損な立ち回りと修行
今日もいつものごとくサガミがギルドハウスにやってくると、こんな会話が聞こえてきた。
「んじゃ、報酬はこれでな。」
「ちょっと待ってくださいよ。 自分の報酬、あなた達よりも5、6枚ほど銀貨が少ないように感じるんですが?」
「気のせいじゃねえか? つうか手伝ってやったんだから、文句言うなよな。」
「受注したのは自分なんですけど?」
「なんだよ。 お前一人じゃ困るだろうと思って、俺達が手伝ったんだ。 手数料だよ。 お前を手伝ったさ。」
「勝手に申請しただけじゃないですか。」
女子の冒険者が、男子冒険者3人に対して、食って掛かっていた。 どうやら報酬の事で揉めているらしい。 本来なら気に止めないサガミだが、今回はその場所に向かった。
「ちょっと話を聞いてもいいかな?」
「師匠。」
その女子の冒険者というのが、サガミと同じ「調成師」であるネルハだったので、サガミも見て見ぬふりは出来なかった。
「ん? なんすか、サガミ先輩。 別に俺達悪いことしてないっすよ?」
サガミの後輩である冒険者だったようだが、サガミの名はそれなりに知られているので、顔を見ても怪訝にはされない。
「悪いことはしていなくても、報酬は均等に分けないと。 パーティーを組んだ時の鉄則だと思うけど?」
「これは俺達の問題なんすよ。 別に誰にも迷惑かけてないじゃないですか。 大体先輩だって、こいつの肩を持つ理由が分からないんですけど?」
「理由ならあるよ。 僕はネルハの師匠なんだ。 弟子の面倒を見るのも師匠の役目だし、こういった立ち回りは僕の代だけで十分だ。 さ、それぞれ残り1枚分、銀貨をネルハに渡してよ。 それで話は終わりなんだから。」
そうサガミが3人に言うと、3人もさすがに言うことを聞いて、銀貨を1枚ずつネルハに渡していく。 そしてその場を後にする。 1人だけ舌打ちをしたように感じたが、そんなことは些細な事であった。
「すいません師匠。 こんな話に巻き込んでしまって。」
「僕は構わないさ。 ただ、やっぱりまだ浸透するまでにはかなりの時間が必要だなって思っただけさ。」
サガミはため息をつく。 元々「調成師」は不人気職業なのもあるが、それを卑下にしていいと最初に誰かが行ったせいか、それが世代を重ねる事に浸透し、今現在に至っているのだ。
結論的に決して調成師が悪いわけではない。 だが染み付いた風潮を取り除くのには時間も労力もかかるのだ。
「師匠。 今からは自分もいます。 これからは二人で頑張って行きましょう。」
「本当はネルハには苦労させないで、進ませたかったんだけどね。」
再度溜め息をつくサガミであるが、別にサガミも名を馳せる為にやっているのではない。 単純にひとつの可能性として、冒険者としての稼業を諦めないで欲しいという願いがあるからやっているのだ。
「まあ、そんなことは悔いてもしょうがないし、調成師には自分からなりにいったし、今の僕にはネルハもいるからね。 少しは肩の荷が下りたようだよ。」
サガミがそう言うと、ネルハは顔を赤く染めるのだった。
「うん? どうかしたの? ネルハ。」
「あ、あの、師匠。 その・・・自分がいるから・・・というのは・・・」
「今まで理解してもらえる同業者っていなかったからさ。 苦労を分かち合える人がいれば、やっぱり楽かなって。」
「そ、そうですか。」
サガミの言葉に妙に納得のいったネルハは、それ以上は聞かないことにした。 多分聞いても同じことしか返ってこないと思ったからだ。 なのでこれと言ってがっかりする理由はない筈だが、何故だか気分が沈んでしまうネルハだった。
「あ、そうだ。 ネルハ。 この後って時間あるかい?」
「え? は、はいありますです。」
いきなり名前を呼ばれたネルハはそんな支離滅裂な言葉が出てきてしまった。
「今日はこれといった依頼が無かったから手持ち無沙汰になってたけど、ネルハがいるなら付きっきりで修行が出来るなって思ってさ。 どうかな?」
「ぜ、是非とも! ご指南よろしくお願いいたします!」
その返事にサガミも柔らかく笑った。
「それじゃあ場所は・・・今回は海辺にしよう。 あそこなら色々とあるし。」
そう言って一度二人は解散する。 そして別れた後に、ネルハはこう思っていた。
(し、師匠と二人で海辺で修行! それに最近は師匠も私も依頼にかかりきりだったから、こういったチャンスを少しでもものにしないと! 自分にとって師匠は師匠としての想いの他にもあるのです! 一緒のクランの先輩方々も師匠の事を異性として好いているでしょう。 だからこそ、振り向いて貰えるようにするのよ、ネルハ・クウォーター。 一緒にいた時間はまだ短いけれど、他の人にはない共通点が自分と師匠にはある!)
そう、恋する乙女の独り言は他人に聞かれてはいけないのだ。 そしてふとショーケースに映った自分の四肢を見て、少しばかり溜め息をついた。
「水着を一応持っていくとして・・・師匠に見てもらえるかな?」
そう同じクランメンバーの四肢を思い出しながら呟くのだった。
「うーん。 潮のいい香りだ。 そしてちょっとシーズン離れしてるから誰もいないし。」
サガミは海の水平線を見ながら黄昏るのだった。 とはいえサガミの言い分も決しておかしな事ではない。
サガミにネルハ。 二人は共に「調成師」であるせいか、練習場を借りても好奇な目で見られる。 そんな状態ではまともに修行なんか出来やしない。 そこでサガミは依頼の帰りがてら、自分の修行場所を探していたりした。 この海辺はその1つだ。 シーズンともなれば人や出店はあるのだが、今は人はいない。
「ここでなら思いっきり修行が出来るんだ。 いい場所でしょ?」
「・・・はい。 そうですね。」
ネルハはサガミの問いに対して至極冷静を装っているが、内心は心臓の鼓動が喧しい位だ。
「ところで師匠。 その袋はなんですか?」
自分の冷静さを失わないように、話題をサガミが持っていた麻袋へと向ける。 単なる疑問でもあったが。
「ああ、これ? 修行って言っても、僕達はある程度なら生成分解できるようになってるから、ただ砂遊びしたり海水を塩とただの水に分解するのも修行にならないからさ。 それにここもそれなりに汚れてるし。」
そう言うサガミに、ネルハは目を凝らして砂浜を見てみると、確かにチラホラとコップやら竹串やらが散乱していた。
「さ、とりあえず海岸掃除をしてから、そのゴミを分解していくよ。」
そう言ってサガミとネルハの地道な奉仕活動が始まった。
「結構いっぱい拾いましたね。」
「浅瀬の砂にも埋もれていたからね。 ほらこれ。 割れた硝子瓶なんか、大人でも踏んだら一大事だったよ。」
奉仕活動を一通り終えたサガミとネルハは自分達が拾った捨てられていたものを確認をしてそんな言葉を洩らした。 麻袋いっぱいにとはいかなかったものの、そもそもなんでこんなものを捨てていくのかみたいな部分があったりした。
「あ。 やあ、サガミ君。」
そう声をかけてきたのはダイバーのような格好をした男性だった。 肌は黒く、ゴーグルもしている。
「こんにちは。 今回もある程度拾っておきましたよ。」
「いやぁ悪いね。 ゴミ拾いも俺一人じゃ限界があるし、この海域も魔物がいない訳じゃないから、そっちになかなか手が回らないんだ。 少しでも君のような人が増えればいいんだが、そうもいかないのがねぇ。」
「あ、ゴミのいくつかは使うので、渡すのは帰る時にしますね。」
「うん、構わないよ。 折角だから泳いでいきなよ。 うちに来ればご飯も用意するからさ。」
そう言ってダイバーの男性はその場を後にした。
「師匠、あの人は?」
「この辺りを管理している人だよ。 職業が「潜水士」だから本業を乗り換えたんだって。 さてと、あの人もああってくれたし、僕らも海に行こうか。」
「・・・え。 泳ぐんですか?」
「うん? ネルハは泳げない?」
「いいいいいえ、そう言うわけではないのですが・・・修行と聞いていたので、てっきりそういうレジャー的なことはしないのかと。」
「僕だって遊ぶことだってあるよ。 まあ1日遊ぶことはないけれどね。 あ、水着があるなら別々になろうか。 僕はあっちの岩場で着替えるから、ネルハはこの辺りの岩場で。」
そう言ってサガミは岩場に向かっていった。 ネルハはとにかくまたとない好機ではあったものの、あまりの展開に頭の方が動いていなかった。
先に着替え終えたサガミはネルハが着替え終わるのを待っていた。 オレンジの海パンに空色の撥水性のジャンパーを羽織っていた。 ちなみにこのジャンパーは「アクアバタフリー」という水中を泳ぐ蝶が吐いた糸を編み込んだ素材で出来ていて、水の中でも切れない程の撥水性があると機関に持っていき、現在では海辺で働く人のための服に使われている。
「お待たせしました。 師匠。」
そうして来たネルハの水着はワンピースタイプのものだった。 黄色に青のラインの入ったデザインで、胸元が少し見える形のものだった。
「へぇ、可愛い感じの水着だね。 よく似合っているよ。」
「あ、ありがとうございます。 えへへ・・・」
素直に褒められて嬉しくなっているネルハ。 サガミ自身も思わず微笑んでしまう。
「じゃあ少し修行の事は置いて、思いっきり泳ごうか。」
「はい!」
そうして二人は沖に行くか行かないかのところで泳いだ後、浜辺に戻って先ほどのゴミの一部を取り出しながら、分別も予て色々なものを分解生成していく。
「こうしてみるとネルハの方が分解させる速度は速いのか。」
「でも師匠は普通なら分解できないようなものまで、分解させることが出来るじゃないですか。 それはそれで凄いことだと思います。」
2人が分解をしているのはガラス瓶や竹串などの分解しても問題ないものばかりであるが、サガミは更に細かな破片を分解している。 これはこの辺りで暴れた魔物と対峙した時に出た、冒険者達の武器の破片である。 ネルハも分解しようと思えば出来る代物らしいが、残念ながらネルハの熟練度ではもう少しかかるようだ。
「お疲れ様。 分解出来なさそうなものはこっちで回収するから、良かったら夕飯食べていってよ。 特別に安くするからさ。」
「ありがとうございます。 折角だし頂いてから帰ろうか。」
「師匠がそう仰るのなら。」
こうしてネルハの「超速生成」の熟練度をあげたのち、夜遅くにいつもの場所に帰る2人なのだった。




