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(2)武田家臣団個々の能力活用検証


(a)外交担当


河窪信実は、信玄の末の弟で、200騎を有し1575年長篠の戦いの前哨戦鳶巣砦で奮戦し戦死した。

【鑑定】これによると、外交担当の能力を生かしたことがなかったようである。身内に巨大な才能が眠っていたことを知らなかったか、それとも敢えて無視したかであろう。


馬場信春は、初め外交力、のち正義力の能力を有することになった。

信虎追放晴信擁立を行い、信濃攻略で戦功をあげ侍大将譜代家老になった。

【鑑定】晴信擁立時の内部混乱を統合する役割を担ったのであろう。また信濃攻略戦功の大部分は、巧みな交渉による戦わず服属させるものだったようである。


後に内藤昌豊(昌秀)と改名する工藤祐長は、父が武田氏に討たれたため諸国を流浪し、信玄に招かれて帰参し上野箕輪攻略の戦功で300騎侍大将譜代城代になった。

【鑑定】流浪中に人脈を培ったようである。その人脈が上野箕輪攻略に生かされたようである。のち対北条外交を担当しているのは、その人脈ゆえだろう。


原昌胤は、120騎奉行で、側近譜代として上野取次(外交のこと)や富士郡支配、寺社訴訟など行政業務をした。長篠で戦死した。

【鑑定】内に統合、外に交渉のその天命能力がいかんなく発揮されていたようである。能力を見抜いたことが素晴らしい。


三枝昌貞は、側近奉行で、弓足軽大将。山県一族として重用されたが、義信事件に関わった。駿河攻略戦功第一。長篠前哨戦で戦死した。

【鑑定】外交力ある者は、実務をすることが多い。奉行業務は内部統合の職。また駿河攻略には、交渉力を生かしたようである。


小山田信茂は、婚姻関係により信玄の従弟にあたり、駿河攻略や西上作戦では先陣。上杉内紛に介入したとき、交渉役。勝頼から離れ織田に降伏したが、処刑された。

【鑑定】天命能力を十分に生かす業務についていたといえよう。各地に転戦したとき、外交力をいかんなく発揮したことだろう。最後、織田にすりよってしまうが、外交力ある者にありがちの流されやすさが災いしたのであろう。外交力ある者は、このことをよく肝に命じて自らを律しなければならない。


駒井政武は、信濃攻略に戦功あり、信濃取次役。また今川氏や北条氏との交渉にも参加し、行政もした。

【鑑定】天命能力を十二分に生かしたようである。天命能力を見抜かれたからなのか、それとも偶然その方面に進んだのか。まさに、適材適所。


駒井政直は、譜代家老侍大将で、諏訪取次役、駿河深沢城代。ただ、徳川家康に降伏した。

【鑑定】攻略後の現地行政にうってつけの天命能力である。外交力ある者が生き残ることが多いのは、その人脈ゆえであろう。


原虎胤は、下総出身で流浪していたところを武田信虎に拾われ仕えた。法華宗信者のため追放されたこともあった。城代を勤め、譜代待遇になった。

【鑑定】外交力ある者は、採用登用されやすい。追放されてもすぐに復帰する傾向がある。

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