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電車内5

 何と言ったものか、考えあぐねていると、おっさんは急に声をあげた。「あああ」という力ない叫びを口から漏らし、いい年をしたおっさんが外聞も気にせず、そのまま顔を覆い、床にゆっくりと崩れ落ちた。手から先ほどまで握りしめていた携帯電話が落ちて、俺の足元に転がってくる。ちらと見えた画面には、幼い女の子の写真が表示されていた。

 気にはなったが、あまりじっくりと覗き見るのも失礼かと思い、拾い上げてすぐに折りたたみ、おっさんの方へと差し出す。


「あの・・・これ・・」


 声を掛けたが、反応はない。いや、反応出来ないのか。肩を震わせている。よく耳を立てると小さく嗚咽を漏らしているのが聞こえてきた。まさか、泣いているのか。鼻をすする音が聞こえてくる。袖のあたりで目元をぬぐっている。これは間違いない。泣いている。禿散らかした頭にネクタイを巻いて、こんなに陽気そうな恰好をしているのに、おっさんは子供のように声を上げて泣いている。なんだかそのギャップに笑ってしまいそうになったが、なんとか自制した。


 しかし、困った。こういう時どういう対応をするのが正解なのだろうか。アリカが面倒そうな態度を取っていた理由がわかった。おそらく彼女も同じような状況に陥ったのだろう。目の前で大の大人がむせび泣いている。かつてこういう場面には遭遇したことがなかった。

 何秒か逡巡して、一つ、案を思いつく。このような時はあまり否定的なことは言わないほうがいいのではないか。とりあえず同調の姿勢で対応することにする。


「なんて言ったらいいか・・・・こんなわけわかんないことになって・・・その気持ち、俺もわかりますよ。今にも泣き出したいって、感じですよね。ホント、頭こんがらがっちゃって・・・」


 嘘は言っていない。多少、誇張的に喋ったが、俺の純粋な気持ちを言っただけだ。おっさんの反応を見る。内また気味に正座をして、扉の方にもたれかかり顔を覆っている。手の隙間からは時々、しゃくる音が漏れる。その形だけ見れば、まるで女の子である。俺の声は届いていないのか、まったく変化はない。むしろ悪化している。

 なんだか段々と腹が立ってきた。二十歳そこそこの俺が、何故三十過ぎのおっさんを慰めなければならないのか。一般的に考えれば、逆であって然るべきではないか。


「俺も、さっきまでどうしようって・・途方にくれてましたよ、なんだか運命を呪うっていうか、理不尽な仕打ちに泣きたくなるっていうか・・・」


 とりあえず適当に話をつなげる。ここであきらめてしまうのも後味が悪い。それに、現時点で当てにできるのはアリカとこのおっさんしかいないのだ。今後、彼の助力も絶対に必要となるはずだ。ここで潰れていてもらっては困る。



「でもね気付いたんです。これじゃいけないって。こういう時だからこそ、強く心を持たなきゃいけないんですよ!不安とか恐怖とか、そういうものと戦っていかなきゃ、って。俺も一人だったら、そんなこと考えられなかったかもしれない・・でも、ここには二人がいた。アリカと・・・えー・・あなたがいたんです!頑張りましょうよ。頑張ってこの状況から抜け出すんですよ!こんな逆境・・・三人いればなんてことないですよ。楽勝ですよ!屁のカッパですよ!」


 思い付く限り、ひたすらポジティブな言葉を並べていく。いよいよ、自分でも何を言っているのかよく分からなくなってきた。もうやけである。

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