電車内7
どうしたものか。俺なんかの安直な慰めが、このおっさんの心に果たして届くだろうか。想像していたより、根が深そうだ。ちょっとやそっとの事では立ち直りそうにない。何か心に響くような、とんちの効いた上手い言葉は・・・いや、待て、こういうときこそ、変に考えすぎては駄目なのだ。率直に、自分の気持ちをストレートに伝えることこそが・・・・・などと思案していると、突然、俺の後ろから声が上がった。
「まだそんなこと言ってるの、おじさん!そんなわけないでしょ!」
いつの間にか仁王立ちでアリカが後ろに立っていた。アリカはおっさんの腕をつかみ、強引に立たせ、突然の出来事に困惑するおっさんをよそに、そのまま引き連れて電車の中央へと向かった。俺もおっさんと同様、泡を食って、しばらくの間フリーズしていたが、慌てて後を追った。
「はい、ここ!ここに座って、ほら。ユースケも一緒にだよ」
ちょうど三人が座れるぐらいの範囲で、散らばったガラス片や、金属片が綺麗に片づけられていた。俺がおっさんと話をしている間に、アリカがこのスペースを作ったのだろう。そこに半ば、強制的に俺とおっさんは座らされる。膝と膝が密着するぐらいの近い距離で、俺とおっさんとアリカは中心に向かって顔を見合わせた。
「おじさん、名前は?」
「え?」
「名前・・あるでしょ?当然」
アリカの唐突な行動に、おっさんはまだ頭の整理が追い付いていない様子である。えー、あー、と間投詞が口を吐き、まともに言葉が出てこない。
「何、焦ってるのよ。はい、息吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いて―」
もはや、操り人形さながらに、言われるままおっさんは深呼吸をする。
「よし、じゃあ名前、どうぞ」
「え、あーと、かどまだよ。かどまタツヤ・・・」
「かどまたつや・・・・ふーん、良い名前ね」
かどまたつや・・どういう字を書くのかわからないが、どうもそぐわない。イメージと一致しない。心の中では勝手に、今のまま「おっさん」と呼ぶことに決めた。
「じゃあ、かどまのおじさん、好きな食べ物は?」
「は?えーと・・・食べ物・・食べ物?」
何故そこでそんな質問が出てくるのか。アリカは合コンでもしているつもりなのか?この切迫した状況で、気の抜けたことを聞くアリカに、俺もおっさんも当惑した。
「いいから、答えて。ユースケからでもいいよ」
妙な迫力があった。言わなければ、アリカは満足しそうにない。よくわからないが、とりあえず適当に返答しておいたほうがよさそうだ。
食べ物、好きな食べ物・・・。いざ、改めて考えてみると、意外に思いつかない。俺の好きな食べ物・・・なんだろう、肉、か。
「焼肉・・・とか」
適当極まる答だったが、アリカは顔を綻ばせた。
「いいねえー、焼肉。あたしもすきだなー。おじさんは?何が好き?」
「はあ・・えー、豆腐かな・・・」
「おー、豆腐。それっぽい、それっぽい」
何がそれっぽいのかわからないが、アリカは嬉しそうだ。
「あたしはねー、最近は納豆にはまってるんだ。いろいろ買ったけど、やっぱりパックのよりわらの納豆が一番だね。味が一番濃いんだよ」
だからなんなんだとしか言いようがない。この不毛な会話に意味があるのだろうか。アリカの意図はどこにある。
「じゃあ、次、出身地ね。あたしは都内のねー・・・・」
アリカは質問を繰り返した。出身、家族、趣味、他愛無い会話を嬉しそうに続ける。当惑し、アリカのペースに流されるまま、付き合っていたが、さすがにもどかしくなってくる。この茶番にいったいどういう理由があるのか。たまらず話を遮り、アリカを問い詰めた。
「アリカ・・悪いけど、こんなことやってる場合じゃないと思う。俺たちここに合コンしにやってきたわけじゃないんだよ。恋人を探しにハッピーな気持ちでいるわけじゃない。何か考えでもあるんなら、理由を知りたい。じゃないと、いつまでも付き合えないよ」
あえてはっきりと言う。アリカの人柄から見て、あまり遠回りな態度を取っても逆に怒らせてしまうだけだろうと思ったのだ。アリカは表情を変えず、俺をまっすぐに見据えた。
「うん、もういいかな。ごめんね、付き合わせて」
もっと反発があるかと思ったが、予想外にアリカは素直だった。
「もしさ・・・もし、これから三人のうち、誰かが・・死んだり・・したらさ、あいつあれが好きだったんだよなーとか、あんな趣味があったんだなーとかさ、思いだせるじゃない?だって嫌だもん、訳もわからず、全然知らない土地でさ、誰にも知られずひっそり死んでいくなんて。だから、せめてユースケと、おじさんには色々知っておいてほしかったし、知りたかった。それだけ、別にそんなたいした意味はないんだ、ごめん」
死・・・。もしかすると、一番、状況が見えていたのは彼女だったのかもしれない。アリカの言葉に、急速に足元から上がってくる冷たい感覚を思い出した。恐怖。アリカはあえて明るく振る舞い、俺たちをその意識から遠ざけてくれていたのか。例え、そういう意図を持っていなかったとしても、俺はずいぶん彼女に救われていたことは間違いない。
「わかった。もし・・そんなことにはならないと思うけど、万が一、アリカが死んだら・・思い出すことにするよ、金髪と青い目、赤いドレス、そして納豆の香ばしい臭いをね!」
無言で、腕を叩かれる。しかし、アリカは笑顔だった。
「かどまさんは・・・まあ、すぐに思いだせそうですね」
「えっ?そう?」
陰気なオーラと、陽気な酔っ払いスタイル。嫌でも忘れられそうにない。
「じゃあ、あたしたちこれで友達・・いや仲間だね!」
俺とおっさんは、大仰に、ゆっくりと頷いた。おっさんから先ほどまでの鬱々とした雰囲気が、心無しか薄まっているような気がした。薄く笑みを浮かべ、俺のほうに目線をよこす。アリカは大げさに手を叩き、勢いよく立ち上がった。
「ようし、元気が出てきた。それじゃあ、これからどうするか、作戦会議といきますか!」




