてもなぁ・・・」
サガミが頭を掻いていると、他の3人も同じ様な眼差しでサガミを見ていた。
「・・・えーっと、もしかしなくてもみんな同じ意見?」
「父さん、やる必要無いこと、やりすぎ。」
「魔物達の相手は私がしていますので、心配は無用です。」
「こう言った機会ですので、サルガミット君もゆっくりなされてはいかがですか?」
さすがのサガミも数には勝てず、諦めたように肩を落とした。
「分かったよ。 僕も休むよ。 ユクシテットさんもだけどなんでそんなに僕が働くことを止めるのかな?」
「止めているのではなく、1人で背負いすぎなのです。 意識の変化は少しずつ訪れています。 実際に何人かの「調成師」の人達は現役復帰のために頑張っているそうですよ。」
「個人の頑張りと周りの認識のズレはまだ直ってないよ。 ・・・まあ身体が壊れたら元も子もないけどさ。」
サガミも思い当たる節は無いわけではないらしいので、お言葉に甘えるという形で、サガミも休むことを考えたのだった。
「とはいえなにをするべきだろうかねぇ。」
サガミは屋上に登り、吹く風を浴びながら考えていた。 というのもサガミ自身休みを取ったことがなく(冒険者稼業において休みを取るという表現も変だが)どう過ごそうかと悩んでいるのだ。
「昔って僕なにやってたっけな? 剣術、投擲術、走り込み・・・身体を鍛えることしかやってない気がする・・・」
思い返せばどっち道冒険者になるために必死になってやっていたことだ。 しかし身体を休めるといった意味ではこれは逆効果である。
「掃除、植物の手入れ、機械の分解組み立て・・・駄目だな。 仕事してるって思われちゃう。」
サガミにとっては立派な休暇の一部だが、端から見れば仕事をしているようにも見えなくはないだろう。
「んー。 そこで読書すると折角の休みって感じがしないし・・・」
元々勉学のために本はそれなりに読んでいるサガミは、趣向を変えるのも些か悪くはないとも考えている。 漫画や小説もよく読むので、更に休暇と言うことを忘れてしまうだろう。
「うーん・・・なにかいい方法は・・・」
「父さん。 まだ悩んでる?」
サガミがウンウンと悩んでいると、空の偵察をしていたシルクが、屋根の上に降りてくる。 この屋敷に来てから飛ぶ機会が増えたのと、飛翔タイプの魔物達からコツなどを教えてもらっているお陰か、1人で自由に飛べる程度には上達していた。
「いざ「休め」って言われても、急には思い付かないものでね。 いや、色々と浮かんではいるんだけど、どれもこれも休んでる感じにはならなかったから却下してたんだ。」
「父さん、休むことを知らない。 壊れないのが不思議、ユクシテットさんが言ってた。」
「あの人もあの人で過保護なんじゃないのって思うんだけど。」
そんな強面お父さん(冒険者の一部からそう呼ばれている)ことユクシテットの顔を浮かべながら、サガミは重かった腰をあげたのだった。
「やっぱり本でも読んでることにするよ。 何かあったら呼んでよ。」
「ボクが外は見てるから、大丈夫。 勉強する本は駄目。」
「信頼無い・・・って言っても説得力は無いか。」
そう言いながらサガミは書庫に向かうのだった。
「シルクは勉強本は駄目だって言ってたけど・・・」
そもそも書庫ということもあってどちらかと言えば勉学関係の本が並んでいる。 家主の趣味だろうかとサガミは思いつつも、そんな中でも小説を見つけてはある程度積み重ねていた。 本棚への行き来がかなり面倒だと言うことと、もう一度見つけられるか分からなかったからだ。 とはいえ返す場所については目印をつけているので、その辺りは問題にはならないのだった。 そんなわけでサガミは読書へと意識を集中させるのだった。
「サルガミット君。 少しいいですか?」
サガミが本を読み更けていると、マニューが書庫に入ってきた。 入ってきたのだが、サガミは全く気にした様子がない。 むしろ気が付いていないようにも感じる。
「・・・サルガミット君?」
「・・・ん? あぁ、マニュー。 ごめん、集中してたから気が付けなかったよ。」
マニューは分からないが、今のサガミはかなり集中をしていた。 部屋に入ってきたことに普通ならば気が付いていた。 それだけ意識が本に向かっていたのだ。
「いえ、書庫にいると聞いたものですから、お昼はどうすれば良いかと聞きに来たのです。」
「ああそっか。 それじゃあお昼にしようか。」
そう言ってサガミは立ち上がろうとした時にマニューに止められた。
「お昼は私達が準備しますので、誰かが呼びに来るまではまだ読んでいてもらって構わないですよ。」
「そう? それじゃあ遠慮無く。」
そう言ってサガミは本を読み直し、マニューは外に出た。
それから10分程過ぎた辺りで、サガミに変化が起きる。 本を読んでいる手はリズミカルに本を叩き、足を何度も組み換え、どこか落ち着かなくなっていた。 サガミ自身も耐えているのだが収まることはない。
そしてサガミは本を机の上に置き、書庫を出て、キッチンの方に向かった。 そこにいたのはエプロン姿のマニュー。 お婆さんの食事も同時に作らなければならないので、ある意味適任ではある。
「あ、サルガミット君。 もう少し待っていてくださいね。 お昼はもうすぐですから。」
そうマニューは言っているが、サガミには聞こえていない。 サガミはテーブルをチラリと見た後にマニューの近くに寄っていく。
「え、ええっと? サ、サルガミット・・・君?」
マニューもここまで近付かれることなど滅多に無いので動揺を隠しきれない。 するとサガミは口を開いた。
「今出しているメニューじゃ栄養価が偏るから、サラダじゃなくてもいいから野菜を入れて。 それとあのままじゃ味が濃いから野菜を使う料理は味は薄めでいいから。」
「え、あ、え?」
サガミの急な指摘にマニューは困惑している。 しているが特に反対意見を述べる事はなく、すぐに別の料理を作るのマニューなのだった。
「先輩、完全に仕事病ですね。」
先程あったことをマニューが話すと、シンファが野菜スープ(急遽拵えた)を飲みながらそう答えた。
「なんていうか、口に出しちゃ駄目なんだろうなって思ってたんだけど、気が付いたら普通に声に出していたんだよね。 でもそこで手を直接加えなかっただけでも僕は我慢したと思うんだけど。」
「口に出した時点で、アウト。」
サガミの言い訳にシルクが突っ込む。 サガミにとって反省するべき点ではあるものの、本人にもそのような事が起ころうとは思ってもみなかったらしい。
「師匠って、じっとしているのが苦手なタイプだったのですね。 動いてないと逆に落ち着かない、みたいな。」
そんな単純な理由なのだろうかとサガミは思いつつも、結局はそう言うことなのだろうと思いながら、少し濃い味付けのお昼ご飯を食べるのだった。




