魔物達との戯れ
「あんれぇ。 お外じゃそんなことになっていたのねぇ。」
マニューに外の片付けをしてきたことを伝えるためにサガミは、老婆のいる部屋に来て、部屋の中で外の話をすると、老婆がそう声をかけてきた。
「マニューもしかして・・・」
「防壁魔法と一緒に、防音魔法もかけておきました。 カーテンは閉めてありましたので、外の情報は遮断しておきましたよ。」
外が煩ければ嫌でも気になって、寝たきりでも外を見に行こうとするだろう。 だからこの部屋だけは何事も無いようにマニューが手を打っておいたのだ。 機転の勝利である。
「助かったよマニュー。」
「いえ。 戦闘に参加できない分、こういったところで頑張らないといけないので、お役に立てたのなら、良かったです。」
そのやり取りをみて、老婆は興味深そうに2人を見ている。
「あの、なにか?」
「いえねぇ。 若いねぇと思ってねぇ?」
そういう老婆の言葉をサガミもマニューも理解が出来なかった。
「師匠。 屋根の作り替え、終わりましたよ。」
汚れた洗濯物を取り込んでいたサガミに、屋根から仕事を終えたネルハが屋根から壁伝いで降りてくる。 サガミのスキルによる分解と構築を利用した簡易エレベーターを真似しているのだろう。 片方ずつなら「錬金術師」でも出来るが、両方を同時にこなせるのは、今の世界ではサガミとネルハの2人だけだろう。
「お疲れ様。 結構屋根が割れていたかな?」
「剣や斧だけでなく、拳や蹴りの人もいましたからね。 屋根のダメージは大きいと思われます。」
「丁度真下に当たった部分も、砂埃やら木片とかが落ちていたよ。 折角昨日綺麗にしたのになぁ。」
サガミは「やれやれ」といった具合に首を横に振る。 ネルハからしてみれば「そういうことじゃない」と言いたげだったが、サガミは基本的に温厚なだけに怒った時はその漂わせる優しげな雰囲気からは想像を絶するような容赦の無さだと先程実感し、このくらいでは怒りが沸かないのは、怒りを露にするほどでも無いからだろうと、ネルハはサガミの横顔を見て思った。
そんなサガミの元に、一匹の犬がやってくる。 犬と言っても「グラスドッグ」と呼ばれる魔物で、普通の犬にはない、毛が緑色をしている魔物である。 擬態能力と歩いただけで草が映える魔物なので、家の中での飼育は出来ない。
そのグラスドッグは、サガミの足に対して、頬を擦り付けていた。
「お? っははは。 くすぐったいよ。 遊んで欲しいのかな?」
足にすり寄られて肌に感じるむず痒さから解放するようにサガミはしゃがみこみ、グラスドッグの頬を触る。 するとグラスドッグは先程よりも近くにサガミに近付き、サガミにじゃれつきはじめた。
「はははっ。 そっかそっか。 遊んで欲しいんだね。 ははははっ。」
その姿はまるで飼い犬と飼い主の関係にも見えるくらいにじゃれついている。 片や魔物なので、一歩間違えれば怪我では済まないのだが、そんな様子は一切見られない。
「それにしても、ここにいる魔物達も随分と大人しいのですね。」
サガミと戯れるグラスドッグを羨ましそうに見ながら、ネルハはそんなことを口ずさんだ。 いくら躾されているとはいえ他人の魔物。 印象としてはあまり良くないかもと思っているのだ。
「それに師匠にとても懐いている様に見えます。」
「そこは僕も不思議に思っているんだよねぇ。 僕は魔物使いじゃないから魔物の言葉は分からないんだけど、こう言った手懐けられた魔物には好かれるんだよね。」
「それは先輩が魔物に対して敵意を向けていないからですよ。」
グラスドッグの毛並みを堪能しているサガミにそう返したのは、同じ魔物使いであるシンファである。
「敵意、ですか?」
「普通は魔物だって聞くと、やっぱり「襲ってくるんじゃないか」、「噛みついてこないかな?」って警戒心が強まっちゃうんだよ。 例え魔物使いとして従えている魔物でもね。 でも先輩はその辺りの分別がしっかりと出来ていて、尚且つ先輩は優しいから、魔物達も安心出来るの。」
他の魔物を手懐けながらそう語るシンファであるが、様々な魔物が周りにいるので、シンファ自身がどこにいるのか分からなくなってしまっている。
「ふーん。 手懐けているなら襲うことは無いだろうし、飼い主が近くにいるなら制御は出来るもんね。」
「でも魔物使い全員が出来るというわけでもないのですよ。 魔物使いの中には召喚と送還しか出来ない人もいます。 それに魔物を手懐けるのも、結構労力がいりますので。 魔物使いとしての技量が見え隠れしてしまいますね。」
語ってくれていることはありがたいのだが、シンファが見えないせいで、困惑気味になってしまうサガミであったが、そこでふと考える。
「ねぇシンファ。 魔物使いは全員が全員、魔物の言葉が分かる訳じゃないんだよね?」
「そうですよ。 レリース様は喋れる方だったようなので、私も好意的に接して貰えてます。」
そう話すシンファだが、目の前の光景を果たして「好意的」と言えるのか若干不安になるサガミ。 しかし思考をすぐに立て直し、シンファに聞きたいことを問い質した。
「魔物の言葉、言語ってどこまで一緒なのかな? 獣系と鳥系の差程度でも構わないからさ。」
「魔物独特の訛りはありますが、大体の言語は変わりません。」
「となれば、魔物独特の訛りだけ注意すれば、後はなんとかなるかも。 ただそうなってくると、シンファとシルクにも協力をして貰わないといけなくなるか。」
「師匠、なんの話をしているんです?」
勝手に頭の中で話を進めているサガミに、ネルハは不思議そうに聞いてきた。 サガミは迷ったが、彼女にも手伝って貰おうともかんがえた。 どうせあと数日はこの屋敷で過ごすのだが、時間はかなりもて余す。 そしてネルハとの修行の時間も最近は取っていなかった事を思い出した。
「ネルハ。 確か今日使った鉄加工物はまだ余ってたよね?」
「はい。 でもてっきり師匠がなにか作るのかと思って、特に手はつけてませんよ?」
「それでいいんだ。 それを持ってきてくれないかな? そこそこ量はあったはずだから無理しないようにね。」
ネルハに頼んだ後にシンファの方を見やると、サガミの周りにもいつの間にかグラスドッグ以外の魔物達も集まっていた。 とはいえシンファよりは圧倒的に少ないが。
「うーん、今の言葉でも聞いてくれるのかな? ねぇ、ちょっとシンファ・・・あの中にある女の子と話をしたいんだけど、退いて貰えるよう説得してくれるかな?」
聞こえているのか分からないがとりあえず意思だけは分かって貰おうと魔物に喋り掛けるサガミ。 そして少し経った後に魔物達は他の魔物達の元に行く。 そしてシンファの姿が少しずつ露になってきた。
「今ので意志疎通が出来たのかな? でもこっちの言葉は魔物達には分からないはずなんだよね? うーん、飼育されているから、相手の考えることは大体分かるのかな?」
魔物達の動向を考えていたサガミだったので、シンファの全身が見えた時に、ボロボロになった姿に反応が遅れてしまった。
肌が傷だらけだったし、シンファが着ている服は半分以上が破れていたため、服で隠されていた肌の部分がちらほら見えてしまっている。 サガミは慌てて目線を逸らして、シンファの状態について問いた。
「だ、大丈夫かい? シンファ。」
「ああ、いつものことですよ先輩。 魔物達と戯れるにはこれぐらいが丁度いいんです。 その分服への出費は凄まじいですが。」
「毎度毎度買わなきゃいけないのは確かにツラいかもね。 とはいえ魔物達なりのスキンシップだから、止めてって簡単には言えないし。」
「そうですねぇ。 服に関しては安物で十分だったりするのですが、下着を何回か駄目にされた時の出費は、さすがに肝を潰しました。」
そのシンファの言葉にサガミはチラリと彼女の方を見てしまう。 破れた服の下から見える、乙女の大切な部分を覆っている布が見え隠れしているのを見てしまい、頬を赤く染めてしまう。
「師匠。 鉄素材を持ってきました。」
目のやり場に困っているサガミのもとに、鉄筋や鉄板を持ってきたネルハが現れた。 その姿にサガミはホッとした。 そしてネルハが鉄素材を置くとシンファも近付いてくる。
「先輩、ところでそんなに鉄素材を使って、なにをするのです?」
「シンファの言葉を聞いて思ったんだ。 魔物使いの中には意志疎通が出来ない人も少なからずいるって。 でも魔物を扱うなら、やっぱりそれなりに意思は伝えたいんじゃないかなって思って。」
「・・・師匠、もしかして翻訳機器を作ろうとしてますか?」
「まずはお試しでね。 作ることが出来るようになったら、改良を・・・わったたっ。」
作業に取り掛かろうとしたサガミの手を止めさせたのは、先程のグラスドッグである。 しかも良く見るとサガミの周りには、いつの間にか魔物達が集まっていた。
「先輩、みんな先輩と遊びたがっているので、今は彼等の事を優先してくれませんか?」
そう言ってくるシンファに、急ぐことでもないし、いいかと思ったサガミは、色んな魔物達と戯れる事にした。 そしてサガミはシンファと同じくらいにボロボロの姿になってしまったのだった。
調教さえすれば動物は分かってくれる・・・と思います。
作者も小さい頃に犬を飼っていましたが、完全に舐められていましたね




