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第33話 戦いが終わった後で

 あの日から一週間が経ち、俺達はクロフォード王国に戻っていた。

 視線の先には、一人の男に対して跪き、詳しい状況を報告するフレイアの姿。

 彼女の服装は制服からシンプルなドレスへと変わり、髪型も整えられている。


「……そうか」


 アドルフ・クロフォード……つまりうちの親父は低く唸るように返した。

 相変わらず何を考えているか読めない表情だが、眉間には深い皺が刻まれていた。


「まさかあのエルドリック殿が……大変だったな、フレイア王女」

「いいえ。この一件、ご子息であるミナト様やカナデさんの助力なくしては乗り切れませんでした」


 フレイアが頭を下げる。流石は王女というべきか礼儀正しい。

 しかし、その声にはまだ少し震えが残っていた。


「ミナト、ミリウス、それにカナデもご苦労だったな」

「いえ……」

「ありがとうございます、アドルフ様」


 俺は適当に答え、カナデは笑顔で応じる。ミリウスは無言のまま跪いていた。


「フレイア王女、エアハートは今どうなっている?」

「はい。現在は臨時政府が樹立され、被害地域の復旧と住民の安全確保を最優先に進めています。アドルフ様が支援してくださった物資のおかげで、多くの市民が救われました」


 フレイアの説明によると、エルドリックの陰謀が暴かれたことで帝国側の工作員や内通者は一斉摘発され、エアハート国内の秩序は急速に回復しつつあるらしい。流石に政治的手腕は認めざるを得ない。


「それで、今回の首謀者……エルドリック殿については?」

「はい。私が……息の根を止めました」


 フレイアの声が小さくなる。表情には明らかな動揺が見て取れた。


「そうか」


 親父は頷きながらも言葉を選んでいる様子だった。当然の反応だろう。

 王女が自らの手で父親を殺めたなど普通では考えられない。


「これからどうするつもりだ?」

「民は、エルドリックの娘であった私を信用してはいません。帝国に情報を流していた裏切り者の娘。そう何度も罵られました」

「そんな……先輩だって被害者なのに」


 カナデが思わず声を上げる。

 彼女の怒りは最もだが、民主というのは時に非情なものだ。真実よりも怒りの捌け口を求めることもある。

 ましてや、他国が絡む複雑な事情を全て把握しろというのも無理があるだろう。


「いいんです。元より私に王族の血は流れていませんから。国王の座は民から最も支持される人物に任せるべきだと思います」


 フレイアの言葉は冷静だった。けれどその瞳の奥には諦観とも悲しみともとれる感情が渦巻いているように見えた。


「そうか……君の覚悟を尊重しよう。同盟国として、我々も全面的に支援する」


 親父の決定に異論を唱える者はいなかった。


「ではエアハートへの援助についてはアルフェンに一任する。復興支援と要人の監視はお前の得意分野だろう」

「承知しました、父上」


 同席していたアルフェンが深く頷く。

 この手の政治交渉なら確かにこいつが適任だろう。


「しかし、帝国の動きは妙ですね。少し前は我々と友好関係を結ぼうとしていたのに、同盟国であるエアハートを攻撃するなんて。ルネサンスなどという店を開いて王族の情報を聞き出そうともしともしていたことから、エルドリック氏を全面的に信頼もしていなかった可能性もあります」

「あくまで推測ですが、以前の交流戦でミナト様を指名したのは彼の力量を確かめるためだったのかもしれません。元よりクロフォード王国は戦闘力を重視している国ですから」


 アルフェンの疑問にミリウスが資料を見ながら分析する。

 彼女も今回の件で色々と調査していたようだ。


「いずれにせよ警戒は怠れんな。魔力を越えた魔術……紋章の力。放置しておくわけにはいかん。すぐに調査をする必要がある」

「では、直接帝国に赴くのですか?」


 俺が尋ねると親父は苦笑した。


「そういうわけにもいくまい。まずは情報を集め、証拠を掴むことが先決だろう。我々に被害が出ていないうちに事を大きくするのは得策ではない」


 親父の慎重な意見は妥当と言えた。

 帝国との全面戦争なんて起こせば被害は甚大だろう。


「フレイア王女。エルドリック殿の研究データなどは残されていないか?」

「申し訳ありません。彼の書斎は既に焼失しており手掛かりはありませんでした。魔術に関する資料は恐らく全て帝国に送られていると思われます」

「そうか……」


 親父は深い溜息をついた。エルドリックの手がかりが何もないというのは厄介だ。

 要するに帝国がどれほどの技術を持っているのか全く予測できない状況も同じなのだから。


「ひとまず、今はエアハートの復興に専念するしかないだろう。ミナト、カナデ、ミリウス。お前達はしばらく休暇後、エアハートの復興支援に参加しつつ警戒に当たってくれ」

「了解」

「分かりました!」


 とりあえず親父の指示に従うことにした。これ以上勝手な行動をとればまた無駄に騒がれそうだ。


「フレイア王女、君にはエアハートと我々を繋ぎ民からの信頼回復を目指して欲しい。無論、私達も全力を尽くして支援する」


 親父の提案にフレイアが小さく頷く。彼女にとってはかなり重い課題だろう。


「……わかりました。亡くなった父──あの者への償いと、私が成すべき道はそこにあるのでしょう」


 思わず父と呼んでしまったのを訂正するフレイア。

 この一週間で彼女の中でどんな葛藤があったのかは分からないが、その表情には確かな決意が宿っていた。


「ひとまず今日は泊まっていきなさい。部屋を用意させる」


 親父の申し出に感謝するフレイア。

 こうして彼女は一時的にクロフォード王国に滞在することになった。

 

 話し合いを終え、各自解散となった後、フレイアが俺に近づいてきた。


「後で時間を貰えないかしら?」

「ん?何の用だ?」

「ちょっと……感謝を伝えたいだけよ」


 彼女の瞳は潤んでいた。

 もしかしたら、何か心境の変化があったのかもしれない。先日の決別がまだ影響しているのだろう。


「分かった。夜は空けとく。部屋の場所わかるか?」

「大丈夫よ、ありがとう」


 それだけ言って、フレイアは廊下の向こうへ去っていった。一体何を言われるやら。


「何話してたの?」

「後で感謝を伝えに来るってさ。カナデのとこにも行くんじゃないの?」

「ふーん。ミナト、何か誤解されるようなことしてないよね?」

「なんでそうなる。俺達も出るぞ」


 文句を言いながらカナデも俺に続いて部屋を後にした。

 部屋の外では夕焼けが空を赤く染めている。

 ある程度歩いた後、見知った顔がそこに立っていた。


「よう、お二人さん。随分と大活躍だったみたいだな」

「あっ、ニア!久しぶり!」


 廊下に出ると、ニアが立っていた。

 会うのはほぼ一ヶ月ぶりだが、魔力学院に入学前は毎日のように顔を合わせていた分、体感では久しく感じた。


「聞いたぜ、エアハートでの報告。しっかりミナト、お前マジで魔力ゴリラだな。封印された伝説の魔獣だの裏切り者とはいえ国王までぶっ飛ばしたとかマジかよ?」

「もう広まってるのか……」

「フレイア様と協力して大活躍だったってな。まあ悪いことじゃねぇだろ。騎士団の中でもお前のことを見直す奴が増えたと思うぜ」


 正直あんな陰口しか言えない雑魚共に見直されても嬉しくないんだが……言わないでおこう。

 一応は同じ国の人間なんだから敵対する必要はない。


「カナデもご苦労さん。確かBランクの魔獣をタイマンでやったんだって?オレも負けてらんねーな」

「ありがと。わたしね、すっごく強くなったよ!なんならもうニアより強いかも!」

「あぁ?てめ、随分と生意気言うようになりやがって。今度模擬戦付き合ってやるから覚悟しとけよ!」

「ふふ……望むところだよ!」


 カナデとニアが楽しそうに笑い合う。

 この二人のやり取りを見ていると肩の力が抜ける気がする。


「で、ニアは何か用事があるんじゃないのか?」

「おっとそうだった。お前ら、しばらく休暇を貰ったんだろ?爺さんから帰ってこないか誘われてんだけど、明日辺りに一緒にどうだ?」

「え?おじいちゃんが?」


 カナデが目を丸くする。

 爺さん……要するにこの兄妹の育て親である。


「うん、行く行く!久しぶりに会いたいもん!」

「お前らってことは俺も同行して構わないのか?せっかくの家族水入らずだと思うんだが」

「んなこと気にしなくていいって。爺さん、お前にも会いたがってたしな」


 意外だな。まあ以前行った時に歓迎してくれたし、おかしな話ではないのかも知れない。


「そっか。じゃあ甘えさせてもらうわ」

「やった!久しぶりにみんなで一緒に居られるね」

「じゃあ明日、遅刻すんなよ。ついでに夕飯の買い出しなんかもするから」


 三人で廊下を歩きながら今後の予定を話す。

 今回の騒動は終わったが、また帝国絡みの事件が起きる可能性は高い。ひとまず休暇を満喫するとしよう。



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